破壊の遺伝子

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読了時間目安:21分

作者:リルトさん


『帰れ』

 頭の中に直接響いた声は、ひどくさみしく聞こえた。







 ハナダシティからしばらく歩くと、川が流れるそばに大きな洞窟がある。
 それを知る人はみな「ハナダの洞窟」と呼んでいるが、実際のところこの洞窟が何という名前なのかは誰も知らない、名無しの洞窟。
 訪れる人もない寂しい洞窟。

 そこに――夏の暑い日差しを浴びながら、てくてく一人と一匹の人影が来訪した。




「あー、暑い、暑い。もう本格的に夏だなぁ。大丈夫か、ピカチュウ?」
「ぴかっ!」
 一筋の汗もかいていないのに暑いとうそぶく少年。涼しげな表情と声は、「本当にこいつは暑がっているんだろうか」と心配になるほどであるが、彼はちゃんと暑がっている。ただ、南のほうの出身なので暑さに慣れているだけだ。彼が連れているピカチュウも同じ町の出身で、二人にとってこの暑さはまだ序の口だった。

「さってと。やっほー、こんにちはー!」
「ぴーぴーかー!」
 ひょいっと洞窟をのぞきこんだ少年は手をメガホンにし、大きな声であいさつをした。足元のピカチュウも真似をする。しばらく二人の声がわんわんと反響し――。

『……また来たのか。帰れ』

 ふっと、二人の前に白いポケモンが現れた。
 同時に頭に直接響いた声。どことなくあきれたような、疲れたようなそれを聞き、少年はにっこり笑った。
「やあ、今日も元気そうで何よりだよ! ご機嫌いかが?」
『貴様のせいでたった今どん底だ。帰れ』
「夏だからねー。暑いと元気なくなっちゃうよね!」
『貴様のせいだと言っているだろうが。帰れ』
「そんな君にじゃじゃーん! サイコソーダ! ミックスオレもいいけど、暑いときはさっぱりしたもの飲みたくなるよね!」
『……聞く気ないな、貴様』
「やだなあ、ちゃんと聞いてるよ? はい、どーぞ!」
 白いポケモンはじとっと少年を見た。差し出されたサイコソーダを受け取ることはない。

 少年は構わず、その場に座り込んだ。ピカチュウに一本サイコソーダを渡し、自分もごくりと飲む。ここに来る前に買ってきたばかりのペットボトルは十分に冷えていて、少年は嬉しそうに笑った。

「夏になると野生ポケモンも変わるよねー。ここに来る途中で……」
 そして少年は話し出す。ピカチュウが合いの手を入れ、白いポケモンは時々『帰れ』と言いつつも律義にその場から去ることはない。そうしてペットボトルが一本空になるほどの時間しゃべり続け、少年は立ち上がるのだ。
「それじゃー、また明日ねー!」
『二度と来るな』
「まーたねー!」
 少年とピカチュウが立ち去ると白いポケモンもふっと消える。

 この不思議な交流は、少年が初めてこの洞窟にやってきて白いポケモンに追い返された春の半ばからずっと続いていた。




「やっほー!」
「ぴかちゅー!」
『……帰れ』
「今日はこれ、ヒウンアイス! 遠くイッシュ地方から売りに来たんだって。でも『ヒウン』アイスってあんまりごろよくないよね。ま、おいしければいっか! はい!」
『……帰れと言っているだろうが』




「ごきげんよー!」
「ぴっかー!」
『帰れ』
「うんうん、どんどん暑くなっているよね。ここは川が近くにあるからまだ涼しいけどさー。今日はフエンせんべいだよ!」
『いらん。帰れ』




「うわわわ、っとお! とうちゃーく!」
「ぴっかっちゅ、ぴぃか!?」
「おっと危ない!」
『……貴様、この天気の中を来たのか』
「今年初の台風だよ、やれやれ。ここは川が近いから、すぐ水浸しになるんだね。ピカチュウが流されるところだったよ」
『………………やんだら帰れ』
「うん、ありがとう! 今日はちょっと寒いからいかりまんじゅうにしてみました!」
『いらん』




 毎日毎日、少年とピカチュウは洞窟にやってくる。
 そっけない白いポケモンに笑顔を向け、自由気ままに話をし、そして帰っていく。

 ペットボトル一本を飲むほどの時間。
 お菓子を一個食べきるほどの時間。

 少しずつ、少しずつ、時間が降り積もっていっても彼らの関係は変わらなかった。

 そして夏も盛りが過ぎたころ。




「……」
 朝早く、少年は洞窟の入り口に立っていた。足元にはピカチュウ。けれどいつもと違い、二人とも表情は真剣だ。
 ふう、と少年は息を吐いた。
「……じゃ、行こうか。ピカチュウ」
「ぴか」

 いつもと違う時間にやってきた二人はいつもと違って洞窟の入り口で叫ぶこともなく――その洞窟に踏み入る。

 カントー地方で最難関と呼ばれる名無しの洞窟。
 そこに、数年ぶりの挑戦者がやってきた瞬間であった。




 できるだけ戦闘を避け、避けられない戦闘は全力で終わらせて。
 少年は確実に洞窟を進んでいた。
 四天王さえ苦戦するといわれる名無しの洞窟。そのあたりの野生ポケモンとは次元が違うポケモンたちの中を倒し、最奥めざし、少年は進む。

 覚悟はしていたといえ、とんでもない難易度だ。少年が一息ついた時も野生ポケモンたちは襲ってくる。集中が途切れ、けがをすることもあった。それでも少年は進む。




 そして――少年はたどり着いた。




 しつこいゴルバットの群れを「ほうでん」でまとめて叩き落とし、ダッシュでその場から逃げる。バトルをしたその場にとどまっていると、ここぞとばかりに大量の野生ポケモンたちが寄ってくる。バトルしたら、すぐその場から離れるのが一番だ。
 でこぼこの、道ともいえない道を通り抜ける。

 ふいに、ぽっかりと開けた空間に出た。

 少年は思わず足を止める。広い空洞。そして――地面に刺された、多くの木の枝。
「……」
 無秩序に木の枝が突き刺された空間は異様な雰囲気を放っていた。決して人を受け入れないような拒絶感をひしひしと感じながら少年は根性で足を踏み出した。空間の奥。他よりも高いところ。

 この洞窟の――最奥に。







 ――――帰れっ!!――――







「っ!」
 びりびりとした怒声が頭を貫いた。少年は顔をゆがめ、ピカチュウは長い耳を抑えるが、二人とも足を止めない。一歩一歩進んでいく。







 ――帰れ――帰れ、帰れ、帰れ、帰れ!!

 ――――来るなッ!!







 歯を食いしばりながら階段を一歩一歩登っていく。

 頂上にいたのは、白いポケモンと――その奥に、不思議な輝きをした道具。
 らせん状にねじれたそれは、地面に突き刺さっている。それを見ているとひきつけられてしまうような、胸が騒ぐような妖しさ。

 少年はそちらにひきつけられた視線を引きはがし、白いポケモンを見た。

 白いポケモンは少年を見つめていた。睨んでいた、と言ってもいい。激情を込めて、その視線は少年を貫いていた。

『……帰れ』
「断る」
 答えた声は少しかすれていた。ここまでくる激戦で喉を傷めたのかもしれない。少年は一度咳をした。
『……帰って、くれ』
「ごめんね。それはできない」
 さきほどよりはっきりした声で少年は断った。ピカチュウが少年の前に出る。

 戦いの始まりだった。




 白いポケモンは恐ろしく強かった。ピカチュウも踏ん張るが、ここまで来た疲れもあってか少年は押されっぱなしだった。
 それでも少年はあきらめていなかった。普段のへらへらした様子はどこに行ったのか、少年は死に物狂いで勝利をつかもうとしていた。全力だった。

 経験と技術と知恵と発想と。
 託された想い。
 そのすべてをかけて――少年は戦った。




 どれほどの時間がたったのだろう。勝者はまだ決まっていなかった。
 少年とピカチュウはもうボロボロで、白いポケモンは少し疲れていてもその程度だった。誰が見ても少年たちが負ける、その間際に見えただろう。少年たちが勝つ可能性はちっともないように見えた。

『……帰ってくれ』
 泣きそうな声だ、と思った。
 バトルを始めてから何もしゃべらなかった白いポケモンが少年を見ていた。
『どうしてだ。どうしてそこまでする。どうしてあきらめない!?』

 バトルが少し止まる。少年たちは弾んだ息を必死で整えようとした。

『これは貴様たちが思っているようなものではない! 破壊の力だ! 何も生みだしはしない、壊すための力だ!!』

 少年の呼吸が一瞬止まった。

『どうしてだ。どうしてそんなにこれを求めるんだ! これのせいで死んだものが……こんなに……!』

 ――止めた呼吸は、嘆息となって転がり落ちた。
 驚きだったのか。
 あきれだったのか。
 悲しみだったのか。
 同情だったのか。
 その感情はごちゃまぜで、少年本人にもよくわからなかったが――。

「……そうか。あれはお墓なんだね」
 少年はようやく整えた息を吐き出した。高みから見下ろせば、下に見えるいびつな景色。
 それは、いびつながらも想いを込めた、弔うための墓地。
「君は……『はかいのいでんし』がポケモンを殺しちゃうたびに、お墓を作ったんだね」
 少年の言葉に、白いポケモンは大きく震えた。







 あるところに男がいた。
 男はポケモンが好きだった。ポケモンについて知りたくて、ポケモンの研究をしていた。
 そして男はあるポケモンに魅了された。すべてのポケモンのおやともいわれる一体。ミュウと呼ばれるポケモンに、男は夢中になった。

 男は研究をつづけ、ミュウのまつげを入手した。男は考えた。ここからミュウを越えたポケモンを作りたい。至高の一体を越えるポケモンを、自分の手で。

 そして男は長い時間をかけ、ミュウのまつげから新たにポケモンを作った。

 そのポケモンは生まれてすぐ、自分が生まれた研究所を破壊しつくしどこかに飛び去って行った。ミュウを越えるために作り出されたそのポケモンは破壊の力を抑えられず、周りの者すべてを壊すポケモンになってしまった。

 男は後悔した。自分がしたことは間違っていたのだと。男は研究をやめ、故郷に帰り、ポケモンと人を助けることで男のしたことの償いをしようとした。風のうわさで、とんでもなく強いポケモンがいるらしい、人もポケモンもどんな相手もかなわないらしい、と聞くたびに男は自分の罪に震えた。

 そしてまた、少しの時が過ぎた。
 奇妙なうわさが男の耳に届いた。不思議な道具があるといううわさだった。
 その道具はカントー地方で最も困難だといわれる洞窟のそばに落ちている。それは使ったポケモンに圧倒的な力を与えてくれる代わりに、そのポケモンの正気を奪うという。そして道具が使われたポケモンは正気に戻るまですべてを破壊しつくす。時にポケモンが死んでしまうまで。そして、道具はいつの間にか元の場所に戻ってくる。また次の犠牲者が現れるまで。

 男は思った。それはひょっとしたら男が作り出したポケモンが形を変えたものではないだろうか。どういうわけか、そのポケモンが道具に姿を変えて今もなお破壊を続けているのではないだろうか。
 突飛な考えかもしれない。けれど男はその道具のうわさを捨ておくことができなかった。
 しかし男にはその道具を取りに行く手段がない。どうすればいいのだろう、と途方に暮れた男の前に、ある日ひょっこりと一人のトレーナーが現れた。
 男も関係した事件を解決したそのトレーナーは、その時よりずっと強くなっていた。彼は故郷に帰る途中だという。男はそのトレーナーに頼みごとをした。

 どうか、望まず罪を重ねるポケモンを救ってほしい。
 ハナダシティの奥、この地方で最も困難と言われる洞窟にある「はかいのいでんし」という道具をとってきてほしい――と。







 少年はぐいと顔をぬぐった。夏の暑さでもへっちゃらだったのに、今は汗が次々に滴り落ちているほどだった。どれほどの激闘なのか、その様子からもよく分かった。
「君は必死に闘ったんだね。自分の中の破壊を求める衝動と」
 最後にぐい、と顎に流れる汗をぬぐい、少年は白いポケモンを見た。

 ミュウのまつげから生み出されたポケモン――ミュウツー。

 かつて自分が生まれた場所を破壊しつくし、その後も立ち寄る場所で荒ぶる力をふるい続け、ある時からぱったりその消息を絶った。
 けれどミュウツー自身も破壊を求めていたわけではなかった。わけもわからないままに力を暴走させながら、ミュウツーは必死でそれにあらがった。力を制御しようとし、破壊に傾く心を制御しようとした。
「そして君は勝ったんだ」
 少年の言葉に、ミュウツーの表情が大きくゆがんだ。
『勝った、ものか……!』
 ミュウツーは自分の中に深く刻まれていた破壊の衝動に打ち勝つことができた。
 けれど――ミュウツーの中から追い出されたそれは、姿を変え、形を変え、「はかいのいでんし」となってほかのポケモンたちを襲うようになったのだ。

『私の、せいだ。私が生まれたから、こんな力があるから、本当の意味で打ち勝つことができなかったから……!』
 使われたポケモンに狂乱を引き起こし、時に殺してしまう道具。

『皆、私が殺したんだっ……!』

 それが使われ、元の場所に戻ってくるたびに――ミュウツーはどんなに深い絶望を感じただろう?

 「はかいのいでんし」によって命が失われるたびに洞窟の最も奥に墓を建て。
 「はかいのいでんし」を最奥に持ってきてからは自らの悔恨で作った空間の中で、ひたすらにそれを守る日々。

 終わりも見えない時間の中で、何を思っただろう?
 何を考えていたんだろう?

「……僕らはね。最初は頼まれてここに来たんだ」
 「君を生み出した人にね」、と少年は苦笑した。
「君を心配していた。できるなら君を救ってほしい、って言われたから、ちょっとここに寄ったんだよ」
 最初はそれだけだった。
 道具を拾おうと洞窟に入ろうとして――ミュウツーが現れるまでは。
「君が現れたことにびっくりした。話しかけられたことに二度びっくり、もう取り付くしまもなく『帰れ』で三度びっくりだ。思わずそのまま回れ右しちゃった」
 そしてハナダシティに帰り――少年はようやく、じっくりと考えて――思ったのだ。
「――君を助けたい、ってさ」

 頼まれたからではない。少年自身がそう願った。

 半信半疑で洞窟に通う日々でもその願いは変わらなかった。むしろ次第に強くなっていく想いに、少年は入念に準備をし、時期を待って、ようやくここまで来たのだ。
 託された想いと、自らの想いを胸にして。

 少年は腕をあげた。手に握ったのは何の変哲もない、赤と白のモンスターボール。今はだれも入っていない真新しいボールは、少年の覚悟そのものだった。
「『はかいのいでんし』は僕が預かる。預かって、絶対に使わない。そしたらそれのせいで誰かが傷つくことはなくなる。君が傷つくこともなくなる」 少年の足元でぼろぼろになったピカチュウがぐっと構える。
 ぼろぼろで、疲れ、傷ついているのに、その眼は死んでいない。
 勝ち目がまるで見えなくても――その想いは、死ぬことはない。
「僕は君を助けるよ。ミュウツー」




「だから、僕らは絶対に負けない」







 ハナダシティからしばらく歩くと、川が流れるそばに大きな洞窟がある。
 それを知る人はみな「ハナダの洞窟」と呼んでいるが、実際のところこの洞窟が何という名前なのかは誰も知らない、名無しの洞窟。
 訪れる人もない寂しい洞窟。

 その洞窟から出てきた人影があった。
「う、わぁお! まぶし! 何日ぶりの太陽だろ?」
「ぴーかー!」
 抜けるように青い空に向かって伸びをする少年とピカチュウはどちらもぼろぼろで、泥だらけだった。汚れまくった彼らはそれでも外の空気に爽快そうに深呼吸をする。
「あ~、いい天気~」
 水浴びがしたいなあ、と目の前の川を見ながらつぶやく少年の足に、ピカチュウがぺしっと頭突きをした。
「あはは、わかってる、わかってる。まずはポケモンセンターだよね。ほんっとにがんばってくれたもんね、ピカチュウ!」
「ぴかっ!」
 えへん、と胸を張ったピカチュウが走り出す。それを追いかけようとして、少年はふと立ち止まった。
「やっと洞窟の外だよ」
 ごそごそと服を探り、少年は手を空にかざす。

「これからよろしくね。アオ」

 セルリアンブルーの空に、まぁるい赤と白の球が光り、ころりと揺れた。







 破壊の遺伝子が人やポケモンを傷つけることはもうない。

 居場所を見つけたそれは今日もどこかの空の下。穏やかな青色をして旅をしている。


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感想

お名前:円山翔 さん
すごく好きです。図鑑や公式の凶暴な設定を活かしつつ、望まず殺戮を続けたことに苦しむ彼と、彼を救おうとする少年。すごく好きです。前半の、長く付き合っていた友人に話しかけるような態度も、そこから一変、彼に立ち向かう少年の真剣なまなざしも。彼の心中を。想いを。拝読しながら頭に思い浮かべ、心が震えました。
「はかいのいでんし」が少年の手に渡ることによってどんな変化があるのか、想像の域でしかありませんが、彼が、そして少年が、それまでよりも少しでも幸せであることを願います。
書いた日:2018年06月20日
作者返信
翔さん、感想ありがとうございます。そこまで読み取っていただけて作者冥利に尽きます。
最初はお題の「洞窟」から「カタコンベ」と「ハナダの洞窟」をふと連想して、ここまで来たらミュウツーでしょ! なんかいい公式設定ないかな? と捜索して、ワンシリーズだけ出てきた「はかいのいでんし」という道具を見つけ……地下の墓地で対峙するミュウツーとトレーナー、という構図が浮かんできたところからは早かったです。
ミュウツーは公式でも寂しいポケモンですから、絶対に救われて欲しいのですよね。その願望がはっきり出た小説になりました(^ ^)
きっとこれから少年のボケに突っ込みながら、その底なしの明るさに救われるミュウツーがきっといると作者も信じております!
それでは、また。感想ありがとうございました!
書いた日:2018年07月03日
   作品サブカテゴリ: 覆面作家企画7投稿作品