この小説は20%程ノンフィクションを含んでいます。
「ただいまー」
疲労感を帯びた声が静まり返った家の中に響き、一家の主がかえってきたことを伝える。
だが、それに対する出迎えや言葉はなく、また静寂へと戻っていく。
玄関に置かれたアンティーク調の時計は、深夜1時をまわろうとしていた。
「……ま、こんな時間じゃみんな寝てるか」
ただいま、と声を発した男は独り言のようにそう呟き、返答がないことなど意にも介さず家に上がり、慣れた手つきで着替え、就寝スタイルへと姿を変える。
着替えている傍ら、静かに寝息を立てている女性の姿に目をやった。
布団も被らずに横たわっていてスマートフォンの画面がつきっぱなしになっているあたり、つい先程まで起きていたのだろう。
男は、やれやれ……といわんばかりの表情でスマートフォンをクレードルへと置き、幸せそうな顔で眠っている彼女に毛布を掛けた。
いつもごめんなと、語りかけながら。
……企業戦士とは過酷なものである。
家庭を支えるために家族の時間を犠牲にして馬車馬のように働く。
会社のため上司のため、他人の顔色を常に伺いながらただ無心に業務を遂行する。
小さい頃は誰でもヒーローに、主人公になれるものだと信じていた。
だが、そうなれるのは社会の中でもごく一部の存在のみ。ほとんどの人間は、そんなヒーローを中心に形成される構成員に過ぎない。
いわば、【主人公に勝負をしかけて負けるどこにでもいる一般ポケモントレーナー】のようなもの……
男もかつては夢を持ち、それに向かって走り続けてきた。
必要な勉強もして、経験も積んだ。
だが、そんな彼を待ち受けていたのはあまりにも大きすぎる壁として立ちはだかる現実であった。
超学歴社会、終身雇用制度の消滅、ブラック企業………挙げてみれば枚挙に暇がない。
彼の社会的地位は決して低くはないがかといってまわりと比べて突出しているわけでもない。
詰まるところ極めて平均的なところに位置している。だがこの場合の【平均的】とは必ずしも評価されるわけではない。安定したポストが用意されているわけでもなく、かといって下克上したいと思うほどの野心もない。
真面目な性格もあってすんなりと就職は決まったが、多忙でかつただ指示された仕事を繰り返す日々に、自分の夢を語る場所など存在するはずもなかった。
んぐんぐぐっ……ぷはぁッ……
「あー、仕事終わりのビールは本当に旨いや」
作り置きしてくれていた夕食を頬張り、それを缶ビールで流し込む。
この時間だけは神経を張り詰めなくても全く問題ない、一時の快楽だ。
その後、気分転換にどうかと同僚に押し付けられた新刊本を読みふけってると、かすかに何かの音がするのが男の耳に入ってきた。
はじめはプレーヤーの電源が入りっぱなしでイヤホンが音漏れしているのかと思い鞄のなかを確認する。
…………電源は切れていた。発信源はここではないようだ。
ではどこから?男は耳を澄ます。
「はは~ん、なるほど。」
男はやはり、やれやれといった顔つきで呟きながらおもむろに立ち上がり、音のする方向へと歩を進める。
シャカシャカとこもった、新しいながらもどこかノスタルジーを感じさせる電子音……
彼はその音のなる部屋の前へ立ち止まり、そしてそのドアを勢いよく開けた。
部屋の主はドアの開閉音と視界に入ってくる廊下の明りに分かりやすく驚き、何かを勢いよくパタンと閉じて布団をぶちまけ、ドアの前に仁王立ちで佇む彼へと身構える。
「ぱ、パパ、きゅきゅ急に扉開けるから起きちゃったじゃん!!」
「どうせレポートかいてないんだろ?そんな乱暴に扱うと電源落ちちゃうぞ」
部屋の主……彼のことを「パパ」と呼んだ少年は、男の問いかけにあわててさっき閉じた「何か」を再び開く。
薄暗い部屋の中を液晶の明るい光が照らし、少年と背中合わせになった壁に大きな人型の影を作り出した。
その「何か」のスピーカーから先程漏れていたBGMがはっきりと聞こえ、やがてとある動作が完了した事を示す電子音が聞こえ、少年はやっと強張った顔を緩め、ほっと胸を撫で下ろした。
「ほら、レポート出来てなかった。」
「うん……でもどうして分かったの?」
「こまめにセーブって言っても、どうしてもなかなか出来ないもんなのさ。今も昔も。」
「へぇ~そうなんだ!じゃあパパもそうだったの?」
「まあね。ところで……」
「…………ついさっきまで寝てたんじゃなかったっけ?」
その一言は、無事レポートを完了して落ち着きを取り戻しつつあった少年を再び焦燥の渦へと突き落とすのに十分な破壊力を持っていた。
すっかり萎縮してしまった年幅も行かない彼は、その父親に必死に訴えかける。
「おねがい!ママにだけは!ママにだ・け・は!内緒にしてて!」
「おいおい、そのハイパーボイスでママが起きちゃうぞ」
「あ、そっか……ないしょばなしだもんね。」
「そういうこと~。大丈夫だよ、ゲーム禁止って辛いもんな。それより今、どの辺まで進んだんだ?」
子にとことん甘い男は少年を軽くいなす。子供部屋に響く二人のひそひそ声。
彼もポケモンを細々と続けていた。
だが、このところの多忙さによりやる時間が無くなり、知識は数世代前でストップしてしまっている。
新しいポケモン?技?トレーナー…………?彼の耳に入ってくる少年の言葉や単語の相当数が既に知り得ないものとなっていた。
それでも、「ポイントアップ」とか、「きんのたまおじさん」のようなお馴染みのアイテムやイベントも健在な事と、今でも懐かしのポケモンが第一線で使われていることもあって、親子の会話はそれなりに盛り上がりを見せていた。。
しかしいくら夜更かししていたとはいえ、遅くまで起きているのにはまだまだ不馴れなチビッ子。時間がたつに連れて生欠伸をする回数がどんどん増えていき、最終的に会話の継続すら難しくなっていた。
「おい、起きてるか~」
「はい……めっちゃ起きてますですよ……」
「めっちゃな割には白目むいてんぞ」
「え~、そんなkくぁwせdrftgyふじこlp;@:」
「だめだこりゃ……よし、たまにはパパが子守唄歌ってやるからもう寝なさい。」
「パパが子守唄……演歌とか歌わないでよ……?」
「お前パパに対してどんなイメージ持ってんだよ!!……まあいいや。めぇ閉じろ。ご希望通り演歌に近い奴歌ってやるから」
「はーい……」
男はそう言うと、少年に布団をかけ、明かりが見えないようにドアを静かに閉めると、壁に寄りかかりながらハーモニーを口ずさみ始めた。
「あーるーきーつーづーけーて どーこーまーでーゆーーくのー」
「どこかで聞いたこと…………あるような…………ふわぁああぁ……」
「……かーぜにたーずねらーれーてー たーちーどーまーるー…………」
男は、子守唄を歌いながら、既に夢の中へいざなわれつつある少年を見てうっすらと笑みを浮かべる。
そして、少年と……過去の少年だった自分を照らし合わせ始めた。
――――――ひとつめのたいこ トクンとなった
――――――たったひとつの いのちはじまった
…… …… …… …… ……
…… …… …… …… ……
彼は小さな都市の田舎町で生まれた。今にも消えてしまいそうなその生命体は、自然豊かな環境で少しづつ、また少しづつ、成長を重ねた。
その成長の過程で見るもの、聞くこと、感じた物。五感をフル活用して全てのものを吸収していく。そんな中にポケモンの存在があった。
――――――やがて なにかを もとめて
――――――ちいさな てのひらを ひろげ
…… …… …… …… ……
…… …… …… …… ……
「ねぇおかあさん!あのサトシのふりかけ買ってー!」
「え~、あれはこの前買ったじゃないの。今日はダメーっ」
「えー、なんでなんで~!!」
「わがまま言うなら買わないよ?」
「はーい……じゃあじゃあこっちにするー」
田舎なだけあって娯楽が少ない分、テレビは人一倍見せられていたので、某菓子パンが主人公のアニメやピリカピリララと呪文を唱える魔法少女アニメ、五色のヒーローが活躍したりベルトで変身してバイクに跨り悪者と戦闘する特撮物……見れるものは興味がなくてもひたすら見ている。ポケモンもその横一線にごっちゃごっちゃに並んだ番組の一つ……それ以上でもそれ以下でもない、ただそれだけの存在だった。
――――――きみは すぐにみつけたね
――――――きみじゃない だれかを
…… …… …… …… ……
…… …… …… …… ……
「ちぇっ、またダメだった……よし!ボーズもやってみる?」
「え?いいの?」
「ああ、モンスターボール一個だけ投げていいぞ」
「やったぁ!えっと……ボールを選んでAボタン!」
「バッカお前、先に弱らせないと!!」
「……やった!ゲットだぜっ!」
「……フリーザー一発で捕まえちゃった……」
彼は、テレビを見るとき以外は基本的に外で遊ぶことが多かった。
家庭の方針なのか未就学児でありながら自由に外を出歩けたので、好きなテレビがある時や雨の日以外は朝から晩まで地元の少し年齢の離れた小学生くらいの子供たちに混じって遊んでいた。
遊びの内容はその日によって様々であったが、一番多いのはそう、ポケモン。
当時、ポケモンは人気の絶頂期にさしかかっていて、誰も彼も自分のカードリッジを持ち寄り、ケーブルを繋げて交換・対戦して楽しみ、それが終わるとやはりだれかれかまわず集まってポケモンごっこをするのがトレンドだった。
だがしかし、「ポケットモンスター 金銀」の発売日の大幅な延期、さらにソフトの慢性的な在庫不足によって彼はポケモンどころかゲームボーイすら持ち合わせていなかった。おまけにポケモンアニメで子供が入院してしまう程の放送事故が起きてしまい、大人のポケモンを見る目は子供たちとは対象的に厳しい物となってきている――――それも彼の両親が彼にポケモンを買い与えることを見送る一つの原因となってしまっていた。
それでも彼はポケモンのアニメは毎週見続けていたのである程度のポケモンに対する理解はあったが、それだけではゲームを毎日やりこんでいる小学生たちと同じように話をあわせるのは難しい。
というわけで、決して仲間外れにされていたわけではなかったのだがそんな背景から彼はやや輪の中で浮いた存在となってしまっていた。
やがて、そんな彼に、一つの転機が訪れる。
――――――誕生日祝う蝋燭増えたけど
――――――たった一つの故郷旅立った
…… …… …… …… ……
…… …… …… …… ……
7つ目の誕生日を迎えたとき、俺はダンボールが積み重なった部屋の中にいた。
……正直俺はひとつ年を重ねるめでたさよりもこれからの生活に対しての期待や不安、そして少しの寂しさ等の感情が交差していた。
どんなところなんだろう……友達ちゃんとできるかな……どんなことが流行ってるんだろう……
…………本当は引っ越したくなかったのに…………
「誕生日、おめでとう。」
「ありがとう!!」
「でもごめんね、誕生日あっちで迎えさせてあげられなくて。」
「……だいじょうぶだい!……これから楽しみ!」
「そうか。じゃ、7歳の誕生日プレゼントだ!おめでとう!……そして、ごめんな。」
「うわぁ、プレゼントだ!……なんかやけにちっちゃいけど何だろう?」
……乱雑にプレゼントの包装紙をビリビリと破いていく。親の少しは綺麗に開けろよと苦笑いする顔が見えるが気にしない。
無心にプレゼントを開けていた俺の目に飛び込んできたのは箱にでかでかと書かれた「GAME BOY COLOR」の文字。うおおすげぇ本物だ!祭りとかの景品の偽物じゃない!!初めての携帯ゲーム機に心が躍る。
テンション爆上げで早くゲームボーイカラーを取り出そうとさらに包装紙を破く。すると、その下にもうひとつ小さな箱があることに気がついた。なんだろう?ゲームボーイも気になるけどそんなことは後回しとばかりに上に載っているパッケージを手早くどける。
「ここでも大人気みたいだぞ、【それ】」
「【それ】があれば新しい場所でもきっと大丈夫よ!!……」
【それ】……寒色系の色彩でデザインされた今まで見たことがないキャラクターがパッケージの表を飾り、その下によく見知っている【あの】ゲームの名前が記されていた。
…………そう、それが俺とポケモンの、本当の意味での出会いだった。
――――――今も 何かを 求めて
――――――大きな瞳輝いて
…… …… …… …… ……
…… …… …… …… ……
「はい、じゃあみんな仲良くしてあげてくださいねー!!」
「「「「はーい!!」」」」
「よ、、よろしくね……」
「なーなー、何処から来たんだ?」
「誕生日は?血液型は?Rhはー!?私はねー……」
転校初日、俺は少しうつむきながら自己紹介をする。
そんな俺……というよりは転校生に興味津々な新たなクラスメートたちが我先にとこっちに寄ってくる。
目を輝かせながら質問を投げつけるクラスメートに、俺は照れながらも最初が肝心!と頑張って答えていた。
だが、そんな状況が気に入らないクラスメートもいるらしく、人混みを掻き分けて、一人の男子が俺の方に歩み寄り、やや挑発ぎみに話しかけてくる。
「よー田舎もん!都会に来た気分はどうだー!?」
「ちょっとー、いきなりその言い方はないんじゃない!?」
「うるせーな、お前にいってないだろ!?外野は引っ込んでろ!で?どーなんだよぉ!」
「え、そんなに変わりはないと思うけど……」
「ほうほうそうなのか。てっきり山奥でジジイとババアと暮らしてたのかと思った~」
「あ~、そういえば確かに林とかないかも」
「林ぃ~!?何それ聞いたことねぇ!?」
始めは俺も子どもなりに穏便に済まそうとのらりくらりと口撃をかわしていたんだと思うが、明らかにバカにされてると判って徐々に腹が立ってくる。なんだこいつ……もうがまんできん!!
勿論弱冠7歳で気持ちのコントロールなどできるはずもなく、気がついたときには引っ込みがつかなくなって俺とそいつで口論になっていた。
「お前田舎くせえんだよとっとと帰れ!」
「んだとこいつ!」
必死に反転攻勢に出るが、所詮田舎者には違いない、徐々に言い返せなくなって追い詰められていく。
このまま言われっぱなしじゃ悔しすぎる!!
くっそ、なにかないかなにかないか……あるじゃん!
「へ、へん!俺が前住んでたところは、皆ポケモン持ってたんだぜ!」
小学生に混じって遊んでた時代から数年。全盛期は過ぎたものの、まだまだポケモンの人気は衰えを見せなかった。
これには流石にそいつもひるみ、返しが鈍る。
「う、うそだ!田舎にそんなものあるわけがない!!」
「田舎田舎ってばかにすんな!俺だって持ってる!さ!い!し!ん!の!奴!!」
「そんなこと信じられねーよ!……あ、そうだ!」
「なんだよ!」
「俺とてめーでポケモンバトルしよう。お前が勝ったら今日の事謝るさ。もしその【クリスタル】持ってるなら……できるよな?」
「……いいぜ!売られたバトルは買うのが礼儀だ!」
「……あ、コラ!二人ともやめなさい!!」
かくして、喧嘩の決着をポケモンバトルでつけることに決まった。生まれて初めての通信対戦がケンカなことがちょっとイヤな感じだけどとにかく夢にまで見た通信対戦だ!しかも自分のカートリッジで!!
ソイツは今日の午後三時から近所の公園でバトルすることを約束して、きびすを返し、意気揚々と俺の前から立ち去っていった。
そして、それから15分後……
「やべぇ……どうしよう……」
「どうしたの?」
「俺さ、ポケモンは持ってるんだけど、ちょっとしか進んでないんだよね……」
「え、それやばいじゃん」
俺は激しい不安に襲われていた。
ソイツがどのくらいポケモンをやりこんでいるのかはわからないし、強さも未知数。それは別にいいんだけど……
ヨウスケは
めのまえが まっくらに なった! ▼
「あぁもう、こんなところでやられてる場合じゃないのに!!」
「よう、どした?」
「あ、えっと……?」
「あ~、うわさは聞いてるよ、転校生君。俺はさ……」
まさかこっちでも上級生に絡まれるとは……少し驚きだけど、今までの年上に囲まれていた事もあったし、特にびびりもせずにその少年と俺は交流を開始する。
どうも俺と同じマンションかつ隣の部屋に住んでいるらしく、俺の噂を早々に聞き付けて興味を持ってくれてたらしい。
年上ということは俺の年代よりも遊びもゲームも数段上だ。この人になら相談できるかも……
俺は藁にもすがる思いで自分の状況を話し始めた。
「なるほどなぁ、4組のあいつね。あいつもしょうがないなー」
「うん……でも今の手持ち?じゃ絶対勝てないと思うんだよね……」
俺はそう言いながらゲーム画面を少年に見せる。
最新作を持っていることに少し驚いてはいたが、いくつかボタン操作をした後、納得したかのようにコクリと頷き、俺にゲームボーイを返す。
そして、おもむろに自分のゲームボーイをポケットから取り出しながら自信満々に話し始めた。
「安心しなよ、一つだけ奴に勝てる方法があるからさ!」
「勝てる方法……?」
どうも、その俺に喧嘩を吹っかけてきた彼も郊外からの転校生で、その世間知らずさからクラスでも浮いた存在になっていたようだ。
それで同じ転校生の俺に対して優位に立とうとつっかかってきたんだろう……と年上の少年は推測する。
やや決め付けが強い推測だったし俺は本当にそうなのかな?と少し疑問が残ったけどとりあえずその少年の【ひとつだけ勝てる方法】にひとまず全てを託すことにした。
カイリューを
かわいがって あげてね!
「お、逃げずに来たな!?……なんだよ、本当にクリスタル持ってたのか」
「もちろん!さ、勝負だ!」
「のぞむところだ!通信ケーブルをこっちによこせ!」
「へ?通信ケーブル?俺持ってないけど……」
「え!?お前持ってないのかよ!!ったくこれだから田舎者は」
「いやいや持っていない君に言われたくはないね」
まさかのバトル不成立……になるかと思いきや見るに見かねたさっきの年上の少年が助け舟を出してくれて彼の通信ケーブルを拝借させてもらうことで晴れてポケモンバトルができることとなった。
さっきバトルを申し込まれたときも思ったけど、相手に絶対勝ってやる!!という闘争心よりも、初めて自分のソフトで対戦できる!というワクワク感のほうが勝っている。うおお楽しみ!
つうしんじゅんびちゅう!
ゴールドが
しょうぶを しかけてきた!
ゴールドは
メガニウムを くりだした!
ゆけっ! カイリュー!
「……えっ!!?100レベ!!?」
みるみるうちにメガニウムという見たこともないポケモンを繰り出した少年の顔色が変わるのが分かった。
先ほどまでの有り余る自身はどこへやら、遠くのかなたへ「やな感じ~」と飛んでいってしまったらしい。
彼の出したメガニウムのレベルは52。対して俺の出したカイリュー?は100?。正直始めたばっかりでよくわかんないけどどうやら俺が有利らしい。よし、とりあえず一番強そうなわざを選んでみよっと。
つうしんたいきちゅう!
「ねえ、どうしたの?はやくしてよー」
「う、うるせぇ!!」
彼はなんか焦りながらゲームボーイを操作する。そしてヨウスケとゴールドの技の選択が終わり……
先手を取ったのは俺のカイリュー!どうやら相手のメガニウムよりこっちのカイリューのほうがすばやさが上回っていたらしい。
カイリューの
はかいこうせん!
見事命中!ガリガリとメガニウムのHPが削られていき、な、なななんと!一撃で倒してしまった!
すっげー、カイリューつえええ!はかいこうせん超つえええ!!俺はメガニウムの撃破に歓喜する。くっそー、エースが倒されたと悔しがる彼の姿。
エースを倒した!?しかも一撃で!……これは本当に勝てるかもしれない!
…… …… …… …… ……
…… …… …… …… ……
ゴールド
との しょうぶに かった!
「くっそー、まけたああああああ!……まさかこんなに強いなんて……!」
「やったぁ、初勝利!!」
「……わかったよ、約束は約束だ。今日の学校でのこと謝るよ。……田舎もんなんていって悪かった。」
勝敗は火を見るよりも明らかだった。
俺の……いや、上級生の少年のカイリューは彼のポケモンをギッタギッタとぶっ飛ばし、気がついたら彼のポケモンは一体もいなくなっていた。正真正銘、俺の勝利だった。
彼は悔しがりながらも、勝負をするときに決めた約束を呑んで俺に謝る。
なんかもうそんなことどうでもよくなっていた俺はさらっと彼を許すことにして、話しかける。
「そんなことぜんぜん気にしてないからさ!」
「本当に?……実は俺もさ、い」
「田舎者、なんでしょ?」
「な、何でそんなこと知ってんだ!?」
「まあいいじゃないそんな事。それよりも、もっと俺にポケモンのこと教えてくれよ!」
「へ?お前カイリューのしかも100レベ持ってんのにこれ以上何教えてもらうっての。」
「へへっ、実はね……」
「バッジ0個!!!!????」
――――――君のポケットの中には
――――――君じゃない誰かとの……
…… …… …… …… ……
…… …… …… …… ……
「順番に水タイプのポケモン言っていこうぜ!間違えて奴や出てこなくなった奴の負けな!」
「よし、じゃあ俺から!スイクン!」
「お前いきなり伝説かよ!!えっと……それじゃあコイキング!」
「……ビーダル。」
なんとなくその場のノリで始まったポケモンの名前の言い合いっこ。いかにも水タイプのポケモンって感じの名前が次々と上がる中、その姿からはなかなか想像のつかないポケモンの名前が挙がる。……というか俺が言った。とたんに空気が凍りつく。
「……いやいや、ビーダルってあの序盤に出てくる雑魚の進化系だろ?あいつって確かノーマルだけだぞ?」
「いや?確か水も付いてたと思うけど……」
「バカも休み休み言えバーカバーカ、そんなわけねぇだろがよ証拠でもあんのかよバーカ!!」
言わせておけばこの野郎……誰も信じてないこの状況にイラっとした俺は学ランの懐からDSを取り出し、操作する。
「よーしビーダルに水タイプ付いてたらお前ら全員1000円よこせよ」
「おういいぜ?でももし付いてなかったらここにいる全員にカップアイス奢れよな!!」
「いいぜー、……でもどうやらさ、ビーダルさんがそれを許さないらしい」
勝ち誇ったようにDSの画面を見せる。そこには秘伝要因として俺のパーティで活躍してるビーダルのステータスが記してあって、そこにはノーマル……そして青い枠で強調された「みず」というタイプ名が表示されていた。
誰もが信じられないという顔付きでDSの画面をまじまじと見つめる。
賭けは俺の一人勝ちだった。
「よっしゃあ俺の勝ちだ!ひゃっほうざまぁみろ!」
「ま、まじかよ……すげぇな、流石学校一のポケモン博士だよって……」
「はいはいお世辞どうもありがとう。さて……と……ん、どしたの?みんな魂抜けたような顔して?」
「すごいですねー、それだけポケモンの知識あるんだったらさぞかし学校の勉強もできるんでしょうねー。」
「いやいやそれほどでも……せ……せせせせせ先生!!?」
「はい、現行犯ね。」
え、ちょ、えええええええええええええええ!!??
「ま、まあ元気出せよ。」
「強く生きろって。な……?ほ、ほら、なんか奢ってやるからさ……」
なん……だと……さっきまで懐で休眠していた俺のDSを学校という名の勉強の監獄で開いたとたん、先生とか言う権力の塊に拘束されてしまった……だと!?ふざけんな……ふざけんじゃねぇよ……ゲームをするなんて個人の自由だろうがよ!!それすら許されない中学校って一体何なんだよ!9時から4時までずっと勉強勉強勉強!ただでさえこっちは勉強漬けなんだよ!少しくらい、少しくらい自由にさせてくれよ……!
「というわけで、彼は度々授業中にゲームをしている所を目撃されており、そのたびに厳重注意等の指導を行っていたのですがこのように改善が見られないというわけでございまして……」
「家の子が本当に申し訳ございません……ほら、謝りなさい!!」
「すみません……でも、先生、これだけは言わせてください。」
「「学生にもっと自由を」とでも言いたいんですか?」
「うっ……まあ、そんな所です」
「貴方の言いたい事はよく分かります。ですが、学生の本文は勉強です。勉強が第一でなくてなりません。いつも言っていますよね?」
「はい。」
「では、仮に私たち教師陣が中学校でゲームをすることを黙認するとしますね。すると、その行為自体がその貴方たちが勉強をする機会を奪ってしまうことになりかねないんですよ。それに……」
結局、没収されたゲームは、俺の親へと返却され、無期限にゲーム禁止されるという最悪の状況になってしまう。
それだけでなく、帰ってからも両親から挟み撃ちで説教を喰らい、親父には殴られた。
ゲームを学校でやっていたのはともかくとしてそれが原因で成績が低下傾向にあるのはまずかった。
それから俺は、今までゲームに当てていた時間を部活、漫画や読書、そしてちょっぴり勉強に充てながら周りの大人たちが忘れてくれるのをただひたすらに待ち続けた。
しかし、それは俺に降りかかる悲劇のほんの序章にすぎなかった。
「ほら、成績うなぎのぼり、たきのぼりだよ!!」
「あら、本当ね!すごいじゃない!」
「塾でもエリートクラスに入れたよすげーだろ!」
「あんたもやればできるってことね、少し見直しちゃった!」
あれから半年が経過した。最初はちょっぴり勉強といいつつ成績の改善が最優先事項だと判断した俺は徐々に時間の使い方を勉強に多く割くようになった。
結果的に成績はV字回復、さらに地域内の難関校に合格するかもしれない可能性まで出てきてしまった。
さて……
そろそろ頃合だろう!!
「でさぁ……」
「なぁに?」
「そろそろゲーム返してくれちゃったりしないですか……?」
「そうねぇ……ちゃんと勉強してるみたいだし……いいわよ!」
「いよっしゃああああぁあぁ!!」
いとも簡単にゲーム解禁を承諾してくれ、さらに出しに行ってくれるらしく、納戸のほうへと向かっていく俺の母親。
思う念力岩をも通す!!幹部昇進支部長就任いい感じ!!
苦節半年、したくもない勉強した甲斐があったぜ!!
いよいよ、愛しいアイスブルーのDS Liteとご対面……と思われた。
だが母親は、苦笑いしながら手ぶらで俺のほうに帰ってきた。
おい、どうしたんだ?申し訳なさそうな顔をして……
電源が付かないとかか……?いや、半年も放置してるんだ、とっくに電池切れだろうよ。
おい、何だよ……?
「ごめん、どこに隠したか忘れちゃった」
結局俺のもとにDSが帰って来たのはそれからなんとさらに半年後。
それ以来両親が隠し場所を忘れた負い目からかそれとももう餓鬼じゃないと判断したためかゲーム禁止をしなくなったので、ある意味俺は自由を勝ち取る事となった。
だが、ときすでに遅く、俺の周りでポケモンをやっている人など一人もおらず、某モンスター狩猟ゲームがブームとなっていたため、ゲームが帰ってきたところで俺の時代遅れ感は払拭されることはなく、やがてその流れに流される形で俺もポケモンをする事自体を、やめてしまう。
――――――幾つもの 出会い
――――――幾つもの 別れ
――――――幻のような 思い出も 少し
…… …… …… …… ……
…… …… …… …… ……
「金銀のリメイクだって!!?」
俺が再びポケモンに対する興味を示したのは、ポケモンの金銀のリメイク「ハートゴールド・ソウルシルバー」の制作が発表された辺り。
例によって俺も某モンスター狩猟ゲームに友人と没頭していたわけだが、生まれて初めてポケモンに触れ、楽しさを知ることとなったゲームの再商品化には流石に驚きを隠せず、少しづつ友達の輪から外れてポケモンを再開するまでになっていた。
「おいおい、今更ポケモンかよ!」
「あんなの小学生がやるもんだろ?やっぱり時代はモ○ハ○だって!」
「まあそれはよく分かるよ?でもさ、もうすぐ金銀のリメイクが出るんだってさ!?」
「金銀?……あ~あれね。ゲームボーイってまだ商品展開してたんだな」
「ちょ、ちげぇよんなわけあるかい」
仲間たちのリメイクに対する反応は半々。同調して戻ってこようかなと考える奴もいれば、完全に見限る奴もいる。まさにピンからキリまで様々だった。
だが、俺たちにはそういった単純なブームだけでは片付けられないある一つの壁が立ちふさがっていた。
「お前らもう選抜Ⅱまで7ヶ月切ってんだから性根入れて勉強しやがれよ」
「「「はーい」」」
「よーしいい返事だ、それじゃあ教科書151ページ……」
高校受験……お受験組以外のごく普通の中学生が初めて受けるであろう入学試験。
正直何処の学校にいこうがとりあえず進学できればいいじゃんと軽く考えている奴がほとんどだし、それなりの成績を収めていればそこそこの高校には入れる。推薦などをもらえた生徒はもはや余裕なもんである。
だが、俺はゲームを返してもらってからというものの、順調に成績を落としつつあった。3年の最初には手を掴んでいた難関校も今となっては合格は夢のまた夢――――という所まで落ちてしまった。……おっと、【落ちる】は禁句か。
とにかく、俺がそこそこいい高校に行くには勉強するしかない――
そう、今回もこの【勉強】が影を落とす。
本来ならゲームなどやっていられない時期なのだが、ポケモン新作の発売はもう1ヶ月に迫っている……
娯楽を取るか、それとも娯楽を捨てるか……俺は悩んだ。
いや、実際には悩んではいなかったんだと思う。
毎日塾に学校に受験のための準備に明け暮れる日々にマンネリ化を感じていた。効率も下がる一方。
正直、一度原点に立ち返ってみる必要があると感じていた。
……それにポケモンが必要……まあ勝手な辻褄あわせかもしれない。
ここで仮に初心に帰って金銀リメイクをやったところで俺にとってプラスな事があるのだろうか……?
リフレッシュ心機一転一念発起してがんばったところで事態が好転するとは限らないし。
……だけど……やっぱり俺、……ポケモンが好きだから!
ただ好きだからやるんだそれ以外の理由でやる必要なんてない!そして好きなことを我慢する必要はない!……ないわけじゃないけど必要以上に控えるべきではない!
それに、俺はもう餓鬼じゃねぇ。娯楽と勉学の両立位してやらぁ!!
こうして俺は2009年9月12日、本格的にポケモンに復帰した。
そしてその半年後、無事に第一志望の高校に合格するにいたるのだった。
――――――歩き続けて 何処まで行くの?
それからも俺の過ごしてきた毎日のどこかに必ずポケモンの姿があった。
――――――風に尋ねられて 空を見る
友達に妄想だらけのへったくそなポケモン小説を押し付けて「基本からやり直せ」と最初から最後まで駄目だしされたり……
――――――歩き続けて 何処まで行こうか
ポケモンセンターに行きたいがためにお金を貯めて弾丸ツアーをしたり……
――――――風と一緒に また歩き出そう
その一つ一つは実にくだらなく、人生設計やキャリアには全く関係がない。
――――――大地踏みしめ 何処までも行こう
だけど、その一つ一つが確かに思い出――エッセンスとして俺の体中に染み付いている。
――――――目指したあの夢を 掴むまで
そのおかげでこの辛い世の中も、一歩一歩踏み締めて頑張っていける……辛い中にも幸せが見える……!
いままでも…… そして、これからも……
「だーいーちーふーみーしーめーどーこーまーでーもーゆこうー」
「めーざしたーあのゆーめーをー……つーかーむーまーでー……」
男は、男によく似た少年が深い眠りに付いたことを確認すると、起こさないように静かに、静かに立ち上がり、部屋から出る。すると、よく見知った女性の姿が目に入った。
「マサラタウンにサヨナラしてからどれだけの時間経っただろう♪」
「なんだよ、起きてたのか。」
「アンタのへったくそな歌で目が覚めたのよ。……全く、男同士で密会?」
「そ、ゲームの相談。」
「仲がいいのね。ジェラシー感じちゃう。」
「まぁまぁ、そう言わずに。明日は久しぶりの休みだし家族3人でどっか出かけよう。」
「本当に?明日は楽しくなりそう!だけど……」
「だけど?」
「あの子に軽く説教しないと。【次はないわよ】って」
「はは……ママはやっぱり怖いな。くれぐれもお手柔らかに頼むよ。」
「どこまでもあの子の肩持つのね……ま、いいわ。そうできるように善処させていただきます。」
「よろしく。じゃ……ねますか。」
辛い中にも幸せが見える……!
いままでも…… そして、これからも……
THE END
拙文をここまで読み進めていただきありがとうございます、作者の虹夢です。
この作品はポケモンの世界での話ではなく、いわゆる現実世界で織り成す物語であり、ポケモンの辿ってきた20年の歴史と一人の「男」の四半世紀の人生とを重ねて、自伝的な作品になるように書き進めました。
この作品で描写した【思い出】はもしかすると読んで下さった読者様も一度は経験したことがある事柄も含まれているかもしれませんし、「そんなことあるわけねーだろwww」というようなこともあるかもしれません。しかしながら、最後まで読み進めてくださった読者様なら必ず何かしらのポケモンに関する思い出があると思いますので、時々は子供の頃ゲームボーイやDSで友達と集まってポケモンで遊んでいた時の事を思い出してみてはいかがでしょうか。
遅ればせながらポケットモンスター生誕20周年、本当におめでとうございます!