025 わたしは大丈夫だから

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「魔法使い協会って?」
「そのまんまだ、魔法使いで1番の権力を持ってるとこだ。 魔法に関する条例とか法律とか……そーゆー細かいとこ決めてる」

ミツキがモモコにざっくりと説明している傍らで、ディスペアはポーカーフェイスを貫いたまま話を続ける。

「その魔法使い協会が、ポケモンになった人間について研究していても、何らおかしくないでしょう?」

その研究がどんなものかは、まだまだ子ども魔法使いのチームカルテットには想像がつかないが、だからこそ不安にもなる。
現にモモコは、現に闇の魔法使い組織であるクライシスに身柄を狙われている。 彼ら以外の魔法使いに狙われる要素があってもおかしくないと考えるのは、自然なことだ。

「悪いようにはしねーんだよな?」

ディスペアを見上げるように、ミツキは尋ねるが、返ってきた返事はさらに不安を加速させるようなものだった。

「どうかしら……。 この世界にとっては、悪いようにはしないと思うわ」
「この世界にとっては、ってことは……モモコにとってはどうなんですか?」

ディスペアの曖昧な返答に、ライヤは眉間にシワを寄せながら尋ねる。

「もしかしたら……良くないことが起こる可能性もゼロじゃないと思うの」
「ジョーダンじゃないわよ。 なんだってマスターとマナーレがそんなこと考えてるって思うの?」
「わ、わたしもそう思う! マスターもマナーレも、ここの魔法使いのこと考えてると思うよ?」

啖呵を切るようにコノハが吐き捨てると、モモコも続けた。 コノハの表情が不機嫌極まりないものだったため、なるべく言い方には気をつけようとしたが『自分の身によく分からないことが起こるかもしれない』感情を抑えるのは13歳の彼女にはどうしても難しく、まくし立てるような言い方になってしまったのだが。

「でも、2匹は昨日モモコちゃんがドレンテちゃんに捕まったことに気付かなかったんでしょう? マジカルベースにいながら」
「それは仕方ねぇよ、マスター達だって仕事があったんだから____」
「本当に大切なら、もう少し警備を頑丈にしておくとかできたハズよ? でもあの2匹は、それを怠った」

さすがにここまで言われると、ミツキも返す言葉がない。 マジカルベースには施設の安全を守るためにフィルが施錠係として配置されているが、彼も優秀と言われている魔法使いであるため、常にマジカルベースにいるワケではない。 そうなれば、マジカルベースにほぼ常駐状態のモデラートとマナーレに責任が回ってくる。

「うぐ……」
「なんてね、終わったことをこうやってうだうだと言ってもダメよね」

言葉を詰まらせるミツキを少しからかうかのように、ディスペアは話題を締めた。

「私、この後も別のところで仕事があるからまた夕方ね。 モモコちゃんは病み上がりだし、採血の後だからあんまり無理しちゃダメよ?」

それだけ言い残し、去って行くディスペアの後ろ姿をチームカルテットは不安を強く表す表情で見送った。 ディスペアの姿が見えなくなると、コノハがやっと出せると言わんばかりに怒りの感情を口にしながら、地団駄を踏み始めた。

「あーもぅっ! さっきのディスペアの話、正直アタシはイラッときたわよ! 魔法使い協会のこと、悪く言うんだもの!」
「コノハの親父さんは、魔法大学の教授やってて魔法使い協会でもお偉いさんなんだ」

ミツキの冷静なモモコへの説明に覆い被さるように、コノハは大きな目をギラッと光らせながらモモコに同意を求めた。

「それだけじゃないわよ! マスターやマナーレのことも疑うし、あんな言い方されたらモモコだって不安になるわよね!?」
「落ち着いてコノハ。 1回深呼吸しよ?」

どうどうとモモコはコノハを宥める。 むしろ自分が当事者のハズなのに、こんなにひどく落ち着いているのも変な話だと思いつつも、事実確認が取れていない以上は変にディスペアに対して怒ることは筋違いだと自然に思ったのだ。
とはいえ、モモコが誰よりも不安を抱いていることには変わりない。 ある意味、自分の代わりにコノハがここまで怒っているのは、自分の負の感情を伝えることが下手くそなモモコにとっては悪いことではないのかもしれない。

「まぁ俺もマスター達が変なこと考えてるとは思わねぇな」
「ただ……」

ふと、ライヤがバツが悪そうに恐る恐る声を発する。 自分達の言い分に何か思い当たることがあるとすぐに分かったミツキは、じっとライヤを見つめた。

「なんだよライヤ? まさかディスペアの言うこと、真に受けてるのか?」
「いえまさか! ただマスターもマナーレも、なかなか自分のこと話してくれないなぁ、とは思って……」

ライヤの言うことは一理ある____ミツキとコノハは不意にそう思ってしまった。 実際、魔法使い達も日々依頼に追われており、モデラートとマナーレとまともに顔を合わせる機会は合奏の時ぐらいだ。 チームアースのように朝帰りになってしまうケースもある。
ミツキやコノハのように直情的な性格の魔法使いからすれば、モデラート達の黙秘を貫くスタイルは面白くなく感じることもあるが、頭が回るライヤはモデラート達の気持ちも汲み取ろうとしていた。

「でも、大人には大人の事情があるんですよね、きっと」

残るモモコはというと、正直自分の気持ちが分からなかった。 マジカルベースにいる時間は圧倒的に短く、まだ魔法使い達の人となり____あらぬポケとなりを掴み切れていない。 モデラートとマナーレが他の魔法使い達にあまり関わろうとしていないことも、初めて知ったようなものだ。

「みんな、とりあえず仕事しよ?」
「でも、モモコ……。 自分のことでしょ?」
「わたしは大丈夫だから、ねっ!」

むしろ当事者である自分が、少しでも冷静に構えていないと____不安を押し殺すように、モモコは『自分は大丈夫だ』というサインを少しでもミツキ達に示すように作り笑顔を見せる。 絶対大丈夫、と言うと嘘になるのに、またやっちゃった。 そう少し反省ながら。
すると、空気を壊すかのように1匹のポケモンのつんざくような悲鳴が聞こえてきた。

「キャーッ! ひったくりよぉ!」

町で起こる事件を解決するのも、魔法使いの仕事。 ちょうどこのむしゃくしゃした気持ちを発散するいい機会かもしれない____ミツキはニヤリと笑いながら、声のする方を向く。

「……ちょうどいいタイミングじゃねぇか!」

***


「おい、ドレンテ」

ところ変わってクライシスのアジト。 グラーヴェの怒声が辺りに響き渡っていた。 そんな怒声とは裏腹に、ドレンテは他人事のように「なんだよ」と気だるそうにグラーヴェに返す。 何となく、ドレンテはグラーヴェに何を言われるのか分かっていた。 だからこそ突っかかって欲しくなかったのだろう。
ソナタはグラーヴェが怒っていようが知ったこっちゃないようで、でも声を煩わしいと感じながら眉間にシワを寄せ、ファンデーションを顔に塗っていた。

「俺は分かっているぞ。 お前、雨の日のチームカルテットとの戦い、やる気なかっただろう」

グラーヴェとソナタと別行動を取っていたドレンテは、単独でモモコを拉致したがまるでグラーヴェ達に引き渡そうとする姿勢が見られなかった。
ミツキ達との戦いもほぼ棒立ち状態の彼は、クライシスであってクライシスっぽくない。その日以降からドレンテの行動には目立ったものは見られなかったが、 グラーヴェには見抜かれていたのだ。
グラーヴェの怒声を煩わしいと感じたドレンテは、はぁ、とわざとらしく溜息をつくと、ようやくグラーヴェに言葉を返した。

「だからー、もういいじゃん。 あの時は雨のせいだって。 あいにく湿気は苦手でね」
「お前なぁ……」
「それに、僕達の今の目的はポケモンの負の感情を集めながらモモコを捕まえることじゃないか。 別に『覚醒』する気配もないミツキ達を生かすも仕留めるも自由だと思うけど____」
「いいえ、ドレンテ。 予定を変えることとするわ」

ドレンテの言葉を遮るように、天からユウリの声が聞こえる。
幹部3匹はその声に反応するように天に向かって跪きながら、ユウリの言葉に疑問を抱いている。

「狙いをミツキ、ライヤ、コノハにも広げるわ。 奴らはお互いを大切にしている、誰かがピンチになると全力で助けようとする、その気持ちを利用するのよ」

ユウリが話し終えようとする時に、グラーヴェはユウリが言いたいことを理解したのか、目を丸くしながら早口でユウリにその真意を伝えようとする。

「もしかして、ユウリ様____」
「勘が鋭いわね、グラーヴェ。 せっかくチームカルテットが4匹全員揃ったもの。 奴ともこれから連絡を取って、様子を見ながら本格的に動けられるように準備はしておきなさい」

クライシス3幹部は、威勢のいい返事を辺りに響き渡らせ、ユウリに返した。

「「はっ!」」

3幹部に天から呼びかけるその姿は、丸っこく可愛らしい身体とそばかす、ホタチと呼ばれる腹部の貝殻がトレードマークのラッコポケモン、ミジュマル。 身体の調子が良くないのか、ベッドの上で水晶玉を見つめて3幹部を見下ろしている。
側では、ネロちゃんがユウリのために食事を用意していた。

***

「ボクのニャオたんのカバンが引ったくられたんだ! 誰かアイツを捕まえてくれぇ!」
「ニックぅ! 呼びかけてくれるなんてお、と、こ、ま、えっ!」

ところ戻って、星空町の大通り。 カバンを引ったくられたと訴えるのは、いつか見かけた気がしたニャオニクスのバカップル____の、彼女の方だった。 彼氏の方はというと、町のポケモンに呼びかけるはいいものの自分から助けようとはしない。

「……あれ、あのカップルの男の方は追っかけねぇのか?」
「多分、スピードとサイコパワーに自信がないんだと思う……」

バカップルに呆れているミツキとモモコをよそに、ライヤは頭を働かせて作戦を立てていた。 チームメンバーの特性を生かしつつ、動きの段取りを決めることに長けているライヤは、最短時間で動きをコーディネートすることができる。

(さて、どうするライヤ。 ミツキの次に足が速いのはモモコですが、いかんせん病み上がり且つ健康診断の後。 パワーもダウンしています。 となれば……そうだ!)

ようやく、勝算ある作戦を見出したライヤは分かりやすくチームメンバーに自分の考えを説明する。

「僕はサポートに回ります。 ミツキは引ったくりを追いかけて下さい。 コノハは空から攻撃をして、町の行き止まりまで誘導をお願いします」

いたってシンプルな、地上と空中からの挟み撃ち作戦だ。 空中からコノハが攻撃を放つことで、引ったくり犯を行き止まりまで誘導する。 地上ではミツキが追いかけており、引ったくり犯は頭上、背後、そしてカバンと3つのことに気を配らなければいけない。

「なるほどな、挟み撃ちにするってワケだな!」
「任せてよねっ!」

ライヤの意図を理解したミツキとコノハは、どんと来いと得意げな表情で応える。

「そしてモモコ。 僕の分析が間違いなければ、きっとモモコの得意分野は物質を発生させる魔法です。 コノハと一緒に空から追尾しながら、錯乱している引ったくり犯の隙を狙って、カバンを取り返して下さい! 風を発生させる魔法なら、遠いところから攻撃することもできると思います」

ライヤ曰く、モモコの魔法からなる風はあらゆる場所から発生させることができる。 その性質を利用して、引ったくり犯の隙を狙ってカバンを取り返すというものだ。 病み上がりの体でドンパチすることもなく目的を果たせるとライヤは見越した。

「ゔぇぇ!? そんな大役をわたしが!?」
「体力的にも無理のない役割でもあって、そしてモモコにしかできない役割でもあります。 お願いしたいんです!」

今まで魔法使いの仕事で、ロクに役に立ってこなかったと思っているモモコはこの大役を引き受けることに躊躇いを一瞬見せたが、あのライヤが「自分にしかできない役割」と言うのであればと思い、引き受ける覚悟を決めた。

「……分かった、引き受けるよ!」

するとモモコはふと思い出したように、ライヤにある確認と提案を申し出た。

「あ、あとさライヤ! もし相手が反撃してきた時はその時その時で誰か1匹が向かい打って、あとの2匹で追いかければいいかな? そうすれば、挟み撃ちも崩さなくて済むよね」
「そうですね、それでお願いします!」

ライヤは自分が見落としていた点にモモコが気付き、意見したことに少し驚いていたが同時に嬉しくもあった。 今までは作戦や段取りはライヤ1匹で担っていたところもあったが、モモコもまたポケモンを使役する側としての実力があることを思い出す。 ポケモントレーナーの経験があるのならば、もしかしたら自分だけでなくモモコにも作戦を考えることを分担できるかもしれない____そう思うと、不意に心が軽くなった気がした。

かくして、チームカルテットによる引ったくり犯の確保が始まった。
ターゲットのポケモンは、分類の名前通りに樹氷のような身体を持っているじゅひょうポケモン・ユキノオー。 相性的にはコノハが圧倒的有利を取れる相手でもある。

「待て待て待て待てゴルァー!」
「げっ、何だあのクソガキ! 魔法使いか!」

ユキノオーはミツキが追いかけてくることに気付くと、焦りを感じて先を急ぐ。 ミツキはユキノオーの姿をよく捉えると、彼の身に付けているものを確認して驚いていた。

「って、あのユキノオー、魔法使いかよ!? ここらじゃ見ねぇ顔だけど……」

ひったくりをしているユキノオーは、自分達と同じ青紫のマントをなびかせていたのだ。 だいぶ自分達のものよりも色あせているが、ゴールドランクを表す金色のラインも確認できた。
ミツキは動揺しながらも、ひたすらにユキノオーを追いかける。 コノハが上から炎の魔法を使って誘導してくれており、作戦通りではあるのだがユキノオーが魔法使いだと分かった瞬間、胸騒ぎがした。
ようやく星空町のはずれにある通行止め区域までユキノオーを追い詰めたチームカルテットだが、彼が不敵に笑う姿に身構える。 ここからが本番だ。

「ククク……俺が何の抵抗手段もないと思ったか? 『コンキリオ・ヌービルム』!」

ミツキがユキノオーにかけられた魔法は、視界を遮る魔法だった。 目元を中心にミツキの顔周りには、雲のように真っ白で柔らかい物質が広がり、動きを封じる。

「な、何だこりゃ!? 前が見えねぇ……!」
「これは正当防衛ね! 『マジカルシャワー』!」
「『コンキリオ・フルクトゥアト』!」

コノハがステッキから放った得意の光のシャワーは、波のように軌道を変えてゆらゆらと揺れ、空中分解してしまう。

「ちょ!?」

ミツキの動きが封じられ、コノハの魔法も歯が立たない。 ゴールドランク故に様々な魔法の呪文を駆使してチームカルテットに太刀打ちするユキノオーは、なかなか一筋縄ではいかない相手だ。

「すごい……! いろんな呪文を覚えてる!」
「僕達も負けていられません!」
「『コンキリオ・シレント』!」

次いでライヤにも魔法がかけられる。 特にミツキのように目で見て分かる変化は見られないが、ライヤは確かに自分の身に起こった異変に気付いており、目を見開いていた。

「……!」
「ライヤ? どうしたの!?」
「声が出なくなる魔法だ。 これで呪文が唱えられまい」

これでライヤのサポートも受けられない。 しかし、ここまでユキノオーを追い詰めたのであればあと一歩。 向こうも向こうで、精神的に余裕があるかと言われればそうではない。

(やるしかない、ってことか……!)

モモコは覚悟を決めて、自身のウェポンであるサーベルを手に取る。 右腕はまだ注射を打ったせいか痺れが取れないため、慣れない左腕を使っての戦いになる。

「正当防衛だからね! 『トゥールビヨン』!」

この技は大変便利だ。 剣を一振りすれば刃に渦が発生し、それを相手に飛ばすだけでダメージを与えられる。 身体が弱く、常に激しく動き回ることができるワケではないモモコにとって、この能力はありがたいものだった。

(今こそ、勉強してきた成果を見せる時だ! 風邪で寝込むまでしてやってたことが無駄じゃないって、証明になる!)

まずは一発飛ばすも、利き手ではない腕でコントロールすることは難しく、直撃には至らなかった。

「ハッ、何だぁ? どこ狙ってやがる!」
「今のはテイクワンだから!」

じゃあどうするか、自分の頭の中では1番うまく当たるタイミングが分かっていてもズレてしまう。 今からそれを狙うにしても、相手は多彩な呪文を覚えている。 自分にも何が仕掛けられるか分からない。

(だったら、乱れ打ちするまでだ!)

モモコが出した結論は、『トゥールビヨン』の乱れ打ちだった。 次々と渦を発生させ、四方八方に間髪なく飛ばす。 この「とりあえず攻撃を放っておけスタイル」は、我ながらミツキを連想させるとモモコはつくづく思った。
そしてついに、その時はきた。

「ぐあっ……ッ!」
「やったわ! あの引ったくり犯、体勢崩したわよ!」

乱れ打ちした渦の何発かが、ユキノオーに直撃したのだ。
しめた。 ユキノオーが体勢を崩している今が、カバンを取り返すチャンス。 そよ風レベルの風を魔法で発生させ、自分の手元に寄せれば____そう思ったモモコは、サーベルの刃をユキノオーに向ける。

「『ブリーズ』!」

しかし、モモコと彼女の戦いの一部始終を見ていたコノハは、あることを忘れていた。

「そ、それ! そよ風どころか竜巻ってレベルよ!」

モモコは能力こそ突飛しているものはないが、魔力そのものが非常に大きく、コントロールが難しい。 そよ風のつもりで発生させた風は、大きな竜巻へと変化しユキノオーを飲み込んでしまった。 いわゆるオーバーキル。

「うわぁあああーっ! こ、『コンキリアット・プロイベーレ』!」

慌ててとっさに魔法の呪文を唱えたモモコは、つくづく勉強しておいてよかったと実感する。 いくつか読んだ本の片隅に書いてあった停止の魔法が、ここで役に立つとは思わなかった。

「お、収まった……のよね?」
「な、なんとか……」

ともあれ、ユキノオーからカバンを手放させることに成功したため結果オーライ。 魔力のコントロールは今後も課題ではあるが、病み上がりの日にしてモモコは引ったくり犯相手に立ち向かうことができたのだ。

***

この世界の保安官を務めているじばポケモンのジバコイルと、その仲間であるじしゃくポケモンのコイル達がチームカルテットにお礼を言うためにマジカルベースを訪れていた。 無事逮捕されたユキノオーは、彼らに連行されて晒し者状態になっている。 少々気の毒ささえ感じられる。

「コノタビ、不祥事ヲ起コシテイタ、元魔法使イノオ尋ネ者ヲ逮捕スルコトガデキマシタ! ゴ協力、感謝イタシマス!」

どうもこのユキノオーは前科持ちであるようで、魔法使いとして働いていた時に不祥事を起こしていたらしい。

「だ、い、た、い! なんで魔法使いなのに引ったくりなんてしたのよ?」
「……るせぇ! ガキ達には関係ねぇ!」

ぺっ、とツバを吐きながらユキノオーはコノハの問いに答えず。 血の気の多いコノハは、ユキノオーの不誠実な態度に怒りを露わにする。

「ガキって何よ、ガキって!」
「コノハ、深入りはよせ」

マナーレに宥められ、コノハは言葉を続けることを止められてしまう。

「でも……」
「マナーレの言う通りだよ。 多分、聞かれたくない事情があるのかもしれない」
「モモコまで……」

コノハはむくれたまま引き下がる。 言いたいことはハッキリ言ってしまうタチのコノハからすれば、大人達のこうした深入りしない、敢えて多くを語らない態度は煮え切らないものがある。

「すまなかったな、お尋ね者さん。 釈放されたら、いつかまた魔法使いやってくれよな」

ミツキの最後のフォローに、ユキノオーはそっぽを向いたままそれ以上答えることはなかった。

***

ノクターンの一曲でも聴こえてくるくらいには辺りが暗くなった頃、マナーレはモデラートの部屋に立ち寄っていた。
モデラートの部屋を照らしているのは机の上に置かれた小さなランタン。 片手に白い無地のティーカップ、片手に柔らかい皮で包まれたクリームパンを持って、モデラートはマナーレに向き直っていた。

「マスター」

わざわざこんな時間にマナーレが来るということは、よほど重要な話をしようとしているのだろう____モデラートは察していてもそれを表情に出すことなく、「どうしたんだい?」と穏やかな口調でマナーレから話を聞き出そうとする。
マナーレはモデラートのいつもと変わらない穏やかな様子に安心感を覚えると、意を決してその質問を口にした。

「やはり今のうちから、チームカルテットには本当のことを伝えた方がいいのではないでしょうか」

マナーレは、おそらくモデラートも分かっていた。 本当のことをひた隠しにし続けていれば、ますます話がこじれる可能性もあるということに。
理由は分からないが、元々モデラートもマナーレも他の魔法使いとは一線を引いた場所にいる。 そう自分達も周りも思い込んでいるところが、知らず知らずのうちに他の魔法使い達と2匹との心の距離を広げていることに、マナーレは疑問を感じていたのだ。

「いや、マナーレ。 それはダメだ。 本当のことを全て伝えるのは、彼らが『覚醒』してからだ」

どうして。 マナーレは目で訴える。
それほどモデラートとマナーレの知っている『事態』は深刻なものであることが伺え、且つチームカルテットの4匹がその鍵を握っていることは確かだ。
この状況を悪化させないためにも、マナーレはミツキ達に真実を伝えることを急いでいた。

「……今のチームカルテットには、まだ早い」

しかし、モデラートはその逆の考え。
チームカルテットに伝えることができるのは、彼の言う『覚醒』を4匹がした時であるとモデラートは考えているのだ。
モデラートはそれ以上は何も言わなかった。 マナーレも納得がついたのか、何も言い返さない。

***

「大人の考えてることって、よく分からないわね」
「またそれかよ」

マジカルベース宿舎の居間では、ミツキがモモコにビートからもらったピストンオイルの差し方を教えていた。 簡単な楽器の手入れ方法もついでにレクチャーしてもらっていると、ライヤとコノハもくつろぎにやってきて、たわいも無い話をしているところである。

「コノハは、思ったことを素直に言えちゃうタイプですからね。 隠しごととかも昔から好きじゃなかったですし」
「ライヤ、目の前で固まってる子がいるわよ」

気がつけば、ミツキも「あーあ」と横目で固まっている子____モモコを遠巻きに眺めている。 昨日までの心の生傷をえぐられたのか、真っ白になったまま固まっている。

「いや! モモコのことを言ったわけじゃ!」
「わたし……もう隠しごとはないハズだよ……。 人間からポケモンになった理由が分からないぐらいだよ……」
「分かった! 分かったから! その良心を痛めつける顔やめなさい!」

ライヤとコノハがわたわたと弁解している最中、モモコは何かに気づいたかのようにはっとし、真っ白モードから我に返る。

「……あ」
「どうしたんだ?」
「バイオリンの音だ」
「あぁ、ディスペアじゃねーか? 夜になるとたまに聴こえてくるんだ」

耳をすますと、宿舎の天辺から滑らかなバイオリンの音が海に飛ぶように鳴り響いていた。 ビブラートがよく効いており、素人でも上手いバイオリン奏者と分かるようなこの音色。 ディスペアが奏でていたものだった。
ただ1匹、海岸の砂浜に佇むディスペアは演奏を一旦止めると、視線を暗く深い地平線の向こうへと上げる。

「ミツキちゃん、モモコちゃん、ライヤちゃん、コノハちゃん」

ディスペアは空に浮かぶ満天の星空を見つめ、静かに語りかけるようにチームカルテットのメンバーの名前を呟いた。

「あなた達の奏でる音楽は、希望か絶望。 どちらになるのかしらね____」

ただでさえ暗い色の身体を持つディスペアの表情は、闇に隠れてよく見えない。

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