13話 アング
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
2020年7月23日改稿
真っ暗闇の中、アングは1匹漂っていた。
「物、だって……? エイパムはお前や僕達と同じポケモンで生きている1つの命だ! 物って言い方はひどいだろッ!!」
なんであいつはあんなに怒っているんだ?
青いポケモンの言葉を思い出す。
1つの命? それはどういうことだ? あれはただの物であるはずだ。
よくある子供の戯れ言だと思えばいい。
……いいはずなのに、なんでこうも奴の言葉が引っかかる。
「それはやっちゃいけないことだってお前自身がわかっているからだ」
誰かの声が聞こえた気がした。
何故、あの黄色いポケモンはその場から逃げた青いポケモンを信じて待てる?
なんでこいつはこんなに真剣なんだ?
たかが物一つが壊れかけているだけだろ?
「あれは物なんかじゃない。 お前だってわかっているはずだ」
「いや、あれは物だ! そうでもないと俺は……俺はッ!」
「思い出せ! お前はあの時、なんで森の中に1匹で暮らしていたのかを。 お前は……俺は何を思ってそうしていたかを!」
「うるせぇ! たとえ俺の言葉でも認めるわけにはいかねぇんだ!」
聞こえてくるのは自分自身の声。
多くのポケモンを傷つけ、ポケモンの血で黒くくすんでしまった自分の体毛とは真逆に汚れの無い白い体毛の自分自身が目の前にいた。
「もうわかっているはずだ。 あれは……ポケモンは物なんかじゃないって。 みんな生きている」
「黙れ!!」
乱暴に自分の言葉を遮る。
そんな事はわかっている。 わかっていた。 だけど認めたくは無かった。
「過ちを認めることは決して弱い事じゃない。 むしろ強いことです。 これ以上、他者と自分を傷つけるのはやめてください」
「なんで……お前がここにいる?」
そこには青いポケモンが淡い光を帯びた姿で立っていた。
「僕はあなたを助けたいと強く願った気持ちの、思いの欠片です」
「思い……? なぜだ? 俺はお前の友達を傷つけたんだぞ? そんな俺をお前は助けたいとでも思ったのか?」
「だって、あなたは本当に悪いやつじゃない」
「何を根拠に」
「こうして葛藤しているポケモンが悪い訳ないです。 それにでんきタイプのヒカリには『かみなりパンチ』、じめんタイプのザントさんには『どくづき』。 あなたの攻撃は相手のポケモンに対して効果の薄い攻撃ばかりでした」
「今、俺がやるべきことは決まっている。 ……もう、わかっているんだろ?」
先ほど問いかけていたもう1匹の自分がアングの中に入っていた。
「そうだな。 もう答えは出てた。 ありがとうな坊主。 おかげで無くしていた大事な物が取り戻せた」
青い少年は優しい笑顔をすると消えていき、アングのいた暗闇もまばゆい光に包まれていった。
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「……ここは」
「よう、目が覚めたみたいだな」
アングが目を覚ますとそこは薄暗い檻の中で、両手は縄で頑丈に縛られていた。
檻を挟んだ目の前には、戦闘を繰り広げた救助隊のサンドパンが腕を組んで、イスに腰かけていた。
「妙な真似はするなよ。 この部屋には俺しかいないが、外にはコイルやレアコイルがここを包囲してる。 おとなしく、こちらの質問に答えることだな」
「そんなこと言われなくても俺はもう逃げねぇよ」
「やけに素直だな」
穏やかな口調でこちらの指示に従うアングの変わりように、少し警戒しながらもザントは話を続ける。
「まずはどうしてこんな事をしたか、聞かせてもらおうか?」
「……そうだな。 暴れていたときの俺は大事なものが認識できてなかった……その結果、欲望のままに行動しちまっただけだ」
「その認識できなかった大事なものっていうのはなんだ?」
「……『命』だよ。 あの時の俺はどういうわけか『命』というものをまったく感じられなかった」
ザントはハルキがアングの言葉は本心ではないと言っていたのを思い出した。
もし、それが本当ならば、アングは操られていた可能性もある。
だが、操られているポケモンというのは強い感情をみせず基本は無言。
喋っても片言のはずだ。
「質問を変えよう。 お前がそうなる前に何か覚えていることはあるか?」
「誰かと会って、何かを言われた気はするが記憶が曖昧だ」
「どんな特徴の奴だったとか、何を話したのかも全く覚えてないのか?」
「あぁ。 森でひっそり暮らしていたら誰か来て、何か言われたってことしか覚えてねぇ」
「そうか……」
どうやら黒幕がいるようだが、これ以上アングから情報は得られなさそうだ。
ザントは話を切り上げる事にした。
「聞きたいことはこんだけだ。 明日には、コイル達の運営する施設に連行される予定になってる。 わかっていると思うが暴れたりするなよ?」
「わかってる」
「……随分と大人しくなったな。 捕まって頭が冷えたか?」
「フッ……。 そんなんじゃないさ。 ただ、無くしていた物を取り戻せた。 それだけだ」
「そうか、そいつは良かったな。 それじゃあな」
「待ってくれ。 ひとつ伝言を頼みたいんだが」
「なんだ?」
ザントが部屋から出ようと扉に手をかけた体勢のまま用件を聞くことにした。
「青い坊主に、ありがとう。 お前の気持ちはちゃんと届いた と伝えてくれ」
「……わかった。 ちゃんと伝えておくよ」
アングの言葉を聞いてザントは口元を少しニヤッとさせ、そのまま扉を開けて部屋から出て行った。