ヴァイオレット・エゴイズム

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
作者:雪椿
読了時間目安:12分
私は、ご主人様のことが好きだ。なのに、ご主人様はアイツしか見てくれない。私の方がずっと長くご主人様といるというのに。
はあ、どうやったらずっとご主人様の傍にいられるのかしら?
「エーフィ」
 ご主人様が私の名前を呼ぶ。私が「なあに?」とY字にわかれた藤色の尻尾を振ると、ご主人様は少し眉間にシワを寄せた。
「そうやってずっとまとわりつかれていると、キュウコンの体調確認ができない。悪いが少し離れてくれ」
 言葉に少なからずの棘を感じた私は、これ以上機嫌を悪くする前にと渋々ご主人様の傍を離れる。私が離れたことで明らかに嬉しそうな顔になったご主人様は、駆け足で銀色のキツネ……キュウコンの方へと向かってしまった。
 キュウコンは普通の色違いとは違う色の目を細め、ご主人様が来るのを露骨に嫌がっている。でも、ご主人様はキュウコンが嫌がろうと確認を止めない。
 本人は嫌がっているけど、触ると祟られると言われている尻尾には触れないよう気をつけていることからご主人様はしっかりとキュウコンのことがわかっている。それなのに、何で嫌がるのかしら。
 首を傾げかけた直後、ふとあのキュウコンのことが脳裏をよぎる。臆病で戦えないのを別のことが原因だと言い張り、最後までご主人様を困らせたあのキュウコン。雪が降り積もる山に逃がされたけど、あれからどうしているのかしら。まあ、きっと自分に合った環境でのんびりと暮らしているんでしょうけど。
 まぁ、そのキュウコンのことを振り返るのはここまでにしましょうか。問題は、今ご主人様から解放されて安堵の表情を浮かべているキュウコンよ。キュウコンは、あのキュウコンが山に逃がされてから――って、どっちも種族名がキュウコンだから言っているこっちがこんがらがりそうだわ。あそこのキュウコンはキュウコン(炎)、あのキュウコンはキュウコン(氷)と呼ぶことにしましょう。
 キュウコン(炎)は、キュウコン(氷)が山に逃がされてから、いえ、ご主人様がキュウコン(氷)を鍛えるようになってからご主人様と接触するのを嫌がり始めた。嫌なら逃げ出してしまえばいいのに、モンスターボールがあるから逃げられないらしい。
 ボールがあるなら壊せばいいのに。そしてどこか遠くに行って、ずっと私とご主人様の前に姿を現さなければいいのに。そう思ったけど、どうやら最近のボールは登録されたポケモン自身では壊せないように特殊な電波が出ていて、自分では壊せないのだそう。
 だったらご主人様か私が壊せばいいのだけれど、ご主人様はキュウコン(炎)にメロメロでボールを壊すことなんて微塵も考えないに違いない。もしこちらから提案したとしても、全力でその案を否定するだろう。
 そうなると、キュウコン(炎)のボールを壊せるのは私だけになる。ちょうど、次にご主人様が向かう場所は皆がバラバラになっても不自然じゃないところだ。早速そこで実行して、ついでにここから追い出してしまおう。


「皆、セレビィを見つけたらすぐ俺に知らせろよ?」
 フレンドリーショップでボールを大量に買い込んだご主人様は、私達にそう言うとセレビィを探しに一人森の中へと入っていった。キュウコン(ここからはもう『炎』はいらないから外すわ)も続いて森の中に入ったのを見て、私はこっそりとご主人様が消えた方向へと進んだ。
 ご主人様はゴールドスプレーをまき散らしながら、キョロキョロとセレビィを探している。後ろをこっそりとつけている私のことは全然気が付いていないみたいだ。そのことに悲しさと苛立ちを覚えながら、サイコキネシスでご主人様のベルトからキュウコンのボールを攻撃し、内部を破壊する。これで見た目は普通のボールだけど、ボールとしての機能を果たさないただのゴミが誕生した。
 恐らく、ボールが壊れたと同時にキュウコンも自由になっていることだろう。私はキュウコンに偽の情報を伝えるべく、波長を探ってキュウコンの居場所を突き止めると電光石火を使ってそこへと向かった。

 ちょくちょく移動する波長を頼りに森を駆けていくと、思った通りそこにはキュウコンがいた。遠くからでもボールとの繋がりが切れたのがわかったのか、少し困惑しているようにも見える。
 私はわざと大きな声でキュウコンを呼び、森を駆けている最中に考えていたセリフを伝えようとした。でも、できなかった。
 なぜならあのキュウコンの傍を、ご主人様が探していたポケモン……セレビィがパタパタと小さな羽を動かして楽しそうに飛んでいたのだから。
 私達がご主人様に命じられたのは、セレビィを見つけたらご主人様に伝えること。ご主人様も一週間は粘らないと会えないだろうと言っていたポケモンを、キュウコンはあっさりと見つけてみせた。
 これでキュウコンがご主人様のところにセレビィと一緒に向かったら、ご主人様はセレビィをゲットしようとするだろう。私ではなく、キュウコンを使って。そして、褒めるだろう。ご主人様に居場所を伝えるであろう私ではなく、セレビィを見つけたキュウコンを。
 でも、もうキュウコンはご主人様のポケモンではない。ボールは私が壊したのだから。いや、ボールが壊れたらまた新しいボールに入れれば問題ないと画面の向こうの誰かが言っていた気がする。ご主人様もキュウコンのボールが壊れていることに気が付いたら、また新しいボールで再びキュウコンを仲間にしようとするだろう。
 それでは意味がない。どうやったら、あのキュウコンをご主人様から離すことができる? バトルで再起不能なまでに倒す? いや、私の実力ではキュウコンを倒せないうえに、もし途中でご主人様に見つかったら私の方が追い出されてしまうだろう。
 だったら、違う誰かにキュウコンを連れていって貰う? あのキュウコンは珍しい色違い。しかも目の色も違うし、欲しがる人は五万といるだろう。いや、もし欲しい人がいたとしても、これまたご主人様の手により防がれる可能性が高い。これでは私ができることは何もなくなってしまう。
 もう、諦めるしかないのかしら。気のせいか暗くなった視界でぼうっとキュウコンとセレビィを見ていると、ふと素晴らしい案が浮かんだ。
 そうだ! セレビィに連れて行って貰えばいいんだ! セレビィは時空を超える力を持つポケモンだと聞いたことがある。ポケモン一匹くらい、一緒に連れて行くことなんて造作もないだろう。時空さえ超えてしまえば、二度と会うことはない。過去に連れていかれた時はもしかしたら会う可能性があるかもしれないけど、未来ならどう頑張っても会うことができないだろう。
 私はこの案をすぐに現実のものとするべく、セレビィに向かって声をかけようとした。その時。

「キュウコン、よくやった! こんなに早く見つかるなんて、運がいいな!」

 茂みの奥からゴールドスプレーを持ったご主人様が現れた。何で、と言いかけたが、この森は見た目に反してそれほど広くはない(ご主人様がマップを見ながらそう言っていた気がする)。あちこちを積極的に歩き回れば、偶然でも同じ場所に出ることもあり得なくはないだろう。
 ここでも、キュウコンが褒められるのか。私は視界から外されるのか。その思いからギリリと歯ぎしりをした時、キュウコンは嬉しそうに駆け寄るご主人様から逃げ出した。なぜかセレビィも一緒に逃げ出して、二匹の姿はあっと言う間に見えなくなる。
 手持ちのポケモンが逃走したことに一瞬ポカンとなるご主人様だったけど、慌てて追いかけていってすぐに姿が見えなくなった。私もこの出来事にポカンとしていたけど、このままではまずいと慌てて皆のあとを追う。
 波長を調べて追っていると、フッとセレビィとキュウコンのものが消えた。一瞬「!?」となったけど、冷静に考えればすぐに理由がわかった。恐らく時空を超えたのだろう。私が頼む間もなく、目的は達成されたのだ。
 その事実に口許が吊り上がるのを感じながら走っていると、突然目の前にヤミカラスが現れた。慌ててブレーキをかけて止まると、ヤミカラスは私を見て安心したように羽を動かす。
「エーフィか! よかった、実はキュウコンがセレビィに――」
「は? あんた誰よ」
 いきなり馴れ馴れしく話しかけてきたヤミカラスに、私はかなりの苛立ちを覚えた。まるでご主人様みたいな言い方だけど、私のご主人様は人間。こんなずる賢そうなヤミカラスじゃない。
「誰って、俺だよ! お前のご主人様だよ!」
「嘘を吐かないでよ! 私のご主人様がそんなずる賢そうなヤミカラスなわけがないじゃない!!」
「キュウコンを追っている時、間違って尻尾に触れちまったんだよ! ボールに戻そうとしたけど、ボールは壊れているし! こうなったのは全部エーフィのせいだろ!? 責任取れよ!!」
 自分は一切悪いとは思わず、私に全ての責任を押し付けてこようとするヤミカラスに、私の中で何かが切れた。サイコキネシスでヤミカラスを吹き飛ばそうとしたけど、悪タイプにエスパー技は通用しない。
 でもどうしてもヤミカラスを攻撃したい思った私は、すらりと伸びる美しい尻尾を思い切りヤミカラスの顔面に叩きつけた。
「いってぇ! 何すんだ!」
 ヤミカラスが顔面を羽でさすり、こちらを思い切り睨みつける。反撃されるかもと身構えたが、睨むだけで何もしようとしない。その態度にイライラが加速した私は、思わず舌打ちをする。
「何よ、文句があるなら技の一つでも出しなさいよ!」
 こちらもキッと睨みつけると、先ほどまでの勢いはどこへ行ったのか。ヤミカラスは途端にビクビクとし始める。ぼそぼそと何か言っているけど、声が小さすぎて内容は全くわからない。
「ちょっと、言うことがあるのならちゃんと言いなさいよ! 私のことをバカにしているの?」
 心の棘をむき出しにした言葉をぶつけていると、背後に気配を感じた。慌てて振り返ると、そこには黒いオーラがはっきりと見えるほど不機嫌そうなグラエナの姿がある。
「……てめえら、さっきからオレ達の縄張りでギャーギャーうるせえんだよ」
 グルルルル、と低い唸り声をあげるグラエナは、一歩一歩私とヤミカラスに近づいてくる。よく見ると一匹ではなくグラエナの後ろにはまた別のグラエナがいるのがわかった。
「ぐ、グラエナ!? この辺りにはいないはず、なのに……」
 後ろでヤミカラスが何か言っているけど、今はそれを気にしている場合じゃない。グラエナ達が近づくにつれて、私の本能がここから逃げろと訴えてくる。タイプ相性から考えても、ここで戦っても勝ち目はない。私はその本能に従い、すぐにその場から逃げ出そうとして――後ろ足が動かず顎を地面にぶつけた。
「な、何?」
 顎の痛みに耐えながら振り返ると、あのヤミカラスが私の後ろ足に必死にしがみついているのが見えた。全身をブルブルと震わせて、大量の涙を流し続けている。悪タイプ同士なのだから話し合おうとか思わないのかしら、この鳥は。
「ねえ、邪魔なんだけど」
 低い声でそう伝えるも、ヤミカラスには聞こえていないらしくただただ体を震わせ続けている。サイコキネシスが通用すればすぐに引きはがすのに、とため息を吐きかけた時。

「――――っ!」

 全身に鋭い痛みが走り、一瞬体勢を崩しかける。慌てて視線を前に動かすと、そこには大きく口を開けたグラエナ達が、私の×に×××


「ヴ×イオレ×ト・エ××ズム」 終わり

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想