初夏のイッシュ地方を、太陽の日差しが照りつける。早朝、朝、正午と気温はぐんぐんと上昇し、とどまるところを知らない。
実際はとどまっているのだろうが、生活していてそれに気がつかないほどの猛暑である。近年、レックウザが弱ってきてオゾン層が破壊され始めていることもあってか、紫外線も非常に心配である。
ヒウンシティではヒウンアイスが開店五分で売り切れるという珍事も起こり、さらには市民が電気を使いすぎたことが原因の停電まで起こってしまう始末だった。
ポケモンリーグワールドカップでベスト4という成績を残して以来、ソウルはずっとイッシュ地方で生活している。ジュカイン一匹だけを連れた、いわば修行である。
髪は青に染め、身長も旅に出た時と比べると60センチも伸びて190センチになった。
ポケモンだけに修行をさせるのではなく、彼自身も修行をする。そのスタイルを旅に出た十歳の時から五年間貫いているため、彼自身の筋力もかなりのものになっている。
ソウルが今興味を持っているのはイッシュ地方の伝説である。
イッシュ地方の伝説と言えば、大抵はイッシュ建国の伝説を思い浮かべるだろう。二人の英雄が争いを収めたものの、後の子孫が再び争いを始め、ゼクロム、レシラムによってイッシュ地方が破壊され、人々は一から再建したという話だ。
だがソウルが興味をもったのはそれではなく、その建国時代の氷河地帯の伝説となったポケモン、キュレムである。
今こそ、イッシュ地方東側は当たり前に人が生活できるが、昔はそうではなく、ものすごく寒い時代だった。
——そして、そこには伝説があった。
イッシュ地方の東側に一歩でも踏みいると、体が凍りついてしまうというものだ。
この伝説は、ゼクロムとレシラムがイッシュ地方を破壊するまで言い伝えられてきた。この時だった。人々がキュレムの存在に気がついたのは。
キュレムはイッシュ地方の崩壊を見届け、ジャイアントホールの奥底に姿を消した。
それからというもの、ジャイアントホール近郊のカゴメタウンでは妙な言い伝えがあった。
夜に冷たい風が吹きつけたら、すぐに家に入らないと怪物に食べられてしまうというのだ。
この怪物というのは間違いなくキュレムであろう。しかしキュレムが——伝説として伝えられてきたキュレムが本当にそんなことをするのかとソウルは疑ったのである。
ソウルが気になったところとは、まず近年ではキュレムの目撃談がないということである。伝説として史実にあるのは事実だが、キュレムを恐れ、誰もジャイアントホールに立ち入らないためか、全く目撃談がないためである。
そもそもジャイアントホールまでの地形は入り組んでいて、キュレムがそこをこえてやってくるのならば村人の誰かが気がつくのではないか、という疑問もあった。
ソウルは、カゴメタウンの人々がキュレムを恐れているのは偏見ではないのだろうか、と踏んだ。
もしそんな偏見があるのならば、自分が証人になってキュレムを救ってやりたいとまで思うほど、ソウルは何かに燃えていた。
過去にはシンオウ地方の危機をも救ったソウルとジュカインは、早速カゴメタウンへと出向いた。
カゴメタウンの上空にはイッシュ地方では珍しいキャモメが多く羽ばたいていた。ソウルはそれらを一瞥し、ジャイアントホールへと歩き出した。
が、すぐに村人に引きとめられた。
「君、どこへ行くつもりだい?そっちはジャイアントホールだよ、危ない、食べられるよ」
村人はソウルの腕をがっちり掴み、動けないようにする。
「まあちょっと待って下さい。ほら」
ソウルは懐からバッジケースを取り出した。カントー、ジョウト、ホウエン、シンオウ、そしてイッシュ。全てのバッジがキラキラと輝いていた。
「僕はそう簡単にやわじゃありません。こちらもどうぞ。より安心するかと」
見せたのは金色に輝くトレーナーカード。
「君は……すごいのはわかった。しかし何のために?」
村人の腕がほどけたのを見計らい、ソウルはすぐさま駈け出した。
「キュレムに会うためです!大丈夫、生きて帰ってきますよ!」
ソウルは笑顔を見せ、村人の見えないところへと走り去った。村人はただ立ちつくすのみだった。
「洞窟がある覚悟はしていたけど……強いポケモンのにおいがぷんぷんする……ジュカイン、周り見ながら歩けよ」
ジュカインは頷き、『リーフブレード』を両腕に発動させた状態で歩き始めた。
出口がなかなか見えない迷路のような洞窟を二人はぐるぐる回っていた。
地面が割れる音がした。コンマ一秒後、ドリュウズがジュカインに襲いかかる。『きりさく』だ。幸いリーフブレードの部分に攻撃が当たったため技は相殺されるも、二人はいつの間にか囲まれていた。
前にドリュウズ、左右にゴルバット、背後にはニューラ。
ドリュウズが再び『きりさく』で襲いかかる。しかしジュカインはドリュウズの動きを一回で見破っていた。体をそらしてかわし、勢い余ったドリュウズに『きあいだま』を打ち込んだ。『きあいだま』はかわしやすい技ではあるが、ジュカインのほうを向いていないドリュウズがそれをすることは不可能であった。
さらに、『きあいだま』を受けたドリュウズがそのままの勢いでニューラに体当たりし、ニューラもろとも撃退することに成功したのである。
ゴルバットは『かげぶんしん』しジュカインを惑わせる。それでもジュカインは『つばめがえし』でいとも簡単に場所を特定し、『アイアンテール』を一匹にぶつけた。
しかしゴルバットの『どくどくのキバ』でどくどく状態になってしまう。さらに動きが鈍った瞬間を狙われ、『エアスラッシュ』を放たれる。
両方をもろに受けてしまうものの、ジュカインはそうは諦めない。むしろソウルはこれを待っていた。
とくせい『しんりょく』の発動である。再び『エアスラッシュ』を放とうとするゴルバットに向け、『リーフストーム』を放つ。
うなりをあげて猪突猛進する新緑の竜巻を受けたゴルバットたちは逃げるように飛び去って行った。
ギリギリで勝利したソウル。すぐさまかいふくのくすりを使い回復させるものの、ここの厳しさを痛感した。
ただ、今の戦闘を見た洞窟にいる他のポケモンたちはソウルに怯えたため、その後は楽に洞窟を抜けることができた。
洞窟を抜けた先には、またも草むら。草むら。草むら。またも長期戦を覚悟することになった。
ただ、ジュカインは動きが機敏になっていた。先ほどの闘いがアップになったのか、ジュカインという種族の自慢である敏捷性に加え、技の威力も数段あがっていた。
そのため、外に出てからもジュカインは苦戦しなかった。迫る敵をあしらう。
ジュカインの最も好んでいる攻撃パターンは、まず『リーフブレード』を常時発動させ、相手の接近を待つ。
攻撃して来たら相手の技を相殺し、至近距離から『きあいだま』を撃つ。最近はこのパターンで大抵の敵は倒せるため、『リーフストーム』や『ハードプラント』の需要がなくなってきた。
——ただこの戦法、特殊技使いを相手に取ると非常に弱い。ただの特殊技使いならまだしも、強力な特殊ポケモンの特殊技はそもそもリーフブレードで相殺することは不可能。
その弱点をソウルは把握している。今、イッシュ地方で修行をしている目的の中に、リーフブレードの強化というものがある。ジュカインはこれ以外の闘い方だとあまり機能しないということがワールドカップで露呈したため、得意なリーフブレードを伸ばすことを選んだ。がそれでも勝てない時には——その時はその時だ、と割り切っていた。
二人はようやく草むらの終わりの部分までたどり着いた。その先には湖があった。ソウルの脳内をシンオウの三大湖がよぎる。
「よし、あの先だな、きっと。意外と簡単だったな、ジュカイン。さあ、キュレムの元へ——」
刹那、草むらが揺れた。
飛んでくるは鋼の鉄槌——『コメットパンチ』だ。ジュカインは『リーフブレード』発動が遅れ、やむなく吹っ飛ぶ。
ソウルが振り返ると、『でんじふゆう』をしているメタグロスがいた。ソウル自身、野生のメタグロスは初見だった。
「ジュカイン、身構えろ!もう一発来る!
なるほど、こいつが門番ってわけか。でも野生のメタグロスごときに負けるものか!」
メタグロスは回転しながら体当たりをしてくる。技としては成り立っていないものだった。
「リーフブレードで相殺だ!」
指示通り、ジュカインはメタグロスをがっちり受け止めた。そして——
「『きあいだま』!」
至近距離の『きあいだま』。はがね・エスパータイプのメタグロスに対して効果は通常だが、至近距離の大技を受け、メタグロスは吹っ飛ぶ。起き上がるのに時間がかかっていた。
ソウルはいっそメタグロスを捕まえてしまおうかという余念すら抱いた。しかし突如ジュカインがひざまづいたため我に帰った。
二人を襲ったのは冷気。氷タイプのポケモンによるものというのはすぐに分かった。まさかキュレムか——とソウルは期待したが違った。
マンムーである。こちらもソウルは野生では初見だった。
そしてソウルは見てしまう。草むらの陰に白骨が転がっていた。ポーチがアクセントカラーになっていた。
「そうか……こいつらがいるからキュレムのことは何も分からねえんだな……ジュカイン大丈夫だな!?」
ジュカインはリーフブレードをかざした。寒さになれたようである。
ソウルは考えを巡らせた。幸い、メタグロスはかなり弱っている。マンムーもどちらかといえば物理技を得意としているため接近戦に持ちこめる。
ソウルは必勝パターンで闘うことにした。
マンムーは『とっしん』してくる。かなりの威力で、リーフブレードで相殺するものの、その先の攻撃には至れなかった。続いてメタグロスの『パレットパンチ』。これは『あなをほる』でかろうじてかわし、メタグロスにぶちこんだ。はずだったのだが当たらない。そう、『でんじふゆう』だ。
しかしジュカインはメタグロスの動きが遅いのを確認すると『きあいだま』を放つ。これまた至近距離で、大ダメージを与えた。ごり押しとはいえ、なんとか難は逃れた。
この時点でメタグロスは足を動かすことができないほどの疲労を蓄積することになる。
一匹の動きを封じたのを確認したソウルは次の一手を命じる。
「ジュカイン、『リーフブレード』!」
今度はジュカインに攻撃させる。マンムーは小刻みに動いた後に『れいとうビーム』を放つものの、『リーフブレード』で相殺できた。そして至近距離へ。ソウルの狙いはこれだった。
マンムーがあまり動かないのは体格上だいたい予想できていた。だから素早いジュカインを動かした。マンムーがジュカイン接近中に撃てる技と言えば特殊技しかない。物理なら『じしん』があるが、ジュカイン相手にはどの道有利ではない技なので心配は必要なかった。マンムー程度の特殊技なら十分相殺できる。
そしてマンムーの前に接近する。
「『きあいだま』」
ジュカインはためて放ったが、それは大きく弧を描き、岩に衝突した。
「『サイコキネシス』……!メタグロス!」
メタグロスが『サイコキネシス』で『きあいだま』の軌道を変えたのである。
足が動かずとも、補助することならできるということだ。
そして動揺するジュカインの懐にマンムーの『こおりのキバ』が突き刺さる。
「っ……ジュカイン!」
ジュカインは一旦後退した。だが立っているのが精いっぱいの状態だった。
「でも……ここで朽ち果てたらキュレムにも会えない……それに俺が帰れなかったらさっきのおっさんの責任問題にもなる……立て、ジュカイン。勝負はこっからだ!」
自分のせいで人に迷惑をかけることがソウルにとって最も嫌な思いになることである。
またソウル自身、好奇心で行動に出やすいタイプであるが、それを自覚しているため、自分の好奇心で他人に迷惑をかけることは避けたいのだ。
「ジュカイン!『エナジーボール』を連続で放つんだ!」
ジュカインは次々と自然のエネルギーをためた球体をマンムーに向けて放つ。
メタグロスは、遠隔操作である『サイコキネシス』等を放つことができるものの、やはり以前に受けたダメージは甚大で、起き上がることはできない、ということをソウルは把握していた。
その根拠は、先ほどの『サイコキネシス』を放ったタイミングである。
まだ行動があまり制限されないのなら、すぐにジュカインの動作に対する妨害に入るはずであるが、メタグロスはそれをしなかった。
得意であるエスパータイプの技も放つのが難しいほど疲れている。パワーをためるのに時間を要する状態だというのを把握したソウルはそれ用に作戦を変更した。
——ジュカインの持ち味。どれほど別の要素を鍛えたとしても、それは敏捷性に尽きる。
メタグロスのパワー充填完了までに、素早さでマンムーを翻弄し撃破する作戦である。マンムーさえ封じれば、弱ったメタグロスごときジュカインの敵ではない。
まずは効果抜群になる強力な特殊技である『エナジーボール』を連続で放つ。相手と距離をとって放つことができる点や、比較的命中率が高いのに加え、稀に相手の特殊防御力を下げる点がこの技の利点。この『数うちゃ当たる』作戦にはもってこいであった。
うまくいき、マンムーは弱っている。しかしここでメタグロスが『サイコキネシス』を放つ。
ジュカインは動きを封じられ、ソウルは再びマンムーの反撃が来ることを恐れて……はいなかった。既に計算ずくであるのだが、『エナジーボール』を連続で受けたマンムーにも、かなりのダメージが蓄積していた。
今『サイコキネシス』しか芸がないメタグロスは、アシストしかできない状態のため、マンムーが動けないと存在意義を成さない。
やがてメタグロスの力が尽き、ソウルはとどめを刺しにかかる。ジュカインの体に草が芽吹く。
「あれだけ特防は下げたんだ!一撃で決めるぞ!『リーフストーム』!」
そう、『数うちゃあたる作戦』のもう一つの目的、それは強力な『リーフストーム』の強化である。一撃で仕留められるように、特防を下げておく必要があったのである。
洞窟の中での闘いと同じように、新緑の竜巻がマンムーに襲いかかる。
マンムーはその巨体の全体重を地面にぶつけた。
別の言い方をすれば、倒れた。
そしてメタグロスもまた、『テレポート』で去って行った。恐れをなしたのであろう。
ソウル、そしてジュカインはようやくキュレムのいるというジャイアントホール奥地までたどり着いたのである。
草むらを抜けた先は湖であった。
「これを渡れということなのか……?」
湖なのに激流で、秘伝『なみのり』はおろか、人間が生身ではとても泳げるような流れの早さではなかったのである。
「どうしろってんだ……」
とその時。虹色に輝く橋がかかったではないか。その橋は向こう岸まで続いていた。ソウルはそれをつついてみた。
「——感触あり。よし、渡ろう」
ソウルは安全性を確かめてから橋を歩いて行った。
そして意識を失った。
——まさに氷河期。まるでそこだけタイムスリップしたかのような空間であった。とても現代のものとは思えない、そんな寒さがソウルを襲う。
寒さだけではない、猛吹雪までもが吹き荒れていた。ソウルはしばらく目を覚まさなかった。ジュカインも同じである。
「……寒っ」
ソウルは目を覚ますとともに自分の周りが異様な状態であることを把握した。そしてジュカインの心配をした。
「ジュカイン!うわあ、埋もれてる……すぐに温めてやるからな……とにかくモンスターボールへ戻るんだ」
ジュカインはすぐにモンスターボールに収められた。
「確かさっきは湖にいたはず……なのになぜ猛吹雪なんだ?天気は晴れていた。それは間違いないのに……」
猛吹雪ということで、当然目の前は見難いわけだが、ソウルはシンオウ地方で少年時代を過ごしており、キッサキの猛吹雪の中を何度も歩いていたため、猛吹雪に対しての免疫があった。
だから前が見える。
そして前には洞窟があった。直感が、ソウルの足を一歩、また一歩前へと歩ませた。
洞窟の中は吹雪いてはいなかった。しかし、先ほど通った洞窟とは格別の殺気が漂っていることをソウルは感じた。
「なんだ……この異様な感じは……まさか……」
ジュカインの体力が回復していることを確認してから、ソウルはジュカインをモンスターボールから出した。——万一のために。
予感は的中した。
鼓膜を打ち破るかのような怒涛の雄叫び。ソウルははっとその方向へ目をやる。
そこには、氷を身にまとった龍がいた——
「あれがキュレムなのか……?」
再びの雄叫び。そして洞窟内の気温が一気に下がる。ポケモン図鑑は、『こごえるせかい』という技の名前を一瞬表示し故障した。
「ポケモン図鑑はいろいろな環境に適応するはずなのに……『こごえるせかい』ってどういう技だよ……」
ジュカインは身構え、キュレムとの戦闘態勢へと入る。
「キュレム……見る限り悪いことはしていないようだが……なんでこんなところに隠れている……?」
その言葉に反応したか、ソウルに向かって『れいとうビーム』を放つキュレム。ジュカインはソウルの指示がなかったものの、『エナジーボール』を連続で放って技を相殺し、ソウルを守った。
「争いは避けられない……か。だったら仕方ない、行くぞジュカイン!」
ジュカインは頷いた。
草タイプのジュカインに対して、キュレムは氷、ドラゴンタイプ。ジュカインは相性でも不利だが、相性だけなら覆すことができる実力はある。現に氷タイプのマンムーを打ち破ったのだから。
しかしキュレムは伝説のポケモンである。いや『ポケモン』とされたことのない、誰のモンスターボールにも収められたことのない強靭な生命体なのである。
圧倒的に不利な中、ジュカインは闘うことになる。
増して——
ソウルはジュカインを動かせてすぐに、動きが遅いことに気がついた。そして、ある氷タイプの技を思い出した。
「『こごえるかぜ』——」
『こごえるかぜ』。威力こそないものの、相手の素早さを下げる技である。まさか『こごえるせかい』はこの技の強化版なのでは、とソウルは踏む。
ジュカイン自慢の素早さを封じられたとなると、ますます不利である。それでも、ソウルに策がないわけではなく、元から氷タイプの『こごえるかぜ』対策に持っていた補助系道具のスピーダーを使った。これでジュカインの素早さは元通りである。『こごえるせかい』自体のスピードは遅いため、ジュカインならかわすことができるだろう。と思いソウルは安堵の表情を浮かべた。
だが相手はキュレムであった。
何より普通の野生ポケモンとは知性が違う。機敏になったジュカインを見て、『こごえるせかい』を当てるのは難しいという判断をしたのか、その後の遠隔攻撃は全て『れいとうビーム』だった。
ジュカインは何発かを喰らう。
反撃に移ろうとするものの、隙がない。『れいとうビーム』を放った瞬間に身構えるのである。
遠くからの『エナジーボール』程度の威力では、連続で放ったところで相殺されるだけ。ジュカインの攻撃がキュレムまで届くことはなかった。
逆にキュレムの攻撃は威力がある。当たらなくても風圧でダメージを与えることもできるし、ビーム自体が太いためか命中率も高い。
ソウルは必死で勝算を探すが見つからない。……否、見つけたところで——と思ってしまうのである。
だがそうも言ってられなくなった。ジュカインの『エナジーボール』が球切れしてしまったのである。
こうなると、キュレムの技を相殺するには威力はあるものの反動は大きい『リーフストーム』、命中率が低い『きあいだま』しかなくなってしまう。
ならば——とソウルは新たな策を練る。勝ちパターンにさえはめることができれば、キュレムとて敵ではない!といい意気で考える。
「ジュカイン!『れいとうビーム』をかわしまくれ!」
かわしてもダメージがあるとはいえ、直接喰らうほどの大ダメージではない。それならばビームの間をかいくぐってキュレムに接近したほうが得策だ、と考えたのである。
しかも、キュレムは『れいとうビーム』を放ったあと身構える。そこで素早く接近して、効果抜群の『きあいだま』をぶつければ勝てる、と踏んだ。
「素早くだ!右!右!上!」
ソウルはビームの軌道を指示する。それを利用しこまめに器用に動くジュカイン。スピードに乗っているようである。
そしてとうとう、キュレムの目の前までたどり着いた。その時ジュカインは感じ取った。異様なまでの威圧感を。接近しなければ分からない、圧倒的な威圧感を感じ取ってしまった。そして、怯えた。
そのせいで、『きあいだま』をためるときに最大限のパワーをためることができなかった。
そしてジュカインの両手から放たれた『きあいだま』はキュレムに衝突、砂煙を起こした。
が、ドラゴンタイプの強力な技『りゅうのはどう』、そしてそれの周りを縁取るように『れいとうビーム』が放たれ、その軌道が砂煙で隠れたためか、ジュカインは全てのダメージを体中で吸収してしまった。壁に打ち付けられてしまう。
そしてジュカインはふらふらになった。かろうじて立ってはいるものの、かなりよろけているため、『リーフブレード』で技を相殺することなどできるはずがないのである。
「くそ……でも、ここで負けることは……」
死を意味する。そう言いたかったのであろうが、言えなかった。なんせそれが目の前まで迫っているのだから。
荒い息をした、とんでもない龍が目の前まで迫っているのだから。
しかしジュカインはどれだけふらふらでも倒れようとはしなかった。幾多の闘いを乗り越えてきたため、生命力がついたのかもしれない。まだ闘えるのか——
そう期待するソウルだが、不可解なことがあった。
——ジュカインの体力は限界にきているはずなのに、まだとくせいの『しんりょく』の効果が出てこないのである。今日二度も発動したため疲労がたまったか。
ソウルは長年ジュカインを見てきたため、どのような姿なら『しんりょく』の効果が出ているかわかる。ジュカインは『しんりょく』の効果が出ている時には、体に草が芽吹く。
だが今のジュカインはそれには当てはまらない。
そう考えている間にも、キュレムは『れいとうビーム』を放つ。そしてソウルは察するのである。
「キュレムは……本格的にとどめを刺しに来ている。
——負ける」
キュレムの呼吸が荒くなる。また大技を繰り出してくるのか——せめて、ジュカインが動くことができたのならば。ソウルはあと十秒と枠切り、最後の策を練る。
そして——
「ジュカイン!『ハードプラント』!」
草タイプ最強の技、『ハードプラント』。この技は反動も大きいし、キュレムには相性も悪い。しかしソウルはこの技の特徴に期待していた。それもいくつもの。
まずこの技は蔓が技の軌跡をたどっていく。だから草タイプでなければそこを進むのは容易ではなくなる。これにより、キュレムの進撃を防ぐことができる。
もうひとつ。『ハードプラント』の威力は絶大である。だから、当然それ相応の草のエネルギーを発揮しなければいけないわけだ。その時の草のエネルギーで、『しんりょく』の力を目覚めさせようという狙いもあった。
策は成功した。ジュカインは攻撃の反動があったから、本来なら『れいとうビーム』を放たれると喰らうリスクはあったのだが、蔓がいい働きをしてくれた。
キュレムの進路を塞ぐだけでなく、乱植した蔓が『れいとうビーム』の軌道を遮ってくれたのだ。
だからジュカインは反動の影響を全く受けなかった。
そしてもう一つの狙いも成功、ジュカインは全身に草が芽吹き、『しんりょく』の効果が出始めた。
蔓の上を華麗にわたるジュカイン。『エナジーボール』も撃てるようになっていたため、攻撃の幅は再び広がっていた。
キュレムには見えないため、落ち着いて標準を合わせることができる。そして——
「ジュカイン!『エナジーボール』!」
キュレムに命中する。なによりさっきとは威力が違う。キュレムを押している。
続けて『きあいだま』。パワーチャージに成功したそれは脅威の威力で、キュレムに大ダメージを与えることができた。
キュレムの反撃。『りゅうのはどう』をジュカインに向けて放つが、ジュカインは蔓でこれを防いだ。
ソウルは気がつく。
キュレムはダメージを追ったためか、隙ができ始めている。これなら——
ジュカインはその後も接近しては『りゅうのはどう』から蔓で身を守るということを続けていた。
そしてジュカイン自身がキュレムの隙を見抜き、『エナジーボール』を懐に打ち込んだ。効果は今一つながら、大ダメージである。
キュレムは荒い息をたて、なんとかたちあがった。
そこには先ほどまでの余裕のかけれも見受けられない。
ソウルの直感が、とどめをさす時だと囁く——
「ジュカイン、次のキュレムの攻撃は相殺しろ——」
キュレムの『れいとうビーム』を『リーフブレード』で相殺し、キュレムの真上にくるジュカイン。そして——
「ジュカイン、決めろ!『リーフストーム』!」
今回の新緑の竜巻はわけが違う。パワーの上乗せがある。まず『しんりょく』。そして周りの蔓をも取り込んでいるため棘まである。
頭上からそんな技を撃たれて避けられる筈もなく、キュレムはあえなくダメージを吸収する羽目になった。
ジュカインは素早く後退し、様子を見る。
砂煙が消え、キュレムの姿がはっきりと見えた。ソウルはやったかと思ったが、やってなかった。
「これが……伝説のポケモンか。終わったな。最後にいいバトルが……」
ソウルがこの世への別れを告げかけた時、キュレムがソウルの心に何かを語りかけた。
『ツイテ……コイ』
ソウル、ジュカイン、そしてキュレムはどこかへとワープした。
目が覚めると、そこは間違いなく「現代の」カゴメタウンだった。ソウルたちは無事に帰って来たのだ。
と思ったのだが、傍らにはキュレムが。そして村人は騒然とし、キュレムに対し武力を行使しようとする者までいた。
キュレムは人々に語りかけた。
『ワタシハ……ナニモシテイナイ。ヒトヲタベルコトナドハシタクナイシ、ソンナコトハアッテハイケナイ。ワタシハソンナコトハゼッタイニシナイ。ソレダケハワカッテオイテイテホシイ』
村人の一人が槍を構え、キュレムを罵倒した。
「ふざけるな!結局ただの弁解に来ただけなのか?突然現れやがって!恐いんだよ!ずっと怯えてたんだよ!こっちはよ!」
『モチロンソレハワカッテイル。ワタシトイウソンザイガミナサンニドレホドツライオモイヲサセタカ……
ソウゾウスルトムネガイタクナル。ホントウニモウシワケナクオモッテイル。デモ、キョウショウネントタタカッテ、ワタシハタイセツナコトニキガツイタ。
ソレハ、アキラメナイコトダ。コノショウネンハ、ワタシニタイシテスゴクフリナジョウケンデタタカッタ。ワタシハトウゼンホンキデコノショウネンタチヲコロソウトシテイタシ、ショウネンモソレヲカクゴシタコトモアッタノダトオモウ。
デモコノショウネンハソンナオモイヲフリハライ、サイゴマデタタカイツヅケルコトヲエランダ。ソシテ、ワタシニウチカッタ』
キュレムに勝利した、という事実に村人は驚愕し、ソウルとジュカインを見た。
『ソウ。アキラメナイコト。ワタシハイママデ、ワタシトイウソンザイヲカクシツヅケテイタ。トウゼンミナサンガワタシノコトヲヨクオモッテハイナイコトヲシッテハイタシ、ダカラジャイアントホールデズットスゴスミチヲエランダ。
ワタシハミナサントノタイワヲアキラメテイタ。
ケレド、アキラメチャイケナイトイウコトヲキョウシッタ。ショウネンハワタシヲメザメサセテクレタ。
ワタシハオモッタノダ。モウニゲルノハヤメヨウ、ワタシモ、ミナサンモイッショニタノシククラセルヨウニシタイ。ト。ソノタメニハ、ワタシノホウカラココニデテクルコトガヒツヨウダッタノダ。トツゼンデテキテ、ホントウニスマナイトオモッテイル』
ソウルは諦めなかった。もちろん無意識のうちであったのだが。
動揺する村人に、ソウルは落ち着いた口調で語りかける。
「キュレムは……キュレムはとても強いポケモンです。僕たちも、奇跡が起こらなかったら負けていたでしょう。でもそんな彼にも弱さはあった。自分という存在を顕示することを恐れていた。だからこの長い間、皆さんを恐怖で苦しめ続け、夜には外出できないようにした。
でもそれは空虚な言い伝えで、そんなものに皆さんも、キュレムも踊らされていた。
けれど今、こんなチャンスがあるじゃないですか。キュレムと共存できるってことは、伝説のポケモンと共存できるということです。皆さんのことを大切に思う、伝説のポケモンがここにいるんです。
伝説のポケモンは弱さを見せました。どんなに強い者でも、弱さはあるのです。弱さを認めることができたのなら、話は早い。みんなで助け合うしかないじゃないですか。お互いの弱さをカバーし合って、一つの強い共同体になる。そんな暮らしもおもしろそうじゃありませんか?」
ソウルとジュカインは深々と頭を下げた。
「第三者が偉そうなことを言って申し訳ありませんでした」
村人が呆然とする中、頭は禿げ、太った老人が杖をつきながらソウルの前に現れた。
「君は第三者じゃない。君は英雄だ。イッシュ建国時代の英雄たちの思いを兼ね備えている。私は村長のマックウィーンだ。君は素晴らしい」
「え?」
「イッシュ建国時代の双子の英雄はね、片方は真実を、そしてもう片方は理想を中心とした国を望んだ。
しかしなぜか彼らは、それらの共存ということは一切考えなかった。
でも君は違う。今までキュレムや、私たちが持っていたコンプレックスを真実として受け止めていた。これはきみ自身にも何か弱い部分があるということを理解していないとできないことだ。自分の弱さを認めているからこそ、君はあれだけ私たちに強く語りかけることができた。
そして私たちとキュレムの共存という理想を、今君は叶えようとしている。後は私たち次第だ。
どうだね諸君。今歴史を変えるか、このままキュレムをただ苦しめるだけか。諸君はどっちを選ぶ?」
突然のマックウィーンの質問に、村人は隣にいた者と顔を見合わせたが、やがて意見は一致した。
「そんなの……俺たちのことを考えながら洞穴でずっと暮らしてきたキュレムのこと考えたらできるわけないだろ!断るなんてよ!」
「そうよ!伝説のポケモンが!私たちの味方になろうとしてくれているのよ!断る理由がどこにあるのよ!キュレム、一緒に暮らしましょう!」
村人の意見は全て「キュレムと共存したい」ということだった。
『アリガトウ……ミナサン』
ソウルはほっと一息つく。
「やっと……だな。長かったんだろ?」
キュレムは頷く。
「俺はもう行かなくちゃいけない。けれど、キュレム。次俺がここに来た時は、みんなと仲良くなっていてくれよ。みんなとバトルするんだ。
キュレム。お前がいたら、ポケモンリーグ優勝者もここから出るかもな」
『ポケモンリーグ?ナンノコトダ』
「はは、なんでもないよ。よかったな。カゴメタウンは、お前と、村人が変えたんだ」
「私たちだけじゃない」
ソウルは振り向く。
「あなたは私たちには到底できないことをしてくれた。命を賭けて、この村のために、キュレムと向き合ってくれた。第三者なのに、強く私たちに語りかけてくれた。あなたのおかげで私たちの共存は叶ったのよ。いつでもここに来てください。私たちは歓迎します。もちろんキュレムも!」
『モチロンダ』
キュレムの周りに子どもが集まる。とても楽しそうだ。
『オオ、カユイゾ』
「すごいな……子どもが純粋に伝説のポケモンと遊べるなんて。きっとこの町は変わるよ。
じゃあ、俺は行かないと——頑張ってくださいね。キュレムはきっとあなたたちに素晴らしいものを与えてくれるはずです。俺たちが見たこともない、そんな世界を見せてくれるはずです。——それでは」
「キュレムゥ!テレパシーじゃなくてしゃべってよお!」
子どもはキュレムにそう言うが、キュレムは笑った。あくまでテレパシーで。
『シャベッタラガオーシカイエナイ。ガマンシテクレ』
ソウルは微笑を浮かべ、カゴメタウンを出た。
——ポケモンカンパニー特殊任務班班長ソウル、任務完了。
本当にお久しぶりです。九十川でございます。こちらでゆかりのあるソウル君の物語でした。
正直ポケ完を完結させる気力はありませんが、こうやって短編小説で皆さんとお会いできること、光栄に思います。
僕に読者がいるかはわかりませんが応援よろしくお願いします。
灰戸さん、ブログで状況は窺っております。僕が筆を執るきっかけになったのは他でもないこのサイトです。頑張ってください!