正しさに必要なもの

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作者:
読了時間目安:14分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください


 ××時××分、此方から彼方への通信。

『RからPへ通達です。〝ハトバ ノ イマシメ ハ カイシュウ シタ〟――20分の後、支部へ向かいます』
『そ~ですか~。Rさんは有能でありがたいですねー』 
『もう壷を回収したのですか!素晴しいッ!すばらぁぁぁぁぁしいぃぃぃぃ!!流石は世界に名だたるポケモンハンゴッ』

 ノイズと悲鳴。数秒後、通信が再開された。

『下っ端の分際で幹部の通信を盗み聞きとは、ふてぇ野郎ですね~まったく……。通信、切りますよー』
『了解。ご武運を祈ります』
『は~い』

 ぶつん。

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ハトバの港は、人でごった返していた。

「はい、手当は終わりました。次の人もどうぞ。ポケモンはこちらへ」

 ラッキーやジョーイさんが簡易テント内をせかせかと動き回っている。ポケモンたちはモンスターボールへ納められ、救急バスでポケモンセンターへ。トレーナーたちは重症者はハトバ総合病院へ運ばれ、軽傷者は眼が覚めるまではテント内に寝かされていた。船着き場の船員なども駆けつけ、賑やかしい。ハトバのリポーターがラッキーやジョーイさんに睨まれつつ、被害者たちにしつこくインタビューをしていた。

「こちらが突然の暴動に見舞われた、ハトバ船着き場の様子です! 騒ぎによる負傷者の大半はトレーナーたちであり、〝突然ポケモンがいう事をきかなくなった〟と複数の証言がありました。犯人と思われる男はハトバ総合病院で未だ意識不明のままであり――あ、犯人に最後に捕まっていた少女が、目を覚ましたようです!」

 テントの端っこにいたウルを目ざとく発見し、リポーターが近付いていく。ウルは首に白い包帯を巻いていた。男の力が強かったため、骨こそ痛めなかったがくっきりと赤い跡がついたためだ。近づいてくるリポーターに、傍のレントラーが不機嫌そうに毛を逆立てた。

「子供を助けようとした勇敢なお嬢ちゃん、大丈夫だった? 怖くなかった? 災難だったわね」

 レントラーの唸り声をものともせず、鼻息荒くマイクを向けてくる女性リポーター。ウルは少し考えるそぶりをすると、質問した。

「これって全域放送?」
「え? え、えぇ。ハトバ全域って意味ならそうよ。これだけ大きな騒ぎだったんだもの、当然よね」
「ふーん、ありがと」
 
 言うが早いか、ウルはリポーターからマイクをもぎ取った。止める暇もなく、カメラに向かって親指を下げた。

「フーパ聞いてるかァァァアアアア!!君が奪ったサンの実の恨みは絶対絶対ぜーったい忘れないからな!この島のどこに隠れようとも!むしろサート地方のどこにいたとしても!世界の果てまで追いかけて血祭りにしてやるから覚悟しておけェ!!許さんぞォ!!」

 運がいいのか悪いのか、生放送だった。
 ウルの渾身の復讐予告は島全体に響き渡った。放送を聞いていた島民はポカンとし、その場にいたほかトレーナーたちも呆気に取られ、どこぞで遊んでいた誰かさんがちょっとびびった。その後映像はガタつき、「何やってんの早くカメラ止めて」「こらまだ言いたいことが」「島の守り神になんてことを」などノイズ混じりの騒ぎ声がしたのち、画面が切り替わり、ズタボロになったリポーターが「大変失礼しました。まだ被害者の少女は混乱していたようで……」と疲れ切った様子で写った。

「リポーター、今の完全に放送事故だぜ」
「なかったことにするのよなかったことに!あんたはあっち行きなさい!まったく、とんでもないガキね!」

 ところ戻ってカメラ側。困った顔のカメラマンと般若顔のリポーターに、ウルはべろべろばーと舌を出した。更に顔を真っ赤にするリポーターを尻目に、とっととテントを出ていく。

「ま、待って待ってなのです!」
「え?」

 あわてて呼び止める声に振り替えると、水色のストレートヘアの少女が息を切らして立っていた。両手いっぱいに包帯や傷薬を抱えている。足もとにはスカーフをつけたハリマロンとイーブイがいるが、2匹も同じように救急道具を抱えていた。おっとりした瑠璃色の瞳いっぱいに心配の2文字を写した少女がウルにずずいと迫った。

「まだ目が覚めたばっかりなのに、行っちゃうなんて危ないのです! あなたも、レントラーくんも、倒れたら大変なのですよ!」
「ええっと……ごめん? ていうか、君は誰なの?」
「あ、わたしはミルクなのです。困っている人やポケモンを助けるために旅をしているのですよ」

 ぺこっと少女、ミルクが頭を下げた。同時に腕も下がったせいで、持っていた救急道具の一部が転がり落ちた。「あぁっ!」と追いかけるその端からぼたぼたぼたぼたっと更に包帯やらスプレーが落ちて二次災害を起きた。「あー……」と生暖かい気持ちになったウルは、あわあわしながら必死に拾い集めるミルクを手伝った。

「ご、ごめんさいなのです――って、ダメですよ。けが人さんは手伝っちゃダメです!」
「いやけが人さんって君ね……」
「ダメなのですー!!」

 ミルクがぷりぷり怒るが、あまり怖くない。むしろ微笑ましささえ感じる。とりあえず最後の包帯を拾い上げると、ミルクには渡さず、ウルはポケットに突っ込んだ。

「あとこれ貰ってくよ」

 ひょいとミルクの腕の中から人間用の小さな塗り薬を抜き取った。これもまたポケットに仕舞うと、目をパチクリさせるミルクに言う。

「けが人さんだけど、僕のむーがポケモンセンターで待ってるもんでね。心配ありがと、ミルクちゃん」
「ま――っ」

 止める間もなく、レントラーに跨り駆けだしたウル達に、ミルクが叫ぶ。

「無茶しちゃダメなのですよー気をつけてー!!」
 
 ウルは振り向かずに片手を振って見せた。小さくなっていくウルたちの姿を見送ると、ミルクは息を吐く。

「せっかちなけが人さんなのです。……そういえば、名前を聞いていなかったのです」
「ぷぷい」

 ハリマロンがミルクに向かって鳴いた。何となく、ミルクはハリマロンが「きっとまた会えるよ」と元気づけてくれたような気がした。

「ありがとうなのです、モモコちゃん」

 ミルクはにっこり笑うと、救急道具を持ち直した。

「さて、まだまだけが人やけがポケさんがたくさんいるのです。頑張るのですよ、えいえいおー! なのです!」


 
 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「休める時は休んだ方がいいぜ?」

 ハトバポケモンセンター内、いく人かのトレーナーが深刻な表情で座っている。その中でも特に深刻な様子の双子に、声をかけた男がいた。
 双子の少年少女は、まだ10歳前後に見える。揃いの金髪碧眼に、愛らしい揃いの顔つきをしていた。だが少女の方は顔色が悪く、本調子ではなさそうだ。ぐったりした様子で少年の膝に頭を乗せ、ソファに横になっている。少年は少年で少し顔が白い。綺麗なセーラー服は土に汚れており、とても、疲れた様子だった。

「……ウミが、」

 ぽつりと、少年が呟いた。

「ズバットのそばを、はなれたくないって」

 少年が、そっと少女の手を握った。ぐったりしながらも握り返した少女が、か細く「ずばっと」と囁いた。少年が唇を噛みしめ、うつむく。

「……疲れてるとこ悪いが、ひとつだけ聞きたいことがある」

 ルファは膝を折り、少年に目線を合わせて問いかけた。

「あの港で会った妙な男について、何か気がついたことはないか?」
「気が、ついたこと?」
「なんでもいい。何か荷物を持っていたとか。どういう経緯でああなったのかは知ってる。お前の目から見て、気がついたことがあれば教えてくれねぇか?」

 少年の目が、そこで初めてちゃんとルファを見た。ぼんやりしていた眼がぱちりと開き、じっとルファを探った。

「――お兄さん、誰?」
「俺はルファ。通りすがりの正義の味方みたいなモンだ」
「どっちかって言うとその格好はダークヒーローだよね」

 茶化すような少女の声に、ルファは振り返った。

「やほー、ルファさん」
「無理する怪我人3人目の登場だな」
「嫌だな、ボクはぴんぴんしてるよ」
「知ってる」

 ルファが顎でテレビを示した。そこにはさっきまでウルがいた場所が、ズタボロのリポーターと一緒に写っている。

「お姉さんは……」
「ん、あぁ。君はあの時の子か。散々だったね」
「やっぱり! 助けてくれたお姉さんだよね?」

 少年の目がキラキラ光る。〝助けた〟との言葉に、ウルは苦笑した。

「助けたというか巻き込まれたというか……もっと格好良く助けれたら良かったんだけどね」
「そんなことない! あのままだったら、ウミは死んでたかもしれないんだ! ありがとう、ほんとに、ありがとう!」

 ぽろぽろと涙を流しながら頭を下げた少年に、ウルは困った顔をした。実際、場を収めたのは――あの時聞こえた声が聞き間違いでなければだが――すぐ隣のルファと誰かもう一人だ。ウル自身の油断もあったかもしれないが、もっと慎重に事を運べば、これほどの被害にならずにすんだかもしれない。悔しいような、何とも言えない表情をしているウルの背中を、ルファがぽんと叩いた。

「やれなかった何かより、やれた何かだけ誇れば十分だろ」

 そう言ったルファを見て、ウルは少年をちゃんと見た。少年に膝を借りているウミが、そっと目を開けた。震える口が、声もなく言葉を告げたのが見えた。

『ありがとう』

「――」

 瞬間、かくっと足の力が抜けて、ウルはその場にへたり込んだ。大きく息を吐く。指先がカタカタと震えていた。体を寄せたレントラーにくっついて、ウルは顔を伏せた。

「ほんと、格好悪いなぁ……君たちが生きてて、良かった。そんで、助けてくれてありがとう、ルファさん」
「何の事だかわかんねぇな」
「白々しっ」

 棒読みでとぼけて見せたルファに、ウルは思わず笑った。

「で、だ。ちょうど渦中の2人がそろって有難い限りだな。さっきの質問、お前も答えてくれるとありがたいんだが」
「うーん、覚えてることとか、気がついたこと、かぁ……ってそうだ。ボク、まだ君たちの名前も知らないや。ルファさんがもう呼んでたんだけど、ボクはウル。君たちは?」
「オレはリク。こっちはウミなん……です」

 普通に答えかけて、慌ててリクは敬語にした。

「敬語はいらないよ。話しにくいんじゃない?」
「うっ……うん。じゃあ、ウルさん」
「うん。君がリクくんに、この子がウミちゃんか。覚えた。君は、何か覚えてる?」
「オレは――」

 リクは、記憶を頼りにぽつぽつ話し始めた。
 最初は小さな騒ぎだったこと。
 自分たちはジムの新米トレーナーで、その日は修行も兼ねて港の見回りをしていたこと。それで、騒ぎに駆け付けたこと。

「妙な、変な感じがしたと思ったら、みんなのポケモンの目つきが急に変わって……まるで吸い寄せられるように、あの変な奴の方へ行っちゃったんだ」
「ボクも感じたよ。首を掴まれたとき、なんか、変な空気みたいなオーラみたいなのが流れてきて、すごく嫌な感じがしたんだ」
「それはあの男からか?」
「どっちかって言うと、あの男を通過して流れてきたような……。ポケモンたちの様子も合わせて考えると、あの人もその〝変な空気〟に当てられて、おかしくなってた側なんじゃないかなぁ」
「……変な空気、ねェ」

 全員が眉をよせ、黙り込んだ。 

「……せなか、の、にもつ」
「っウミ、大丈夫?」

 リクの膝から、ウミが頭を持ち上げ呟いた。心配そうなリクに支えられながら、ウミがか細い声で続けた。

「さいしょに、みつけたとき。背中に、重そうな荷物をしょってたよ……わたし、どろぼうさんかと思って、ズバットに確かめてもらおうと思ったら、首、つかまれたの」
 
 ルファが目を見開いた。

「……その〝重そうな荷物〟とやらは、捕まった時は持ってなかったみたいだね」
「入ってたのはオボンの実が一個だけだな。十中八九、直前に何者かが入れ替えたか、回収したか。行方知れずの〝重そうな荷物〟を、探す必要があるぜ」
「っオレも、オレも手伝います! 協力させてください、ルファさん!」

 勢い込んでリクが叫んだ。しかし、考え込んでいたルファが首を振った。

「駄目だ」
「どうして! 犯人の仲間が、まだハトバにいるんだろ! オレは、ハトバのトレーナーです! だから――」
「例えばの、話だが」

 風切り音。
 リクの口が止まった。喉元に、ルファの刀の先が当てられていた。鞘ごしに感じる切っ先の冷たさに、リクが真っ青になった。
 いつ抜いたのか、リクには分からなかった。
 呼吸が、できなかった。息を吸うと同時に、喉までも貫かれそうな静かな殺気が、ルファからリクに向けられていた。
 
「仮にお前が悪党なら、今ここで躊躇いなく殺してる」
「あ……」
「違うから殺さねぇけど」

 スッとルファが刀を下げた。リクが激しく呼吸し出すのを横目に、淡々と続きを語った。

「俺が今相手しようとしてるのは、同じ事が出来る人種だ。半端な実力で首突っ込んでみろ」

 ルファが冷たく目を細めた。

「死ぬぞ」

 リクがぶるぶる震えていた。泣きたいような、恐ろしいような、悔しいような。はくはくと口を動かし、やがて黙った。

「悪いけど、ボクは首突っ込ましてもらうよ」
「話聞いてねぇのか?」
「正義 イズ 力。実力と自分の命への責任が取れるなら協力オーケーなんだろ?」
「……ま、言ってみりゃあな。自己責任の範疇だが」

 ルファが踵を返した。それに従い、グラエナも出口へと向かう。ウルがポケモンセンター出口へと視線を向けると、仲間らしき銀髪の美女がこちらを見ていた。
 不意に、思いだしたようにルファが立ち止まり、顔だけ振り返った。

「あぁ、そうだ。ひとつだけいいこと教えてやるよ坊主ども。サート地方ポケモン協会が、コスモ団の調査・討伐のための協力者を集めているらしい。もっとも、参加資格にサート地方のバッジが一つ以上必要だけどな」
 
 ルファはウルとリクを横目に見て、ニヤリと笑った。

「実力ってのは認めさせるものだぜ、駆けだしトレーナー」

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