第12話 各々の思惑

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 「言っておくが、報酬は俺が全部もらうからな」

 イブゼルはシン君から奪い取った手配書を付き出し、念を押すようにしてそう言った。



 スリープがルリリを連れていった場所、トゲトゲ山を今あたし達は歩いている。トゲトゲ山、名前の由来は山の地形の起伏の激しさにちなんでいる。いったん急な坂を登ったと思えばすぐに巨大な崖に差し掛かる。地面もほとんどむきだしの岩石で、至るところに崖があったりして足場がすごく悪い。そんな地形に運動神経の悪いあたし達が悪戦苦闘している間、イブゼルは難なく進んであたし達との距離を詰めていった。そのままあたし達はイブゼルに完全に追い詰められたってかんじだ。

 激怒するイブゼルに依頼書を奪い取られたときはどうなることかと思ったけど、あたしとシン君がダメもとで謝ってみたら、けっこうすんなり許してくれた。彼は、報酬さえ手に入ればそれでいいみたい。まぁ、あたし達はスリープからルリリを助けることが目的だしね。







 でも、スリープは、本当にルリリを襲うのかな。さっき信じると決めたはずなのに、どうしても疑ってしまう。
 ……悪い癖だ。あたしは臆病で、その上どうしても他のポケモンを信じることが出来ない。他のポケモンが信用ならないわけじゃない。何というか、信じるのが怖いのだ。もしかしたら、心の奥底に封印している、トラウマになるような明確な記憶があるのかもしれない。

 だけど心の何処かに、信じるよう訴えかける自分もいて、それを考えるといつも頭の中がぐちゃぐちゃになる。だから、「信じる」とか、「信じない」とか、そういったことは考えず、いつも適当にポケモンと話していた。
 それなのに、何故かシン君と話すときはそれを余計に意識してしまう。理由は分からない。シン君の言葉は、何故か適当に返せない。



 「メアリー?」

「へ?あ、シン君!どうしたの?」

 考えにふけっていて周りのことが見えてなかった…!ここは不思議のダンジョン、いつ野生のポケモンが襲ってくるか分からない、そんな危険な場所だというのに…。

 「はい、リンゴ。お腹すいてるだろ?」

 すこしあたふたしてたあたしに、シンくんは前足で受け取って、シャリ、とかぶりつく。甘酸っぱい果汁が、口の中に広がって満ちていく。美味しい、けれど何かスッキリしない。

 シン君は片手に持ったリンゴにかぶりつきながら、先を行くイブゼルの後ろをついている。イブゼルは野生のポケモンをばったばったと薙ぎ倒しながら鼻唄混じりに歩いている。強い。次々と現れるムックルや、ワンリキー、イシツブテといったポケモン達を“冷凍パンチ”で殴り飛ばし、“水の波動”で吹き飛ばしている。
 時々、振り替えってこちらを見るものの、後ろをついて来られていることに嫌そうな態度も見せないし、むしろこっちに手を振ってくる。よく分かんないけど、本人は気にしてないようなので、こうして今あたし達はイブゼルの後ろを歩いている。

 「それにしても楽だな。イブゼルを仲間に入れるってのもありかもしれない」

「シン君……それはどこから目線で言ってるの?」

「……上からだな。イブゼルって、何か先輩って感じがしない」

 それをシン君が言い終わるや否や、シン君の頭が弾け、水が散り飛ぶ。イブゼルが水を手に滴らせ、こちらを向いてこう言った。

「聞こえてんぞ、てめぇ。次言ったらてめぇからぶっ飛ばすからな」

「もう吹っ飛んでるんだが」

シン君は、水浸しになった頭をブルブルッと震わせて水を散らす。その一部があたしの顔にもかかる。

「冷たいよ~、シン君」

「あー、すまんメアリー。気をつける」

シン君は手で頭をくしゃくしゃ~っとしながら謝った。いや散ってるよ、シン君。散ってるって。

 あたし達はそんな感じで適当にやりとりをしながら、ただただイブゼルの後をついていった。ふと、上を見上げる。あぁ、空が青い。険しい岩肌だけで、裸同然のトゲトゲ山は邪魔な木々がなく、そこから見上げる空は尚いっそう青く、格別だった。澄んだ海に白い雲が漂って、黒のムックルが悠々と泳いでる。その影が、だんだん大きくなっていく。ん?大きく…?あれ、なんだか近づいて…




「きゃあぁっ!?」

 ムックルが、突っ込んできた。ぼーっとしてて反応が遅れたけど、間一髪のところで避ける。対するムックルは地面すれすれで宙返りして、浮上した。…そのまま激突して自滅してくれたら良かったのに…。
 ムックルが一鳴きし、さらに一回転。その勢いを利用してあたしに突進してきた。けれど、加速した瞬間にムックルは輝き、ビクッと体を震わせて宙に静止。そのまま情けない鳴き声をあげて地に落ちた。地面に落ちても尚、細かく痙攣していて、時折小さな稲妻が体を走っている。ムックルの後ろでは、シン君が右手から煙を出して立っていた。

 「た、助かった……」

「ふぅ…。危ないところだったぞ、メアリー」

「…ごめん。ありがとう、シン君」

 シン君は軽く返事して、あたし達の騒動に気付かず先を進んでいたイブゼルの後をついていく。
 ボーッとしてる場合じゃない。目の前のことに集中しなきゃ。
 スリープが、ルリリを本当に誘拐したのかは分からない。けれど、同じ探検隊の仲間が、シン君が、そう言うのなら信じるべきだ。それに、もしルリリが本当に誘拐されていて、今にも襲われようとしているとしたら、一刻も早く助けるべきだ。……そうだ。信じる、信じない以前にまずはルリリのことを第一に考えなくちゃ。

 「おーい、メアリーちゃーん!何してるんだい?こっちだよ~!」

イブゼルがそう言ってこっちに手を振っている。あたしは元気よく返事した。

「はーい!」

……とりあえず、考えるのは止めにしよう。







※※※


   



 厄日だ、全く。というか、最近嫌なこと続きじゃねぇか。それもこれも、あのシンの奴のせいだ。あいつが「湿った岩場」でたまたま奇跡的に俺をダウンさせてギルドに連れてこなければ、こんな目に遭うことも無かったんだ。ちくしょう、ふざけやがって。

 別に、ギルドは好きで抜けたわけじゃねぇ。こっちもちゃんとした理由があったんだ。それなのに、あのペラオのやつ……こっちの言い分を聞こうともしねぇ。いつか水浸しにしてやる。

 今日だってそうだ。俺が真面目にお尋ね者を捕らえてやろうと意気込んでたってのに、シンが依頼書を奪い取りやがった。もちろん取り返したが、腹が立って仕方がねぇ、くそったれめ。

 ん?あぁ、もちろんメアリーちゃんは別だぜ?メアリーちゃんだけが俺の癒しさ。今だって、メアリーちゃんがどうしてもっていうから協力してやってんだ。シン単体なら今頃、百回ぶちのめして山に還してるよ。
 それにしても、ここの敵は張り合いがねぇな。ずっと山に籠ってるならもっと修行でもして、強くなってから出直してきやがれってんだ。まあもともと、俺のレベルが高すぎてここの適正値に合ってないってのも原因の一つだが。

 「おい、イブゼル」

「あ?」

後ろからシンの声が聞こえたんで、返事してやる。シンは、手にリンゴを持って俺の前に出してきた。

「リンゴ。お前ばっか動いてる気もするし、なんか申し訳ないからな」

「てめぇがくれるもんなんざ要らねぇよ」

「メアリーからのなんだけど」

「よこせ」

人の親切は素直に受けとるもんだ。俺はシンからリンゴを受け取って、ガブッと一口噛みついた。うむ、旨い。さすがメアリーちゃんのリンゴ。







「ギャァァアッ!」

 うるせぇ。横から突っ込んできたエレキッドを、冷凍パンチで殴り伏せる。俺の至高のおやつタイムを邪魔するんじゃないぜ。

 というか、そろそろ奥地に来たんじゃないか?何回か登ってるが、エレキッドが出てくるのは結構上層だったはずだぜ。結局、ほとんど俺が敵を蹴散らしちまったな。メアリーちゃんも、俺のこのたくましい後ろ姿にさぞ惚れ込んでることだろうぜ。





 「イブゼル、危ない!」

 ほほう……メアリーちゃん、さっそくアプローチに出てきたか。…危ない?一体何のことだい?もしかして………?いやぁ!ずいぶん刺激的じゃあないか!

 「ごふぁ!?」

 いきなり、顔面に激痛と電流が走って目の前の景色が歪み、俺の体は後方へとぶっ飛んだ。固い地面に思いきり激突する。
 しかし、追撃の隙は与えねぇぜ。俺は、頭をかかえながらムクッと起き上がる。前方には、さっき倒したはずのエレキッド……なるほど。なかなかタフじゃねぇか。
 俺は、膝を手で押さえて立ち上がろうとする。……が、なんだ?体が動かねぇ。足なんて、ガクガク震えるばっかで言うこと聞かねぇ。……糞、麻痺ってやつかよ、こんなときに…。
 エレキッドは腕をぐるぐる回し始めた。頭にささった二本の突起の間に稲妻が走り、だんだん大きくなっていく。あれ食らっちまうと、ちょっと面倒だな…。

 充電が完了したらしく、両手をあげて“電気ショック”の構えをとる。俺、ダメージを覚悟して目をつぶる。
 しかし突然、エレキッドの背後から二匹の影が現れた。そしてすぐさまエレキッドが断末魔をあげてのけ反り返る。一匹、シンがエレキッドの頭を勢いよく“石のつぶて”で殴り、もう一匹、メアリーちゃんが思いきり背中に噛みついたのだ。

 電撃は、ついに放たれなかった。エレキッドはへなへな~、とその場に倒れ付した。

 「イブゼル、大丈夫か?」

「………ちっ、大丈夫だよ。」

「ほら、食えよ。麻痺がとれるぜ」

 そう言ってシンは俺にクラボの実を渡してきた。仕方なしに受け取ってやる。一かじり、よし、だんだん痺れがとれてきたぜ。言っとくけど貸しとかじゃないからな?

 「イブゼル……大丈夫?」

「あぁメアリーちゃん!大丈夫さ!助かったぜ!」

「本当?…良かった~」

メアリーちゃんは嬉しそうに、俺に微笑みかけてきてくれた。いやぁ、メアリーちゃんマジ天使。







※※※


 …おい、エレキッドなんて聞いてないぞ。
 
 

確かゲームで、エレキッドは出てこなかったような……

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