よんのよん 化学者の安否

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:8分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 一夜明け、ワカシャモのベリーさんと三人で朝食を食べに出掛けていた私達は、混んでいたという事もあって帰りがかなり遅れていた。
 食べている間も最近の事を話していたのだけれど、あまり事は進展しなかった。
 そして予定よりも遅れてハクさん達のギルドに帰ると、何かを隠していそうなフロリアさんが私達を出迎えてくれる。
 これからの私達の予定を伝言として伝えてもらおうと思っていたけれど、その途中でただならない様子のブラッキー、ラツェルさんがこのギルドを訪れる。
 彼からシルクさんの事を聴いた私達は、ベリーさんの案内で早急にワイワイタウンへ向かう事になった。
 [Side Kyulia]




 「…ベリーさん、ここがそうよね? 」
 「そうだよ! 」
 如何にもっていう感じの建物だから、間違いなさそうね。ベリーさんの案内でギルドを跳び出した私達は、四十分ぐらい止まらずに走り続けていた。ここまで長時間走り続ける事は中々ないけれど、普段から一日がかりでダンジョンに潜入しているからなのか、案外走り抜くことが出来た。キュウコンの私だけが四足ていう事もあるのかもしれないけれど、息の切れ具合では私が一番程度が軽いと思う。私はそうでもないけれど、種族上足が短いランベル、ベリーさんも、揃って肩で息をしていた。
 そんな中私達は、大した問題も無くワイワイタウンの総合病院に辿り着いた。総合病院に相応しいぐらい立派な建物で、入り口に立って見た感じでは、体の大きな種族でもゆとりのある造りになっていると思う。四足で立った時の身長が百九センチの私には広すぎるぐらいだけれど…。
 「逆算すると緊急外来かもしれないですけど、訊いてみないと分からないですね」
 「そうだね。…だけどシルクの名前を出せば大丈夫なんじゃないかな? 」
 「かもしれないわね。…すみません、一つお尋ねしてもいいかしら? 」
 確かハクさん達のギルドを出たのが九時ぐらいだから…、そうなるかもしれないわね。二人の息が整うのを待ってから、私達は通常の業務が始まったばかりの病院の玄関をくぐる。通り過ぎる時に尻尾で扉を閉めてたところで、ランベルかこんな風に予想する。受付の時計を見ながら計算してみると、シルクさんの事を教えてくれたブラッキーさんが来たのは、多分八時ぐらい…。そこから更に時間を引くと…、まだどの店も閉まっている七時前後になると思う。そうなると夜間外来とそれしか考えられないから、そうなのだと思う。
 そんな感じで話しながら、ひとまず私達は受付の方に寄ってみる。シルクさんがこの病院に運び込まれた、そういう事しか私達は知らされていない。だから私が、一番受付から近かったって事もあって、そこにいたマリルリさんに声をかけてみた。
 「はい、何でしょうか? 」
 「ここの病院にシルク、っていう名前のエーフィが運ばれていないかしら? 」
 「ええっとエーフィのシルクさんですね? …ええ、今朝緊急外来で運ばれていますわね」
 やっぱり、そうだと思ったわ。私に訊かれた彼女は、一度カウンター越しにあるらしい名簿に視線を落とす。私の背だとギリギリしか見えなかったけれど、彼女は指で辿りながらシルクさんの名前を探しているらしい。ほんの三秒ぐらいで見つけたらしく、下げていた目線を上げ、私達三人、一人ずつに視線を流しながら教えてくれる。
 「ということは…、やっぱり手術室、ですか? 」
 「そうですね…、もう三時間ぐらい経っていますけど、第二手術室になります」
 「第二って事は…、一階の右奥ですよね? 」
 「はい」
 ベリーさんが知ってくれているなら、ついていけば良さそうね? そこへ完全に息が整ったランベルも加わり、受付の彼女に問いかける。すると今度は柱にかけてある地図みたいな何かに目をやると、そのうちの一部屋にあるマークを確認してから、私達三人に続けて教えてくれる。そこへここの病院の事を知っているらしいベリーさんが、確かめるように彼女に問いかけていた。
 「うん、ありがとうございます。…じゃあ、行きましょうか」
 「そうね」
 すぐにでも知りたいけれど…、こういう場ではあまり走らない方がいいわね。ランベルがぺこりと頭を下げてから、私達は右向け右をしてカウンターを後にする。…といっても私とランベルは場所が分からないから、少し遅めに歩いてベリーさんが前に出るのを待つ。すると何となく察してくれたのか、ベリーさんは速足で私達を案内してくれる。私達はまだ会って数日だけれど、ベリーさんはシルクさんと会って四年になる、って言っていた。見た感じあまり表には出さず気丈に振る舞っているけれど、足取りが早くなっているから内心穏やかでないのかもしれない。そんな彼女に無言で着いていくと、二回ぐらい廊下を曲がったところで…。
 「…アーシアちゃん? 」
 「…はっ、はいっ! 」
 薄暗い壁際に座っている人に話しかける。種族はベリーさんのパートナーと同じだけれど、雰囲気的には性別が違うと思う。うたた寝をして頭がカクンッ、って下がったりしていたけれど、ベリーさんに声をかけられてすぐに目を覚ましたらしい。ハッと跳び起きたせいで、思わずベンチから落ちそうになっていたけれど…。
 「シルクは…、どう? 」
 「分からないですけど…、多分大丈夫、だと…」
 「そっか…」
 「ですけどベリーさん? この人達は…」
 同族だからそんな気がしないけれど、初対面だったわね。何とかベンチで踏みとどまった彼女に、ベリーさんが囁くように訊ねる。今まで気丈に振る舞っていたけれど、流石に手術室の前まで来ると、耐えられなくなってしまったらしい。昨日からのベリーさんからは考えられないような暗い表情で、ブラッキーの彼女に問いかけていた。
 その彼女も気分が沈んでいるらしく、低めのトーンでこう呟く。眠そうに右の前足で目を擦っているけれど、彼女にはどこか疲れきった感じがあるような気がした。
 「あっ、アーシアちゃんは初めてだったね…。もしかしたら向こうの諸島でも聴いた事があるかもしれないけど、チーム火花のランベルさんとキュリアさ…」
 「…皆さんは付き添いの方ですね? 」
 「えっ、ええ。私達は今着いたばかり、ですけれど…」
 私達に気がついて首を傾げるブラッキーの彼女に、ベリーさんは真っ先に気付いたらしい。本当は私達が自分で名乗らないといけないのだけれど、ベリーさんは間髪を開けずに紹介してくれる。だけどその最中、一番近くの引き戸が何の前触れもなく、ゆっくりと開けられる。そこから出てきたエルレイドさんが訊ねてきたから、私は驚きながらも反射的にこう答えていた。
 「という事はシルクさん…、エーフィの手術は終わったのです…? 」
 「はい。検査を兼ねた手術でしたけども、無事、成功しました」
 「成功…? …よかった…」
 多分シルクさんの執刀医だとは思うけれど、背が高い彼は、神妙な様子で一言ずつ結果を話してくれる。検査もあったとはいえ三時間となると、緊急手術にしてはかなり大掛かりなものだとは思う。…けれど何とか成功した、そう聴いて、私は何か重くのしかかっていた不安が一気に取り払われたような気がした。
 ランベルの表情はまだ見てないけれど、一番心配そうにしていたベリーさんは、それを聴いた瞬間ホッとしたように表情が緩む。それと同時に力が抜けたよう…。
 「…ですけど峠は越えましたけど、まだまだ予断を許さない状態です。入院して頂いて精密検査をしないと判断できませんけども、何かしらの障がいが残る可能性が高いので、覚悟しておいてください」
 「障がい…。嘘でしょ…? 」
 思い当たる事と言えば、喉の事ね…。残るというよりも、もう有るのだけれど…。安堵しているベリーさんを余所に、先生は包み隠さずシルクさんの容態を話してくれる。最悪の事は覚悟していたけれど、ひとまずは最大の危険が去っているのなら、少しはマシなのかもしれない。そのまま残酷な事も伝えてきたけれど、既に知っている事だと思うから、あまり驚かなかった。ベリーさんだけは茫然としてしまっているけれど、この感じだとアーシアさんも知っているのかもしれない。そうと決まった訳じゃないけれど、多分先生が言っているのは、声が出せなくなる、っていう事だと思う。私はあまり実感がないけれど、シルクさんは喋れない代わりにテレパシー、っていう方法で話してくれていた。話しているというよりは直接語りかける、って言った方がいいのかもしれないけれど、そういう事なら大事には至らなかった、私は率直にそう実感する事ができた気がした。




  つづく

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想