こちらカントーポケモン支援センター

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作者:花鳥風月
読了時間目安:19分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

この物語は、扱っている題材の都合上で不適切且つ不快に感じる表現が多々存在します。
苦手な方はご了承下さい。
8:20 A.M

『今日未明、コガネシティリニア駅前のアパートで生後6ヶ月のパチリスが胸にナイフが刺さった状態で血を流しているのが近隣住民に発見されました。 パチリスはポケモンセンターに運ばれましたが、まもなく死亡が確認されました。 逮捕されたのは、コガネシティリニア駅前アパート在住の無職の男28歳です。 調べに対し、男は黙秘しているとのことです。 コガネ警察は、近隣住民からの「日頃からパチリスの泣き叫ぶ声と男の怒鳴り声が毎晩聞こえてきた」という情報から、ポケモン虐待による殺傷の可能性があるとして捜査を進めています……』

デスク上のパソコンのデスクトップは、動画サイトにアップされているニュースの画面を映し出していた。 いわゆるスポーツ刈りに頭をまとめている大人しそうな男が、カメラのフラッシュを浴びながらパトカーへと連行されていく。
私は「またか」と思いながら、お気に入りのマグカップに注がれたコーヒーをぐびっと一気飲みした。

今日も世間は痛ましいニュースで溢れている。
ポケモン虐待____というのは、ここ近年で増加している社会問題のひとつ。
児童虐待や高齢者虐待と同じように、ポケモンも痛めつける対象となっているのは心苦しいことだ。
私達ポケモンソーシャルワーカーの役割は、ポケモン虐待が止められない、あるいはポケモンの育て方に不安を感じるトレーナーの相談に乗ること。 あくまでも相談に乗ることがメインなのであって、トレーナーやポケモンの生活をコーディネートする権限は持っていない。
家庭訪問に伺ったり、特殊なサービスを受けるときに一緒に付き添いで行ったり、ということはあるのだが。

「ぷきゅ」

私のパートナーポケモン、プクリンのハミングも朝ご飯代わりにコンビニで買ってきたカットりんごを貪りながら、パソコンの画面に注目する。
この仕事では、人間だけでなく職員のポケモンもクライアントポケモンのケアや相談を聞くことで、より良い支援を行うことが推奨されているため、パートナーポケモンを連れてきている職員も多いのだ。

「おはようございます。 今から朝のミーティングを始めたいと思います」

所長であるユカリさんの号令で、ここ、カントーポケモントレーナー支援センターの1日が始まる。
ユカリさんっていうのは実は苗字で、響きからは想像し難いが穏やかな気質の初老のおじさんだ。

「では、A地区から今日の流れをお願いします」

地区ごとに今日の予定を確認する。 A地区のリーダー、ヒノキさんが座ったままこちらに視線を向けて予定を全体に向けて伝えた。

「えー、今日は3丁目のツバキさん家の家庭訪問です。 里子として引き取ったモクローちゃんの様子を見に行きます」

モクローちゃんか……。 『ポケモンポスト』に入れられて、ポケモンハウスに預けられてた子だ。 この国でモクローなんて珍しいけど、いい引き取り先が見つかってよかったな。
私がそうしみじみしている間に、連絡の伝達は行われていく。

「B地区は、ポケモン相談所のササ福祉司さんとコマツナさん家のザングースちゃんを含めて面談をやります。 そのため、僕が昼過ぎから抜けます」
「C地区は7丁目のムクノキさん家のミミロルちゃんの件終結したので、特に大きな予定はありません」
「D地区はエノキさんとこの、暴れ回る問題行動が見られたボーマンダちゃんがポケモン自立支援施設にいるので、その訪問と退所に向けた面接にこれから行ってきます」

E地区の担当に配属された私の今日の予定は、普通よりも一回り小さなタマゴを産んでしまったポケモンをトレーナーと病院に連れて行き、タマゴの健康診断を行ってから昨日の退勤直前にかかってきたポケモン虐待の通告の安全確認に向かう。
こりゃご飯はまた玄米バーと豆乳になりそうだな……。

9:45 A.M

「カエデちゃん、あの若年でタマゴ産んじゃったポケモンの話どうなった? タチバナさん家のハリマロンちゃん」

隣のテーブルにいたベテランのおばちゃんソーシャルワーカー・カシワさんから、ケースについて尋ねられる。 カシワさんのパートナーポケモン、ピッピのステラちゃんが私にあったかい緑茶を運んできてくれて、私はお礼を言いながら湯のみを手に取った。
1人のポケモンソーシャルワーカーが1つのケースを担当するのが原則なのだが、私の上司にあたるカシワさんは今年度から複雑なケースを受け持つことになってしまい、私がサブで一緒にケースを担当することになったのだ。
ちなみに、私はこの職場では3番目に若いため、下の名前でちゃん付けで呼ばれている。 上司の人達がみんな親世代っていうのもあるのだが。

「やっぱりタマゴ産んだ直後で体調が不安定だそうで。 しばらく安静にしているらしいんですけど、ずっと寒気が続いているせいかこんな暑い真夏の日でも毛布が手放せないみたいです」
「あぁ〜、人間もポケモンも不安定になるのは同じだもんねぇ」
「可哀想ですよ、このハリマロンちゃんもタチバナさんも。 育て屋に預けていた別のトレーナーのメタモンから、その、無理矢理____だったんですよね?」

カシワさんは悲しそうに頷いた。 もちろん育て屋側の不注意もあったのだが、メタモン側のトレーナーの「自分が預けていた他のポケモンとのタマゴを作らせるつもりだった」という主張で、結局この件は事故として処理され、タチバナさんは損害賠償だけ貰って泣き寝入りすることになってしまった。

「お金貰えればいいってもんじゃないですよね」
「やっぱそこが、ポケモン福祉の大変なところなのよ。 1匹のポケモンの人生、もといポケ生をめちゃくちゃにされちゃうなんて、ポケモンが好きで仕事に就いている者としてはとても悲しいわよ」

ポケモンと人間との共生のあり方は、これまでも散々メディアや学生の時の授業を通して考えさせられた。
ポケモンバトルを通して絆を育むのか、コーディネーターとしてポケモンを極めるのか。 あるいは7〜8年ほど前……私が高校に上がる前後の年にプラズマ団っていうイッシュの宗教団体が提唱したようにポケモンをモンスターボールから解放するのが、ポケモンの幸せなのか。
でも、メガシンカとかZワザみたいにポケモンとの絆を感じさせる現象は私は割と好きなのだが。

「そういえば、アローラって自転車とか秘伝ワザが禁止されてる代わりにライドポケモンってあるじゃないですか。 あれどう思います?」
「あー、あれも賛否両論あるよね。 ポケモンとの共生のあり方のひとつ、って言う専門家もいれば、トレーナーに飼われていないポケモンを軽車両代わりにするのはいかがなものかー、って本出してる人もいるからねぇ」
「そうなんですよ。 だから何とも言えないですよね」

そんな感じでカシワさんとポケモン福祉についての談義を交わしていると、もうそろそろタチバナさんとの待ち合わせの時間だ。
私はデスクワークに集中する職員さんに「行ってきます」と一声かけると職場を出発した。 「行ってらっしゃい」と返してくれる職員さん達の声が、まるで親みたいで温かった。
さすが福祉の仕事、根がとっても優しい人達が多い。

11:30 A.M

待ち合わせ場所はクチバの総合病院だった。 職場はヤマブキにあるため、アクセスは楽で地下鉄を使えばあっという間。
あいにく、ヤマブキはカントーどころか国のメトロポリスである割に若年でタマゴを産んだポケモンへの支援制度がまだ整っていない。 そのため、タマゴを産んだポケモン達への医療技術が発達しているクチバまで行くことになったのだ。

「タチバナさーん」

タチバナさんは、私よりもずっと若い……というか、子どものポケモントレーナーだった。 パートナーとしてカロスに住む親戚からハリマロンちゃんを譲ってもらい、故郷のカントーを巡っていたのだが、タチバナさん自身が胃腸炎だかなんだか、入院を余儀なくされる病気にかかりハリマロンちゃんを育て屋に預けていたのだが____ってところだ。

「あっ、ワーカーさん。 今日はよろしくお願いします」

あどけない顔をこちらに向け、ぺこりとお辞儀をするタチバナさん。 彼女が抱いているのは、真冬に重宝するような毛布に包まれたハリマロンだった。
なるほど、確かにハリマロンの好奇心旺盛でおおらかな気質とはかけ離れており、とても元気が無い。 精神的にも不安定になっているのだろう。
私がこのケースの担当になって、ハミングが何度も声をかけてくれたお陰で、微かに笑ってくれるようにはなったのだが。

「タマゴはどこにあるの?」
「あ、リュックの中にガラスケースごと入っています。 割れていないと思うので大丈夫です」
「オッケー。 そしたら、何かハリマロンちゃんやタマゴに変わったことはある?」
「タマゴはよく音が聞こえてくるようになりました。 この子はかなり情緒不安定で……私の腕の中に入っては度々泣いているんです」

多分、相当育て屋での出来事も、自分がタマゴを産んでしまったこともショックなのだろう。 でもだからこそ、今のハリマロンちゃんには親であるタチバナさんが必要なのだろうと思う。

「多分今、タチバナさんがいて安心してるんだと思うよ。 でもやっぱり、自分の身体が今までとは違うものになっちゃって、不安で押し潰されてると思うから、いっぱいハリマロンちゃんを抱き締めてあげて」
「はい……ありがとうございます」

とはいえ、タチバナさんもショックだと思う。 タチバナさん自身もまだ成熟しきっていない子どもだ。 この件を受け入れるのに、どれぐらい時間がかかったのだろうか。

12:30 P.M

ハリマロンちゃんの診察の結果は、やはり身体に大きな負担がかかっており、精神的に不安定になっているとのことだった。
最近のポケモン福祉への理解が強まっているのか、お医者さんの手持ちポケモンが患者ポケモンの心のケアをしたりなんかもしている。 ハリマロンちゃんにも、専属のカウンセラーが付くことになった。
これはポケモンソーシャルワーカーも同じで、私のハミングも必要に応じて活躍してもらっている。
タマゴの方は今は特に目立った問題はないが、生まれてくるポケモンが未熟児であるリスクが非常に高く、今後も定期的な検診が必要とされた。

「はい、これ私のおごり。 ココア飲める?」
「えっ、そんな悪いですよ!」
「いいのいいの、おごりは大人の特権だから」
「……ありがとうございます」

タチバナさんにココアを渡し、私は次の仕事があるため彼女と別れた。 本当なら私も一息つきたいところだが、次は虐待が疑われるポケモンの安否確認を兼ねた家庭訪問であるため、緊急性が高めだ。
玄米バーをかじり、パックの豆乳をちゅごごごと音を立てて一気飲みすると、私はすぐに電車に乗り、通報のあったシオンタウンへと向かった。

13:05 P.M

シオンタウンは20数年前まではポケモンのお墓で有名な町だったが、ラジオ塔の建設を機に人口が大幅に増加した。 今では各地に設置されているポケモンの養護施設「ポケモンハウス」発祥の地でもあり、福祉に関する体制はカントーの中でも非常に整っている。
だからこそ、虐待通報も徹底しており虐待の早期発見が最も多い。

「こ、ここだよね」
「ぷきゅ……」

私とハミングは、通報を受けた家の目の前までやって来た。
インターホンを鳴らしたりしても返答がなかったり、ポケモンの安全確認を取らせてくれない場合は、職権でもっと上の権力____ポケモン相談所を連れてくることが出来る。
しかし、まぁ。
よくある虐待通報の家庭訪問は、ボロいアパートやゴミ屋敷に向かったりすることが多く、ポケモンがまるで生活できない場所に閉じ込められていることが割とありがちパターンなのだが。

「こんな立派なお屋敷、ちょっと入りにくいね」
「ぷきゅ〜……」

私達が今回訪問する家は、まるでヤマブキピカチュウリゾートのシンデレラ城のような、立派なお屋敷だったのだ。 このように、裕福な生活を送りながら虐待を受けているポケモンももちろんいて。 しかし、ここで尻込みしてはいけないのがらポケモンソーシャルワーカーのつとめ。

「よし、インターホン押すよ」

私は恐る恐る、なんか凄そうな彫刻の彫られたインターホンを押した。 反応するようにピンポーンという電子音が鳴る。

「……」
「……」

沈黙が流れる。 家庭訪問のインターホンを鳴らした後の沈黙は、いつまでも慣れない。 正直、追い返されたことも何回もあったし、酷い時は使用済みの技マシンを投げつけられたこともあった。
自分がポケモンを虐待してるって認めたくないのか、他人が自分達の事情に介入することを恐れているのか、背景は様々だけどやっぱりこればかりは3年経っても慣れない。

「……はい」

インターホン越しに流れた声は、男の子の声だった。

「すみません、カントーポケモン支援センターの者ですが、今シオンタウン近辺の家庭訪問に回っているんです」
「ポケモン支援センター!?」

私の肩書きを復唱する男の子は、声が裏返るほど驚いていた。

「い、今開けます!」

そういえば、このケースの虐待通報者はここの家の長男って言ってたような……。 もしかしたら、その子かもしれない。
大方の予想通り、家の扉を開けてさらに門を開くと、11歳くらいの男の子が私達の前に姿を現した。

「よかった……来てくれたんですね!」
「キミが、電話をかけてくれた子だよね」
「はい! 今ちょうどお父さんもお母さんもいないんで、どうぞ!」

男の子に促されて、私達は緊張感を胸にお屋敷の敷地内へと足を踏み入れた。
庭には『不思議の国のアリス』に出てきそうな薔薇園と白いテーブルセットがあり、まるでおとぎ話の国にいるみたいだった。
もっと驚くのは、家の中なのだが。

「……シャンデリアだ……シャンデラじゃない、シャンデリアだ……」

開幕シャンデリア。 旅行先のホテルやちょっと小洒落たお店でしか見たことがないシャンデリア。 それが、今目の前に贅沢に釣り下がっている。
男の子の後に続きながら、私は床に敷かれているレッドカーペットを踏み続けるのが申し訳なくなってきた。 今までいろんなケースを見てきたが、こんな家は初めてだ。 ちょっと気を抜けば、仕事であることをついつい忘れてしまいそうだった。

「自分で言うのもアレですが、僕達のお父さんとお母さんは、一流企業の社長とその社員で、社長夫人の言うことは会社では絶対らしいんです」
「うんうん」
「ただ……今お父さん達の会社が危険なことに挑戦しようとしていて」

男の子はひとつの扉の前で足を止め、一瞬扉を開けることを躊躇うも意を決してゆっくりとドアノブに手をかけた。
そこで見た目の前の光景は、とても信じ難いものだった。

「人間にポケモンの遺伝子を、ポケモンに人間の知能を組み込んだらどうなるか、これを元に何かいいものが作れるんじゃないかっていう……」


お城みたいな同じ建物の中とは思えない、何かの研究室みたいな場所。 鮮やかな緑色の液体が舞う2つのカプセルの中には、隣の男の子によく似た、けれど小さな別の男の子とマリルリが、それぞれ意識を失った状態で閉じ込められている。
これは……私達だけでは処理しきれないぞ。

「勇気を出して通報してくれてありがとう。 このことは、お父さんやお母さん達にも言わないようにするから、またどうすればいいのか考えてみるね」

だが、時々こういうこともあるのだ。
どう考えても警察沙汰だったり、逆にただのイタズラで通報してきたり。
最近は減ってきたのだが、私が職に就く前は本当に酷かったらしい。
とりあえずこのケースは、直ぐに支援センターに持って帰って、シオン警察に通報してこの男の子とマリルリの保護を第一優先。 その後のマリルリの支援方法を考えていけたらいいんだけど。 お父さんとお母さんのどちらかがマリルリのトレーナーかな? だとしたら、ご両親への支援もいずれ考えなきゃいけないかも……。

16:15 P.M

支援センターに戻ってきて、私は結果報告をまとめた。
まず、タチバナさんはハリマロンちゃんに専属のカウンセラーを付けることになったことと、タマゴは今は問題ないけど生まれた時のリスクを考慮して今後も定期的に検診を受けていく。
次にさっきのシオンのおぼっちゃまは、カシワさんとユカリさんに相談したところ、すぐに警察を送り込むことになったという。 きっと子どもの方は児童相談所に、マリルリの方もポケモン相談所の一時保護所に措置が取られるものとして見る。

それにしても、まさかあんなSFみたいな話があるもんなんだなぁ……。 もはや福祉の域を超えているよ。
実際、取り扱っているケースはどれもドラマみたいな話ばかりであるし、クライアントがポケモンだからどんな不思議なことがあってもおかしくない。 正に、『ふしぎなふしぎないきもの』のソーシャルワーカーなんだなぁと痛感させられた1日だった。

「お疲れ様」

パソコンとにらめっこしていると、カシワさんがチョコレートを一粒渡してくれた。

「ヤバいケースに当たっちゃったのね」
「いやー、あんなん多分後にも先にもないですよぉ」
「カエデちゃんはなかなか引きが悪いからねぇ。 いつも一筋縄ではいかないケースだと思うけど、頑張ってね」

私達ポケモンソーシャルワーカーがこうして厄介なケースでも乗り越えることができるのは、やっぱり職員さんやパートナーポケモン達の存在が大きい。
1人で抱え込まないで、何かあったら周りに相談する。 これが私達の職場のモットーでありこれを大事にしているから縦のつながりも横のつながりもしっかりしている。

「さてと、定時だし上がるとしますか」

私はパソコンの電源を落とし、デスクに散らかしっぱなしの荷物を整理する。
明日は午後からあのトレーナーさんと面談するんだっけな、それまではケーキでも持ってきて食べようかな。
そんなことを考えながら、私は1匹でも多くのポケモン達の幸せのために、明日への英気を養おうと、行きつけのラーメン屋で晩ご飯を食べるために先を急いだ。

「お先に失礼します、お疲れ様でした!」

17:30 P.M

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