水と氷

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作者:空風 灰戸
読了時間目安:59分
ポケモン小説スクエア十周年記念同人誌掲載作品
 その廊下は青白い照明で照らされていた。白が基調の廊下は照明のせいで青ざめて見え、奥の方は照明が届いておらず真っ暗だ。両壁にはいくつかの固く閉ざされた鉄の扉があり、天井にはむき出しのダクトが張り巡らされていて、漂う空気はとても重たい。

 ここが、ただの乗客である彼が入っていい場所でないことはすぐにわかった。しかし、ここまで階段を何段も駆け下りて、逃げる少年を追ってきたのだ。ここで引き返すわけにはいかなかった。少年はこの廊下に入り込み、大きなバタンという音がしたかと思うと姿がなくなっていた。隠れるところはない。どこかに入ったのは明白だった。

 ――探しださなければ。

 彼が一歩を踏み出すと、靴音が大きく反響し、廊下の雰囲気も相まってドキッとする。手始めに一番手前の扉を開くと大きく軋んだ。中を覗き込むと、窓のない見通しのよいおそらく倉庫だった。ざっと少年がいないのを確認すると、次の扉へと移る。

 コツコツコツ――ギィィィ。歩く音と扉が軋む音が交互に鳴り続ける。

 次の扉を開く――刹那、いやなおとが使われたかのような甲高い音に続けて、発砲音かと思うバンッという音が鳴り響いた。彼は短く叫びながら思わず後退した。

「動かないで!」

 反響が終わらない廊下を、女性の声が貫いた。声の方に視線を向けると、空気が切られたかのように一瞬で首元に緑色の刃が向けられ、体が硬直した。

「ゆっくり両手をあげなさい。手をあげたら後ろに下がって壁を背にして」

 飛んできた言葉でやっと状況を理解する。声の主は前にいる白衣を着たブロンドの女性。彼を睨みつけ、一歩でも動けば首元の刃を動かすと言わんばかりの様子だった。なす術なく、指示通りにゆっくりと両手を上げて後退した。後退しながら、首元の刃が女性の足元にいるリーフィアのものであること、その側に追っていた十歳ぐらいの少年が、怯えた目でこちらを見ていることに気がついた。

「何か勘違いしてねえか?」

 背を壁に預けると、平静を装いながら言った。しかし、彼女はその言葉を無視する。

「なぜ、この子を追ってきたのか理由を言いなさい」

「そこのガキの落し物を拾ったから、返したかっただけだ」

 彼は視線で少年を指し示すが、動いたのは怯えた少年だけだった。

「そんな見え透いた嘘でごまかせると思っているの?」

「嘘じゃない。この右手のカードキーがその証拠だ。確認しろ」

 彼はそれを落とさないようにゆっくりと右手を開き、一枚のカードを提示した。女性は彼を見据え、警戒した様子で素早くカードキーを手中に収めると、少年にそれを渡した。

 それを確認した少年は言った。

「僕の部屋のカードキーみたい」

「これで疑いは晴れただろ? このリーフブレードを降ろせ」

「嘘じゃないとわかっただけで、疑いは晴れてない。カードキーを盗んで、落としたと言って近づいてきているだけかもしれないし、何より落し物なら落し物預かり所に渡せばいいだけの話。追いかけてまで届けに来るなんて不自然よ」

「カードキーを落としたら部屋に入れねえんだから、落とした本人を見ている以上、渡したほうがいいじゃねえか。何が不自然だ」

「その通りです」

 第三者の重みのある低い声が聞こえ、全員の視線が声の方向に移った。そこには背が高くガッシリとした体型で、制服に身を包む白髪の初老の老人が立っていた。肩には金色のラインが四本入っており、この場所における最高権威者であることを示していた。

「善意ある方になんという態度をしているのですか。リーフィア、リーフブレードを降ろしなさい」

 その断固とした態度にリーフィアは戸惑った様子で女性を見た。

「し、しかし――」

「降ろさせなさい。その方は私の来賓です」

 これは命令だった。女性は唇を噛み締めながらも、リーフィアにリーフブレードを降ろさせた。向けられていた刃がなくなると、彼は大きく安堵のため息をつく。緊張から解き放たれた彼の前に老人が立ち、深々と頭を下げた。

「ライジさん、大変申し訳ありませんでした。この者達にも悪気はなかったのです、どうぞご無礼をお許し下さい」

 老人のその姿を見て慌てて、女性と少年も頭を下げた。

「全くなんだってこんな――」

 ――クゥン。

 か細い鳴き声が聞こえた。刃を向けられていたライジを除く、全員の体が一瞬で強張った。場の空気も硬直し、まるで聞いてはいけない何かが聞こえてしまったような雰囲気だ。その様子を訝しむと、全員がさっと頭を上げ、焦った様子で少年と女性が室内に入っていった。

 老人はそれを見届けると言った。

「この場所は大変デリケートな場所でして、ライジさんが脅迫者だと勘違いをしてしまったようです」

「脅迫者?」

 老人は少し思案した様子で間を置くと、彼を室内に招き入れた。その部屋は他と同様に、青白い照明で、見通しがよかった。ただ、異なっているのは、奥に異様な違和感と存在感を放っている鉄格子があることだった。鈍く光る鉄格子には、追っていた少年が格子を強く握りしめて、中を覗いていた。

 鉄格子の中では、先ほどの女性が黒いかばんを脇に置いて、それに何かを施していた。それは、ホウエンでは著名なトドグラーに似た体型をしているが、全身を真っ白な体毛で覆い、頭に角が生え、尾びれが付いている。それは辛そうな表情で寝そべっており、顔色も悪い。

「こいつは……?」

「これはジュゴンというポケモンです。近年、餌場の減少で生息数が減り、絶滅が危惧されている大変貴重なポケモンです」

「こいつ、だいぶ具合が悪そうだけど大丈夫なのか?」

「もともと、ホウエンで衰弱しているところを保護されたので、体調が悪いのは確かです。ここにいるのも、治療のためにカントーに輸送しているからですし」

「そのようなことを関係者以外に話してよいのですか」

 鉄格子の中から声が届く。背を向けているその女性の声のトーンはとても低く、二人の会話が気に入らない様子だった。

「ライジさんは来賓だと言っただろう。それとも、ライジさんが明日のエキシビジョンに参加してくれるトレーナーさんだと言えば納得してもらえるか?」

 その言葉に真っ先に反応したのは、彼女ではなく手前の少年だった。少年は真っ先に振り向くと、体を僅かに引き、疑っている様子でライジを観察した。

「この人がこないだのホウエンリーグの決勝で戦った人なの?」

 エドワールがそう言うと、コホンっと船長が咳払いをした。言葉遣いを戒められたエドワールは少し萎縮してしまう。

「そうだぞ。ああ、ご紹介が遅れましたな、これは息子のエドワールです。彼女は、本船のポケモン専門医であるエミリです」

「は、初めまして」

 エドワールと紹介された少年が緊張した様子で挨拶をする。恐怖心はなくなり、憧れの人と会ったときの緊張感で、キラキラした羨望の眼差しをライジに向けていた。その眼差しにライジも悪い気はしなかったので笑って、「初めまして」と答えた。

 ライジは、過去のホウエンリーグで入賞、直近のホウエンリーグでは決勝の舞台に立った実力者だった。彼がこのディジエーム号の船内にいるのも、この老人ことルルー船長にその実力を見込まれ、船内で行うエキシビジョンに参加して欲しいというオファーがあったからだった。

「いくら実力者だとしても部外者は部外者です」

 だが、鉄格子から放たれた言葉によって、ライジの優越感は一瞬で崩れた。相変わらず女医は背を向けており、嫌悪感を示していた。その態度に彼はカチンときた。

「船長、おれはもう帰る」

 ライジは不機嫌な声色で言い放った。船長はその急激な変化に驚き、すぐさま謝罪を入れた。

「申し訳ありません、ライジさん。彼女はジュゴンのことを心配しておりまして……」

「用事はもう済んだ。長居は無用だ」

「そうおっしゃらず、もう少々お付き合いいただけないでしょうか。あのジュゴンは秘密裏にカントーに輸送していまして、そのことで、実力のあるライジさんにご相談があるんです」

 船長は、ライジが言葉を挟む前に素早く封筒を取り出した。ライジは渋々その封筒を受け取り、中身を取り出すとコピー用紙が入っていた。それにはこう印字されていた。

 ――ジュゴンをいただく取り引きがしたい。日時は追って連絡する。取り引きに応じない場合は、船の進行を妨害し手段を選ばずジュゴンをいただく。

「これって脅迫状か?」

「ええ、おそらく。このようなものが届いておりましたので、関係者でないライジさんを脅迫者だと勘違いして手荒な真似をしてしまったのです。本当に申し訳ありません。ただ、事情が事情だけにご理解いただきたいのですが……」

 ライジはふとこの場所が関係者以外立ち入り禁止の区域であったことを思いだした。そのことを指摘されないものの、自分に多少の落ち度があることを理解すると、イライラする気持ちも少し収まり、申し訳ない気持ちが湧いてくる。

「いや、ああ、そのことはわかった。こちらも勝手に入ってきて申し訳なかった。その取り引きはどうするつもりだ? それに、秘密裏に輸送って一体何をしているんだ?」

「このジュゴンはとても珍しいらしく、強引な研究者や泥棒、果てはポケモンハンターから狙われておりまして、そのようなものの目を避けるために、当船で秘密裏に輸送をしています。クルーズ客船は本来輸送しないので、都合がいいようです」

「ジュゴンって、こんな脅迫状を出してまで手に入れたがるほど珍しいポケモンなのか?」

「ジュゴンは主にカントーに生息していますので、ホウエンで見つかったのが珍しいそうです。どういった経緯でホウエンにたどり着いたのか等、生態について詳しく調査をしたいらしく、たくさんの研究機関からオファーがあったようです」

「そうしたら、そういった連中が乗客に紛れてて、この脅迫状を出したわけだ」

「それがそんなはずはないんです。ジュゴンの運び込みは万全で、関係者は目立つので乗船させていません。一部の船員には緊急時のために伝えていますが、ほとんどの船員はジュゴンのことを知りません。ですから、この船にジュゴンのことを知っている人間で、私が知らない者はいないんです」

「そんなこと言ってもそんな状況なら、船員に確認すればいいだろ。一番疑わしいのは船員じゃねえか」

「私は全員のことを知っていますが、そんな手紙を出す者は絶対にいません。それにもし仮にいたとしても、全員、船の運行に携わる重要な人間ばかりです。この手紙にあるように、航海に支障をきたす可能性がある以上、迂闊に確認を取るわけにはいきません。取り引きに応じるつもりがないことがばれてしまいますから」

「じゃあどうするんだよ。それに、その話の一体何をおれに相談しようっていうんだ? 全く何も飲み込めないんだが」

「クルーズ客船の船長という仕事は、世間で思われているような船の指揮をするばかりでなく、お客様とのコミュニケーションが欠かせないのです。ですから、多くの方をこの目で見てお話してきた私には、人を見る目があると自負しています。その上でライジさんが信頼できる方だと信じて、一つお願いがあるのです」

 船長はライジの目を真っ直ぐ見据えた。揺るぎない信念があるように。

「このような事情ですから、もし緊急事態が発生したとき、ジュゴンを守るのにご協力いただけないでしょうか」

 その依頼に彼は驚いてしまった、と同時に疑った。彼自身の招待客とは言え、一般客でしかない自分を、第六感の根拠だけで信じている船長の考えに疑問を持ったのだ。ただ、疑問はあるものの、船長が真剣にこの依頼をしてきたことは目を見ればわかったし、脅迫者からジュゴンを守ってあげたいと思う気持ちはあった。しかし、それは疑問の答えにはなっていない。

 船長の真剣な視線に耐えられず、視線を移す。エドワールと、ずっと背を向けていたエミリもこちらを見ていて、驚きの表情を浮かべていた。どこの馬の骨かもわからない彼に、大切な預かり物を守ってくれと依頼しているのだから無理もないな、と彼は思う。ただ、エミリは明らかに嫌悪を示し、エドワールはどこか期待を持っているようだった。肝心のジュゴンはというと、先ほどの辛そうな様子はなく、すやすやと平和そのものと言わんばかりに眠っていた。

 ライジは視線を戻し、きっぱりと言った。

「申し訳ないがおれには関係ないな」

 エドワールが肩を落としたのが横目に見えた。


 * * *


 まるで絵に描いたような、青い空に白い雲、沸き立つ白い波に、黒にすら見える深い青の海が広がっている。果てしなく続く水平線は、世界がどこまでも続き、終わることがないような不安を煽っていた。

 あのジュゴンの話は、ライジが断ったことで御破算になった。引き受けようと思えばできた。ただ、自分の身に降りかかった映画のワンシーンのような出来事や、船長の映画じみたセリフ、そして、あの平和なジュゴンの様子を見てしまうと、まるで現実の話だと思えなかった。ライジ自身が生きているのは現実であり、映画ではない。映画のような出来事は懲り懲りだった。

「素敵な景色よね。何かキラキラするものがあるわけじゃないけど、心が透き通るようで」

 その言葉で我に返る。頬杖をついて水平線を眺めていた彼は視線を隣に移すと、赤毛の美人とも言える幼馴染の横顔が目に入った。彼女は水平線を魅入られたように見据え、ライジはそのいつもと違う表情に思わずドキッとした。

 ――何もかも空想ばかりだ。

 朝食後のティータイムという穏やかなひとときがそんな気分にさせているのかもしれないな、とふと思う。旅のトレーナーにとって、それは高貴なひとときだった。それに、船での生活は普段できることができず、できないことができる。クルーズ客船そのものが、日常から引き離す場所であることに気がつくと、気がおかしくなりそうだった。

 こんなときはバトルするに限る、と思うものの、今日の午後にはエキシビジョンがある。だが、船長からイベント前のバトルはしないでくれと頼まれているため、それまでお預けだ。エキシビジョンに参加し、それが終われば新しい地として選んだカントー地方が待っている――そんな一石二鳥の話だったから参加を快諾したものの、それ以外の時間が、まるで非現実の世界だとは全く想定外だった。

 だが、その非現実は幸か不幸か一瞬にして破られた。

「やあ、こんなところで出会うとは奇遇ですね」

 ライジの背筋が凍りついた。一瞬で脳裏によぎる、ブロンドの髪でシャープな眼鏡を掛け、柔和な笑みを浮かべた、彼が嫌いな優男の姿。振り返ると、そのイメージ通りの男が立っていたので、あからさまな嫌悪の表情を浮かべた。

 先に言葉を出したのは向かいの幼馴染だった。

「あら、ジャライさんじゃないですか」

「こんにちは、イイラさん。お元気そうで何よりです。ライジさんも」

「なんでお前がこんなところに……」

 ライジの言葉は長く続かなかった。それを聞いてジャライは微笑み、ライジの感情を逆撫でる。

「それはこちらのセリフですよ。カントーへ行くとは聞いていましたが、まさか同じ船だったとは。もしかして、ライジさんもエキシビジョンに参加されるのですか?」

「も、ってまさかお前も参加するのか?」

「ええ、やはりそうでしたか。こんなにすぐ、ホウエンリーグの決勝進出者同士をバトルさせるなんて、船長さんはなかなかの策士のようですね」

 ライジは立ち上がり、自信たっぷりに言う。

「ふん、こんなに早くお前の泣きっ面を再び拝めるなんて好都合だ。せいぜい無様な負け方をしないようにするんだな」

「自信過剰も相変わらずですね。お言葉はそっくり返しますよ」

 二人の視線がぶつかり合う。

 ジャライは、直近のホウエンリーグ決勝の舞台でライジが戦った相手だった。それ以前から互いにライバルとして認めているが、ライジはいけ好かないと言ってジャライのことが嫌いだった。彼の性格も相まって、あからさまな嫌悪と高圧的な態度を取るが、ジャライが全くそれを気にしないのも、彼の癪に障っていた。

 二人は、ホウエンリーグで二度戦っており、成績は一勝一敗の引き分け。エキシビジョンとは言え、三戦目の対決を公の舞台ですることがわかり、お互い一歩も譲らぬ態度を見せていた。

「あ、あの、ジャライさん、そちらの方は……?」

 緊張感漂う空気をイイラが落ち着かせようと話題を振った。ジャライの後ろには、男が一言も喋らずにぽつりと立っていた。ジャライは、その男をカミヤだと紹介した。

「カミヤです、初めまして。カントーで研究者をしています。ジャライくんから、ライジさんはなかなかの実力をお持ちだと聞いていますよ。ポケモンリーグを夢見る初心者トレーナーたちも、若い君たちがリーグ優勝したと知れば希望を持つでしょう」

 その言葉は小馬鹿にしている響きがあった。ライジはむっとして、「どうも」とだけ言葉を返したが、それに気づかない様子のカミヤは続けた。

「そうだ、ジャライくんにも訊いたのですが、一つライジさんにも質問させてください。この船でジュゴンを見ませんでしたか?」

「へっ?」

 素っ頓狂な声が漏れてしまう。今一番聞きたくない、ジュゴンという言葉がふいに飛び出したことで、彼は動揺してしまった。ジャライが不思議そうに見ているのに気がつくと、取り繕おうとしてより動揺してしまう。

 だが、カミヤはその反応に気づいていないのか、表情を変えずに返答を待っていた。ライジは気を落ち着かせる時間を取ってから、当たり障りなく、「見ていない」とだけ答えた。それに対するカミヤの回答も、「そうですか」だけだった。

 少し余裕ができると、カミヤを疑いの目で見ることができた。この船にジュゴンの関係者はおらず、知っているのは一部の船員だけだったはずだ。だが、この男はただの乗客にしか見えないし、研究者だと名乗った。こいつがジュゴンを狙っている犯人なのかもしれない――。

「実は、私のジュゴンがどこかに行ってしまって探しているんですよ」

 カミヤが言った。考えていることを見透かされたようで、ライジはドキッとした。

「もし、どこかでジュゴンを見かけたら教えて下さい。じゃあ、私はこれで」

「あれ、お茶をされるのではなかったのですか」

 踵を返そうとするカミヤに対してジャライが言った。

「さすがに心配なので、船内放送をかけてもらって探してみます」

 だが、船内放送がかかることは一度もなかった。


 * * *


 ジャライはカミヤについて、この船で知り合った研究者ということ以外は知らなかった。素性は分からないが、この一件を報告しようと船長のところに赴いた。だが、あいにく船長は大事な乗客の接待中で、大事な話だと伝えても取り次いでもらうことはできなかった。

 致し方ない、と判断し、会いたいから連絡が欲しいと伝言を残し、ジュゴンの部屋へと向かった。関係者にならなかった彼は、船長から、ジュゴンの部屋にはもう来るなと言われていた。だが、カミヤという人物が現れたことによって、空想は少しずつ現実に変わろうとしている――気がした。その感覚を確かめたかったのだ。

 ジュゴンの部屋には先客がいた。それは船長の息子のエドワールで、ライジが入ってきたのを見ると驚いた表情を見せた。

「ジュゴンの看病か?」

 エドワールは緊張した面持ちで、「は、はい」と少し震えた声で答えた。警戒している彼をよそにライジはエドワールの側に立ち、鉄格子越しにジュゴンを見る。顔色は悪くないし、辛そうでもない、昨日よりも体調は良いようだ。ただ、ライジのことを警戒しているようで、頬を撫でようと手を伸ばすと体を引いた。

「警戒されてるか。元気そうで何よりだけど」

「今日は特に調子がいいみたい。昨日エミリさんが診てからずっと元気だよ」

 エドワールが手を伸ばすとすんなりと頬を撫でさせてくれる。ジュゴンは微笑み、嬉しそうに鳴く。声をかけると、嬉しそうに返事もする。彼自身も楽しそうで、お互いがお互いのことが好きで、信頼していることが伝わってくると、ライジの頬も綻びた。

「ジュゴンはね、エミリさんにもこんな様子を見せないんだよ。僕がいないと、元気ないときでも診察や注射を嫌がるから大変だって笑いながら言ってるし。だから僕がいつも一緒なんだー!」

「お前に懐いてるんだな。ジュゴンは最近来たんだろ? そんなに早く打ち解けるなんてすごいよ」

 えへへ、とエドワールは嬉しそうに笑う。

「最初は今のライジさんみたいに触らせてくれなかったけど、少しずつ声をかけてあげてたら、触らせてくれるようになったの。それから少しずつ仲良くなったんだ。僕、ずっとこの船の中で暮らしてて、友達になってくれるポケモンがいなかったから、仲良くなれて嬉しいんだ」

「船長のポケモンやエミリさんのリーフィアとは友達じゃないのか?」

「一緒に遊んだりはするけど友達じゃない。パパはお仕事で遊んでくれないし、エミリさんとリーフィアはいつも一緒だから。でも、エミリさんは優しくしてくれるし、いろんなお話してくれるから楽しいよ。あ、そうだ、ライジさんは旅をしてるんだよね? やっぱり、いろんな地方に行ってるの?」

「いや、まだホウエンだけ。もっと強くなるためにこれからカントーを旅するつもりだよ」

「いいなあ。エミリさんから旅をしてたときの話を聞くと、海の生活とは違って、季節ごとに自然の様子が変わるのが綺麗だよ、っていつも言ってるから、見てみたいんだ。それに、旅のお話はいつも面白いから、旅をしたら楽しいんだろうなあっていつも思ってるの」

「楽しいよ。他にも、いろんな人やポケモンと会うと新しい発見もあるし、強いポケモンと戦うときは気持ちが燃えたぎるし、それで勝ったときは嬉しいしな。もちろん、楽しいことばかりじゃないけど、今思えばいい思い出だなと思う時もある。お前も旅に出たらわかるよ」

「僕も旅をしたいんだけど、パパが許してくれなくて……。エミリさんが説得してくれたりするんだけど、パパは絶対ダメ、としか言わないし。理由を聞いてもいつも理由が違うし、どうしてダメなんだろうなあ」

「その……ママさんはなんて言ってるんだ?」

「ママは僕が生まれた時に死んじゃったからいないよ。もしママが説得してくれたら、パパも許してくれたのかな?」

 居心地の悪くなったライジは急いでフォローを入れた。

「でも、今はジュゴンがいるからよかったじゃないか。寂しくないし、旅に出ていないからこそ会えたポケモンだろ」

「うん。でも、ジュゴンも明日にはいなくなっちゃう」

「いなくなる?」

 エドワールは少し俯いてうなずく。楽しそうだった様子も次第に陰っていく。

「明日、カントーに着いたらジュゴンは、治療をしてくれる人たちに引き渡されるの。だから、ジュゴンとは明日でお別れ」

 ライジは船長が言っていたことを思いだした。ジュゴンがここにいる理由は、カントーへ輸送し治療をさせること――。カントーに着けば引き渡され、別れが来る。旅をしたくてもできない彼の大切な支えは、大切な友達は、消えてしまう。

 ジュゴンが心配そうに鳴いた。彼の気持ちを察したのかジュゴンは寄り添おうとしており、そんなジュゴンの頬に彼は手を添えた。

「どうしようもないことはわかってる。でも、そうなっちゃうなら、僕は笑って元気なジュゴンとお別れをしたいんだ」

 ライジははっとして、エドワールを見た。エドワールも、驚いているライジの目をしっかりと見据えた。そして、はっきりと言う。

「だから、ライジさんにお願いがあります。パパが言っていた、ジュゴンを守ってあげるという話に協力してもらえませんか」

 その目は同じことを依頼した船長と同じ真っ直ぐで真剣な目だった。

 もしかしたら、現実に戻っているかもしれない――そう思ってライジはこの場所にきた。だが、実際は空想に拍車をかけた平和そのもので、どこか遠い出来事のような感覚は消えていなかった。にもかかわらず、ライジの決意はぐらついていた。

 旅をしていれば仲良くなったポケモンもいるし、別れることになったポケモンもいる。その別れが幸せなものもあれば後味の悪いものもあり、辟易することだってある。だからこそ、一緒にいられる時間を大切にし、もし別れが来た時もお互いが前に進めるものにしたい、と旅の中で学び、思うようになった。

 だが、そのことを彼はすでに知っているんだ、とライジは思った。ジュゴンと共有した短い時間を、楽しい大切な思い出として心に刻む。そうしていつまでも、この時間を忘れないようにしたいんだ――。

 ライジはため息をついた。

「お前には負けたよ。わかった、お前とジュゴンが少しでも長く笑ってられるように力を貸すよ」

 エドワールの真剣な表情が綻ぶ。彼は、「ありがとうございます!」と元気よくお辞儀をし、再び見せた顔は、一緒に頬を綻ばしてしまう程の最高の笑顔だった。

 その喜びも束の間、誰かが廊下を走っている音が聞こえた。かと思うと、扉が軋むひどい音と、バタンッという痛烈な音が室内に鳴り響いた。思わず身をすくめ耳を塞いだ彼らは、黒いかばんを持ち、閉まった扉を背にして息を切らせているエミリの姿を見た。彼女は呼吸を整えながら後ろ手で鍵をかけ、顔を上げた。そこにライジとエドワールがいることに気がつくと、僅かだが驚きの表情を浮かべた。

「どうしたの、エミリさん。なんか辛そうだけど」

「ライジさん、あなたジュゴンのことを他言しましたね」

 エドワールが最初に彼女に声をかけた。しかし、彼女はその言葉を無視し、ライジを睨みつけて怒りの声で言い放った。

「おれは誰にも話してなんかいない」

「嘘を言わないで! さっき上でカミヤって言う研究者があなたから聞いたって言ったんだから」

 ――カミヤ。

 ライジの脳裏に数時間前のことが一瞬で蘇る。思いあたるのは、ジュゴンのことを訊かれた時の動揺しかない。気づいていない素振りだったのに、見抜ぬかれていたのかと思うと、すっとぼけた態度に腹が立ってきた。あの時完全に把握されたとわかっていれば、船長にもっと強く会いたいと言ったのに――と思うがもう手遅れだった。

「くそっ、誰にも話しちゃいねえけど、ジュゴンのことを訊かれて動揺したのを見透かされたかもしれない」

「やっぱりあなたのせいじゃない!」

 そのとき、扉がコンコンと音を立てた。扉を背にしていたエミリは、驚き飛び退いた。

「エミリさん、出てきていただけませんか。ジュゴンを見せていただけるだけでいいんです」

 カミヤの声だった。エミリはライジに詰め寄り、「あなたのせいでこうなったんだから、あなたが始末をつけて」と言い放った。

 エミリの言い方にイラッとする。だが、こうなってしまったのは自分のせいであり、何よりエドワールとの約束があった。その約束を果たすときは今しかないと決心した。

 カミヤの呼びかけは続いていたが誰も返事をしなかった。ライジは静かに手持ちのバシャーモを召喚し、ブレイズキックがすぐ出せるように体制を整えさせる。そして、わざと音を立てて扉の鍵を開け、そのままにした。

 少しの間があった。

「開けていただけないのですか? それなら、こちらから入らせていただきますよ」

 やはり誰も返事をしない。すると、ドアノブがゆっくりと回り、扉が軋み始めた。

 あとの要領はライジにとってほぼデジャブだった。扉を開けたカミヤの首元にバシャーモのブレイズキックを突きつけ、「動くな!」と叫ぶ。両手を上げさせ、ゆっくりと後ろに下がれと命令し、壁に背をつけさせた。唯一違ったのは、カミヤがこの状況に驚いておらず、冷静だったことだった。

 カミヤは言った。

「随分手荒な歓迎ですね。まあいいでしょう、ライジさんもいらっしゃるなら話は早い。ジュゴンがこの中にいるなら見せてもらえますか」

「お前はこの状況がわかんねえのか?」

「わかってますよ。これぐらいのことは想定していましたから、状況理解は難しくありません」

「ジュゴンは渡さない!」

 エドワールが叫んだ。ライジの横に並んだ彼の声も体も少し震えていた。

 ライジは一歩前に出て言った。

「なぜジュゴンを狙っている? 船長になぜあんな手紙を出した?」

「何をおっしゃっているんですか? 私はジュゴンを見せて欲しいと申し上げているだけです。狙っているわけではありませんし、船長に手紙を書いたりしていません」

「しらばっくれるな!」

 ライジが怒号を飛ばし掴みかかろうとした時、室内からドンッという大きな音が聞こえた。

 場が一瞬凍った。だが続けて、ガンッガンッ、という音が聞こえ、エドワールが真っ先に室内を覗き込んだ。すると、一瞬で青ざめて、「エミリさん!」と叫び、室内に姿を消した。ライジはバシャーモに動くな、と指示をして後を追うと、ジュゴンが鉄格子を尻尾で叩き壊そうとしている光景が目に飛び込んできた。

 その後ろにエミリがいた。壁を背にして倒れ、背後には赤い液体が流れている。

「ジュゴンやめて!」

 鉄格子の前でエドワールが叫ぶ。すると、ジュゴンの動きが止まり、ゆっくりと彼の姿を捉える。収まったのか――と思ったが、ジュゴンの角が光り始めたのを認めたライジは、彼に駆け寄り、ギリギリの瞬間で放たれたオーロラビームをかわした。さらにオーロラビームを放つ体勢に入ったジュゴンを見て、バシャーモに大声でブレイズキックの指示を飛ばす。

 扉付近にいたバシャーモはさっと身を動かし、ライジたちに向けて放たれたオーロラビームをブレイズキックで蹴り飛ばす。バシャーモは続けて鉄格子にブレイズキックをして破壊すると、ジュゴンにも攻撃するが、アクアテールでそれを防がれてしまう。

 数分前まで落ち着いていたのに、こんなに急変するのはおかしかった。しかし、理由はなんであれ、怒りに身を任せている様子のジュゴンをこのままにしておくわけにはいかない。それに、怪我をしているエミリの救出も必要だ。エドワールがいるものの、場を収めるしかないとライジは判断した。

 スカイアッパーがジュゴンに直撃する。だが、こうかはばつぐんなものの、天井が低いこの部屋では力がセーブされ、威力が上がらない。それどころか、アクアテールで反撃を受け、壁まで吹き飛ばされてしまう。バシャーモがそのまま崩れてしまうと、ジュゴンは角を回転させ始めて走りだした。

「つのドリルだ! ジュゴンを止めろ!」

 叫び声が響いた。しかし、バシャーモは動ける様子ではなかった。他のポケモンも間に合わない。彼は唇を噛み締めながら、バシャーモをボールに回収した。それ以外、手段がなかったのだ。

 矛先を失ったジュゴンは、そのままバシャーモがいた壁につのドリルをぶつけてしまう。だが、ドリルの回転は止まらなかった。壁が敵だと言わんばかりに掘削し始めたのだ。

 耳障りな甲高い音が頭を揺らし、思わず彼らは耳をふさぐ。その間にもジュゴンは掘削を続けていた。止めなければ、と思うものの、あまりの音に手を離すことを体が拒絶していて動けない。

 そのとき、甲高い音に鈍い音が混じった。それとともに甲高い音は鳴り止み、ジュゴンの姿が一瞬にして消えた。

 室内は静けさを取り戻した。だが、それをまるであざ笑うかのように風が吹き込み、その場にいた全員が慌てて動き出す。

 ジュゴンがいた場所に大きな穴ができていた。そこから、場違いな太陽の力強い日差しや明るい空が見えた。ライジとカミヤはジュゴンによって開けられた穴を覗き込むが、下に見えるのは白い波だけでジュゴンの姿はなかった。

「じゅ、ジュゴンは……ジュゴンはどうなったの……?」

 エドワールの虚しい声がする。誰もそれに答えなかった。

 ライジは倒れているエミリの側に寄る。エミリは出血していて、周りに血が溜まっていた。

「おい、一体何があった?」

「こんな……はず、じゃ……なかっ……た……」

 息も絶え絶えに囁く声だった。

「おい、しっかりしろ! 何があったんだ。あんなに落ち着いてたジュゴンが急に暴れるはずはないんだ!」

「この船……から出して……あげたかっ……た……だ……けなのに……」

 エミリに迫ろうとするライジをカミヤが止めて押しのけた。彼は袖を破り、エミリの出血箇所にそれを巻きながら言った。

「彼女は怪我をしていますので、あまり質問しないほうが懸命です。ドクターを呼んで診てもらったほうがいいでしょう。それよりも、ライジさんはジュゴンの回収をしないといけません」

「ジュゴンを回収って、海に落ちたんだぞ? 回収なんてできるわけないだろ。それとも、海の中を探し回れっていうのか」

「その必要はありません。海上に出て数分待てば、向こうからやって来ます。そこを回収すればいいのです」

 一瞬ライジはポカンとしてしまった。

「何言ってんだお前? そんなバカなことあるかよ」

「理論上は難しくありませんよ。船は潮の流れに沿って進み、ポケモンたちもそのように泳ぐ習性があります。そのため、海に落ちたジュゴンもおそらくそうするでしょう。この船の速度には勝てませんから、後ろを泳いでいると仮定すれば待つだけで向こうからやってきます」

「そんなの反対方向に泳がれたら終わりだし、例え後ろを泳いでいてもここに来るとは限らないだろ」

「ええ、おっしゃるとおりです。さらに言うと、確認できない範囲で泳がれても見つかりませんし、たとえ近くを泳いでいても海中だと発見は難しいでしょうね。ただ、これ以外にこの広大な海からジュゴンを見つける方法を私は思いつきません。ライジさんにはありますか?」

 カミヤの言っていることは理解できた。だが、不完全な理論以前に、広大な海から一匹のポケモンを探しだすことは不可能としか考えられなかった。もし仮にその理論を実践するにしても、あまりに危険な内容で、ジュゴンを見つけるどころか自分がお陀仏になってしまう可能性が高い。しかも、それを提案しているのは、ジュゴンを狙っている男で信用に足る内容ではない。

 ふと、ライジの袖が引っ張られた。それはエドワールで、力強く真っ直ぐな目をライジに向けていた。あの約束の時と同じ、真っ直ぐで真剣な目。その目は、彼が思っていることすべてを否定していた。ジュゴンを回収する方法があるならそれをやろう、僕はジュゴンを助けたいんだ――そう訴えかけていた。

 ふと、数分前のことが蘇った。笑っていたエドワールとジュゴン。楽しそうなエドワールとジュゴン。だが、もうそれを見ることは叶わない。――それを守るためにジュゴンを守るという約束をしたというのに。

 危険なのはわかっている。だが、それではあの約束は何だったのか。あの時の自分の決心は欺瞞だったというのか――。

 ライジはカミヤに真剣な表情で向き直った。そして、はっきりと言った。

「わかった。ジュゴンを取り戻せるならそれに従う。ただし、妙なことをしたらぶっ飛ばしてやるから覚悟しとけ」

 その発言にカミヤは笑みをこぼした。

「あなたは面白い人だ。探すなら、広い範囲を見れる空からが最善です。それと、みずタイプのポケモンがいるなら、海に投じておくといいでしょう。狭い範囲ですが、海底を泳いでいる場合に見逃しにくくなりますので。私はエミリさんの治療のためにドクターを呼んできます。お気をつけて」

 ライジが頷くとカミヤは出て行った。

 絵に描いたような海の様子は変わっていなかった。だが、果てしない水平線がやはり不安を煽る。海の上に飛び立てば四方八方を水平線に囲まれ、自分がどこにいるのか全くわからなくなるだろう。そう考えただけでも身震いしてしまう。果てしない水平線はライジを飲み込むのを待ちわびているようだった。

 エドワールを見る。真っ直ぐな視線を海に向けているが、手には握りこぶしを作り、ライジ同様少し身震いしていた。何年も海の上で過ごした彼は、これから行うことが危険なことであることを理解しているのだろうか。

 ライジはフライゴンを召喚し、背中に乗る。それを見たエドワールも、ライジに掴まりフライゴンに乗った。

「僕も行きます。ジュゴンは僕の大切なポケモンだから」

 エドワールの声は真っ直ぐだった。そして、目も。

 あらゆる危険に立ち向かうことになる。カミヤのいうことが嘘だったら。ジュゴンを見つけることができなかったら。フライゴンが倒されたら――。

 だが、そんなことを言ってもエドワールが受け入れないことはわかっていた。大切な友達を助けることだけを考えているのがわかっていたから。

「しっかり捕まってろ。大丈夫だ、必ずジュゴンは連れ戻す」

 フライゴンは大きな羽を羽ばたかせ、狭いその穴からゆっくりと大海に飛び出した。


 * * *


 船はみるみる遠くなっていき、次第に周囲には自分たちしかいなくなる。一瞬身震いするが、ライジはカミヤに言われたとおり、トドゼルガを海に召喚した。フライゴンは上昇させ、広い範囲が見られるようにした。海上の風は穏やかで突風に煽られる心配はない。ただ、照りつける太陽の光が暑く眩しい。

 ライジたちはゆっくりと周りを旋回し、海中に目を光らせる。

 海は、空から海底を確認できるぐらいに透き通っていた。泳いでいるチョンチーやランターンの群れ、メノクラゲやマンタイン等の姿も確認することができるため、これなら、白いジュゴンを探し出すことができそうだった。

 だが、何分待ってもジュゴンは見つからなかった。次第に見落としたのではないかと焦り始める。流れる汗にも気がつかないぐらいに、懸命に周囲を見渡す。それらしいものは詳細を確認し、違うとわかればすぐに別の場所を探す。

 ――見つからないなんて認めるわけにはいかない。必ず探しださなきゃ意味がない。

「ライジさん、あそこなんだろう?」

 エドワールが後方を指差した。そこには最初何も認められなかったが、一瞬確かに何かが光った。だが、それはすぐに消え、何もなくなった。

 ライジはすぐにフライゴンを旋回させ、その光った場所へと向かわせる。チョンチーやランターンの光かもしれないとは承知していた。しかし、何も手がかりのない今、その光は唯一の希望だった。

 エドワールの握る力が強くなる。ライジもエドワールも必死だった。カミヤの言った数分は既に経過していた。大切なジュゴンを見つけ出すことに失敗するなんて認めたくなかった、いや、認めるわけにはいかなかった。

 そのとき、再び何かが光った。そして、ライジはその正体を真っ先に捉え、叫んだ。

「でかしたぞ、エドワール! ジュゴンが見つかった!」

 ジュゴンは水面付近をふらふらしながらゆっくりと泳いでいた。体調が万全でない状態で暴れまわり、長い時間泳いでいれば、疲れ果てても無理はない。だが、それは早めに回収しなければ、ジュゴンの生死に関わることかもしれなかった。

 ライジはフライゴンをジュゴンと並走させ、そう遠くないところにいるトドゼルガを呼び戻す。その間に、ライジはエドワールにフライゴンに乗って待機してろ、と指示をした。

「ジュゴンはおれが捕まえてくる。お前はここで待ってろ」

「そんなの嫌だよ! 僕も一緒に行く!」

「お前はここで大事な仕事がある」

 ライジはエドワールにモンスターボールを差し出した。

「ジュゴンがこの場を逃げ出そうとしたり、自分の身が危険だと思ったら、フライゴンで追跡して捕まえろ。いま逃したらもう見つけられないかもしれない。預かり物のジュゴンだろうと、ここで確実に回収しなきゃいけないんだ」

 エドワールは大きく横に首を振った。

「これは今、お前にしかできないことだ。ジュゴンを助けるための最後の切り札なんだよ、お前は」

 エドワールはライジの顔を見た。ライジは真剣だった。本気でジュゴンを捕まえる覚悟ができていた。それを悟ったのか彼はモンスターボールに視線を移した。このモンスターボールはジュゴンを取り戻す最後の砦。そして、彼はその番人になるのだ。

 彼はモンスターボールを手に取った。

「わかった。ジュゴンは必ず連れて帰ります」

 真剣な眼差しで答えたエドワールに、ライジは、にっと笑って頭をわしわしした。

 トドゼルガは既に近くに待機していた。ライジはフライゴンに一言残し、エドワールと頷き合って海へと飛び降りた。

 本当なら空から攻撃することが最善だった。だが、あいにくフライゴンが覚えているのは物理技のみで、他のポケモンを召喚できる場所もない。ライジの息継ぎや、ジュゴンのホームグラウンドという圧倒的な不利な海中戦で、早期に決着をつけるしかなかった。

 ライジは大きく息を吸い込み、トドゼルガとともにダイブする。

 ジュゴンはまだライジたちに気がついていなかった。トドゼルガは静かに接近し、不意打ちのアイアンテールでジュゴンを叩きつける体勢に入った。だが、ジュゴンがトドゼルガたちに気がつき、オーロラビームを放って接近を阻止しようと試みた。トドゼルガはオーロラビームを物ともせず突き進み、アイアンテールをジュゴンに叩き込んだ。

 ジュゴンは海底へと沈んでいく。追い打ちをかけるように、みずのはどうを打ち込むが、体勢を崩しながらもアクアテールでトドゼルガに打ち返された。トドゼルガはその攻撃をかわすことができず、さらに続けて放たれたオーロラビームも受けてしまう。

 トドゼルガはジュゴンに接近しながら、れいとうビームを放つ。ジュゴンはそれをかわし、オーロラビームを放ってくると、オーロラビームとれいとうビームがぶつかり合う。その間にトドゼルガはジュゴンへと接近を続ける。やがて、境界線上には氷が形成され始め、それぞれの攻撃が無力化された。トドゼルガは、その氷を素早く砕き、ジュゴンにアイアンテールを打ち込んだ。

 ジュゴンは体制を崩した。とどめを刺すため、アイアンテールをさらに打ち込もうとした時、ジュゴンはオーロラビームで反撃をした。

 その時だった。それがライジの頬をかすめたのは。

 ライジの口から空気が漏れた。さらに海水が口内に入り込み、急激に息苦しくなる。たまらずトドゼルガに上昇の指示を出し、海面へ向かわせる。

 その彼らをジュゴンは角を回転させながら、敵意を持った目で追ってきていた。ライジは思わず身震いし急ぐように指示を出すが、差は急速に縮まり、すぐそこまで迫ってきていた。海面はもうすぐそこだった。

 そのとき、一つの黒い影が視線に映った。と、思うとそれはすぐ彼の側を通り過ぎた。反射的に振り返る。それはエドワールだった。ジュゴンはもうすぐそこまで迫っていた。エドワールを見ても変わらない角の回転と敵意。ライジは、「やめろ!」と叫ぶが声にならない。

 どうすることもできない虚無感。映るその光景はゆっくりと進行した。敵意を持つジュゴンと向かい合ったエドワールは、右手を振り上げ、そして、振り下ろした。

 ――まばゆい光が周りを包み込んだ。

「ぶはっ! げほっげほっ」

 その瞬間、ライジは海面に顔を出した。途端に、何度も咳き込み、何度も大きく呼吸をした。トドゼルガとフライゴンが彼を心配そうに見ているが、それに気がつかないぐらい何度も何度も。

 彼が多少落ち着くと、海面にエドワールも顔を出した。息はあがっているが慌てている様子はなく、落ち着いているようだった。

「大丈夫ですか、ライジさん」

「大丈夫だ。お前は大丈夫か? ジュゴンはどうした?」

「僕もジュゴンも無事だよ」

 そう言ってエドワールは笑みをこぼした。そして、彼はモンスターボールを彼の前に差し出した。

 中にはジュゴンが入っていた。


 * * *


 彼らがジュゴンの部屋に戻ると、カミヤと船長が待っていた。カミヤは平然とした様子で、船長はこのときを待ちわびていたような大げさな様子で彼らを迎え入れた。

「おお、エドワールにライジさん、無事で何よりです。さあ、これを羽織ってください」

 船長はそう言って毛布を二人に手渡し、それを羽織らせた。

「それで首尾はいかがでしたか?」

 カミヤがそう言うと、ライジはエドワールに目配せをする。エドワールはにっと笑うと、ポケットからモンスターボールを取り出し勝ち誇ったように言った。

「ジュゴンはこのボールで捕まえたよ!」

 場が静まり、船長は目を丸くした。一方、カミヤは表情一つ変えず、そのボールを手に取った。その様子にライジははっとした。急いでカミヤからボールを奪い返そうと動いたが、それより先に彼はモンスターボールからジュゴンを召喚してしまった。

 召喚されたジュゴンはぐったりとその場に倒れこんだ。点在する赤い傷跡が痛々しいジュゴンに、カミヤは素早く寄り添い、放置されていたエミリの鞄から何かを取り出す。ライジはその動きを止めるため、糾弾するような声で叫ぶ。

「何してやがる、ジュゴンから離れろ」

「何ってジュゴンの手当てです。見ればわかるでしょう、このままでは危険な状態です」

 カミヤは動きを止めず、背を向けたまま言った。

「それはエミリにやらせればいい。お前がやる必要はない」

「残念ながらエミリさんはな――」

「エミリは怪我をしています。ジュゴンの手当てができる状態ではありません」

 船長が焦った様子で割って入った。そのカミヤを擁護する態度に、ライジの表情が険しくなる。

「船長、こいつは例の手紙を出したやつだぞ。ジュゴンのことを知っていたんだ、そんなやつに手当てをさせたらどうなるかわかんねえぞ」

「その件は既に解決済みです。手紙を出したのはカミヤさんではありません。カミヤさん、ジュゴンの手当てを進めてください」

 カミヤは頷くと、やはり背を向けたまま言った。

「あなたはこう思っていたのでしょう? この船にジュゴンがいることは船員しか知らないはずなのに、船員でない私が知っていたから怪しいと。しかし、手紙の送り主は、その時点で既にジュゴンがいることを知っていたわけですから、それが私ならジュゴンのことを訊いて回ったりしませんよ」

「じゃあ、なぜジュゴンがいることを知っていた?」

「知っていたわけではなく、ただの推測でした。だから、訊いて回っていたんですよ。あなたのおかげで確信を得られましたけどね」

 自分のミスに触れられライジはむっとした。

「そんなの答えになってない。おかしいだろ、この船にジュゴンがいると推測できるなんて」

「それほど難しいことではありませんよ。ジュゴンについては、カントーへ輸送を検討しているというところまで報道されていました。その後の情報はありませんでしたが、みずタイプのジュゴンをカントーに輸送するなら、空輸より船便のほうが良いと考えたんです。その上で、容体がよくないならば早めに輸送するだろうと思って、直近でカントーに行く船を調べたら、この船しかなかったんですよ」

「なんでそこまでしてジュゴンを探しだす必要がある? ジュゴンと関係でもない限りそこまでする必要ないだろ」

「ちょうどカントーに帰るところでしたし、ジュゴンの容体が悪いなら、もし何かあったときに役立てると思いましてね。実際は優秀な船医がいらっしゃったので必要なかったようですが、今、こうしてお役に立てているので、結果オーライというところでしょうか」

「一体、お前は何者だ?」

「私はカントーにある、世界有数の研究機関であるオーキド名誉研究所の研究員です。研究者ということは申し上げましたよね?」

 カミヤは立ち上がって振り返る。ジュゴンの赤くなっていた傷は落ち着いており、ところどころに包帯や絆創膏が貼られていた。ジュゴンの表情は穏やかになり、ライジが初めて会ったときの落ち着きを取り戻していた。

「治療は終わりです。あとはゆっくり休ませてあげればよくなるでしょう」

 カミヤはジュゴンをモンスターボールに戻すと、エドワールに手渡した。エドワールは大きく頷き、「ありがとう!」と嬉しそうに答えた。

「この度はいろいろありがとうございました。お客様にこれほどご迷惑をおかけするなんて、船長としては失格ですね」

 船長が言った。彼の表情はとても落ち込んでいるようだ。

「いや、そんなことないよ。何よりジュゴンが無事でよかった」

「これから大変だと思いますがお体にお気をつけて。エドワールくんを大切にしてあげてください」

 ライジとカミヤが答えた。船長は、「ありがとうございます」と言って頭を下げた。

「到着までもう少し時間があります。こんなことになり、私が申し上げるのもおかしいかもしれませんが、カントーに到着するまでの残りの間はごゆっくりと船旅をお楽しみいただければと思います」

 船長は深々と頭を下げた。それを見たエドワールも慌てて頭を下げる。そして、エドワールはライジたちに手を振りながら、船長とジュゴンが入ったボールとともに部屋を辞去した。

 沈黙が場を支配した。穴から吹き抜ける風は冷たく、外は夕暮れだった。

 この二十四時間、いろいろなことがあった。それを思い返すと、すべて現実として体験してきたのに、やはり空想だったのではないかと思う。だが、それはやはり現実だった。ライジにはまだそれらの出来事の中に残る、煮え切らないものがあった。そうそれは――。

「あなたはまだ疑問を持っていらっしゃいますね?」

 カミヤが沈黙を破った。ライジはドキッと体を震わせ、何度目かになる彼の思考を読み取ったかのような発言に不快感を示す。だが、そのことには触れずに言う。

「ああ。どうして、ジュゴンがあんなに暴れたのかがわかってないからな」

「ジュゴンが暴れた理由はおそらくこれです」

 カミヤはポケットから注射器を取り出した。その注射器の針は途中で折れ曲がっていた。ライジがそれを確認したのを見ると、カミヤは続けて折れた針の先を取り出した。

「この注射器は、ライジさんがジュゴンを回収しに行った後、ここで見つけました。この折れた針は、先程、治療をしているときに、ジュゴンの傷口に刺さっているのを見つけました。おそらく、注射中に何らかの原因で折れてしまい、その痛みで我を忘れて暴れたんだと思います。この針は太いから相当痛かったんでしょう」

 でも、なんでそんなものが――。そう思った時、はっとした。それをできる人間はただ一人しかいなかった。あの時、カミヤと対面していたのはライジとエドワール。その間、室内にはエミリだけが残っていた。そして、次にエミリを見たのはジュゴンが暴れだした後だ。

「もっとも彼女がジュゴンに注射をしてどうしようとしていたのかはわかりません」

 カミヤが言った。

「ただ、ジュゴンが暴れて自分自身が怪我を負うのは想定外だったと思います。彼女の本当の目的はジュゴンを盗み出すことだったようですから」

「どういうことだ? まさか、あの手紙を出したのもエミリだっていうのか?」

「そうです。条件は合っているでしょう? それに、ドクターに診てもらう前に本人から訊き出しましたので間違いありません」

 ライジは怒りがこみ上げてきた。彼女はエドワールがジュゴンと笑い合っていることを知っていたはずだ。エドワールとジュゴンの仲がよいことも知っていたはずだ。それなのに、その二人の仲を引き裂こうとした彼女の行動が許せなかった。

「エミリはどこにいる? 一発ぶん殴ってやらなきゃ気が済まねえよ、そんなことやろうとしてたなんて」

「それはできない相談ですね。エミリさんは亡くなりました」

 一瞬、言葉が理解できなかった。エミリが、死んだ?

「死んだ……?」

「ええ、負傷した傷が原因で。打ちどころが悪かったようです」

 信じられるはずがなかった。これは空想だと信じたかった。エドワールがどんな辛い思いをしたのか知らないまま、死んで幕引きなんて許せるはずがない。せめて説明ぐらいしてもらわなければ報われない――。

 だが、これはどうしようもない現実だった。

「船長もこれから大変でしょうね。船員が亡くなり、預かっていたジュゴンは回収したとはいえ脱走。しかも、それの手引をしたのが船員ともなれば、失脚は免れないでしょう。もっとも、ジュゴンが亡くなっていたら、より酷かったかもしれませんが」

 そのときライジはふと思った。失脚すれば当然船長ではなくなる。そうなったら、エドワールと船長はどうなるのだろう? 長年過ごしてきた海の上の生活が終わり、陸地での生活が余儀なくされるのだろうか。

 もしそうなるなら、皮肉なことにエドワールの願いが一つ叶い、夢に一歩近づくことになる。四季の中で自然を感じながら生活し、旅をするという夢が――。


 * * *


 鉄格子という障壁がなくなり、エドワールとジュゴンの関係は回復どころか更に良好になっていた。一日の間にジュゴンの傷は良くなり、元気を取り戻していた。ジュゴンは嬉しそうにエドワールに頬ずりをしたり、ボールを使って遊んだり、とても楽しそうだった。

 だが、その様子は気丈に振る舞っているだけだった。無理もない。彼に面白く楽しい話をしていたエミリはもういない。彼が楽しみにしていたエキシビジョンマッチも事情が事情だけに中止になった。そして、もう数時間もすればジュゴンとのお別れの時間がやってくる。それらは彼が背負うにはあまりに大きすぎた。

 それでも彼は負けなかった。元気なジュゴンと笑いながらお別れをしたい、という願いを叶えるために。

 室内に扉を開くときの軋む音が鳴り響いた。入ってきたのはカミヤだった。

 カミヤは真っ直ぐエドワールのところに向かい、しゃがみこんだ。

「エドワールくんに朗報です。今ほどわかったのですが、ジュゴンの輸送先はオーキド名誉研究所だそうです」

「それってお前が所属してる研究所じゃなかったか」

 後ろからライジが言うと、カミヤは頷いた。

「そこで約束を一つ取り付けました。ジュゴンの容体回復と調査が終わったら、ジュゴンをエドワールくんに渡すという約束をね」

 ライジもエドワールも、「えっ」と驚きの声を漏らした。

「ジュゴンを捕まえたのはエドワールくんですから。ただ、少し時間はかかるかもしれませんが……」

 エドワールは首を横に大きく振った。

「ううん、僕、嬉しいよ! ありがとう!」

 エドワールは嬉しそうにジュゴンを見ると、ジュゴンと一緒に笑いあった。

 ふと、室内に潮風が吹き抜けた。それはライジの知らない新しい風だった。外を見れば遠くに大地が見え、既にカントー地方に来ていることを知った。

 これから新しい旅が始まる。楽しいことも辛いことも、出会いも別れもたくさんあるだろう。けれども、それが旅であり、自分の物語となっていく。

 さあ、新しい物語を始めよう。


*あとがき

 最後までお読みいただきありがとうございます。

 本作品は、ポケモン小説スクエア十周年記念同人誌に掲載した作品です。

 本作品の主人公であるライジは、拙作シリーズ「ANDシリーズ」に登場するキャラクタです。本作は「沼と砂」と「熱と冷」に続く三作品目となります。作中に登場するイイラとジャライもシリーズのレギュラーキャラクタで、ワンポイントではありましたが、本作に登場させました。

 ANDシリーズの作品は、ポケモン小説スクエアのそれぞれ二周年および三周年のときの記念小説であり、本作も十周年記念同人誌に掲載ということでこのシリーズで制作しました。四周年は別キャラクタで、五周年以降はそもそも記念小説を書いていませんでしたので、約七年ぶりの再登板となります。

 もともと二〇十二年頃から三作品目の構想はあり、ホウエンからカントーに移動する船上を舞台にしたいと考えていました。ただ、当時は既に小説を書くことから離れており、かつ、船上という限られた環境で何かを起こすという物語を構想することもできませんでした。漠然としたものはあったので、今回の掲載にあたり彼を再登場させたかったので、なんとか構築することができました。

 構想は相当な時間がかかり、同人誌企画がスタートした八月半ば頃から展開を考えていましたが、実際に構想が固まったのは九月終わり。その間に平行して別作品を執筆していたので、かかりっきりだったわけではありませんが、二〇十五年に書いた「Pull up」や「Story - The Five Tails -」は、とある一つのことから展開を膨らませ、構想自体は一、二週間程度なので、とても時間がかかっています。

 さて、そんな本作ですが、もともとしたかったとおり船上での話に仕上がりました。登場する客船「ディジエーム号」のディジエームは、フランス語のdixièmeから来ており、英語で言えばtenthを表すそうで、十周年記念ということもあり仕込みました。実際の船のイメージは、日本最大のクルーズ客船の飛鳥IIを多分に参考させていただいております。

 もともとのテーマはジュゴンを取り巻く環境でした。実在する「ジュゴン」はレッドリスト入りしており、絶滅危惧種です。これはジュゴンが偏食家で、かつ、エサ場の減少や乱獲によってなったらしいのですが、特に前者は埋立て等で減っていたりするそうで、二〇十五年に広く取り沙汰された辺野古に基地移転する話の影で、ジュゴンの餌場が埋め立てられていたとか。そんなところから着想を得て執筆しました。

 最終的にそのテーマをクローズアップすることはできませんでしたが、貴重な価値のあるジュゴンと仲を深めているエドワールくんとの関係を中心に物語を展開しました。実はANDシリーズではこのようなもの用いており、それを意識したのもあります。本作でフライゴンが登場したのは個人的に感慨深いところがあります。

 ちなみに、気づいたら、ANDシリーズ全作品で「手紙」というものが登場し、ライジが振り回されるという展開になっているのですが、全く仕様ではありません(笑)少なくとも本作に関しては、気づいたら手紙が登場してまして……いやはや自分でも驚きました。もうこのシリーズは手紙で成り立つというお約束ができてしまった気がしますが、はて、全二部作だったのに三作品目が出てきたのでどうなることやら……。もし何かの機会があればまた。

 最後に、同人誌掲載作品ですが、「発刊後一年を経過後は掲載してもよい」というルールで発刊いたしましたので、この度、Webに公開をさせていただきました。当時、同人誌をお手にとってお読みいただいた方、本当にありがとうございました。本当によい経験をさせていただきました。

あとがき:二〇十五年十二月三十日

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