7-Synchronize

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
作者:円山翔
読了時間目安:19分
名前は出していませんが、お二人ほどキャラクターをお借りしました。



 ハトバ島の外れにある無人発電所。野生のポケモン目当てで島外から訪れるトレーナーを除けば、月に一度の点検の日以外にこの場所を好んで訪れる人間はほとんどいない。
 電灯をつけなければ何も見えない発電所内部に、眩いばかりの明かりが灯った。光源は三か所。いずれも握りこぶしよりも小さいくらいの球体から、閃光が四方八方に漏れ出ていた。闇の中に、光源を持つ者の姿がぼんやりと浮かび上がった。

 一つは人間。短めで焦げ茶色の髪、右目の下に小さな泣き黒子(ぼくろ)のある年若い男。
 一つは人獣。人間の髪のような緑の頭に白い顔の、サーナイトと呼ばれるポケモン。
 一つは竜。卵形の白い模様がある青い額に白い顔の、ラティオスと呼ばれるポケモン。
 一人と二匹は皆、目を伏せて深呼吸を繰り返していた。

「キーストーンに意識を集中して……そう、その調子です。決して自我を手放してはいけませんよ」

 先に浮かび上がった一人と二匹の誰とも違う場所から聞こえた。男の声とも女の声ともつかない、高くもなく低くもない声だった。
 声は何かに語り掛けるように言葉を紡ぐ。応える声はない。それを分かっているかのように、声は応答を求めることなく言葉を紡いでいく。

「自分の持つ石と相手の持つ石。二つの石を通じて心と心を通じ合わせ、一つになる感覚です」

 男の表情が険しくなる。光源から放たれる閃光が、より一層輝きを増した。闇を切り裂くように広がった光は、男の胸元で揺れる二つの光源と、人獣と竜の持つ光源を繋ぐ。
 次の瞬間、人獣と竜のいた場所に何やら虹光の紋様が描かれたかと思うと、轟音と共に小規模の爆発が起きた。一瞬だけ空間が光で真っ白に染まり、すぐに三つの光が灯っているだけの元の真っ暗闇に戻った。
 そこに映し出される人間に変化はない。サーナイトとラティオスも、光に浮かび上がる顔に大きな変化はない。どちらも顔の両側にヒレのような部分が増え、ラティオスは額の青色が若干濃くなったかという程度である。だが、闇に隠れて見えない姿は本来の姿とは様相を異にしていた。この闇の中でさえ、見る者が見ればそれまでとは比べ物にならない力を感じたことだろう。
 しかし、その姿も長くは続かない。光源から放たれる光が急速に薄れ、辺りは再び闇に閉ざされた。光が完全に途切れる直前、サーナイトとラティオスの姿は元あった通りに戻っていた。
 カチャカチャと何かをいじる音の後にマッチを擦る音がして、小さな明かりが一つ灯された。小型の手持ち式ランプだった。橙色の光が、そこにいた二人と二匹の姿を闇の中に照らし出した。
最初光源を持っていた一人と二匹は変わらない。もう一人、姿を見せなかった声の主は、薄ら笑いの白仮面を被ってその顔を隠していた。

「よくできましたね。ですが、今はまだ次第点といったところです。あなたたちは更に先へと進むことができるでしょう」

 仮面の言葉に、細目の男は小さく頷いた。言葉を発する様子は見られなかった。

「回数やポケモンの数に限らず、メガシンカを行ったらその後はしっかり休息をとることです。それから、疲れた時にはできる限りやらないこと。あとは、自分で練習することです。今は二十秒ほどしか持ちませんでしたが、少しずつ伸ばしていけば安定して戦えるようにもなるでしょう。何度も言うようですが、力に呑みこまれないよう、心を強く持ちなさい」

 仮面はそこで少しだけ間を置いた。これから話すことを言うべきかどうか迷っているかのようだった。それから、ゆっくりとこう続けた。

「……支えきれなくなったら、あの時(・・・)のように暴走してしまいます。そうなると、トレーナーにもポケモンにも重大な負担がかかってしまいますからね」

 聞いていた男は、何かを思いつめたような表情で俯いた。その顔には、まだ不安の色が見え隠れしている。最期の二言三言は余計だったかと仮面の人間は思った。

「あなたなら絶対に(・・・)大丈夫です。それくらいの自信を持って臨むこと。いいですね、ムメイさん」

 ムメイと呼ばれた男を諭すように告げてから、仮面の人間はランプを床に置いて、闇の中へと消えていった。取り残された男は、糸が切れたようにその場に膝をついて、しばらくランプの明かりを眺めていた。

「明日も公演がありますから、ほどほどに切り上げてくださいね」

 声と共に、遠くでガラガラと音がした。仮面の人間がこの場所から出ていった音なのだろう、と男は思った。立ち上がろうにも、力が入らない。メガシンカの状態を維持するために、彼は体力も精神もすり減らしていた。サーナイトとラティオスは何も言わず、男に身を寄せた。
 やがて何を思ったのか、男はランプを手に取るとガラス製のホヤを外し、ちろちろと燃えていた火に息を吹きかけた。小さな明かりは白い煙を残して消え、辺りはまた暗闇に包まれた。
 それからしばらく、どたどたと何かが暴れる音が発電所の中から聞こえてきたのだが、この音に気付いた者は誰一人としていなかった。





    *





(ムメイさん……もしかすると、私はあなたを殺してしまうかもしれません)

 月明かりの中でカオルは思う。言葉には出さずとも、隣を歩いているように見える少女には伝わっている。歩いて見えるように、と表現したのは、少女が人間ではないからである。
 夢幻ポケモン、ラティアス。特殊な羽毛で光を屈折させて別の姿を見せ、人間の言葉を理解するポケモン。時には相手の心すらも読み取る彼女は、驚いたような顔でカオルを見た。

『カオルは殺人鬼じゃないわ』
(誰も命を奪うとは言っていませんよ)

 心の中で返しながらも、仮面の下のカオルの表情はすぐれない。

 通常は一人一体までしか行うことができないメガシンカ。それを、ムメイは二匹同時にメガシンカさせようとしている。
 そもそもカオルがムメイに二つ目のキーストーンを渡したのは、優柔不断なムメイが咄嗟にどちらをメガシンカさせるか迷わないように、一度にメガシンカを行えるようにするためだった。いや、優柔不断で一つを選ぶことができないが故に、全てに同等の愛情を注いできたムメイだからこそできることだと言ってもよかった。
 ただし、この方法には弊害がある。
 ポケモンを一匹メガシンカさせるだけでも、トレーナーはかなりの体力を消耗する。それを二匹同時に行おうというのだから、負担はもちろんのこと、メガシンカ状態を維持するために要する集中力も当然ながら増加する。
 カオルから見て、ムメイは人並みの体力は持っているし、すべきことをこなしている時の集中力に至っては称賛に値する。むしろ問題は、集中すれば集中するほど他のことに目が向かなくなるということにある。戦闘は彼のポケモンが自己判断で行えるからいいが、彼自身の身に迫る脅威に気付けないままやられるといったことにもなりかねない。

 それだけではない。彼は既にメガシンカのその先の段階へ達しつつあった。

 完全同調(フルシンクロ)。人間とポケモンの心を完全に同調させることで、メガシンカ状態になりつつ更なる力を発揮する方法。喋ることができないが故に言葉を介さず心で直接ポケモンたちと繋がってきたムメイは、メガシンカを通り越してこの域まで足を踏み入れていた。
 だが、これもまた強力な力と引き換えに莫大なリスクを抱える進化の方法である。
 まず、通常のメガシンカ以上に人間に負担がかかるということ。
 次に、集中力が途切れるとこの状態も途切れてしまうということ。ポケモンか人間のどちらかがダメージを受けただけでも、容易く解除されてしまいかねない。
 そしてもう一つ、ポケモンが受けたダメージがそのまま人間にもフィードバックするということ。それも、物理的な意味ではない。共有しているのは心。ポケモンたちが受けたダメージは、同じ痛みと共に人間の心を蝕んでいく。彼のポケモンが戦闘不能に陥ろうものなら、下手をすると文字通り彼が“死んで”しまうという事態に陥りかねない。

 ムメイがこの段階に踏み込むことはカオルの予想の範疇だった。だが、現状はまだまだ未完成。二匹同時のメガシンカは持続時間が短すぎる。完全同調に至っては一匹まで、しかもまだ不安定な状態でしか行うことができない。

 今の状態でコスモ団の襲撃を受けたら。そう考えると不安を覚えずにはいられなかった。ムメイを信頼していないわけではない。ただ、一対一でも一対多でも、苦しい戦いになることは容易に予想できた。

 ムメイはまだ帰ってこない。手持ちの二匹と共に無人発電所に残って、暗闇の中で戦う訓練をしていることだろう。あるいは、釘を刺したにもかかわらず疲れた体に鞭打ってメガシンカの練習をしているのかもしれない。後者である可能性は限りなくゼロに近いが、それでもないとは言えない。いざという時にはムメイが多少の無茶をしてでも何かを成そうとすることを、カオルはそれまでの彼の行動から把握していた。

(苦しい状況でも安定して発動できるようになれば、確かに武器にはなります。そのためには多少の無茶も必要……ですか)

 カオルはかつての自分を思い出す。早く師匠に追い付きたくて、休むべき時間を削って師匠に言われたこと以上の訓練を行った日々。途中で見つかって大目玉を食らったのも、一つの思い出だった。実際、時間外の訓練はいくらやっても上手くはいかなかった。師匠に叱られて初めて、上手くいかない理由に気付いたものだった。
 カオルの目から見て、ムメイはかつてのカオルに似ている。無茶なところも、誰も知らない所で努力を重ねる姿勢も。それが災難に繫がらなければと思うのも、彼が大切なアシスタントであると言うだけではないような気がした。

(オーバーワークは逆効果……師匠の口癖でしたね)
『大丈夫。メガシンカの練習はしていないわ』

 カオルの心を読んで、ロンドは言った。彼女の目が光り、ほんの数秒だけ辺りが真っ暗闇に包まれた。
 夢写し。同族が見ている風景を、周りにいる者と共有する技。一瞬だけ見えた暗闇は、発電所にムメイと共に残ったラティオス、カデンツァの視界。時々大きな光の球が飛び交うものの、それはカデンツァと、サーナイトのココロが放つ攻撃技である。先ほど見た虹色の閃光が見えないということは、メガシンカはしていない。

 ほっと胸をなでおろして、カオルはゆったりとした歩調で宿泊施設までの道を歩いていく。
コスモ団への干渉や対応はあくまで副業。本業のマジックショーは翌日にも控えていた。アシスタントのムメイがオーバーワークで倒れたとしても、一人で行えるマジックの準備は既にできている。だが、できることならムメイも舞台に立てて、大掛かりなマジックも行いたいとカオルは思っていた。目的は、彼一人でも自信を持ってショーを行うことができるように、彼に経験を積ませること。仮にカオルが彼の前から姿を消したとしても、彼一人で生きていけるように。

(いえ、一人ではないですね)

 カオルは何も言わずにロンドを見た。腰のボールに入っているゾロアークのファントム、メタモンのフォーゼに目をやった。今もムメイの傍にいるであろうサーナイトのココロとラティオスのカデンツァを、今は手元にいないかつての戦友たちを想った。

(彼には、こんなにもたくさんの仲間がいる)

 ムメイにもまだ見せていない隠し玉のポケモンたちを除けば、ムメイがカオルの元にやって来たあの日からずっと共に過ごしたポケモンたち。そうでなくとも、彼の優しさは人を、ポケモンを引き付ける。きっとまだであったことのないポケモンたちにも気に入られることだろう。想像して、カオルは仮面の下で目を細めた。

 同時に、カオルの脳内を決していいとは言えない予感が閃光の如く横切っていった。

(ムメイさんを一人にすべきではなかった)

 根拠はほとんどない。強いてあげるならば、つい数刻前に話し合ったポケモンハンターとの会話。

『あやつらが手を出さんとも限らんからな』
『自分の身は自分で守ることじゃ、名無しの道化師よ』

 思い浮かんだのは、虹色の光に呑まれて、ムメイが地に倒れ伏す光景。
 困ったことに、カオルの勘はよく当たる。それが良い物であろうと、よくないものであろうとも。

(明日はまた一人舞台ですか……)

 カオルは腰のモンスターボールからファントムとフォーゼを開放して、元来た道を駆け戻る。何も言わずとも、長年連れ添った二匹は素早く状況を把握した。すぐさま各々の能力で姿を眩ませ、既にボールの外にいたロンドと共にカオルの後を追う。





    *





 息を殺し、足音を殺してムメイは暗闇の中を動き回っていた。音を立てないように努めながらも、その息は荒い。目を開けてもほとんど何も見えない暗闇の中で、聞こえてくる音と肌で感じる空気の揺らぎ、そして特殊攻撃の光とそれが放たれた瞬間だけ見える周りの様子だけを頼りに、カデンツァの攻撃を躱しつつココロに攻撃の指示を出していく。発電装置には危害が加わらないようにリフレクターと光の壁を展開させているため、心置きなく技を打ち出せる。
 ココロが撃ち出したシャドーボールの軌道が逸れる。カデンツァの場所がある程度特定できるので、すぐにその周り一帯に向けてエナジーボールの散弾を指示し牽制。その中にいくつかシャドーボールを紛れ込ませれば、散弾を目眩ましにした攻撃が完成する。
 対して、カデンツァは無数の光球を放って弾幕を迎撃にかかる。光球はエナジーボールの緑色の弾幕を一つ一つ正確に蹴散らしつつも、その隙間を縫ってココロの元に殺到する。ココロも咄嗟に光の壁を展開するが、完全には弾ききれない。
 カデンツァの打ち出した光球がココロに、ココロが弾幕に隠して撃ち出したシャドーボールがカデンツァに着弾して轟音を上げた。互いに互いの位置が分かったところで、カデンツァはその機動力を生かしてすぐに姿を眩ませる。ココロはココロでテレポートを駆使し、攻撃を受けた地点からムメイと共に離脱する。戦いを始める前と同じ静寂が、再び真っ暗な発電所内を包んだ。

(今日はそろそろ終わりにしようか。ココロ、カデンツァ、お疲れ様)

 心の中でそう告げると、空間を支配していた緊張感が一瞬で崩れ去った。

 結論から言うと、カオルの予想通り、ムメイはカデンツァを敵役に戦闘訓練を行っていた。単独行動をとることのあるカデンツァはトレーナー付きのポケモンと戦う練習、ムメイと共にいることの多いココロはムメイの指示で戦う練習。互いに遭遇しやすいと思われる場面を想定した訓練だった。
 ムメイがココロに指示を出すと、発電装置を守っていたリフレクターと光の壁が音もなく消える。その間にカデンツァは既にムメイの隣に戻ってきて、ココロとあれこれ話し合っているようだった。内容は分からないが傍で聞こえてくる鳴き声だけの会話は、何も見えない暗闇の中で二匹がそこにいることを教えてくれる。それがムメイの心を落ち着けていた。

(反省会は帰ってからにしよう。ずっと何も見えないと頭がおかしくなりそうだよ)

 くすくすと笑うような声が聞こえて、カデンツァがムメイの左手を、ココロが右手を握った。その手の温もりを感じながら、ムメイは二匹に手を引かれて発電所の外に出た。
 真っ暗闇から解放されてただでさえ眩しく感じる外の光に加えて、この日は月が綺麗だった。元々細い目が更に細められる。しばらくして目が慣れたところで背負い鞄から傷薬を取り出そうとして、やめた。互いに技をぶつけ合ったはずのココロとカデンツァの体には、傷一つ見当たらない。ムメイの知らない間に、二匹は互いに癒しの波動を掛け合っていたらしい。
 二匹をボールに戻して、ムメイは月影の照らす街を駆ける。心地の良い風が、動き回って火照った体を適度に冷やしていく。もしも声が出せたなら、心の底から思い切り叫びたい気分だった。それまで感じていた風が生暖かいそれに変わるまでは。

「止まりな、細目の兄ちゃん」

 ムメイとしては止まる気は全くなかったのだが、全身に燃え盛る炎を纏ったポケモン、ブーバーンが道を塞いでいる以上先には進めそうもなかった。その傍らには、ブーバーンの炎にも負けないくらい鮮烈な橙色の髪をした大柄な男が堂々と佇んでいた。胸元には三日月のようなCのロゴ。誰がどう見ても、コスモ団の人間だった。

「上からのお達しだ。おとなしくついてきてもらおうか」

 そんなことを言われても、素直に応じる気も全くない。ボールの中のココロにテレポートを指示し、ボールの開閉ボタンを押すべく腰に手をやろうとした時には、ブーバーンが既に動きだしていた。丸腰のムメイに対して一切の躊躇なく、大砲のような腕から灼熱の炎を吹き出す。炎が目と鼻の先まで迫ったところで、ボタンを押していないのにポンと音がして、ココロがムメイの前に立ち塞がった。
 ココロが発動したのは、指示したテレポートではなく光の壁。命を懸けてトレーナーを護るというサーナイトの本能が、主人に危険が伴う移動よりも確実な防御を選んだ結果だった。だが、結果としてそれは裏目に出る。
 ココロが展開した光の壁の手前で、炎は上下左右に分かれてムメイとココロを包み込んだ。燃え盛る火の壁に四方を囲まれ、ムメイとココロは退路を完全に失ってしまう。

「ひゃははは!燃えろ!砕けろ!俺に楯突こうとしたことを後悔するんだな!」

 炎の壁の外から聞こえてくる声を聞き流して、ムメイは再びテレポートの指示を出した。しかし、外からは新たな火球が次々に襲い掛かり、テレポートする暇を与えてはくれない。そうしている間にも、火の壁はじりじりと迫ってくる。この状況を切り抜ける手段が、一つしか思い浮かばなかった。

『疲れた時にはできる限りやらないこと』

 カオルの忠告が蘇る。だが、そんなことを気にしている暇はなさそうだった。

(大丈夫……僕は絶対に大丈夫)

 心の中で何度も呟いて、気持ちを落ち着かせる。それから、ココロと繋がり合うイメージを描きながら、胸に揺れるペンダントの一つを握りしめる。

 刹那、ムメイとココロの心が共鳴し、完全に重なり合った。ムメイの石とココロの石。二つの石から溢れた光は爆発的に広がり、迫りくる炎の壁を完全に消し飛ばした。





読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想