29杯目 人見知り龍はいずこ

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 つばさが外へ出ると。
 喫茶シルベの前で、すばると炎の鬣を持つ馬の姿があった。
 馬がつばさの姿に気付けば、静かに歩み寄って。
 その鼻面をつばさの頬へと押し付ける。
 これは彼女なりの挨拶なのだ。
 直にあたる鼻息が荒く、あたたかい。

「ほたるちゃん、久しぶり」

 つばさが彼女の首筋を撫でれば。
 ぶるる、といななく、馬ことギャロップ。
 彼女は、すばるの旅において欠かせない存在。
 長距離を移動することもあるすばるの旅にとって、彼女の脚はとても助かっているのだ。
 ギャロップの炎の鬣に触れても。
 不思議と熱さは感じることもなく、火傷を負うこともない。
 不思議なものだな、とつばさは常々思う。
 と、腕の中の茶イーブイが、ギャロップを見上げていることに気付いた。
 大きく見開かれた彼の瞳が、きらきらと輝いているようにも感じた。
 もしかしたら、このギャロップの鬣に魅せられているのかもしれない。

「カフェ、ほたるちゃんに乗せてもらう?」

 そう問いかけると。
 彼の身体が、ぴくりと少し跳ねた。

―――え……でも……

 ちらりちらりと。
 つばさとギャロップを交互に見て。
 それから最後に。
 伺うような視線をすばるに向けた。
 どこか遠慮気味なその視線。
 ギャロップはつばさのポケモンではない。
 すばるのポケモンなのだ。
 つばさの言う通り、本当にいいのだろうか。

「カフェが乗りてーならいいぞ。な、ほたる?」

 すばるが隣のギャロップに問えば。
 もちろんっ、とでも言うような。
 ぶるるっ、という元気な声が返ってくる。

「おいで、カフェ」

 すばるが茶イーブイへ手を伸ばす。
 それに一瞬、びくりと驚いた茶イーブイだったが。
 ちらっとつばさを見上げ、つばさが一つ頷けば。
 すばるの方へ、おずおずと前足を伸ばした。

「よいしょっ」

 茶イーブイの前足が届く寸前。
 彼はふわりと浮き上がった感覚に包まれた。
 すばるが抱き上げたのだ。
 自分を支えてくれる腕の強さ。
 そこに、つばさとは違った力の強さを感じた。
 つばさよりも力強くて、つばさよりも太い腕。
 けれども。
 つばさと同じ、あたたかな感じ。
 この人もつばさと同じなんだ。
 そう思ったら、こわいというものも吹き飛んだ。

―――すばるおにいちゃんっ!

 にへっと笑う茶イーブイに。
 突然、名を呼ばれたすばるは一瞬驚いたが、すぐに。

「おう、何だ?」

 と、笑って返した。
 すばるはそのまま茶イーブイをギャロップの頭部へ、ちょこんと乗せてやる。
 落ちてしまわないようにと、ひしっとしがみつく茶イーブイ。
 けれども。
 いつもと違う高さの目線に、彼は瞳を輝かせる。

―――すごおおーいっ!

 そんな感嘆な声に。

「だろ?」

 と得意気なすばるの声。
 そんな彼らにつばさの頬が緩む。
 緩んでから、はたと気付く。
 自分にとっては当たり前過ぎて気付かなかったそれ。
 なぜ、彼にそれが聴こえているのだろうか。

「ねえ、ちょっとすばる?」

 疑問を含んだつばさの声に、すばるは振り向く。

「んー?」

「カフェの声、聴こえてるの?」

「声って、思念の声か?」

「そう、あんたが呼び始めたその声」

 思念の声とは、すばるが呼び始めた呼び名だ。
 つばさとりん。すばるとふう。
 それぞれは奥底の深いところで結び付いている。
 そしてそれは、りんとふうが持つ特性、シンクロに大きく影響を及ぼす。
 互いの真相心理に深く干渉するそれは、互いの意志を交わすことを可能とする。
 だから、つばさ達はりん達と会話のようなことが出来るのだ。
 それを、すばるは”思念の声“と呼び始めた。

「まあ、聴こえてるな」

 肩をすくめて答えるすばるに、つばさは怪訝な顔をした。

「何で、すばるにも聴こえてるの」

 つばさがりん達を除く、ラテ、カフェ、イチの声を聴くことが出来る理由。
 それは、りんの特性シンクロの影響力があるから。
 通常のシンクロは、シンクロを持つ者とその結び付きが強いパートナーのみ。
 だが、りんの場合。
 これは彼の血筋にも関係しているのだが、彼の血筋は念の力を濃く受け継ぐ血筋のようで。
 さらに、彼は月のような存在。
 月は太陽の輝きを得て、己が輝くもの。
 りんにとっての太陽はふう。
 そしてまた、りんとふうの結び付きも強いもの。
 生まれもった彼女の強すぎる念の力は、その結び付きを通して彼に流れ込む。
 流れ込んだ力は、念の力を濃く受け継いだ彼にもよく馴染んだのだ。
 それが、通常よりも広範囲でシンクロが作用している要因。
 別段、つばさがラテ達の言葉を解しているわけでも、その逆でもない。
 りんと結び付きが強い者同士が彼を通じて、シンクロのような作用を受けているに過ぎない。
 だからつばさは、ラテ達の声はりんほどはっきりと鮮明に聴くことは出来ていない。
 それでも、互いにコミュニケーションを取るには十分過ぎるほどには、聴こえている。
 そうであるはずなのに。
 なぜ、すばるにも声が聴こえているのか。
 それが解せなかった。

「それは、ふうがエスパータイプでりんが悪タイプだから、かな?」

「…………ああ。念、か」

 すばるの言葉で、何となく閃いた気がする。

「そ、念だな。ま、これは俺の見解だけど……」

 そう前置きをして、すばるは言葉を続けた。
 要するに。
 ふうはエスパータイプ。
 そのため、念のコントロールも用意なのだ。
 一方のりんは悪タイプ。
 エスパータイプの技を扱う分には十分。だが、念のコントロールとなれば、それは不得手なのだ。
 だから、りんのシンクロ効果は駄々漏れで。
 それに加え、通常よりも強い力を秘めた念の影響を直に受けている。広範囲に、その影響が及んでしまっているのはそのためだ。

「だから、ふうは念の力を抑えてつつ、それを扱ってんだ」

「じゃあ、ふうちゃんはわざわざ、すばるとカフェ達が、意思を交わすことが出来るようにしてくれてるってこと?」

「ん、そーいうことだな」

「ほうっ」

 つばさの呟きは、思わずもれた感嘆の息だった。

「ふうの生まれもった力が強いおかげだな」

 何度も言っているが、特性のシンクロは、その特性の持主と結び付きのあるパートナーのみに影響を与える。
 りんの場合は、ふうから受ける念の影響で、シンクロ効果を広範囲に及ばせている。
 そしてふうの場合は、エスパータイプ特有の念の力で、結び付きのあるパートナー、すばる以外の人との意思と交わすことを可能としている。
 これが、つばさとふうが意思を交わすことが出来ている理由。
 さらに応用することによって、本来は意思を交わすことが出来ないはずの、すばるとカフェ達が出来ている理由になっている。

「つまり、ふうちゃんがすごいってことね」

 目頭を押さえながらつばさが呟く。
 ここまでくるともう、訳がわからなくなりそうだ。
 というか、訳がわからない。理解が追い付いていない。

「ま、みんな不自由なくコミュニケーション取れてるってことで」

 すばるが苦笑する。
 つまり細かいことは気にしなくて。

「いいんじゃねーか」

 と言ってから、すばるがつばさへ手を差し出した。
 突如のことに、なに、とつばさは困惑顔。

「あるばとイチ探し、行くぞ」

 にひっと笑うすばる。

「え、まさか、乗馬……?」

「そっ」

 掴んだつばさの手を引いて、すばるは彼女をギャロップの鞍へ先導する。
 つばさはおそるおそる足場へと足を置き、思いきって踏み込んだ。
 すると、ふわりと腰を持ち上げられ、気が付いたら鞍に股がっていた。

「あ、乗れた」

 乗馬などの経験がないつばさは、難なく乗れたことに呆気にとられる。

「だろ?」

 というすばるの声は、すぐ後ろから聞こえて。
 振り向けば、つばさの後ろへ乗り込んだ彼がいた。

「今のほたるは、二人乗りも平気だかんな」

 すばるの言葉に反応したように、ギャロップがいなないた。

「んじゃ、頼むな。ほたる」

 すばるが手綱を一つ振れば、ぶるるとギャロップが鳴く。
 かっかっ、と石畳に蹄を打ち付ける音を響かせながら、彼女は駆け始めた。



   *



 蹄の音を聞いたとき。脳裏に。
 栗色の髪と桔梗色の瞳を持つ、あの青年の顔が浮かんだ。
 それだけで、自分を苛つかせる彼の顔。
 だから、自分は彼が嫌いだ。
 でも、つばさが彼のことを想っているのを知っている。
 それが気に入らない。
 つばさが彼のことを想っているとかは関係がない。
 自分が大好きなつばさが想っている相手なのだから。
 嫌いになることなんて出来ない。
 でも、自分は彼が嫌いだ。
 つばさに想われているのに、それに応えるような素振りをみせない彼が嫌いだ。
 だから、彼の顔なんて見たくなかった。
 それであの時。
 彼の友達であるギャロップの蹄の音を聞いた時。
 気付けば、呼びかけるつばさの声を無視して飛び立っていた。
 それを、今更ながらに後悔する。

―――うう、ごめんなさい……つばさちゃん……

 ファイアローから発せられた声音は。
 今にも地に落ちてしまいそうな程に弱々しかった。
 ばさりと一つ羽ばたき、飛翔を続けていた。

―――それに、お野菜持ってきたままだし……

 嘴で咥えたままのバッグ。
 その中には、つばさ達と八百屋で買い込んだ野菜がある。

―――ごめんなさい、つばさちゃーんっ!!

 瞳を潤ませながらの謝罪の言葉。
 それを落としながらの急旋回。
 方向は喫茶シルベ。
 早く戻って謝らなければならない。
 つばさの言葉を無視してしまったこと。
 野菜を持ち逃げしてしまったこと。
 急げ急げと急かす気持ちが、羽ばたきをより力強いものにする。
 羽ばたき一つ、速度を上げた。
 その時だ。
 ファイアローの視界の端で、何かが引っかかった。
 一瞬それを捨て置いて過ぎ去ろうと思った。
 けれども、何かがそれをやめるようにと胸中で説いた。
 だから、過ぎてからまたもや急旋回。
 くるりと方向を変えて、街の大通りへ向かう。
 街の大通り、その中間に位置する街の大広場に、どしりと構える一本の巨木。
 街で暮らす人々の憩いの広場ともなるそこに構える巨木は。
 今は街の華として飾り付けられている。
 そうだ、祭りが近かったな、と。
 その巨木の幹へと降り立ったファイアローは思い出す。
 春を告げる、春告げ祭り。
 そのため、巨木を飾る装飾は、春を意識したものばかりだ。
 春らしい色合いの淡い赤、青、黄などの電飾。
 そして、金と銀の丸型オーナメント。
 それらが巨木を何巡もしている。
 ただ。ファイアローが巨木を見上げる。
 その視線の先は、巨木の先端に向けられていて。
 そこで鎮座するのは、今も電飾と一緒にちかちかと輝く一番星。
 巨木の先端に星。
 それは、イベント違いではないだろうか。
 一瞬脳裏に、雪化粧をした巨木のてっぺん。そこで輝く星が浮かぶ。
 まあ、いいか。
 そう片付けて、彼は視線を戻した。

―――ねえ、そこで何してるの?

 声をかけてみた。
 視線の先に在ったのは、明らかに祭りのための装飾ではないそれ。
 幹に垂れかかる青い胴長に、首もとと尾には蒼の珠を飾る。
 一番目を惹き付けるのは、まるで翼のような純白の両耳。
 それが、ぱたぱたと動いた。
 ぱちっと音が聞こえそうな程に勢いよく持ち上がったまぶたから、すぐに潤み出した瞳を見つけた。
 ようやく出会えた見知った顔に、ハクリューはようやく安堵できたのだ。
 にゅっと動き出すと、胴長のそれをファイアローの身体へ一巡させて。
 きゅっきゅっと小さな声をもらしながら、自身の頬と彼のそれを擦り合わせた。
 それだけで、何となく彼は察した。

―――えっと。とりあえず帰ろうか、あるばちゃん

 そんな彼の言葉に、彼女は確かに頷いた。
作中にて本作におけるシンクロ設定の解説を入れたつもりですが、難しいですね。その、まあ、要するに、便利だねってことで!!汗

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