きとらさんの投稿キャラクター、ポケモンハンターのリムさん(肩書きのみ)、コスモ団よりアクアレイさんの投稿キャラクター、ガイアルクさんと、公式キャラクター、ジュノーさんをお借りしました。
「くっそ……いてぇ……エリートの俺が何でこんな目に……」
うめき声にも似た声を上げながら、オレンジ色の髪の大男、ガイアルクは立ち上がった。
炎の壁を突破されることは、相手がある程度の手練れならばありえないことではないと思っていた。あの程度は、彼にとってはあくまで牽制でしかない。しかし、それを振り払った技の威力は想像していたよりもはるかに大きかった。傍にいた彼自身も、彼の手持ちのエースのブーバーン諸共、数メートル後ろまで吹き飛ばされてしまったのだ。
そして、戦いの幕引きはあまりにもあっけなかった。
吹き飛ばされた炎の壁の向こうでどさりと音がして、茶髪の青年とサーナイトがその場に倒れ込んだ。ガイアルクは一瞬目を疑った。地に落ちる前、青年の体が宙に浮いていたように見えた。そんなはずはないと目をこすってみても、時が逆戻りするわけではない。確かめる方法は、青年に直接訪ねる以外になさそうだった。
格下だと思っていた相手に、ほんの一瞬でも自分が押されるなんて。自らをコスモ団のエリート団員だと信じて疑わないガイアルクは忌々しげに舌打ちを一つ溢した。だが、今はそれ以上に心が高鳴っている。この青年を連れていけば、今度こそ幹部昇格の道が開けるかもしれない。
「……後味は良くないが、とりあえず任務は完了だ。あとはこいつをジュノーさんのところへ連れていけば……」
「その必要はない」
倒れた青年に一歩近づいたところで、ガイアルクの背後から声がした。ガイアルクが忌み嫌う、しかし今この瞬間においては待ち望んでいた声。
コスモ団団員の制服の上に、Cのロゴが刻まれたマント。月明かりに照らされて遠目にも白髪が光って見える青髪。言わずと知れたコスモ団幹部の男だった。
「ジュノーさん!」
「指示通りに邪魔者の連れを仕留めたようだな」
隣に控えるブーバーンが威嚇の鳴き声を上げるのを、睨みを聞かせて制したガイアルクは、目を輝かせてその男の名を呼んだ。年齢も風格も一回り上のこの男にガイアルクは敬意を払いつつ、自分を幹部に登用しないことに対しては憎悪の念を持っていた。後者は手持ちのポケモンにも伝わっていたらしく、彼のポケモンたちはその男に対して毎回突っかかるような態度をとっていた。
男――――ジュノーはその強面にうっすらと笑みを浮かべて、ガイアルクに労いの言葉を掛けた。
「ご苦労だった。そいつは俺が預かろう」
ジュノーはガイアルクのすぐ横まで歩み寄って、その肩にポンと手を置いた。
次の瞬間、腹部に強烈な拳を叩き込まれ、ガイアルクの意識と記憶はぷっつりと途切れた。
「……」
慌てふためくブーバーンをガイアルクの持っていたボールに戻し、ジュノーはガイアルクを道の端に寝かせてやった。それから羽織っていた紺色のマントを外して、布団のように掛けてやる。今度は倒れているムメイとココロに歩み寄り、ココロをボールに戻してからムメイを肩に抱えて歩き出した。
「部下が世話になったな、影武者さんよ」
今度はジュノーの背後で、全く同じ声が聞こえた。それもそのはず、声の主、ジュノーがそこに立っていたのだから。
ムメイを抱えたジュノーの顔と体格は紛れもなく、後から来たジュノーのものと同じに見えた。
(なるほど、よくできている。部下が間違うのも頷ける)
驚きを顔に出さないよう努めながら、ジュノーは目の前にいるもう一人の自分を威嚇するような声で言った。
「お前の連れに手を出せばお前が釣れると聞いたんでな。まさか本当だったとは」
威圧感のある冷たい声だった。幹部という役職にふさわしい凄まじい覇気を湛えて、後からやって来た本物のジュノーは既にモンスターボールに手を掛けている。だが、ムメイを抱えたもう一人のジュノーは一切動じた様子もなく返した。
「わざわざ俺の土俵で戦ってくれるのか。本物はそれほど愚かではないと思っていたが」
「確かにそうかもな。だが、弟子を抱えたままでは普段通りには戦えまい」
「どうだかな」
驚いたことに、声や喋り方まで後から来たジュノーのそれと同じだった。
二人のジュノーは、互いに不敵な笑みを浮かべて睨み合った。
二人とも全く動く様子がない。いや、動けないのだ。手練れ同士の戦いは一瞬で終わるか、いつまでも決着がつかないまま消耗し合うと相場が決まっている。下手に動けばやられるという事を互いに理解したうえで、互いに手出しをせずに相手の様子を窺っていた。
二人の間をびゅうと風が吹き抜ける。それを合図に、二人は同時に動いた。
本物がボールを放る。もう一人はガイアルクに掛けたはずのマントをどこからか取り出して翻す。ぐにゃりと空間がねじれて元に戻り、本物のボールからヨルノズクが姿を現した時には、ムメイを抱えた偽物の姿はどこにもなかった。
「逃げ足は速いようだな」
ふう、と一つ溜息をついて、周りの気配を探る。誰もいないのを確認してから、ジュノーはヨルノズクをボールに戻した。戦うそぶりを見せながら姿を消した相手は、手の内をほとんど明かしていない。辛うじて分かったのは、テレポートが使えるポケモンを連れていることくらいだろうか。
今回はしてやられたが、ポケモンハンターのリムが言っていたことは間違いないようだった。となれば、フーパ捕獲作戦が始まった後もあの青年を狙えば必ず、何らかの形で関与してくる輩がいる。青年とフーパのどちらを優先するかは分からないが、上手くやれば邪魔をされることなく本来の目的を果たせるということである。
ジュノーは道端で伸びているガイアルクを抱えてその場を後にした。ガイアルクの単独行動にはいつも頭を悩ませていたのだが、今回の彼の行動は評価に値するものだった。敵の内情を一つ、炙り出すことができたのだから。
「……よくやった、ガイアルク」
届いているのかどうか分からない言葉を、ジュノーはガイアルクの顔に目を向けてそっと呟いた。
*
宿泊施設のとある部屋に忍び込んだジュノーの偽物は、抱えていたムメイをベッドに降ろすと、自分の頬をつねるようにして引っ張った。バリバリと音がして、その化けの皮が剥がれていく。その下には、普段は仮面で隠している素顔があった。カオルがジュノーに変装して、ムメイを助け出したのだった。
ムメイが目を覚まさないうちに、普段通りの仮面を被る。顔と同じように服に手を掛けて引っ張れば、これまた一瞬でコスモ団の制服が寝間着に変わった。変装に早着替えは、どちらもカオルの得意とすることの一つだった。これもカオルが師匠に叩き込まれた技術である。
カオルは再びムメイに歩み寄り、その口元に耳を近づけた。微かにではあるが、空気が揺れる音と浅い呼気を感じた。胸元に目を向ければ、こちらもわずかではあるが上下している。呼吸は問題なく行われているようだった。
ムメイが戦いの一部始終を、カオルはロンドとカデンツァの夢写しによって窺っていた。
呼吸に合わせて上下する胸元の二つの石。ムメイは先の戦いで、その一つだけに意識を集中させた。そして、ほんの一瞬ではあるが、ムメイはココロと完全に同調した。
そうせざるを得なかったかどうかは、居残り訓練でココロがどれほど疲弊していたのかを知る術のなかったカオルには分からない。
攻撃に集中する暇を敵が与えてくれなかったのは事実だった。狭い空間の中で、いつどこから来るか分からない炎の連弾からムメイを守りつつ、技を放つために意識を集中するのは並大抵のことではないはずだ。ムメイがあの状況でメガシンカを使ったのは間違いとは言えない。ただ、その先まで行う必要があったかと言えば、素直に頷くことはできない。
訓練の様子を見ていると、ムメイはメガシンカを行う際、無意識下でココロやカデンツァと同調しようとしているように思える。不完全とはいえ、ココロとカデンツァを同時にメガシンカさせるときでさえ、その半身をそれぞれ二匹に預けているかのような印象を受けるのだ。それがムメイのスタイルだというのなら、否定はできないまでもある程度の矯正はしてやらなければならない。あのまま戦い続ければ、カオルの危惧した通りムメイは遠からず自らを“殺して”しまう。
有能なアシスタントとして、何より前途有望な若者として、殺すわけにはいかなかった。素晴らしい能力を持っているのなら、それを殺さずに生かしてやらなければならない。
(とりあえず、今はゆっくり休むことです)
カオルは荷物の中から紙とペンを取り出し、さらさらと文字を書き綴った。それをムメイの顔の上に乗せて、自分ももう一つのベッドに体を投げ出した。
*
ムメイが目を開けると、白い紙が視界を覆っていた。
紙をどけて体を起こそうとしたのだが、どうもうまく動かない。カデンツァとココロを救出した日の翌日と同じで、体が妙に重く感じた。頭だけを動かして場所を確認する。ハトバ島での活動拠点としていた宿泊施設の部屋だった。誰が運んできてくれたのかは、木を失っていたムメイには分からなかった。
窓の外からは街の喧騒が聞こえてきたが、それ以上にカチカチと時計の秒針が回る音が妙に耳についた。時計に目をやると針は既に九時を回っていた。いつもならばとっくに着替えも朝食も済ませて宿泊施設を出ている時間だった。
顔の上に乗っていた紙を手に取って見ると、カオルの字でこう書かれていた。
【明日から外回りですから、今日はゆっくり休むこと】
最低限のことだけが書かれた簡潔な手紙。ペラペラの紙一枚のはずなのに妙にずっしりと重く感じたのは、腕の重さだけではない。おそらくそれは、この短い文章に込められた意味の、想いの重さだった。
いつもならば枕元に置いてあるはずの、カデンツァとココロが入ったボールは今そこにはない。コスモ団の男に持って行かれたのだろうか。背中を駆けあがった悪寒は、手紙の裏に書かれていた文字が払拭してくれた。
【カデンツァとココロを借ります】
ムメイの相棒たちはカオルがマジックショーに連れて行ったらしい。ほっと胸をなでおろしつつ、ムメイは今の自分の状況を再認識した。
結局あの時と何ら変わりはなかった。
勝手に気を失って助けられる。
無茶をしたせいで一人だけ取り残される。
何もかも誰かに任せて、自分は何もせずただ横になっている。
もっと強くならなければならないのに、自分のせいで遠回りを続けている。
そんな自分が歯痒かった。
どうにかしたいと思って努力した。
しかし、努力だけではどうにもならない問題もあった。
努力が空回って、自信を失うこともあった。
自分には何一つできないのではないのか。そんな感情が芽生えることもあった。
そのせいで結局何もできなくなる。負の連鎖だった。
『自分の身は自分で守ることじゃ、名無しの道化師よ』
エンタン島の火山で対峙したポケモンハンターの言葉が頭をよぎった。それは居残り訓練をした理由の一つ。だが、訓練で疲弊しすぎて肝心の時に力を発揮できなかった。
あの時のココロの判断が間違っていたかと問われれば、ムメイは首を横に振るつもりだった。むしろ、ココロには感謝していた。最善かどうかは分からないが、あのまま炎がぶつかってきていたらムメイは大火傷を負っていたかもしれない。むしろ責めるべきは、メガシンカを行った時点で気を失ってしまった自分。今回はたまたま助かったが、炎の壁を吹き飛ばしたとしても、相手が健在ならば何をされるか分かったものではない状況だった。自分の身を守るどころか、今回は自分の身を危険にさらしてしまった。反省が、後悔が、ムメイの心を苛んでいく。目を閉じて、ふと思いついた曲を鼻で歌う。そうして気を紛らわせてやらなければ、おかしくなってしまいそうだった。
ピアノが弾きたい。鼻歌を歌っていると、唐突にそんな感情が浮かんだ。もちろん部屋にピアノなど無いため叶わない。おまけにピアノには嫌な思い出がある。それでも、彼の抱える感情を吐き出してしまうために最適な方法であることは間違いなかった。同時に、聴いている人に魔法をかけるような感覚がムメイは好きだった。最後にピアノを弾いたのはいつだっただろうか。ムメイは思い出すことができなかった。
魔法といえば、今日、カオルはどんなマジックをするつもりだったのだろうか。今度はそんな考えが浮かんできた。ムメイが参加していない所は、カデンツァがムメイの格好をして補っているのだろう。たとえメンバーが欠けようと、カオルは何事もなかったかのようにショーを成功させてしまう。自分は必要ないのではないか。頭の隅から顔を出したそんな考えを、顔をぶんぶんと横に振るって振り払った。自分を必要だと言ってくれたカオルの言葉を疑いたいとは思わなかった。
そうやってとりとめのない思考を重ねているうちに、時計の針が十二時を指した。同時にムメイの腹がぐうと鳴った。朝から何も食べていなかったせいで、酷く腹が減っていた。
鞄には携帯食料が入っている。普通は野宿の時に食べるものなのだが、他に食べるものがない以上は仕方がない。仰向けの状態から寝返りを打って、ベッドの傍に置いてある鞄に手を伸ばそうとした時、部屋の入り口からふわふわと、木の実がたっぷり挟まったパンが漂ってきた。パンはそのままムメイの目の前までやってきて、ムメイがそれを取ろう手を伸ばすと――――逃げた。
(ロンド?それともカデンツァ?)
心の中で呼びかけてみたが、返事がない。何とかパンを取ろうとするのだが、そのたびにパンはムメイの手を避けて動き回る。ついにはベッドに横たわったままのムメイの手が届かないところまで浮き上がり、ポンと音を立てて消えた。身内の中でこんな芸当をやってのける者を、ムメイは一匹しか知らない。
【ファントム、君かい?】
ノートに書いて見せると、空気のカーテンが剥がれていくように、その場に赤髪の黒狐、ゾロアークのファントムが姿を現した。悪戯が成功して嬉しそうなファントムを見てムメイは苦笑する。空腹のあまり幻影に向かって手を伸ばすとは。いや、幻影とは到底思えない質感と匂いのパンだった。彼の創り出した幻影は、相変わらずよくできていた。
程なくしてカオルと人間の姿をしたロンド、カデンツァが帰ってきた。カオルはその手に大きめのビニル袋を提げていた。
【お帰りなさい】
「ただいま戻りました。調子はどうですか?」
【まだ体は重いですが、元気です】
「それはよかった。昼食がまだでしょう。買ってきたので一緒に食べましょうか」
ビニル袋から何かを取り出してムメイに渡した。先ほどファントムが飛ばした幻影と同じ木の実サンド。それともう一つ、青いクリアフィルム包み紙に包まれた飴玉。
【なんですか、これ】
「“ふしぎなアメ(仮)”だそうです」
【(仮)って】
ムメイは手渡された包みを開いて飴玉をまじまじと眺めた。青く透き通ったそれは、普通の飴玉と何ら変わりはない。口に含むと、何とも言えない味が口いっぱいに広がった。甘いような辛いような渋いような酸っぱいような苦いような、そしてどことなく薬のような。特別おいしいとは言えないが、口が曲がるほど不味いという訳ではなかった。心なしか、体の底から力が湧き上がってくる気がした。
「なんでも木の実の汁と万能粉を練り込んだ特別製だそうで」
薬のような味の真相を知って、レベルアップしたわけでもないのに何とも不思議な気分になった。(仮)とはいえ、“ふしぎなアメ”という名前が付けられているのも頷けた。
【どこでもらってきたんですか】
「お客さんの一人にいただいたのです」
カオルは持っていたボールからポケモンたちを開放して、それぞれに木の実サンドとふしぎなアメ(仮)を渡していく。最後に自分のものを手に取って、仮面の下から口に運んだ。
「手紙にも書いた通り、明日からは外回りです。今日の実践訓練はおやすみにして、ここでイメージトレーニングをしましょうか」
食事を終えてゆっくりしていたところで、カオルが唐突にそう告げた。いつもならば素直に肯定するムメイだったが、今回はすぐに首を縦には振らなかった。
「昨日のように倒れてもらっては困るのですよ」
【今日はカデンツァが代わりに出たのでは】
やんわりとした声で説得しようとするカオルはムメイの返答を見て、仮面の下の表情を無に変えた。勿論、外から見ただけでは分からない。だが、カオルの表情はその場の空気をも変える。
「死にますよ」
ほんの一瞬だけ、世界が凍り付いた。
対して迫力のない一言。昨日ポケモンハンターに見せたプレッシャーも感じられない。それなのに、ムメイは身動き一つできなかった。
「あなたは答えを急ぎ過ぎです。そんなことでは命がいくつあっても足りません。もっと自分を大事にしてください」
「……」
「あなたの替えなどききません。私と、あなたと、ここにいるみんな。誰か一人でも欠けたら、明日からのショーは上手くいかないんですよ」
ムメイ以外の全員が、笑顔でムメイを見つめていた。
穏やかな顔だった。
――――そこにいてもいい。
――――そこにいて欲しい。
――――大好き。
暖かい感情が見えない波になって、ムメイの心を打った。
心は分からない。何と言っているのかも分からない。
それでも、閉ざされた匣の鍵を壊すのには十分だった。
目頭が熱くなる。涙を見せまいと口を一文字に結ぶ。それでも、止まらない。
「……!?」
カオルは突然、ムメイの口元に手を当てて口角を釣り上げ、そのままぐいとムメイの顔を押し上げて上を向かせた。慌てふためくムメイだったが、悲しみが雫となって零れ落ちる前に、涙がぴたりと止まった。目を潤したそれは、空気にさらわれて徐々に乾いていく。同時に、何が何だかよく分からなくなって、悲しい気持ちがじわじわと引いていく。
「口を開けて上を見る。涙を止めるおまじないです。本当に止めたい時は試してみてください」
それからすぐに手を放し、ムメイが向き直ったところでカオルは更に続けた。
「でも、今は泣いてもかまいません」
茫然とした顔の道化師の肩に手を置いて、目線を合わせる。細い目と仮面の奥で、視線が交差する。
「涙は悲しみを洗い流す雨です。本当に苦しい時には――――少なくとも私たちの前では遠慮する必要はないのですよ」
ロンドが、カデンツァが、ココロがムメイに身を寄せる。
壊れてしまいそうな彼を支えるように。
優しさで彼を包み込むように。
今度こそ本当に、涙をせき止めていた防波堤が決壊した。
*
イメージトレーニング。カウンセリング。みんなで食べた夕食。覚えて間もない簡単なマジック。談笑。小さな部屋の中で沢山の出来事を経て、心身ともに心地よい疲れを覚えたムメイは、今はベッドに沈んで寝息を立てている。誰がどう見ても、憑き物の落ちた穏やかな表情だった。雨が降った後の心には晴れ間が戻ったようだった。
音を立てないように、ムメイを起こさないように注意して、その寝顔をカメラに収めるカオル。傍でくすくすと笑うポケモンたちにボールに戻るように促し、改めてムメイの寝顔に目をやった。
彼ならもう大丈夫だ。まだ吐き出しきれていない所は、ロンドとココロに任せてある。カオルは息を潜めて、ムメイの顔に自分の顔を近づけた。
「明日からまた頼みますよ、ムメイさん」
耳元でそっと呟いたカオルは自分のベッドに戻って横になり、そのまますぐに眠りに落ちた。
決して深淵に落ちることのない、浅き夢の中へ――――