Mission #157 第三の関門

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アカツキが意識を取り戻したのは、通路から落ちて約十分が経過した後だった。

「う……」

小さく呻き声を上げながら、目を開ける。
意識が急激に浮上するのを感じると同時に、地面に仰向けで横たわっているのだと気づいた。
身を起こすと、周囲の地面が砂で覆われていることが確認でき、あの泥ボールキャノンのエリアから落ちた自分が、砂のクッションで守られたことも理解できた。

(身体はぜんぜん痛くない……怪我もしてないな)

手を握ったり開いたりしてみたが、特に痛みはない。
セブンは落ちた先でひどい目に遭ったと言っていたが、幸い、今のところはその『ひどい目』に遭わずに済んでいるようだ。

……しかし、それはアカツキに限った話である。

直後、アカツキはすぐ傍でムックが横たわっていることに気づき、息を呑んだ。

「あ、ムック……!!」

横たわっているというよりは、倒れているといった方が正しいかもしれない。
なぜなら、ムックの身体は傷だらけだったのだ。
目に見えて大きな怪我はなかったが、激しい戦いを繰り広げた後のような有様だった。

「ムック、しっかりするんだ!!」

アカツキは胸がぎゅっと締め付けられるような息苦しさを覚えながらも、ムックの顔に触れながら叫んだ。
もしかしたら、ムックは意識を失っていた自分をかばって、襲ってきたポケモンたちと戦っていたのかもしれない……いや、そうに決まっている。
そうでなければ、こんな傷だらけの姿にはなるはずがない。
実際、アカツキの考えは当たっていた。
突然落ちてきた見知らぬ人間(アカツキのことである)に驚いたポケモンたちが、無防備な彼に襲いかかってきたのだ。
ムックは多勢に無勢もいいところの状況下で、彼を守るために必死になって戦い、なんとかすべてのポケモンを追い払うことに成功したが、体力を使い果たして眠ってしまった。

「ムック……」

何度か声をかけてみたが、ムックは相当に疲労しているらしく、パートナーの声にも反応しなかった。
幸い、呼吸していることは見て分かったので、命に別状がないところだけは確認できたのだが……

(ムックはぼくを守ってくれたんだ……)

アカツキはムックの身体を抱きかかえた。
綺麗に手入れした翼も揉みくちゃにされて、羽毛が逆立っている箇所が目立つ。
大怪我はしていないようだが、それでも細かな傷が全身にくっきり刻まれていて、アカツキを守るために本当に必死になっていたのだと窺い知れた。

(どれくらい眠ってたのか知らないけど、もう少し早く目を覚ましていたら、ムックがこんなに傷つくことはなかったのかな……)

本来、ムックは争うことが好きではない。
それでもそこいらの野生ポケモンよりは強いし、やろうと思えばポケモンバトルだって十分にこなせるだけのパワーは持っている。
そんなムックでさえ、疲れ果てて眠ってしまうほど全力で戦っていたのだ。
もしもアカツキがもう少し早く目を覚まし、ポケモンのキャプチャを行っていたら、ムックがここまで傷つくことはなかったのかもしれない……そう思うと、やりきれない気持ちになる。

「ムック、ぼくを守ってくれてありがとう……今はゆっくり休んでて」

身を挺して自分を守ってくれたムックに、何をしてやれるのだろう。
アカツキは安らかな寝息を立てるパートナーポケモンをじっと見つめていたが、このままここにいても埒が明かないと思い、先へ進むことにした。

(そうさ、ここからはぼくがムックを守る。ぼくがしっかりしなきゃいけないんだ!!)

ムックが今まで自分を守ってくれていたように、これからは自分が傷ついたムックを守りながら先へ進まなければならない。
セブンとはぐれてしまったのは間違いないが、彼なら恐らく先に進んでいるはず。
だったら、余計な心配をかけないためにも、一刻も早く彼と合流するべきだ。
アカツキは気持ちを切り替えると、ムックを抱きかかえたまま立ち上がり、周囲を見渡した。
ご丁寧にも、壁には松明が掲げられており、落ちた人間が出歩くのに不自由しないようになっている。
周囲を見渡すと、右の壁に穴が開いており、そこから通路が延びているのが見えた。
それから、一メートルほど離れたところにスタイラーが落ちていることに気づき、すぐに拾い上げた。

「ぼく、スタイラーを持ったまま落ちたんだっけ。途中で手放しちゃったんだな。
そうすると……セブンさんに位置情報を知らせなきゃ」

グリップを握り、指紋センサーによるセキュリティを通過してスタイラーを起動させる。
アカツキはすぐさまボイスメールに切り替え、セブンに対して通信を試みた。

「セブンさん、応答どうぞ」
『……こちらセブンだ。アカツキ、無事だったか?』
「はい、なんとか。
でも、ムックがぼくを守ってくれて怪我をしてしまって……」
『そうか……今は落ちた場所にいるんだな?』
「はい」

セブンはアカツキが無事だと聞いてホッとしているようだった。

『ムックがムクホークに進化していればそこから上がることもできるだろうが、今の状況ではどう考えても無理だ。
……どの方角かは忘れたが、壁に穴が空いて、そこから通路が延びているはずだ』
「はい。確認できます」
『そこから先に進んでいけば、俺たちが向かおうとしている場所の手前で合流できる。
周囲にポケモンの姿はないか?』
「見当たりません」
『そうか。なら、合流地点からガブラスをそちらに向かわせよう。バラバラの状態で奥に向かうよりは、合流した方がいいだろう』
「え、それじゃあセブンさんが……」
『少なくともおまえよりは安全だし、向かってくるポケモンは全部キャプチャしてやるさ。
ガブラスがいなくても、野生ポケモンくらいならどうにでもなる。
だから、おまえはガブラスと合流したら、上に向かってくれ。合流地点で待ち合わせる』
「……分かりました。ありがとうございます、セブンさん」
『大切な仲間を守ることは当然さ。それじゃあ、通信を切るぜ』
「はい」

通信が切れた後も、アカツキはスタイラーをじっと眺めていた。
パートナーポケモンであるガブラスをこちらに寄越してまで、アカツキの身の安全を確保しようとしている……そんなセブンの心遣いがとても胸に沁みて、アカツキは思わず涙ぐみそうになった。

(セブンさん、ぼくのことをちゃんと仲間だって思ってくれてるんだ……足手まといになってしまったのに)

セブンにとっても、ガブラスと一緒にいる方が安全度は高まるはずだ。
それなのに、足手まといになってしまった若きポケモンレンジャーの安全を優先してくれた。
アカツキにとってはうれしい反面、トップレンジャーにそこまでさせた自分の不甲斐なさが無性に腹立たしいが、今はセブンの心遣いに感謝しつつ、少しでも早く彼と合流できるよう行動しなければならない。

(いつになるか分かんないけど、セブンさんにきちっと恩返しするんだ)

セブンは仲間を守るのは当然だと言ってくれた。
しかし、その厚意に甘えてばかりではいけないと、アカツキは思っている。
どんな形であれ、受けた恩は返さなければならない。
セブンならきっと『おまえが一日も早くトップレンジャーになることが最大の恩返しさ。はははっ』と笑いながら言うに違いない。
アカツキとしても、それが最大の恩返しになると考えていたから、行動あるのみだ。

(ガブラスなら野生ポケモンが襲ってきても大丈夫だけど、合流するまではぼくがムックを守り抜かなきゃ)

自分を守るために必死になって戦ってくれたパートナーの想いに応えるためにも、これ以上ムックを傷つけさせない。誰が相手だって守ってみせる。
ムックを左手に抱きかかえ、右手にスタイラーを持ち替えて、アカツキは歩き出した。
地面に積もった砂に思わず足を取られそうになりながらも、セブンに言われたとおり、壁に空いた穴から続いている通路へと向かう。
通路の幅は約二メートルで、こちらにも松明が掲げられていた。
いざとなればスタイラーの照明機能を使えばいいとも考えたが、照明はバッテリーの減りが早いのが難点だ。
コツコツと、自分の足音だけが幾重にも反響して聞こえてくる。
前方に注意を払いながら、アカツキはムックが戦ったポケモンたちのことを考えていた。

(ムックでもなんとか追い返せたってことは、ガブリアスとかカバルドンとかは含まれてなかったってことだよな……この辺りにはいないって考えていいのかもしれない)

最終進化形で身体の大きさも段違いのガブリアスやカバルドンがいたら、間違いなくムックでは勝てない。
傷だらけになり、体力を使い果たしている現状を考えれば、相手はせいぜいガバイトかネンドール、ドーミラーといったポケモンが徒党を組んだ連合軍のようなものだろう。
それくらいのポケモンなら一対一でも十分に渡り合えるし、ムックが機動力を存分に発揮できるだけの広さがあったことからも、多少数が多くてもなんとか捌けないこともない……といったところか。
そう考えれば、強力なポケモンがこの辺りにいる可能性は低いと見ていい。

(ガバイトとかネンドールだったら、今のぼくでも十分キャプチャできるレベルのポケモンだ。
それより、セブンさんはどの辺りにいるんだろう? 一応、位置情報を見ておこう)

歩きながらスタイラーを操作して、自分とセブンの位置関係を画面に表示させる。
立体的な検索と表示ができないのが難点だが、平面上で二人の距離が約一キロ近く離れていることは分かった。

(一キロ!? この神殿、思ったよりも大きいんだな……)

予想外の距離にアカツキは驚いたが、すぐに合点が行った。
ハルバ島の北部を占める岩山地帯で、山をくり貫く形で神殿を築いたのだから、大きさは最大で岩山とほぼ同じくらいになる。
一キロ程度離れることがあっても、不思議ではないのだろう。
昔の人がここまで巨大な建造物を作るだけの技術力を持ち合わせていることを改めて理解し、自然と口からため息が漏れた。

(一キロくらいなら、ガブラスならそんなに時間はかからないと思うけど、通路が曲がってたりしたら話も変わってくるよな。
今のところはまっすぐだけど、できるだけ急いだ方がいいかも)

スタイラーの操作はそこまでにして、アカツキは歩調を速めた。
万が一ガブリアスなどに出くわしたりしたら、ガブラス抜きでどうにかなる相手ではない……それはアカツキ自身が誰よりもよく理解していたからだ。
しかし、そういったことを考えれば考えるほど、嫌な予感というのは的中するもので。
まっすぐ続いた通路を百メートルほど歩いていくと、ドーム状に拓けた空間に出た。
そこからもまっすぐに通路が続いているのだが、その通路の入口に、まるで立ちふさがるように一体の大型のポケモンがいた。
青と濃紺のちょうど中間の体色で、スレンダーにも見える体型は、身体の大きさからすれば華奢にすら見えるのだが、貫くような鋭い眼差しは頼りないなどと呼ぶことを躊躇わせる迫力があった。
そのポケモンの姿を認め、アカツキは足を止めた。

「が、ガブリアス……!?」

一番出会いたくないと思っていたポケモンが目の前にいる。
しかも、何やら怒っているような目つきでこちらを見つめ、今にも襲いかかってきそうな雰囲気を惜しげもなく放出しているのだ。

(ムックが動ける状態だったらまだなんとかなるけど……ぼく一人じゃ荷が重過ぎる。
だけど、ムックを守るって決めたんだ。無理にキャプチャなんかできなくていい。
せめて、ガブラスがここに来るまでの時間さえ稼げれば、それでいい)

アカツキはムックを壁際にそっと横たえると、腰を低く構え、キャプチャの体勢に入った。
自分一人ではガブリアスをキャプチャするのが無理なのは承知している。
だから、無理をせず時間稼ぎさえできればいい。
こちらから必要以上に手出しせず、相手の攻撃をひたすら避け続けるだけでも十分だ。隙があればキャプチャするくらいで十分だろう。

(もしかして、ムックがぼくを守るために襲ってきたポケモンたちを返り討ちにしたことを怒ってるのか……?)

完全に不可抗力としか言いようがないのだが、ムックが追い払ったポケモンたちはアカツキが今しがた歩いてきた通路をたどってここまで来たはずだ。
そうなると、ガブリアスに泣きつくのは十分にありうる話だ……などと考えていると、ガブリアスが動いた。
身体を折りたためばジェット機並みのスピードで跳躍することができると言われているが、それを存分に活かせるだけのスペースがないと判断したためか、普通にジャンプして飛び掛ってきた。

(素早いけど、対応できる!!)

ガブリアスは攻撃力が非常に高く、素早さもかなりのもの。
その他の能力も平均以上で、能力的に見れば全体的に非の打ち所はなく、現在確認されている四百九十種あまりのポケモンの中ではトップクラスの能力の持ち主だ。
だが、スピードを存分に活かせない状況なら、まだ対応できる。

「キャプチャ・オン!!」

アカツキはスタイラーからディスクを撃ち出し、ガブリアスのキャプチャに入った。
相手が攻撃しようとしているのはアカツキだ。ディスクを周囲に飛び回らせれば、多少は意識が逸れて攻撃の命中率も低下させられるはず。
無論、ディスクに攻撃を受けるようなことがあれば、バックファイアが襲い掛かってくるため、アカツキにとっても決して分のいい賭けとは言えないのだが。
それでも、ムックを守るためにできるだけのことはしなければならない。
ガブラスが来てくれるのを待つだけ、期待しているだけなんて、そんな甘えたことは言っていられないのだ。
助けてもらうにしても、ベストを尽くした上での話。
ガブリアスは前脚についた鋭い爪を振りかざしながら飛びかかってくるが、空中にいる間は自由に動けないはずだ。
そう踏んで、アカツキはディスクで幾重にもガブリアスを囲い込もうとしたのだが、完全に判断を誤った。
なにしろ、ガブリアスはわざと加減して、相手に実力を見誤らせていたのだ。
ガブリアスはアカツキの反応を見て、すぐさま空中で身体を折りたたみ、爆発的な推進力で一気に突っ込んできた。

「えっ……!?」

これには完全に虚を突かれ、アカツキは一瞬、思考が真っ白になった。
ガブリアスにはその一瞬で十分だった。
ちょうど眼前にやってきたディスクにドラゴンクローを繰り出し、いとも容易くディスクを破壊したのだ。
ディスクが攻撃を受ければ、スタイラーから供給されているエネルギーが逆流して、スタイラーとスタイラーを操作しているレンジャーにダメージが及ぶのだが、ディスクが完全に破壊されてしまえばエネルギーの供給自体が途絶えるため、逆流のしようがなくなる。
つまり、スタイラーへのダメージはほぼ発生しないのだ。
細かな欠片になって周囲に飛び散るディスク。

(一撃で破壊された……!?)

ガブリアスの攻撃力の高さは理解しているつもりだったが、多少の攻撃程度では傷こそついても破壊までは至らない強度のディスクを一撃で破壊したのを見て、アカツキは思わず息を呑んだ。
ディスクの予備は常に用意しているのだが、スタイラーにセットしてエネルギーの供給回路を構成し、射出に至るまでの時間は短くても十秒以上かかるのだ。
このガブリアスがそれだけの余裕を与えてくれるとは思えない。
驚愕するアカツキに向かって突っ込んでくるガブリアス。

(やばい……!!)

アカツキは慌てて横に飛び退き、着地点への攻撃をなんとか避けたが、直後、ガブリアスが前脚でドラゴンクローを繰り出した。
こちらの攻撃も直撃こそ免れたが、高速で――それこそ神速と呼べないこともない速さで振り抜かれたことで周囲に衝撃波が生まれ、アカツキは為す術もなく吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

「ぐっ……!!」

背中に痛みが走り、背骨が軋んで息が詰まる。
このままではまずいことになる……ただでさえ危機的な状況だけに、嫌でも理解せざるを得ないところだが、ガブリアスはさらに攻撃を仕掛けてきた。
辛うじてその場に崩れ落ちることは避けられたアカツキ目がけて突進し、尻尾を振るった。
技とも呼べない、単なる攻撃だが、生身の人間相手にはそれでも十分な打撃を与えられる。

「……がっ!!」

尻尾の攻撃を腹にまともに食らい、あまりの痛みに意識が飛びそうになる。
再び壁に叩きつけられた痛みが意識を強引に引き戻す。

(くそ、このままじゃ……)

幸い、骨は折れていないが、攻撃を受けた場所がとにかく痛い。
わざわざ加減して嬲り殺しにしようとしているのかは分からないが、もしそうだとすれば趣味が悪い。
今のところはムックに危害を加える様子は見て取れない。
しかし、このままでは面白くない結果に至ってしまうだろう。
パートナーポケモンのムックも、今は疲れ果てて眠っている。この状況を打破する手立てが見当たらない。

(ムックを守るって決めたのに……!!)

口の中に、苦い味が広がっていく。
先ほど壁に叩きつけられた時に口の中を切ってしまったらしく、その苦い味は血の味だった。
今の自分では、ガブリアスに殴りかかることくらいしかできないが、無論そのようなもので退けられる相手ではない。
二度目の攻撃による痛みで、アカツキはその場でうずくまった。
痛みがひどくて、立ち上がることも、動くこともできない。
知らず知らず、苦痛に表情がゆがんでいく。
のっしのっしと、見せ付けるような動きでゆっくり歩いてくるガブリアスを睨みつけるのが精一杯だ。

(それだけじゃない、ダズルだってまだ助け出しちゃいない。
セブンさんの足手まといにならないようにって思ったのに、こんなところで立ち止まってる場合じゃない……!!)

もしガブラスが間に合わなかったら……間違いなくガブリアスに殺される。
今はただ助けを求めるだけでも罰は当たらない状況なのだが、ただ助けを求めるだけというのはアカツキの矜持(プライド)が許さなかった。
本当にベストを尽くせたのか、まだできることが本当はあるのではないか……その気持ちと板挟みになっていたからだ。

(ちくしょう、ぼくにできることはもうないってのか……!?)

ガブリアスが、勝ち誇った顔をして目の前で立ち止まる。
今まで一度も乗り越えられなかった、高い壁が目の前に厳然とそびえる。
ガブリアスが前脚を高く振り上げる。
ドラゴンクローによってとどめを刺そうというのか、それともまた別の意図があるのか……松明の炎を照り受けてギラリと輝く鋭い爪が、まるで死神の持つ鎌のように見えてきた。

(だめだ、なにもできない……痛くて身体動かないし……なにをやっても、ガブリアスには通じない)

もし身体が動いて一撃を避けられたとしても、余波を食らえばそれだけでおしまいだ。
ガブリアスは高く掲げた前脚をピタリと止めると、そのままアカツキ目がけて振り下ろし――

(ムック、ダズル……!!)

アカツキはぎゅっと目を閉じた。
何をしてもだめなら、あきらめるしかない。
……が、いつになってもガブリアスからの攻撃はなかった。
あまりに強すぎる衝撃は身体が受け止めきれず、痛みすら感じられないと言うが、そうなのだろうか?
いや、それにしては未だに意識があるというのは不可解だ。
恐る恐る、アカツキは目を開けた。知らず知らずに腕で顔をかばっていたが、その腕もどける。
すると、目の前には氷の彫像と化したガブリアスの姿があった。爪を振り下ろす動作の途中で止まっている。

「えっ、これって……」

アカツキの命を奪うまであと五十センチという微妙な位置で、ガブリアスは攻撃を止めていた。
氷漬けにされてしまえば、自力で抜け出すのは困難だ。
増してや、ガブリアスは地面とドラゴンタイプを併せ持つため、氷タイプの攻撃が最大の弱点となっている。
威力の弱い攻撃でも、容易に大ダメージにつながるのだ。
何がどうなっているのか分からないが、今のところは九死に一生を得たと言ってもいいのだろう。

「でも、誰が……って!?」

アカツキは慌てて周囲を見回し、ガブリアスを氷漬けにした者を捜そうとして、はたと気づいた。
すぐ傍に、見慣れたレントラーの姿があったのだ。

「……ガブラス?」
「グゥ~」
「そっか、キミが氷の牙でガブリアスを攻撃してくれたんだね」
「グゥ♪」
「ありがとう、助かったよ」

なんてことはない。
ガブラスが背後からガブリアスに襲い掛かり、最大の弱点である氷タイプの技――氷の牙を食らわせただけだ。
ガブリアスは完全に不意を突かれたらしく、もしも氷の牙の追加効果で氷漬けにならなかったとしても、弱点の攻撃を受ければそれ相応のダメージとなる。
まともにガブラスの相手をするのは厳しい状況に追い込まれていただろう。
どちらにしても、ガブラスが間に合ってくれたおかげで命拾いしたことに違いはない。
アカツキが心から礼を言うと、ガブラスは『当然のことをしたまでだ、気にするな』と言いたげな面持ちで頭を振った。

「だけど、この氷もいつまで保つか分からないな……」

ガブリアスは氷の彫像と化しているが、いずれは溶けるか、ガブリアスが自力で脱け出してくるだろう。
ガブラスがいれば安全とはいえ、いつまでもここにいても仕方がない。
早くセブンと合流して、彼の身の安全も確保しなければならないところだ。

(痛いけど、我慢できないことはなさそうだ)

ガブリアスの攻撃を受けて身体があちこち痛むが、我慢できないほどではない。
アカツキはムックの傍まで歩いていくと、未だに眠っているその身体を抱き上げた。
派手な音を立てたのに、まったく気づいていなかったようだ。
物音に気づかぬほどに深く眠っているのだから、限界ギリギリまで力を使いきったのだろう。

(ムックはこのまま眠らせておこう。無理に起こしちゃかわいそうだ)

紆余曲折はあったが、ムックも無事で何よりだ。
ガブリアスが、先に動ける相手から始末した方がいいと考えていたのだとすれば、その判断にも命を救われたと言っていいのかもしれない。

「ガブラス、セブンさんはこの先だよね?」
「グゥ」
「よし……先に進もう。セブンさんに早く合流しなきゃ」

痛む身体をおして、アカツキは歩き出した。
その横に、ガブラスがぴったりと寄り添う。
いくらガブリアスでも、分厚い氷を易々と破って出てこられるとは思えないが、警戒しておくに越したことはない。
ガブラスの警戒感を余所に、そこから先は順調だった。
なにしろ、ムックと同じく『威嚇』の特性を持つガブラスの前に、他の野生ポケモンは一切立ちはだからなかったのだ。
持ち前の実力と風格(というかオーラのようなもの)を感じ取ったポケモンたちは、嵐が通り過ぎるのを待つがごとく、物陰に身を潜めていたからだ。
アカツキは時折、スタイラーでセブンとの位置関係を確認しながら進んだ。
ガブリアスの攻撃を受けて痛む身体も、徐々に楽になってきた。
最初はペースがかなり遅めだったが、回復してくるにつれて少しずつペースを上げていく。
約一キロ離れていたセブンと合流したのは、ガブラスと共に歩き出してから二十分後のことだった。






To Be Continued...

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