28話 飢え続けた二十年

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 十七時頃、埼玉県山奥に位置する大霧特殊技能研究所までもう目の前。ふと車窓の外で横たわっている人の影が見えた。見覚えのあるその姿、嫌な予感を受けて思わず鳥肌が立つ。
「ちょ、ちょっとストップ!」
 翔の声で市村も異変に気付いたのか、車を停める。山道にひっそりと佇む神社の石段で、風見雄大が横向きに倒れこんでいた。
「おい、大丈夫か!」
 車から降りるなり駆け付けようとする翔を、市村は邪魔だと言わんばかりに手で制す。落ち着いた様相で風見の傍により、大丈夫か。と声をかけながら肩を叩いた。
 風見は何かしらの小さな呻き声のようなものをあげたかと思うと、妙な間を挟んで唐突に嘔吐した。流石に手や服に吐瀉物がかかって市村は驚いたようだが、心得があるのか市村は慣れた手つきで風見を動かして気道を確保する。
 その様子をただ何もできないまま翔は眺めていた。こんな弱り切った風見を見ることが、ショッキングであった。かれこれ五年の付き合いにはなるが、いつものような自信に満ち溢れた姿の欠片も感じられない。どことなく俗世離れしたあいつが、虚ろな目で声かけに応じぬまま嘔吐する。少し苦境に瀕しても、それを感じさせない堂々とした姿、声、視線。それはいったいどこへ行った。
 カードの強さも圧倒的で、体も最近は鍛えていたはずだ。単に目の前の現象が既知の情報と噛み合わない。西から陽が昇るかのような出来事で、目に映る光景を現実のものとするまでに時間がかかってしまった。
 あの風見がなぜ、こんな事になっているのか。衝撃が強すぎて、頭の中は真っ白だ。笑う膝を抑えるのに手一杯で、今何をすればいいのかを考えることすらできない。
 驚き、不安。そして何故、という疑問。ふつふつと湧く加害者への怒り、憎しみ。心の内で様々な想いがノイズのように入り乱れる。感情の処理が追い付かず、身動きの取れないそんな自分の耳元で、確かに俺の声がした。一番気に食わないのは何もできない俺自身だ、と。
「ボクの声が聞こえるか」
 市村の呼びかけで、翔はふと我に返る。その呼びかけは風見に向けられたものであったが、翔は心の中で市村に感謝をした。どこかへ飛び立とうとした心は体に舞い戻り、足元から這ってきた悪寒はいつの間にか消え失せた。雀の涙程度ではあるが、現実をようやく捉えて冷静さを取り戻せた。
 依然何処を見つめているのか分からない風見であったが、何かしら反応しているようだ。どうやらかろうじて意識はあるようだが、翔には依然状況が掴めない。そんな最中、市村が風見の足元に散らばっていたカードに目が行く。風見を支えたまま一枚選び、少し離れた位置で棒立ちする翔に向かって投げて渡す。
「なんだ?」
 イラスト欄には航空写真のようなものに大きく×が描かれており、テキスト欄には「ここで待つ」とだけ示されていた。二日前、翔が陽太郎と再会したときに渡された四枚の地図カードと同じようなフォーマット。雨野宮陽太郎。そうだ。風見をこんな目に合わせたのはあいつの仕業に違いない。
 となれば、まさか風見が負けたのか? なぜ風見が襲われたのか、なぜ風見が負けたのか。疑問は尽きない。そこに市村が追い打ちをかける。
「デッキが荒らされている。服のポケットも一部裏返ってるし、荒らされた形跡がある。強盗目的か? それに腰だけやけに赤く腫れている。外傷か」
 状況から鑑みるに、おそらく既に風見が持っていたAfは既に陽太郎に奪われたのだろう。
 陽太郎は比較的強いプレイヤーであったことは翔自身も認める。が、それでもあの風見が負けるなんて想像もつかない。仮に勝負に風見が勝って、激昂した陽太郎が真正面から襲い掛かったとしても、もはや非凡の域である風見のフィジカルを上回ってこんな怪我をさせられるとはそうそう思えない。
『彼の能力、三体どころか五体の分身が出せる。おそらく僕たちはハメられた。今四か所にいる彼は全員分身で、本体は別の所にいる可能性が高い』
 亮太の声が脳裏を過ぎる。分身が五体であるなら、本体と合わせれば全部で同時に六人の雨野宮陽太郎が存在出来る。
 ここに来るまでの道中に連絡を飛ばしても恭介達から返事が無かったことから、事前に指定された四か所に分身はいて恭介達と戦っている可能性は高い。そして風見の前に一人いたとして、まだ一人足りない。じゃあどこに?
 風見の裏をかくのであれば、おそらく風見の所に二人いた。そして対戦中にもう一人が背後にまわり、隙をついて攻撃。それならば、筋が通ってしまう。
「奥村翔。君はいつまでそこで突っ立っている。早くそのカードに示された場所に行くんだ」
「え? ちょっと待てよ。風見を───」
「彼なら大丈夫だ。意識はあるし、血を吐いた訳ではない。ボクは素人だが様子を見る限り、腰になんらかの攻撃を受けて倒れ、脳をぶつけて脳震盪。そんなところだと考える。嘔吐はしたが命に別状はないから安心していい。ボクは救急車を呼んで彼を病院に連れていく。君はまだ行かなくてはいけない所があるんだろう」
「いや、でも」
「車に鍵は刺したままだ。君は自動運転車じゃない車も運転出来るんだろう。それで行ったらいい。車の事なら雄大の電話越しに後で君に電話する。少なくとも今君がここにいても何も出来ないどころか、邪魔だ。それにこんな山道の真ん中にいつまでも車を停めるわけにはいかない」
「だって」
「君ももう成人なんだろう、ボクの言い回しが分かりにくくても汲め。早く行け。でないと救急車を呼べない」
 市村の言は正しい。そうは分かっていても、その理屈を消化するには少し時間が必要だった。
 翔は再度、風見の青ざめた顔を見る。言いようのない怒りと戸惑いを処理しきれないままだったが、市村の言葉に首を縦に振ってその場を後にした。市村の車の運転席に乗り込み、相変わらず朦朧としている風見と救急車を呼んでいる市村を後に翔は来た道を引き返す。
 カーナビの脇に市村から受け取ったカードを刺す。陽太郎が指し示した地点は翔が初めてAfと戦った場所。日比谷通りの沿いにある、東京都内の公園だった。



 雨野宮陽太郎はノーネームに指定されたポイントに辿り着いた事を確認し、ポケットとデッキからAfを取り出して高く掲げた。
 ノーネーム曰く、この場所は大気中に散らばった精神エネルギーの密度が高い、らしい。理屈どころか言葉の意味は何一つ分からなかったが、結果が出ればそんなものどうだっていい。現にAfが「拍動」しているのを、陽太郎は感じ始めていた。
 そう、世の中は結果が全てだ。それが陽太郎にとっての信条であり、コンプレックスでもある。
 それも今日で打ち止めだ。オレはオレの尊厳を取り戻す。クレバスのように深く広がった穴から這い出す日だ。
 知らず知らずのうちにAfのカードイラストとテキストが溶け始め、徐々に違うモノが浮かび上がろうとしている。Afを超えた更なる力。長らく求めていた絶対無比な力が間も無く手に入る。
 変化するAfの拍動に応じ、足元から指先にまで、大動脈を通り全身の毛細血管にまで血が巡るのを感じる。囚人のように繋がれていた心の足枷はもはや過去の物となろうとしている。大気圏外にコンビニ感覚で足を運べそうなほどに体が軽い。そうか、高揚しているのか。
 しかしそんな陽太郎に強力な引力がかかる。鮮烈に記憶に残る、あの風見雄大の姿だ。直接対戦したのは分身だが、陽太郎本体はその様子をすぐ後ろから見ていた。まさに威風堂々たるあの立ち姿。強力なドラゴンを操りオレのプランを打ち砕く鮮烈なタクティクス。オレと比肩するに能わずな、まさに雲の上の実力者だ。
 くそったれ、オレとお前では全てが違うんだ。生まれもったもの、育ち得たもの。これでもかというほどその手に多くの物を掴み取ったからこそ、その佇まいには自信がありありと感じられた。
 憎い程眩い。そんな言葉で誤魔化さないとすれば、ただ単に羨ましかったのだ。
 まだAfの新しいテキストは全て浮かび上がっていない。今はただ、陽太郎は目を閉じて己の足跡を追蹤(ついしょう)する。



 雨野宮陽太郎は、特に変哲もない中流家庭の生まれだった。待望の一人息子に、優しかった両親は我が子の望むままになんでもさせた。ピアノ、そろばん、書道、水泳、塾、体操教室、サッカークラブ、その他諸々。
 好奇心旺盛で意欲的だった陽太郎は自発的になんでも取り組み、ありとあらゆるものをスポンジのように吸収していった。しかし、それが彼を逆に苦しめることになる。
 ピアノや書道のコンクールはかろうじて入賞する程度。そろばんも二級から苦戦し始める。水泳もどの泳法も遅くもないが早くもない。体操も難しいワザとなるとなかなか敵わず、サッカーもスタメンにこそ入るが今一つパッとしなかった。
 陽太郎自身はそれに何も不満を感じていなかったが、それを見た周囲の無意識な一言が彼を傷つける。
『あいつ、何をやっても中途半端だな』
 悪気の無い、なんてことのない一言。それでも当時小学生だった陽太郎の心に、無視できないささくれが生まれた。
 徐々に広がる非難の声に覚えた陽太郎は習い事を減らしていった。そして幼いながらも勉強が大事だと知っていた陽太郎は、先立つものをしようと勉学に勤しむ。しかし、そこでも大きな壁が立ちはだかる。
 同じ塾にいた同世代最強の天才、冴木才知は常に模試で全国一位を叩きだした。陽太郎も必死になったが、その圧倒的な力の前に差は広がり始めるばかり。これでは中途半端どころか、本当に何者でもなくなってしまう。
 そして中学生になった陽太郎の前に、大阪から転校してきた宇田由香里が現れる。本人持ち前の明るさと気前の良さ、そして関西弁という物珍しさに、周囲は徐々に彼女に惹かれていった。
 陽太郎からすれば気に食わない。特に秀でた事も無いようなやつが、いつの間にか輪の中心になっていた。気付けば陽太郎の傍から一人、また一人と人が減っていく。寂しさと悔しさがタールのように粘り気を伴い、陽太郎の心にこびり付いていた。
 何をやっても一番になれず、何をやっても認められず、何をやっても満たされない。中学生にして、そんな歪んだ諦観を悟った陽太郎はある真理に辿り着く。自分がどれだけ頑張っても一番になれないなら、他人を蹴落とせばいい。そうすれば自ずとオレが一番になる、と。
 癪ではあるものの、宇田由香里が作ったポケモンカードのブームに狙いを定めた。陽太郎はポケモンカードについてインターネットや動画で研究し、デッキを汲み上げた。まずは周りの有象無象から処理していく。カードを校内でやることも勿論校則違反ではあるが、それに加えて独自に作り上げた勝者が敗者のカードを奪うアンティルールのお陰で陽太郎のカードプールは潤っていく。そしてついにはかの天才、冴木才知を打ち倒した。
 ポケモンカードでなら負けないことに、徐々に自信がついてきた。たとえ周りからどう見られようとかまわない。注目されている、それだけが歓びだった。
 だというのに、奥村翔にまさか一杯食わされてしまうことになるとは。小中と同じ学校だったが、特に取柄のない雑魚だと思っていた。一度倒した相手だと侮っていたからなのか、陽太郎からすればあまりにも痛恨的な下克上だった。
 勝負が着く、その僅か手前。陽太郎は取り巻きに担任を呼ばせることで、なんとかノーゲームにした。そこでアンティルールも明るみになり、当然のようにカードゲームは本格的に校内で禁止に。奥村翔との決着は有耶無耶となったまま、中学を卒業した。
 高校、大学と進学をして年を重ねても陽太郎は変われなかった。モチベーションがないまま、再び何でもやった。
 楽器はキーボード、ギターにベース。ドラムは少しだけ。芸術なら書道だけじゃなく油絵、水彩画だってこなした。カードに限らず格ゲー、音ゲーでもその辺のゲーセンではハイスコアを叩きだす。本家ポケモンもオンライン大会でそれなりのレートを残した。勉強だってどの科目も平均よりは遥かに上だ。
 なのに、彼の前には必ず彼以上に出来る誰かが現れる。それが遠いどこかの人間ならさぞ幸せだっただろう。まるでそういう運命だと言わんばかりに、決まって彼のすぐ傍に現れるのだ。嘆かわしくは、その才や努力を理解しない愚か者が、一方的に陽太郎が劣であるとレッテルを貼り付けることだった。
 器用貧乏とはよく出来た言葉だ、と自嘲した。器用なのに、心は永遠に貧したままだ。見たくなくとも蛙は大海を見せられた。違う道へ逃げても、常に同じ景色に迷い込む。徐々に流れゆく毎日は腐敗して、何かを比較しては無感動な生活に溺れていた。
 もうウンザリだ。何だっていい。何をしてもいい。オレは何かで一番になって、記憶の遥か彼方で失ったオレの尊厳を取り戻す。
 そんな最中ノーネームに声をかけられたのは運命なのか、必然なのか。まるで心を見透かしたかのように、甘い言葉で陽太郎を誘った。
 お前にはセンスがある。最も強いカードプレイヤーになる気はないか?
 沈んでいた心に、浮力が働きかける。虚しさと惨めさで出来た汚濁の海から浮き上がるときだ。天に聳える摩天楼の上に立ち、オレよりも出来ないくせにオレを嘲笑った烏合の衆を見返す。それこそ泣いて許しを請うまでに。
 そのためなら泥水だって飲んでやる。ノーネームからもらったAfを鬼兄弟を始めとしたあちこちにばら撒き、小さくもあるが騒ぎを起こした。全ては今この瞬間のため。
 途中現れたダークナイトや奥村翔達には少し驚いた。まさかあの時に辛酸を味わった相手がこの一件にも関わり、またしても邪魔をしようとしているなんて。しかもそいつらがダークナイトを倒すと来た。
 オレに対するノーネームの扱いも気に入らない。いつでも上から目線で、このオレを煽るような物言い。Afをくれた恩義はあるが、それを差し引いても気に入らない。
 だからこそここでAfの真の力を引き出して奥村翔を倒し、オレを良いように使ってきたノーネームを倒す。その次? 思いつくのは風見雄大。そして世界最強と言われた葛桐を倒し、やがてオレは最も強いポケモンカードプレイヤーになって───
 そしてオレは何になるんだ……?
「見つけたぞ!」
 怒気交じりの声と二つの足音。陽が落ちかけている十八時半頃、陽太郎の前に現れたのは奥村翔と生元亮太だった。陽太郎は掲げていた腕を下ろし、二人を見据える。
「亮太、どうだ」
「間違いない。彼は本体だ」
 情報には聞いていたが、相手を視るだけで能力の詳細が分かるという生元亮太の能力精査のオーバーズ。確かに厄介だが、ここまでこればもはや問題ない。もう分身を使う必要は無いし、ブランクアルターにはクールタイムが必要だ。一度分身を生み出すと、次に分身を生み出すまでに時間がかかる。今更見破られたところで、といった所だ。
「陽太郎……、風見に何をした!」
 右の拳を顔の前に作り、怒りに震えて翔は言い放つ。冴木才知のコインとカードをアンティで奪った際の事が脳裏に蘇る。六年前のデジャヴだ。
 あの頃からは互いに背格好も違うし、異なる能力を身につけ、違うデッキを携えている。それなのにあの時と同じような事を繰り返し、同じように対峙している。
「ハッ、落ち着けよ! スタンガンで一発ズドン、それだけさ。せいぜい気を失って頭をぶつけたくらいだろう」
「……堕ちたもんだな。見損なったぞ」
「あ? 見損なっただ?」
 また卑怯な手を。といった言葉が来るだろうと待ち構えていただけに、陽太郎からすれば想定外の反応だ。しかし今の陽太郎にその言葉の意図を探る猶予も余裕も無かった。あまりここで時間をかけ過ぎるとさらに増援が来る。一対二ならばまだしも、それ以上となるとさすがに分が悪すぎる。
「さあ、来るなら来いよ。二人まとめてでも相手してやるぜ。言っておくが分身のデッキと比較すんなよ。何せオレの手元には新たなカードがある」
「新たなカード?」
「いいねェその顏! 知りたきゃゲームを始めてからだ」
 陽太郎は右手に持ち続けたカードと、腰にセットしていた別のカードを咄嗟に混ぜて、デッキポケットに挿入して構える。
 それを見て亮太もデッキを取り出そうとするが、翔が左手で亮太の腕を掴む。
「ごめん。ここまで来てもらったけど、もう少しワガママ聞いてくれないか」
 つい先刻、K大で陽太郎の分身と戦う時とは逆の立場だ、と亮太は思った。あの時は僕をただ黙って信頼してくれないか、と言って翔を制した。今度はその逆だ。
「正直な所このAf事件、俺はどこか中途半端な気持ちだったと思う。風見に言われたし、それを拒否する理由もないからずっとAfを追い続けてきた。Afが危ないってのも戦っていくうちに分かったし、それを俺が止められるならやらなきゃなとか、そんな半端な正義感は当然あった。でも俺は風見みたいに自分の夢のためとかそんなこともなかった。恭介とお前みたいにもなれなかった。……そんな風に本気になれるっての、ちょっと羨ましい。そんな風に心の中で思ってた」
 先ほどまでとは異なり穏やかな口調。しかし、亮太が覗き込んだその横顔は今までに見たことがない程闘志に燃えて、視線の先、夕日を背負った仇敵を見据えていた。
「だけど大切な親友をやられて知った顔がその元凶と聞けば、俺もマジにならなくっちゃあな。こいつが本気で他人に危害を与えてまでまたカードを奪って、何かをしでかそうって言うのなら、止めなくちゃいけない。中学生の時に俺がこいつを止められなかったせいで、風見が怪我をした。これ以上この馬鹿の好きにさせられない」
「オイオイ! カスが調子こいてんじゃねえ。オレよりロクに何か秀でた事の無かったお前がこのオレを馬鹿呼ばわり? 冗談まで面白くないなんて恐れ入る」
 もはや言葉では加速する二人のボルテージは止められない。亮太は翔に目くばせをして、後ろに下がった。必ず仮面の女は雨野宮陽太郎の背後にいる。となれば、ここは翔に任せて自分は然るべき時へ温存する。
「相変わらず達者な口だな」
「ハッ! お前も変わらずムカつくぜ。だがよォ、一対一は願ってもないぜ。今度こそオレが勝つ。そしてオレはオレの尊厳を取り戻す!」
『ペアリング完了。対戦可能なバトルデバイスをサーチ。パーミッション。ハーフデッキ』
 陽太郎のバトル場にはギャラドスEX180/180。対する翔のバトル場にはボルケニオン130/130、ベンチにはフォッコ60/60。
 炎ポケモンを操る翔に照準を合わせたような水タイプデッキ。これも六年前、最後に戦った時を髣髴とさせる並びだ。
「先攻はこのオレが頂く! いいか。早速見せてやるよ。Afの真の力ってやつをよ。スタジアムカード、『Adv.F(アドバンスドフォース)フィリンダム』!」
「アドバンスドフォース……!?」
 スタジアムカードがセットされたにも関わらず、周囲の景観は変わらない。不発なのか、それとも嵐の前の静けさなのか。
「フィリンダムの第一の効果。手札のAdv.F(アドバンスドフォース)のグッズをこのカードの下に重ねる。オレは手札のAdv.F(アドバンスドフォース)スカイスクエアーをフィリンダムの下にセット。さあ、このオレが戦うにふさわしい舞台を作っていこうじゃねえか」
「な、なんだ?」
 まるで地鳴りのような振動に、翔とその背後で試合を観戦していた亮太は足を取られる。翔と陽太郎の対戦区画を中心に、正方形で囲われた領域がエレベーターのように地盤ごと上昇していく。まるで天高く聳え立つ摩天楼のように地盤は持ち上がり、三人はいつの間にか霞ヶ関一帯を見下ろす華やかな景観を背に立っていた。
 果たしてここは地上から何メートルの高さなのか。それともあくまでARの延長、カードの見せる演出なのか。
 気のせいか、フィールドを通り抜ける風は冷たくなっている気がする。床はいつの間にか砂や草ではなく、コンクリートだ。夢か現か、その判断がどうにもできない。
「まだまだこんなもんじゃねえぜ。フィリンダムの能力はこっからだ! オレはこの番サポートが使えなくなる代わりに手札のAdv.F(アドバンスドフォース)を見せることで、フィリンダムの下にあるAdv.F(アドバンスドフォース)の効果を使うことが出来る。オレはAdv.F(アドバンスドフォース)スクリーンカネーションを見せることで、フィリンダムの下に重ねてあるスカイスクエアーの効果を発動。デッキからランダムなAdv.F(アドバンスドフォース)をフィリンダムの下に置く。Adv.F(アドバンスドフォース)フラッグリーをフィリンダムの下にセット!」
 陽太郎の背後に、オレンジ色の旗が立つ。このスタジアム、重ねていくAdv.F(アドバンスドフォース)によって姿を変えていくのだろうか。
「マズいね。雨野宮のフィリンダムは下に重ねてある全てのAdv.F(アドバンスドフォース)が使えるようになっていく。時間をかければかけるほど、厳しい戦いを強いられるかもしれないね」
「Afと違って効果がばらばらじゃなく、ある程度のシナジーがありそうなのも厄介そうだな。それになによりカードそのものが持つ力、Afと比較にならない。これが陽太郎の言うAfの真の力ってことか?」
 戸惑う翔と亮太を見て、陽太郎は高笑いが止まらない。自分の持つ力に恐れ慄くサマを見る。これは中々気分がいい。
「オイオイ、なんも知らないのかよ! Afはそもそも精神エネルギーを集める器。オレがAfをばら撒いたのは不特定多数にAfを使わせることで、その使い手の持つ欲望や怒り、憎悪で作られた精神エネルギーをAfに貯めさせていたのさ。そしてこのオレがエネルギーの溜まったAfを真の力に導いてやった。馬鹿でも分かりやすく言ってやる。Adv.F(アドバンスドフォース)はAfそのものを進化させた、まさにAfの完成品だ。そのカードの力もAfとは比較にはならねえはずさ!」
 陽太郎にとってもAdv.F(アドバンスドフォース)はつい先ほどAfから生まれ変わったばかりのカードで、その力の全容を未だ掴めていない。ただし根拠はないが全身から自身が漲る。今なら何かが出来る、そんな気がする。
「さあまだまだ! 手札のダブル無色エネルギーと、ポケモンの道具『ギャラドスソウルリンク』をギャラドスEXにつける。さらにケロマツ(60/60)をベンチに出す。先攻はワザが使えねえ、オレの番は終わりだ。さあどっからでも来な!」
 カッと熱くなっていた翔の頭は、肌寒い秋の夜風にあてられて冷やされていた。陽太郎に対する爆発的な怒りや憎悪は鳴りを潜め、徐々に使命感を帯び始めてきた。
 ここに向かう車中、市村からは風見は埼玉県内の病院に搬送され、無事であることが伝えられた。仁科さんは風見のいる病院に駆けつけるようで、美咲と恭介はこちらに向かっていると連絡があった。
 陽太郎とは過去のトラブルで禍根がある。それに加えて風見の一件もある。しかし目先の怒りに囚われていたら、風見に尻を蹴飛ばされそうだ。
 別に大義、ってほどでもない。このAf事件で、全員が事件の収束に向かってひた走ってきたが、その根っこの部分は違っていると常々感じていた。
 風見は自分が作ったバトルデバイスで発生した、Afを使用することによって怪我人が出るトラブルを解決したい。そのついでにAfの未知なる力を自分の物にしたいと考えている。恭介は自分の力が役立てるなら、と思って力を貸している。仁科さんは風見にべた甘だから、特に理由なく手を貸している。そして美咲は強い正義感の持ち主であるからこそ、怪我人を出すAfを止めたい。そして亮太は、行方不明の姉への手がかりを掴むために戦っていた。
 そんな俺はただ風見が言っているから、と軽い気持ちでこの一件に首を出した。途中、自分を見失って市村や風見と戦ったりもして、陽太郎が絡んでいると聞いていきり立った。
 だが今は違う。今になってようやく、俺だからこそ出来そうな事が見え始めた気がする。
 必死さだけでいえば俺よりも亮太の方が戦いたいに決まっている。自分の手で姉への手がかりを掴みたいと思っている。風見への報復のつもりなら、きっと仁科さんや恭介の方が強い気持ちかもしれない。正義感なら美咲の方が上だろう。Afに関することであれば風見が最も関心が強いはず。
 それでも結果として今戦っているのはこの俺だ。だからこそ、皆の想いを背負って立ち向かわなくてはならない。
 そう考えると不思議と勇気が湧いてくる。自分のためだけではないし、決して大きな望みではない。誰かの力になれること。またみんなでいつものように、穏やかに笑いあう日常を取り戻す。
 個人的な恨みつらみは否定しない。だけど目的を忘れてはいけない。六年前の戦いは中断されたまま終わっていない。その決着をつけて最後に笑うために、俺は陽太郎と戦って勝ちたい。
 張り詰めていた感情に遊びが出来た。衝動に駆られていた体にようやく自我が戻りゆく。俺はもう迷わないし惑わない。今はただ、出来ることをするだけだ。
「いいぜ。俺の持てる全てをぶつけてお前に勝つ!」



陽太郎「オレは手札のAdv.Fを見せ、Adv.Fフィリンダムの効果発動!」
亮太 「マズい、どんどんフィリンダムの効果が増えていく。
    どれもどことなく一貫性が無いけれど、このままだと手札も山札もポケモンも削られて手詰まりになってしまう」
翔  「次回、『孤独の摩天楼』。御託は要らない。本気で来い、陽太郎!」

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