捌参 失脚の化学者

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読了時間目安:13分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 “無名の泉”に立ち入ったぼく達は、そこでサードさん、行方不明になっているテトラさんと再会する。
 行方不明になってる間に色々あったみたいだけど、どこかでシルクさんに救出されたらしい。
 それでテトラさんに案内されて、ぼく達は一人のエーフィと顔を合わせる。
 その人が暴走するししょーを止めてくれたシルクさんで、チラッと会っただけだったけどぼくの事を覚えてくれてていた。
 [Side Kinot]




 『キノト君、ゆっくり休めたかしら? 』
 「はい! 」
 昨日は色々あったけど、全部一日で起きた事なんだよね…。あの後ぼく達は、シルクさんと話す事ができなかった。本当は話したかったんだけど、サードさんに呼ばれて色んな人と話していたから…。コークさんとか他の“観測者”の三人とか、ししょーと同じ“英雄伝説”の当事者の人達。ししょーとシャトレアさん、それから“理想”はいなかったけど…。
 それで時間も遅いからって事で適当に切り上げて、今は空が若干明るくなり始めた明け方…、かな? 泉の水で顔を洗っていると、ぼくは後ろの方から声をかけられる。頭の中に響いてるから話しかけられた訳じゃないけど、振り返ったそこには昨日話しそびれたエーフィのシルクさん。ちょっとだけ顔色が悪いような気がするけど、優しい表情でぼくに訊ねてきた。
 「昨日は慌ただしかったけれど、その様子だと問題なさそうね」
 「そうだね」
 ぼくが大きく頷くと、シルクについてきていたもう一人、多分“漆赤の砂丘”の時にいたユキメノコさんがぼくの様子を伺ってくる。昨日は忙しかったみたいで偶々話せなかったんだけど、テトラさんから聞いていたからいることだけは知っていた。ユキメノコさんの方も誰かから聞いていたらしく、オレンジ色の毛並みのぼくが<u>ぼく</u>だってすぐに分ったらしかった。
 『…今更な気きがするけど、こうして落ち着いて話すのは初めてかもしれないわね』
 「そうなるわね。…キノト、だったかしら? あなたの事はサードから聞いているわ」
 「サードさんからですか? 」
 結局聞けてないけど、ユキメノコさんって何者なんだろう? テレパシーを使ってるかもしれない、ってシャトレアさんが“漆赤の砂丘”で言ってたけど…。何かを思い出したような感じで、シルクさんがぼくの方を見て語り始める。言われてぼくもハッとなったけど、前にあった時、それから昨日も、慌ただしくてちょっとしか話せてなかった。…だからちゃんとシルクさんには名乗れてないし、隣のユキメノコさんの事だって何も分らない。サードさんの知り合い、ってことは間違いなさそうだけど、シャトレアさんは知らなかったみたいだから、少なくとも保安官じゃないとは思う。
 「そうよ。後々明かすから今話すけど、私はミウ、って名乗ってるわ」
 『何となく気づいてるかもしれないけど、ミウさんはユキメノコじゃなくてミュウ、って言う種族。直接的に言うなら、“原初”を司っている主神の一人。キノト君が分かる言葉で言うなら、ルデラの事件の協力者の一人、ってなるわね』
 「しゅっ、主神って…、ええっ? 」
 ちょっ、ちょっと待って! “原初”って事は…、嘘でしょ? ユキメノコの彼女、ミウさんは頃合いを見て簡単に自己紹介してくれる。シルクさんが補足してくれたけど、ぼくはてっきり伝説の当事者、そのぐらいかと思っていた。だからシルクさんが話してくれた内容に、思わず言葉にならない声をあげてしまう。当事者どころか伝説そのもので、それも誰でも知っているような有名な伝説の種族だったから…。それにルデラの事件って事は、ミウさんとししょーは知り合い、って事になる。だけどししょーからミウさんの事は聞いた事がなかったし、本にも全く名前が出て来なかった。協力者なら、名前ぐらい出しても良かったような気がするけど…。
 「ミュウって事は、ボク達の時代だとリヴさんにあたるね」
 「リヴ…、懐かしい名前ね。確かあの子には私が回復している間、三代分ぐらい“原初”の代わりを頼んだうちの一人だったわね」
 『聞きそびれてたけど、そういうことだったのね。…それで私は、見ての通りエーフィのシルク。フィフ、って呼んでくれても構わないわ。ウォルタ君から聞いてるかもしれないけど、私は五千年前、十八代目の“絆の従者”。職業は化学者兼治安組織支部長代理、と言ったところかしら? 』
 「かが…? 」
 何なんだろう、化学者って…。ぼくは驚きすぎてそれどころじゃなかったけど、この感じだとフライさんはあまりびっくりしてないんだと思う。多分リヴ、っていうのがその人の名前なんだと思うけど、知ってるって事は会ったことがあるのかもしれない。…よく考えたらフライさんは考古学者だし、伝説の当事者のシルクさんの仲間のひとり。シルクさんは“絆”でコバルオンが就いてるはずだから、伝説同士の繋がりで知り合い、ってぼくは思ってる。五千年前の世界がどうなのかは分らないけど、ししょーがたまに行ってる“伝下統領会議”みたいな時に会ってるとか…、そんなところだと思う。
 …ししょーから聞いてるからシルクさんの地位は知ってたけど、その後で教えてくれた職業の事が分らなかった。前の方は学問か何かだと思うけど、後の方が全然想像できない。だからぼくは、教えてくれたシルクさんに訊き返す事しか出来なかった。
 「保安協会の前身組織、だったかな? …ついでにボクも二千年代の出身で、名前はフライ。職業は一応考古学者で、シルクと同じでウォルタ君に色んな事を教えた立場、って事になるのかな」
 『そうなるわね』
 「…だけどシルク? さっきから聞きたかったんだけど、“ビースト”の討伐に行くのにこんな早い時間に起きなくても良かったんじゃないかな? 」
 そうだよね。“ビースト”を倒しに行くって聞いてたけど、それならもう少し遅い時間でもいいもんね。ぼくが唖然としている間に、今度はフライさんが自己紹介を始める。もの凄く短かったけど、ミウさんに対してしたみたいだから、この位にしたんだと思う。その後フライさんは、思い出したようにシルクさんに尋ねる。確かにフライさんの言うとおり、この泉にいる人は、まだ殆どが眠ってるから…。
 『ええ、フライの言うとおり、草の大陸の近海だからここまで早い必要はないわ。…本当は今日戻ってからするつもりだったけど、キノト君の実力を測るのを兼ねて見て欲しい事があるから、かしら』
 「ぼっ、ぼくのですか? …あっ、そっか」
 ダンジョン潜入するから、そのために見てくれるのかな? フライさんの質問に頷いたシルクさんは、彼、ぼくの順に視線を流す。落ち着いた優しい表情で話してくれる彼女は、この流れで訳を語ってくれる。まさかぼくの戦いを見てくれるなんて思ってなかったけど、ある意味丁度よかったのかもしれない。
 「それじゃあシルクさん、お願いします」
 『こちらこそ。多分フライは凄くビックリすると思うわ』
 「ボクが? 」
 それって、どういうことなんだろう? 後ろに跳んで距離をとって、ぼくはシルクさんに向き直る。彼女も軽い身のこなしでスペースを空けて、メガネ越しにぼくを真っ直ぐ見据える。シルクさんが伝えてきた事が少し気になったけど、ぼくは浮かび始めた疑問を頭の奥の方に追いやる。
 『ええ。…キノト君、どこからでもかかってきて! 』
 「はい! …じゃあ、いきます! 」
 シルクさんのかけ声? に大きく頷き、技のイメージと一緒に足に力を込める。
 「アクセルロック! 」
 溜めた力を一気に解放し、地面を思いっきり蹴る。そうする事で素早く跳びだし、十五メートルぐらいある距離を一気に駆け抜…。
 「――」
 「…えっ? 」
 なっ、何で? 体が動かない! 先制技だから先手をとれたけど、ぼくは無抵抗のシルクさんにダメージを与える事が出来なかった。一気に駆け抜けて二メートルになった時に跳びかかろうとしたけど、後ろ足が地面から離れた瞬間、空中でピタリと完全に勢いが止まってしまう。何かの技だと思うけど、痛みとかダメージは全然ない。
 「っ! 」
 『先制技、まだ荒削りだけど、中々の速さね』
 浮かされた状態のぼくは、見えない力で元いた後ろの方に弾き飛ばされてしまう。着地しやすい態勢で飛ばされたからすぐに動けたけど、本当のバトルだったらこれだけでは済まなかったと思う。
 「――っ! 」
 『今度は私からいかせてもらうわ! 』
 「岩落とし! 」
 さっきは失敗したけど、これなら…! 開かされた距離を埋めるために、ぼくはもう一度走り始める。今度はアクセルロックを発動させず、別の技を準備する。…だけどその途中で、ずっと動かなかったシルクさんが行動し始める。その場で口元にエネルギーを溜め、土色の球体を作り出す。八メートルの距離になったところで一発発射してきて、走ってくるぼくの接近を阻止しようとしてくる。だからぼくは右斜め前に跳び退き、勢いそのままに反時計回りに走り抜ける。同時にシルクさんの技をやめさせるため、シルクさんの真上に大岩を出現させた。でも…。
 「うっ、嘘でしょ? 」
 『作戦は悪くないわね。…でもこれならどうかしら? 』
 「うわっ…! 」
 完全に落ちきる前に、ふわふわと浮かされてしまう。攻撃できるって見越して接近し始めたんだけど、ぼくは予想外の事で思わず狼狽えてしまう。それどころか浮かされたぼくの岩が飛んできたから、慌てて左前に跳んで回避した。
 「ならこれで…、噛みつく! 」
 そのまま走る足を止めず、その場から動かないシルクさんに急接近。顎に力を蓄え、弱点属性で咬みかかる。
 『その攻撃、待ってたわ』
 このタイミングでようやく、その場から動かなかったシルクさんが動き始める。態勢を低くするような感じで身構え、パッと見重心を後ろに移動させたような感じになる。
 「…―! 」
 その態勢で後ろ足で思いっきり地面を蹴り、その場で左前足を軸に回転する。
 「ぼくだって…! 」
 ぼくのスピードとタイミングを考えると、多分シルクさんのしっぽが前に来るぐらいに、ぼくとぶつかると思う。だからって事で、ぼくは発動させていた噛みつくを一度キャンセルした。
 無理矢理技を解除したから少し怠くなったけど、シルクさんの尻尾の付け根がぼくから見て左になったタイミングで、ぼくも別の行動に移る。三メートルしかない短い時間だけど、ぼくはしっかりと目を凝らして、シルクさんのしっぽの軌道を読む。注意深く観察しながらタイミングを計り…。
 「…? っ! 」
 一メートル手前で斜め上に跳ぶ。同時にぼく達の世界ではカウンターにあたる撃術を発動させ、真下を通過している薄紫色のオーラを纏ったしっぽを狙う。丁度二股に分かれている部分を左前足で引っ掻き、その勢いで横回転…。
 「…アクセルロック! 」
 回転の勢いが収まらないシルクさんが後ろ向きになっている隙に、ぼくは前足と後ろ足、同時に着地する。丁度今シルクさんは隙だらけの状態になってるから、岩タイプの先制技で追撃を仕掛…。
 「まっ、また? 」
 『まさかキノト君も“術”を使えるとは思わなかったわ。…ありがとう、大体分ったわ』
 「えっ、もうですか? 」
 たったこれだけで? 隙が出来たシルクさんを攻撃しようとしたけど、ぼくはまた見えない力で止められてしまう。この間に体勢を立て直されたから、ぼくの追撃は失敗。…悔しかったけど、撃術が決まってシルクさんに攻撃が当たったのは凄く嬉しい。地面に下ろされてからもすぐに構え直したけど、技を解いたシルクさんは涼しい顔でこう言葉を伝えてくる。意外すぎる内容だったから、ぼくは思わず訊き返してしまった。
 『身のこなしと技、少しだけ見るだけで粗方判断はでき…』
 「シルク! 出来ないはずなのにさっき物理攻撃してたよね? 」
 「“狂乱状態”にならないと出来ないはずだけれど…」
 『ええ、確かに物理攻撃はしたわ』
 物理攻撃って、さっきのしっぽの、だよね? 模擬戦? が終わって肩の力を抜いていると、フライさんが声を荒らげながらぼく達の方に飛んできた。だけど正直に言って、物理攻撃が出来るってことは驚く程でもないと思う。また知らない言葉が出てきたけど、それを訊く前に話しがどんどん進んで行ってしまった。
 『キノト君も使えるなんて思わなかったけど、“月の次元”の攻撃方法らしいわ』
 「月の、て…、いつの間に? 」
 『パラムの時。戦うなら先ず敵を知れ、って感じね。見よう見まねで“尾術”を試してみたけど、<u>技じゃない</u>から“代償”の範囲には含まれないらしいのよ』
 「“代償”ってことは…、シルクさんは物理技が封印されてるんですか? 」
 『その様子だと、ウォルタ君から聞いてないみたいね。…話を元に戻すと、キノト君はフライと近い戦闘スタイルになりそうね。反応スピードと戦略は良いけど、技の威力と精度は発展途上といったところかしら? …だけど流石ウォルタ君の弟子ね。間合いと身のこなしは、同年代の子よりかなり上を言ってると思うわ』
 「ありがとうございます! 」
 …ってことはもしかして、“術”って“チカラ”と“代償”の対象にはならないのかな? さっきのぼくの撃術も、成功してたのに堪えてる感じが全然なかった。“月の次元”の攻撃方法だから、“太陽の次元”の“チカラ”には効果がないのかもしれないね。




  続く

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