Mission #160 奪還

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「…………?」

アカツキが目を開けると、セブンの顔があった。
良かった、目が覚めたか……安堵に満ちた笑みを口元に浮かべ、小さく頷きかけてくる。
アカツキは何度か瞬きをしてから身を起こし、セブンに言葉をかけた。

「セブンさん……ぼく、眠ってたんですか?」
「ああ。クレセリアに会わなかったか?」
「……なんか、ぼくが試されてたみたいです」
「そのようだな。気分はどうだ?」
「大丈夫です。妙に生々しい質問もされましたけど、おかげで意識がハッキリしてます」
「そうか、ならいいんだが……」

アカツキは周囲を見渡した。
すぐ傍で、ムックが寝息を立てている。疲れて眠っているのを起こさないよう、ゆっくりと立ち上がった。
クレセリアに眠らされ、心の中であれこれ質問をされたりはしたものの、生々しい質問をされたこともあって、起きたてでも意識は妙にハッキリしている。

「クレセリアが、ぼくに『王子の涙』を託してくれるって言ってたんですけど……」
「ああ。あそこに置いてある」

セブンの指差した方に顔を向けると、広間の奥にあった重厚な扉が左右に分かれて開かれており、その向こう側に小さな祭壇が設けられているのが見えた。
その祭壇の真上に、淡い黄色に輝く宝玉が浮かんでいた。
形状こそ三日月を模しているが、間違いなく『王子の涙』だ。
クレセリアが扉を開き、『王子の涙』を託してくれたのだ。

(あれは夢じゃなかったんだな……やっぱり、クレセリアはぼくのことを試してたのか)

周囲にクレセリアの姿はない。
クレセリアなりに答えを出したことで、この場にいる必要はないと考えたのだろう。
とはいえ、あまりに無造作に置かれていたので、セブンがどうして『王子の涙』を手にしなかったのか気になった。

「セブンさん。あれ、取らないんですか?」
「取ろうとしたんだが、見えない壁のようなものに弾かれて手が届かなかったんだ」

アカツキが何気なく訊ねると、セブンは参ったと言わんばかりに、大仰に肩をすくめてみせた。

「クレセリアが『王子の涙』を託したのは俺じゃなくておまえだろうと思ってさ。
おまえが目を覚ますまで待ってたんだ。
ガブラスにも取らせようとしたけど、同じだったんでな」
「そうだったんですか……」

やはり、クレセリアはアカツキに『王子の涙』を託したのだ。
セブンのことはヒードランから伝え聞いていると言っていたが、それでも自分が認めた者が手にするべきと考え、アカツキ以外の誰も取れないように処置を施しておいたのだろう。

「じゃあ、取ってきます」
「ああ」

淡い輝きは優しさと神秘性を兼ね備えているように見えて、アカツキの視線は『王子の涙』に釘付けだった。
音もなく浮いている『王子の涙』に歩み寄り、そっと手を伸ばす。
セブンは見えない壁に弾かれたと言っていたが、アカツキの手は何事もなかったように通り抜け、淡い輝きを放つ宝玉をつかんでいた。

「これが三つ目の『王子の涙』……やっと手に入れられた」

セブンとガブラスに窮地を救われ、守護者であるクレセリアに認められ、やっと『王子の涙』を手に入れることができた。
三つの宝玉が揃えば、ヤミヤミ団の兵器である『ドカリモ』と『モバリモ』はただのガラクタに成り下がるのだ。
操られたポケモンたちのキャプチャに大きな労力を費やさなければならなかったレンジャーユニオンにとっては、大きな前進である。
アカツキは手にした宝玉を改めて見やった。
輝きこそいつの間にか消えていたが、トパーズのような鮮やかな黄色を湛えた宝玉からは不思議な力が感じられた。

(クレセリア、ありがとう……ぼくは、ぼくにできることを精一杯頑張るよ)

クレセリアは、アカツキに『自分の思った通りにやれ』と言っていた。
あまりに広義な解釈だが、それはダズルを助けるためにヤミヤミ団に『王子の涙』を渡すことも構わないというものだった。
今後の展開次第だが、どう転ぶにしても、自分にできることを精一杯やっていこうという気持ちに変わりはない。
まじまじと『王子の涙』を見やるアカツキの傍にセブンが歩いてきて、彼の肩を軽く叩いた。

「やっぱりおまえじゃなきゃ取れなかったな」
「……そうみたいです」
「よし……目的は達したから本部に戻ろう」
「はい」

セブンはすでに『王子の涙』を入手したことをユニオン本部に伝えていた。
あとは本部に戻り、シンバラ教授に渡すだけだ。
そこから先は技術者の出番であり、教授をはじめとした本部の優秀な研究者たちが方策を整えてくれるだろう。

「それじゃあ、戻るまでちゃんとムックを守ってやれよ」
「はいっ」

セブンは抱きかかえたムックをアカツキに引き渡した。
規則的に胸が上下しているところを見ると、それなりに傷を負っているものの、致命傷と呼べるものはないのだろう。
アカツキがムックを両腕でしっかり抱きかかえると、セブンが先頭に立って歩き出した。
間にアカツキを挟みこむ形で、ガブラスが殿を務めた。
途中で野生ポケモンに襲われることはなく、アカツキが下層に落とされた罠(泥キャノンボール)も、守るべき『王子の涙』が守護者の認めた相手の手に渡ったことで役目を終えたのか、働いていなかった。

「……静かですね」

自分たちの足音しか聞こえない状況が長く続いて、沈黙が辛くなってか、アカツキがポツリとつぶやいた。
セブンは前を見たままではあったが、気軽に応じてくれた。存外、彼も静けさに飽きていたのかもしれない。

「そうだな。
クレセリアが認めたおまえが通ってるんだから、ポケモンたちも襲い掛かるわけにはいかないと考えてるのかもしれないな。
だが、ユニオン本部に戻るまでがミッションだ。気を抜くなよ」
「はい」

遠足は家に帰るまでが遠足だ、とはよく言ったものだ。
今回のミッションも、『王子の涙』を持ち帰り、シンバラ教授に渡すまでがミッションで、今はまだヤミヤミ団の妨害も入っていないが、ユニオン本部に戻るまでは油断できない。
握りしめた『王子の涙』の硬い感触を手のひらに感じながら、アカツキは前を見据えた。

(ユニオン本部に戻って、シンバラ教授にこれを渡したら、ぼくたちはどうするんだろう……?)

今回のミッションが終わったら、ハーブの下で彼女と様々なミッションに臨むのだろう。
だが、ダズルは連れ去られたままだ。
彼の救出もすでに計画されているし、そちらの方はハーブ曰く『隠密行動に長けた人たち』に一任されるそうで、自分たちの出る幕はない。
ダズルは自分の手で助け出したいと思っているアカツキは、出る幕がないと分かってはいても、なんらかの形でもっと関わりたいと考えている。
もっとも、ただでさえわがままを言って連れてきてもらったようなもので、これ以上わがままを言うと、ハーブだけでなくセブンも黙ってはいないだろう。
結局のところ、自分にできるのはここまでなのだろうか……?
真面目なアカツキはそんな風に考えてしまい、せっかく『王子の涙』を手に入れたのに、浮かない気分になってしまった。
なんとも言えない気持ちを抱え込み、黙りこくったままで歩いていたアカツキだったが、神殿を出たところでそんな鬱々とした気持ちが吹き飛んだ。

『待ちかねたぞ、ポケモンレンジャー』

「……!?」
「…………!!」

周囲に響き渡る声に、アカツキとセブンは同時に辺りを見回した。
そして、二人とも同じタイミングで上空に目をやり――五十メートルほどの高さに一台のヘリコプターの姿を認めた。

(あのヘリコプターは……? だけど、あの声……まさか!?)

先ほどの声は、ヘリコプターからスピーカーを通じて聴こえたものだろう。
しかし、あの声に聞き覚えがある。
アカツキはすぐに声の主に思い至り、ハッとした。
そのタイミングを見計らったかのようにヘリコプターの扉が開き、姿を現したのは黒ずくめの金髪男……ミラカドだった。
滞空しているヘリコプターは、ヤミヤミ団のものだったのだ。
特に所属がペイントされているわけでもなく、灰色と黒を散りばめた、いかにも地味で目立たない外装だ。

「ミラカド……!!」

貨物船ではヤミヤミ団の指揮を執り、ボイルランドから連れ去ったポケモンたちをどこかのアジトへと移送していた。
レンジャースクールの教師としての顔も持ち、スクールの優秀な生徒をヤミヤミ団に送ってもいたのだ。
貨物船で対峙した時の憤りを思い出し、アカツキは『王子の涙』を握りしめる手に力を込めた。
背後で少年が怒りに満ちた表情を浮かべているのを雰囲気で察してか、セブンが左手で彼を制した。

「ヤミヤミ団の幹部の登場とはな……俺たちがここに来ることは分かってたってことか?」
『当然だ。残り一つのキーストーンがここにあることは知っていたからな。
……だが、力ずくで手に入れられないことも理解していたから、ポケモンレンジャーに取って来させようと考えていたのだ。
つくづく、我々の読みどおりに動いてくれるものだな、ユニオン本部は』

セブンの言葉に、ミラカドは嘲笑で応じた。
今まで一度も襲撃がなかったのは、レンジャーユニオンが『王子の涙』を手に入れた後で横取りしようとしていたからだ。
手間をかけずに最大限の効果を上げるのには、確かに悪くない手段である。

(あの人が絡んでるのか……!?)

レンジャーユニオンを今まで散々翻弄してきた白衣の女が、ミラカドの襲来にも関わっているのだろう。
もしかしたら、ヘリコプターに乗っているのかもしれないが、手出しできる状況でないことは理解していた。
なぜなら、ミラカドの傍にはジバコイルが控えていたからだ。
『モバリモ』で操られているようには見えないが、だからこそ最終進化形の実力は侮れない。
ガブラスも、ここからでは自慢の電撃しか攻撃手段を持たないが、電気タイプのジバコイルには効果が薄いし、ミラカドがこちらの攻撃に対して策を講じていないとも思えない。

(ダメだ、今のぼくにはなにもできない。悔しいけど……)

ムックが戦える状態なら、まだなんとかできないこともないが、今は無理だ。
ヤミヤミ団の幹部(クラスと思われる)が目の前にいるのに、指をくわえて見ていることしかできないのだ。歯がゆさと悔しさは相当なものである。
ミラカドは覆面で隠れた口元にしてやったりと言わんばかりの笑みを浮かべ、以前に一度煮え湯を飲ませてくれた少年を見下ろした。
少年の腕に抱かれているムクバードの様子を見る分に、今の彼にはこちらに対する手立てはないのだろう。それが分かるだけに、愉快な気分になる。
一方、セブンはセブンで冷静な面持ちでミラカドを見上げていた。

「……それで、俺たちに何の用だ?
一年目のポケモンレンジャーにポケモンをキャプチャされるような安いヤツに用はないんだけどな」
『ほざけ。用など決まっているだろう。おまえたちが手に入れた……いや、アカツキ。おまえが持っているその石を渡してもらおうか』

セブンの挑発を軽く流し、ミラカドはすぐさま本題を切り出した。
ヤミヤミ団としては、『ドカリモ』や『モバリモ』の動力源として組み込まれた闇の石を無力化する『王子の涙』は捨て置けないものだ。
奪いに来るのは至極当然なのだが……

「冗談じゃない!! この石はクレセリアがぼくたちに託してくれたものだ!!
平和を乱すようなヤツに渡せるもんか!!」

アカツキは鋭い眼差しでミラカド睨み付けたまま、叩きつけるかのような声で叫んだ。
クレセリアから託されたという自負もあり、絶対に渡せないという気概が伝わってくる。
……が、それを見てもミラカドは笑っていた。

(そうだな……クレセリアが託してくれたものだ。
一年生といっても、俺たちの世代のポケモンレンジャーにも引けを取らない気概は持ってるんだ)

セブンはアカツキが凛々しく言い放ったのを見て、口の端に小さく笑みを浮かべた。
ポケモンレンジャーは、ある程度は経験がモノを言う職業だが、その差を感じさせない凛々しさがあった。
ササコ議長やシンバラ教授が、将来のトップレンジャー候補として本部へ異動させたのも頷ける。
アカツキとセブンの想いを余所に、ミラカドは覆面の下で笑ったまま、次なる一手を繰り出してきた。

『ふふ、そう言うと思ったよ。
貨物船の時もそうだったな……自分たちが絶対の正義と信じて疑わない、子供の発想だ。
だが、これを見ても同じことが言えるか? おい、連れて来い』

絶対にアカツキから『王子の涙』を奪い取れると確信しているようで、ミラカドの口調は自信たっぷりだった。
直後、アカツキとセブンはその自信の根拠を目の当たりにする。
開け放たれたヘリコプターのドア。
ミラカドの横に、ロープでぐるぐる巻きにされ、猿ぐつわを噛まされたダズルが連れてこられたのだ。

「ダズルっ!!」
「そういうことか……!!」

アカツキもセブンも、ヤミヤミ団の卑劣な手段に強い憤りを覚えた。
ミラカドはダズルを人質に取って、『王子の涙』を確実に手に入れようとしているのだ。
十二分に考えられる手段だったが、いざその卑劣なやり口を目の当たりにすると、怒りが沸々と煮えたぎる。

「ダズルを返せっ!!」
『ああ、返してやるとも。その石と引き換えにな』

アカツキの血を吐くような叫びにも、ミラカドは淡々とした口調で応じた。
最初からこうするつもりでいたのだから、痛む良心などというものは持ち合わせていない。
ポケモンレンジャーのように、『仲間』というだけの理由で仲間を大切にする甘っちょろい連中には、こういった手段が一番効果的なのだ。

(くそ……どっちも守りたいなんて、この状況じゃどうしようもないじゃないか!!)

アカツキは苦渋に満ちた表情をヘリコプターに向けながら、胸中で愚痴った。
『王子の涙』をミラカドに渡せば、ダズルは解放してもらえるという保証はない。
だが、要求を突っぱねればダズルの身の安全は保証されない。
かといって、アカツキがダズルの代わりに人質になると言い出せば、セブンがそれを許さないだろうし、ミラカドに『おまえなんぞ要らん』と言われればそれまでだ。
どう転んでも、ここは『王子の涙』を渡す以外に方法がない。

(クレセリアにあんな大きな口を叩いといて、できることがこれだけなんて……ちくしょうっ!!)

クレセリアに信頼されたからこそ『王子の涙』を託されたのだ。
守護者の想いに恥じない行動を取ろうと思っていたのに、現実には一つしか手段がない。
どうしようもないと分かっているからこそ、どうしようもないほど悔しい。

(アカツキ、おまえ……)

ダズルはアカツキが苦しい胸のうちを滲ませる面持ちを浮かべているのを見て、やりきれない気持ちになった。
キャプチャ恐怖症から立ち直ってくれたのは見れば分かったが、久々の再会がこんな形になってしまったことが無性に悔しい。

(オレがちゃんとしてたら、アカツキがあんな想いすることなかったのに……大事なモン、手放さなきゃいけないような状況にもならなかったのに……!!)

ここでヘリコプターから飛び降りられれば楽なのだが、胴体に巻かれたロープの先端はヘリコプターの座席にしっかりと固定されているため、飛び降りようとしたところで失敗するのは目に見えている。
人質として何かしらの要求に使われると思ってはいたのだが、まさかその場にアカツキが居合わせるなんて考えてもいなかった。
目を閉じて、耳をふさぎたくても、それをしてはいけないと分かっているから、なおさら辛いのだ。
いいように翻弄されているポケモンレンジャーたちの苦悩を余所に、ミラカドは要求を突きつけた。

『さあ、どうする? おまえがその石を渡してさえくれれば、すぐにでもこいつを解放するんだがな』
「く…………」

アカツキは歯噛みした。
こうなったらダズルを助けるために、『王子の涙』を渡すしかない。
その背中を押すように、セブンがアカツキの肩に手を触れた。

「……アカツキ、ここは要求を呑もう。
『王子の涙』は奪われても取り返せるが、ダズルの命は奪われたらおしまいだ。取り戻せない」
「…………はい」

取り戻せるものと、取り戻せないもの。
天秤にかけるまでもなく、答えは決まっていたのだ。
悔しいが、感情に任せて取るべき行動を間違えたのでは意味がない。
それに、なにより……

(ダズルを助けたいって思ってここまで来たんだ。
クレセリアには悪いけど……でも、これがぼくの決めたことだから)

ミラカドの隣で、何か言いたそうな視線をこちらに向けてきている親友を助けるために、ここまで来たのだ。
ダズルは……渡すなと言いたいのだろう。
だが、アカツキにとってはアルミア地方の平和よりも、目の前の親友の方が大切だった。

「分かった。
『王子の涙』を渡すから、ダズルを放せ!!」
『いいだろう。ジバコイルを向かわせるが、変なマネはするなよ。
こちらにはもう一体、ポケモンがいるんでな』

アカツキの言葉に、ミラカドはジバコイルを地上に降ろした。
もう一体のポケモンがいる……それはハッタリではなかった。
彼の言葉に合わせるように、ヘリコプターからグライオンが飛び出し、周回を始めたのだ。

(あのグライオンは……)

グライオンなどアルミア地方ではそれほど珍しくもないポケモンなのだが、ヤミヤミ団に関係するようなグライオンは、アカツキは一体しか知らない。
ヤミヤミ団のブレーン(と思われる)の白衣の女……彼女が今回の件にも絡んでいる証拠だ。

「…………」

眼前に降りてきたジバコイルを見やり、アカツキはムックを地面に横たえた。
それから、『王子の涙』を手渡した。
ジバコイルは器用にも左右のユニットを独立して動かすことで『王子の涙』をつかみ、そのままミラカドの傍へ戻っていく。
ジバコイルから『王子の涙』を受け取り、ミラカドは歓喜の声を上げた。

『確かに受け取ったぞ、黄色の石……』
「約束だ、ダズルを放せ!!」
『ああ、返してやるとも。それ』

セブンの言葉に、ミラカドはすぐに応じた。
目的のものが手に入ったため、人質などもはや不要と判断したのだろう。
ダズルをヘリコプターにつないでいたロープを切り、そのまま背中を押して解放した――というか、普通に落としただけだが。

「…………っ!?」
「ダズルっ!!」

ロープでぐるぐる巻きにされて、受け身も満足に取れない。
下が砂の海といっても、その状態では多少の怪我は免れまい。
セブンがガブラスを連れて慌てて彼の落下点へ向けて駆け出すのを尻目に、ミラカドは手にした『王子の涙』から視線をアカツキに移した。
人質は解放したが、やり方が気に入らなかったのか、鋭い視線で睨みつけてくる。

『これで用は済んだと言いたいが……このまま帰るのも癪だな。
アカツキ、おまえには借りがある。やれ、ジバコイル』
「……!?」

ミラカドがジバコイルに指示を出し――直後、ジバコイルが放った電撃波がアカツキを直撃した。
その時、セブンは落ちてきたダズルを辛うじて受け止めていた。

「うあああああっ!!」

身体を駆け巡る電撃による鈍い痺れと痛みに、アカツキは悲鳴を上げてその場に膝を折った。

「アカツキっ!!」

予期せぬ攻撃に、セブンが思わず叫ぶ。
叫び――ミラカドを睨みつけた。
用事が済んだのならおとなしく帰ればいいものを、こともあろうにミラカドは、貨物船での恨みを晴らすべく、アカツキに攻撃を仕掛けてきたのだ。

「ガブラス、あいつらを逃がすな!!」
『そうはいかんな。ジバコイル!!』

満腔の怒りに沸くセブンの指示に、ガブラスがヘリコプター目がけて10万ボルトを繰り出したが、ジバコイルも同じく10万ボルトを放った。
二つの技は虚空で激突、互いに掻き消えた。
ガブラスの攻撃が不発になった隙に、ヘリコプターは扉を閉め、高度を上げてこの場を去っていった。
ヘリの遠ざかる音を聞きながら、アカツキはその場にうずくまったまま、身体を襲う痺れと戦っていた。

「くっ、うぅ……っ」

痛みはすぐに消えたが、電撃による痺れはなかなか取れない。
ジバコイルが放った電撃波は、威力こそ低いが速攻が可能で、相手に回避されることはほとんどない。
もっとも、威力が低いと言っても、食らうのがポケモンであれば多少のダメージで済むが、生身の人間が食らえば容易に致命傷になり得る。

「アカツキ、大丈夫か!?」

ロープを解かれ、晴れて自由の身になったダズルが駆け寄ってくる。
アカツキは痺れて思うように動かない身体に鞭打って、ダズルに顔を向けた。

「よかった……無事だったんだ、ダズル……」
「おまえなあ……!!」

強がっているとしか思えない笑みを浮かべるアカツキを見て、ダズルは居たたまれない気持ちになった。
アカツキがミラカドに渡したのは『王子の涙』だ。
レンジャーユニオンにとって重要なものをヤミヤミ団に渡してまで自分を助けようとした気持ちはうれしいのだが、だからこそ申し訳なさも人一倍強かった。

「なんで渡したんだよ……『王子の涙』って、とても大事なものなんじゃないのかよ」
「決まってる。俺たちにとってはおまえの方が大事だからだ」
「セブンさん……」

どうしようもない気持ちを絞り出した言葉に応えたのは、アカツキではなくセブンだった。
気持ちのやり場がないのを理解しているのだろう、彼の肩にそっと手を乗せ、言葉を継いだ。

「気にするな。
そもそも最初の原因は俺が油断していたことにある。
おまえの状態をちゃんと把握していなかったのは、トレーナーとして致命的な判断ミスだったんだ。
だから、おまえが気に病むことはないさ」
「でも……」

セブンは本当にそう思ってくれているのだろうが、ダズルとしてはむざむざ囚われの身となり、人質として最大限の利用をされた自分自身の不甲斐なさが許せなかった。

(まあ、そう思う気持ちは分かるさ。俺にも似たことがあったからな……)

自分の不手際で、仲間が傷ついたり悔しい思いをして、やりきれない気持ちを持て余してしまったことがある。
だから、ダズルの気持ちは理解できるのだ。
理解できるからこそ、今はそれ以上何も言わず、そっとしておくしかないことも承知している。

「…………それにな、気にしてたって現実が変わるわけじゃない。
だったら、連中を見返すためにどうしていくかってことを考えた方が現実的だろ」
「そう……っスね」

気にしていたところで、起きてしまったことは変えられない。
セブンのその言葉が、ダズルの胸にすっと染み入った。
目の前で穏やかな表情を浮かべているトップレンジャーは、すでに気持ちの整理をつけているのだろう。
これからのことを考えている彼に、延々と自分のことで時間を使わせてしまってはならない。
それはダズルも理解しているだけに、今すぐには無理だが、気持ちの整理をつけてこれからのことを考えていこうと思った。
区切りを待つかのようなタイミングで、すぐ傍で弱々しい声が上がった。

「ムクバーっ……」
「ムック、気がついたか」

ダズルが顔を向けると、アカツキの傍で身を起こしたムックが、くちばしで軽く彼の顔を突いていた。
電撃波によるダメージと、今までの疲労が積み重なって、セブンとダズルがやり取りをしている間に、アカツキは眠ってしまっていたのだ。
気がついてみたら、アカツキが疲れ果てて眠っている……ムックとしては心配せずにはいられなかったが、すぐに眠っているだけだと気づいて、ホッと一息ついた。

「ムクバーっ……」

翼の表面の羽毛がぐちゃぐちゃに乱れ、いつもアカツキが綺麗に整えていることなど無意味であるかのような状態だったが、ムックはそんなことを気にするでもなく、声をかけてきたセブンの顔を見上げた。

――俺が眠っている間に何があったんだ……?

起き立てで元気のない眼差しがそのように問いかけているのを察して、セブンは膝を折り、ムックの頭をそっと撫でながら言葉をかけた。

「アカツキはな、おまえを守るために必死に頑張ったんだ。おまえがアカツキにしたのと同じことをやっただけさ。
……疲れて眠ってるだけだから、今はそっとしといてやれ」

ガブリアス相手に云々と話しても正確に伝わらないだろうと思って簡略化して伝えたが、むしろそれでムックには意味が通じたようだった。

「ムクバーっ……」

傷が治りきっていない状態で歩くのは相当に難儀するらしく、数歩の距離もよろめきながらゆっくりと歩いたが、ムックはアカツキの傍までやってくると、身体を丸めて寄り添った。
ポケモンレンジャーとパートナーポケモンが、互いに相手を慈しみ、守り合った結果だ。
それはそれで深い絆で結ばれていることを意味していて、誇るべきことだろう。

「それはそれとして、だ……ハーブ、応答してくれ」

セブンはムックの状態を確認すると、次はハーブに連絡を取った。
彼女は特に厄介なミッションを遂行しているわけでもなく、すぐに応答した。

『セブン、どうしたの?』
「頼みがある。ヤミヤミ団のヘリがハルバ砂漠から北に向かって飛んでいった。
余裕があれば追ってくれないか?
『王子の涙』を奪われてしまってね……」
『今追っているところよ。最初からそうするつもりで、ササコ議長はわたしにミッションを与えたみたいね。
だけど、ヘリを守るようにグライオンが立ちはだかっているのが厄介よ。
まあ、なんとかしてみせるわ』

ハーブは何事もなかったかのような口調で返してきたが、これにはさすがのセブンも脱帽した。
まさか、最初から『王子の涙』が奪われることまで予期していたとは思えないが、そうなる可能性も考慮して、ハーブをリザーブに回していたのだろう。
『王子の涙』を手に入れるため、ヤミヤミ団がダズルを人質として活用することは十分に考えられたし、その可能性を考えれば、誰か一人は自由に動ける人間を残しておくのがベストな考え方だ。

(議長の判断には恐れ入るな……)

とはいえ、ハーブが追っているのなら、特に心配する必要もないだろう。
セブンは念のため、彼女にヤミヤミ団のヘリの特徴を話し、すぐ通信を切った。
ヤミヤミ団のグライオンといえば、白衣の女が用いているポケモンだ。
ジバコイルもついているし、ペアを組んで襲われたらかなり厄介なことになる。

(だが、今はこれ以上、俺たちにできることもないか……)

できればハーブのサポートをしてやりたいが、そのためにはここで飛行タイプのポケモンをキャプチャしなければならない。
それに、アカツキは疲れて寝込んでしまったし、ダズルも精神的にかなり辛い状況に追い込まれている。
彼らをほったらかしにするわけにもいかないだろう。
そうなると、今すぐにでもレンジャーユニオン本部へ帰還するしかない。
セブンが今後のことを思案しているのが表情で分かっただけに、ダズルは黙っているしかなかった。

(アカツキ……今回はおまえに借りを作っちまったな。でも、ありがとな……)

疲れ果てて眠っているアカツキの穏やかな寝顔を見やりながら、胸中でそっと彼に謝意を告げる。
相手が親友だからこそ、借りを作ったままというのはどうにも寝覚めが悪い。
いつ、どのような形になるかは分からないが、必ず借りは返さなければなるまい。それが親友としての義務だと思っている。

(セイルもピートも、心配かけちまったからなあ……早く戻って、元気な顔見せてやらなきゃ)

どうしようもない悔しさをバネにして、今後の活動にどうつなげていくか。
誰にだって失敗はあるし、失敗をいつまでも悔やんでいたって将来の展望が拓けるわけでもない。
反省は役に立つが、後悔は何の役にも立たないのだ。
ダズルが気持ちの整理をつけている間に、セブンはユニオン本部にヘリコプターを要請していた。
ここからハルバ村まで歩いていくのは、かなり大変だ。
セブンだけならまだしも、いろんな意味で大変なアカツキとダズルがいる。
後のことはハーブに任せ、自分たちは今後の対策を考えるためにも、ユニオン本部に戻ってササコ議長とシンバラ教授に事実を正確に伝えておく必要がある。
今のうちに伝えておけばいいのだろうが、アカツキとダズルも交えて、じかに顔を突き合わせてやった方がいい。
なにしろ、クレセリアとのやり取りをしたのは全部アカツキなので、セブンがいくら言っても、正確には伝わらないからだ。

(……まあ、今はゆっくりするしかないだろうが、そのうち忙しくなるからな。
今のうちにしっかり気持ちの整理をして、区切りをつけてもらわなきゃな……二人なら大丈夫だろう)

セブンはアカツキとダズルの顔を見やると、空を仰いだ。
すでにヤミヤミ団のヘリは見えなくなっており、雲一つない空には日差しを放つ太陽だけが浮かんでいた。






To Be Continued...

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