どうしてこの子だけ?

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「あ、来た来た!」
「遅くなってごめんね…!」
 人ごみをかき分け、フェスサークルの入口までやってくると、チームメイトが笑顔で手を振ってくれているのが見えた。
 はぁはぁ…と息を切らせながら、二人の傍へ向かうと、何やらチヒロを見て驚いているようだった。
 それがどういうことか理解できなくて、ポカンと立ちすくんでしまう。

「チヒロ…それピカチュウ…だよね…?」

 こくりと頷きながら腕を持ち上げると、ピカチュウが一声鳴いて挨拶する。
 トオルとリュウはお互い顔を見合わせると、どう聞いていいのか言葉が見つからないようで、口をパクパクさせながらピカチュウをじっと見つめていた。
「えぇっと…聞きたい事がたくさんあるんだけど…、まず…そのピカチュウはどうしたの?」
 ようやく声を絞り出したリュウに、チヒロも二人が何故固まっているのか少しずつ理解し始めた。
 とはいっても、チヒロも何をどう説明していいのか上手く言葉にできなくて、たどたどしい説明になってしまう。
「えっと…さっきポニ島で…、その…なんていうか…変な人がいて…、そ…それでポケモン交換しようって…」
「知らない人とポケモン交換!?」
 一番理解が追い付いていなかったトオルがやっとのことで叫ぶと、目を丸くしてピカチュウとチヒロを凝視する。
 それもそうだろう、普段一人でプレイしているチヒロが、一人ログインしている時に、初めて出会った人と交換していたのだ。
 彼女の人見知り度をよく知るトオル達には、驚きの事件に相当する。
 リュウも流石に驚いたみたいで、口を開けたまま固まってしまっていた。
 ふた呼吸分くらい間があいたのち、男同士再度顔を見合わせると、何かに気づいたようにチヒロに詰め寄った。
「ちょっとアトラクションカード見せて!!」
 トオルがポケットから取り出したカードを奪い取るように受け取ると、チヒロのカードに登録されている情報を素早く確認し、それからげっ!と小さく呟いたのが聞こえた。
 隣のリュウもそうだ。感情の起伏が少ない表情が、少しだけ曇って見える。
 何かいけないことでもしたのかと、二人の様子に不安になるが、聞いていいのか分かりかねて、黙って腕の中のピカチュウをぎゅっと抱きしめた。
 二人とも色々確認し終えたみたいで、眉間にしわを寄せながら差し出されたカードを受け取ると、チヒロは何かあったのかと恐る恐る聞いてみた。
 その仕草があまりにもビクビクしていたように見えたらしく、二人分の苦笑いが返ってくる。
「フェスサークルのすれ違い通信した時のルール覚えてる?」
 それなら覚えている。確か、フェスサークルにいるトレーナーの一覧が見れるメニューがあったはずだ。
 フレンド登録している人がログインしていれば、分かるようにもなっている。
「そう。このアトラクション参加カードにも同じ機能があるんだ。項目は3つ。『ゲスト』『知り合い』『フレンド』だよ。」
 ゲストは、このアトラクションに参加していて、フェスサークルにいるすべての人。
 知り合いは、対戦したり交換したりして、顔見知りになった人。
 フレンドは、フレンド登録をした人、が表示されるらしい。
 ぽちぽちと画面を表示して切り替えると、確かにそのように表示が出てきた。
「俺たちが見てたのは、この知り合いって項目。ポケモン交換したなら、そいつの事が登録されているはずだからな!」
 いわれるがままに操作して、知り合い一覧を表示してみせると、トオルが一人のトレーナー名を指さした。
 それは、先ほどピカチュウを交換してくれた、金髪で不良のあの人だ。
 にっかしと笑うトオルの表情はいつものように明るくて太陽のようだったが、少し陰りが見えた。
「…トオル?」
「あ…いや、何でもねーから!!」
 慌てたように目をそらしてぼそぼそと独り言を呟く姿が珍しくて、それ以上深くは聞けなかった。
 威勢のいいトオルの歯切れの悪い言葉には、何か踏み込んではいけないような気配が充満していて、珍しかったのもある。
「チヒロが知り合った人がどういう人なのか、気になっただけだよ。それよりもう一つ聞いてもいい?」
 妙な空気になってしまったトオルとチヒロをフォローするように、リュウが間に割って入った。
「…そのピカチュウ触れるの?」
 その言葉に、チヒロもはたと気が付いた。
(そういえば…私ピカチュウさわってる…。さわれる…!?)
 ここはグローバルアトラクション。ポケモンというゲームの世界。VR機器を使って現実世界さながらの体験をしているが、仮想の空間のはずだ。
 もちろん、町の建物や屋台の食べ物といったものには触れるし、空腹を満たすことはできないけれど、本当に触ったような感覚が伝わってくる。
 それはこのゲーム以外でも出来る『基本機能』というか『基本動作』というか、一般的な行動だから。
 だが、ポケモンは別だ。
 ポケモンもボールから出したり、バトルさせたりは出来るが、触ることは出来ないはずだ。
 いくら、科学の力ってすげー!という時代が来ていても、市販されているVR機器にそこまでの機能はないはずだし、ゲーム自体にも実装されていないはず、というのがリュウの話だった。
 なのに、チヒロは何の迷いもなくピカチュウを抱いていて、そのぬくもりを感じていた。
 それこそ本物のピカチュウを、抱いているように。
 リュウとトオルがそっとピカチュウの頭を撫でると、ピカチュウが嬉しそうに鳴くと同時に、二人もその感覚に衝撃を受けていた。
「俺たちも触れるし温かい…!えぇなんで…!?そ、そうだリュウ!エルフーン出せ!!」
 トオルに言われるがままにエルフーンを出すと、ふわふわと宙にうきながらエルフーンが地面に着地してトオルの方を見上げた。
 そのエルフーンに向かって、そっと手を伸ばす。
 エルフーンのわたに触れそうな寸前、虚空をつかむようにトオルの手がエルフーンを突き抜けて、何も感覚は得られなかった。
 空を切った右手をじっと見つめると、もう一度ピカチュウに手を伸ばした。
 やはり、独特の温かさが手のひらから伝わってくる。
 
「なんで!?えっ…?どういうことだよ…!!えぇっ!?」

 チヒロもピカチュウをおろすと、そっとエルフーンに触れようとした。
 だが、トオル同様その手は何もなかったかのようにエルフーンを突き抜ける。

 理解が、できなかった。

 フェスサークルの入口は、いつものように賑やかなBGMと人の声で騒がしいのに、この三人の周りだけ音がなくなってしまったかのように静寂に包まれていた。
 まるで自分たちの周囲だけ何かに包まれたように、この世界から切り離されてしまった気がする。
 
 どうしてこのピカチュウには触れるのか。
 このピカチュウを交換してくれたあのトレーナーは知っているのか。
  
 分からないことが一気に押し寄せて、息が詰まりそうだった。
 ぐるぐる考えが巡るが、やはり最終的にこの問いにしかたどり着かない。
 
 なぜ、このグローバルアトラクションにはイレギュラーが多いのか。
 
 結局、この息苦しい空間を破ってくれたのは、頼れる幼馴染だった。
「悩んでても仕方ないし、とりあえず今はBPを集めよう。…チヒロ大丈夫?今日はもう上がる?」
 どうやら悩みすぎて相当悲惨な顔をしていたらしく、声を掛けられるまでそんな自分の様子に気づかなかった。
 ううん、と慌てて首を振ると、無理やり笑ってみせた。
「だ…だいじょうぶ!頑張ろう、ね、トオル?」
「おう!それじゃ行こうぜ!!」
 チヒロの勢いに押されたのか、トオルも即答して歩き出す。
 今日はウラウラ島にしよう、と早速ウラウラ島のマリエ庭園に来たら、普段は静かな庭園が圧倒的バトルフィールドになっていた。
 右を見ても左を見ても、ポケモンバトルの嵐。
 改めて、このイベントへの参加人数の多さを実感する。
「なーなー、俺らとチーム戦しようぜ!」
 3人でキョロキョロしていたら、橋の向こうから声がかかった。
「おー!いいぜー!!」
 トオルが大きく手を振って手招きすると、勝負を挑んできた3人組が全力ダッシュで橋を渡ってくる。
 その3人をみて、チヒロは思わず息をのんだ。
 なんというか、3人ともそっくりな顔をしていて、顔が四角い。
 四角い。
 
 …四角い!?
 
 四角3兄弟は同時に立ち止まると、同時に腰に手をあて、反対の手でチヒロたちを指さした。
「俺らはチーム、スクエア!面倒くさいから、第1戦と第2戦は同時にやるぞ!」
 どこから突っ込んで良いのか最早分からないが、とにかく四角が大好きなトレーナーのようだ。
(四角い…チーム名も四角い…まさか名前も…)
「1番手は俺、3兄弟の一番上!クアドラ!2番手は3兄弟の末っ子、フィーアが相手だ!!」
 流石に四角くはなかった…というかプレイヤー名だから本名じゃないよね…?とかホッとしていたら、ボソリと隣から呟きが聞こえた。
「いや、名前も四角いよ…。本名ではないと思うけど。」
 チヒロの考えを読んだかのような声に、ぎくりと振り返ったら、呆れて肩をすくめるリュウの姿があった。
 彼もまた、このテンションについていけないようで、一歩引いてこの場を眺めている。
 そんな中、こんな謎テンションの空気でも全く違和感ないトオルは、バトルと聞いてノリノリでガッツポーズをしていた。
 類は友を呼ぶ…、略して類友だね。
「第1戦はトオルで決まりだな…。第2戦はチヒロがやりなよ。」
「えっ…!?」
 周りのテンションに乗り遅れて、完全に観客になっていたが、その言葉にハッと我に返った。
 当の本人は、やれやれといった感じで苦笑いを浮かべている。
「万が一、チヒロが負けても僕がいるし、新しいパーティの実践練習だと思えばいいんじゃないかな。」
 リュウに促されるまま、フィーアの待つバトルフィールドに足を向けると、向こう側から威勢のいい声が飛んできた。
 短く切り揃えられた髪と四角い顔、Tシャツからのぞく肌はよく日に焼けていて、虫取り網が似合いそうな少年だ。
「あんたが相手だな!容赦しないぜ!」
「よ…よろしくお願いします…!」
 声色だけで気圧されそうになって、思わずよろめいてしまった。バトルが始まる前からすでに心が折れそうで、涙目になる。
 揺れる視界で横を見ると、隣のバトルフィールドにはトオルがいて、楽しそうにバトルに出すポケモンを選んでいた。
(トオル楽しそう…、私も…私もがんばらないと…!)
 大きく頭を振ると、目の前に表示されたポケモン選択のパネルに指を触れた。


『チーム戦を開始しました。先に2勝したチームが勝利となります。』

■チーム戦
 スクエア VS ピカチュウ☆ラブ

■第1戦
 クアドラ VS トオル(シングルバトル)

■第2戦
 フィーア VS チヒロ(シングルバトル)
毎日暑いですね…。寝不足なので段々文章が雑になってる気がしますが、突っ走ります。

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