素晴らしき鬼遣らい

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作者:雪椿
読了時間目安:9分
これは、「祭り」よりも少し前の年。ある小さな森での物語。
「なあ、今日が何の日か知っているか?」
 街などから離れた小さな森の中。そこのいつもの広場のような場所で顔を合わせるなりに飛び出した俺の発言に、瞳に新緑を湛えた深紅のアブソル(イケメン)は首を傾げ、グレイシアは暫し虚空を見上げる。
「? 特に誰かの誕生日という訳でもないぞ?」
「こ、恋人や親しい人にプレゼントをする日……は、まだ少し早いわね。何かしら?」
 二匹の反応を見て、俺は驚きを隠せず思わず目を見開く。ここに来るまでに会った弟のピチューやナゾノクサ、ロゼリア、チェリムちゃんも大体似たような反応だったからこいつらこそは、と思っていたのだが。何だ、何なんだ!?
「お前ら、本当に知らないのか!? 今日は『節分』だぞ!? 鬼は外、福は内と叫びながら(場所によっては鬼も招くことがある)鬼に向かってポケマメをぶん投げ(鬼役がいれば)、投げた後は年の数だけ食べる(粉にしてもいいとか)。そうして一年の無病息災を願う行事の日なんだぞ!? それを知らないとは、一体今まで今日を何の日だと思って過ごしてきたんだ!?」
 そう! 今日、二月三日(四日の時もあるらしいが)は節分だ。俺はさっきまでアブソルみたいなイケメンよ爆ぜろと言いながら、鬼(イケメン)にマメをぶん投げて自分の中にある邪念を払う行事だと思っていたが、家に眠っていた古い書物を俺にしては珍しく読み返したら今言ったような行事だった。だから皆に知らせようとこうして森を走り回っているのだが、誰も節分そのものを知らないとは……。
 くっ、なぜだ!? なぜ知られていないんだ?! 確かにあの書物は古かったし(訳されていなかったらそもそも読めなかった)、鬼と呼べるポケモンもこの辺りにはいない(そもそも鬼ってどういう姿をしているんだ?)! あの長老は言葉だけなら知っていたようだが、内容までは知らなかった。
 つまり、俺以外は知っていなかったと言っても過言ではない!
「――って、ちょっと待て。だったら何で俺はそのことを知っていたんだ?」
 遅れて登場してきた疑問に首を傾げると、頭の奥でチリと小さな火花が散る。だが鮮やかな映像が流れることも、顔がないのにやけに心が広そうな声も聞こえてこない。やがて火花は音もなく姿を消していき、後には無だけが残った。何か重要なピースを見せると言われてやはり止めたと言われたみたいでモヤモヤするが、ここで悩んでいても仕方がない。俺は今の出来事を無視し、改めて考え始める。
 ピチューだった頃、街にいた誰かの口から話されるのを聞いていて、それを覚えていた? いや、そんなことを話しているやつはいなかったな。目の色を変える瞬間を見せてきたやつはいたけど。他にも色々と印象的な出来事はあったにはあったが、それは今の問題には関係ないから思い出さなくてもいいだろう。
 ということは、今のピカチュウに進化してからだな!? よし、そうとわかったら思い出せ、オレ! この数えきれないほどの思い出をしまい込んだ素晴らしき脳みそを、これ以上は無理だというくらいの速さでフル回転させるんだ、俺!!

 う、うおお!!

 見える! これまで過ごしてきた思い出がまるで走馬灯のように脳裏をギュンギュンと目視不可能なスピードでよぎっているのが見えるぞ!!
 って、見えなかったらダメだろ、おい! 脳みそと同じスピードで思い出も回転してどうすんだよ! 頭の中で思い出のメリーゴーランドでも開くつもりなのか!? 利用者俺だけなのか!? 寂しいな!?
 ――はっ、不味い。話が脱線しかけている! 何ということだ。俺の素晴らしき脳みそは、その回転スピードで思い出が流れる速さだけでなく本来の話でさえも捻じ曲げてしまったというのか……! くうう、恐ろしさのあまり体が震えてきたぜ……!
 とまあ、自分の才能に震えるのはここまでにしておこう。震えるだけじゃ前には進めないからな。さっきのはスピードが速すぎた。だったら、今度は目視が可能なくらいの速さで思い出せばいい。さあ、流れるんだ。俺の思い出達……!!


思い出 その一「眠いから寝ます」

思い出 その二「あまり覚えていないので帰ります」

思い出 その三「この場に出てくるようなものではないため、帰ります」

思い出 その後「三の思い出と同じ理由で帰ります」


「思い出達、しっかりしろおおぉぉぉ!!!」
「ちょっと、さっきからうるさい!!!」
 不甲斐ない思い出達に思わずリアルで声をあげると、目じりを吊り上げたグレイシアから直撃するかしないかギリギリな冷凍ビームを貰った。後ろで何かが凍り付く音が聞こえてくることから、彼女の本気さが伺える。それにしても、うるさいとは何だ。確かに今のはうるさかったかもしれないが、今のと少し前の以外は何も言っていないぞ。
 心の声が聞こえるというのであれば話は別だが、エスパータイプではないグレイシアではそれは考えられないだろう。もしあったら俺は今日まで無事じゃない。
「俺のどこがうるさいんだ? ほとんど何も言っていないだろ!?」
「口ではね! でもその行動が、何か気になるのよ! 何勝手に百面相しているのよ、誰かと漫才でもするつもりなの!?」
「……グレイシア。ピカチュウはバカだから真面目に相手にするな」
「ピカチュウがバカなのは百も承知よ!!」
「おい待て。今ガッツリと俺をバカにしていなかったか? しかも二匹共!」
「それはともかく、急に叫ぶなんて一体どうしたんだ?」
 アブソル。俺の問題はスルーしていいことなのか? グレイシアもアブソルに合わせて頷いているし、蒸し返したらまた冷凍ビームが飛んできそうだから言わないでおくが。少し泣きそうな俺はどうしたらいいんだ? チェリムちゃんを見つけてそのキュートすぎる姿で涙を蒸発させたらいいのか? でもこの辺りにチェリムちゃんはいなさそうだし、見つけに行ったら後が怖いから動けない。つまり何もできない。絶望しかない。
 絶望的な状況に若干涙目になっている俺を無視し、グレイシアが視線で詳細を話すように促してくる。別に隠したいことでもないから、話すとするか。




「……話としては短いのに、説明が長い。そして余計な情報が多いわ」
「ぐっ」
 きちんと詳細を話したというのに、情け容赦なくぶった切られた。グレイシア、お前はどこまで氷でできているというんだ? こういう場合は温かくスルーして話を進めるのがセオリーというものだろう? セオリーの意味が合っているのかどうかは知らないが、少なくとも俺はそうして欲しかった。事実が事実だから口に出しての反論はできないが。
「話をまとめると、さっきオレ達に言った『節分』をなぜ自分が知っているのかわからない。ということだろ? 別に気にすることないんじゃないか? ……オレ達みたいに、ある日朧げながらでも思い出すこともあると思うし(ちゃんとした情報源はネイティオ)」
「ある日ってどの日だよ!? 今を逃したら一生思い出さない気がするぞ!? 別のことは思い出すかもしれないけど!」
「些細なことは忘れるとして、その。拙文だっけ? 面白そうじゃない」
「俺の情報って、些細なことなの? まあ、マメを食べられるという点を含めて楽しいとは思うぞ。多分」
 あと、グレイシア。これは俺の勘なのだが、多分、恐らく、きっと節分の漢字が違う。そう言いたいのだが、目の錯覚だと思うことにしよう。うん。これ以上何かを言って精神力を失いたくない。
「だったら、今からでも始めないか? オレやグレイシアは投げにくそうだから、投げられたのをキャッチして食べればいいだろ。ちょっとロゼリア達呼んでくる」
「わたしは長老呼んでくるわ!」
 そう言って電光石火でも使っているのか? と思いたくなるほどの速さで姿を小さくしていくアブソルとグレイシア。対する俺は突然のイベント開始予告(?)にただポカンと口を開き、その様子を見守ることしかできない。急展開すぎて頭がついていけないが、要するにマメまきをするってことでいいんだよな? つまりは俺の邪念をマメに込めて全力投球してOKということだよな(異論は認めよう)? 制限があるとはいえ、美味いマメを食べ放題ってことでいいんだよな!?
「ふ、ふふ……!! 遂に俺の願いを叶える時が来た!」
 素敵すぎるイベントに、俺は沸々と湧き上がる喜びの感情を声と共に空へと放った。





 なお、今年の節分の鬼はじゃんけんで俺だった。なぜだ。


「素晴らしき鬼遣らい(になるはずだった)」 終わり

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