未来を創る手

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
作者:揚げなす
読了時間目安:8分
ポケモンの世界にこういう人いっぱいいると思う!!!
需要と供給というものは、どちらもあって成り立っている。理想として均衡点というものがあり、両者のバランスが保たれてこそ「市場」が安定する。
両者は卵が先か鶏が先かというよりは、需要から供給が生まれることもあれば、供給が生まれて初めて需要につながることもある。
回りくどいが何が言いたいかと言えば、皆が欲しいものはそのうち誰かが作るし、誰かが作った画期的なものはたちまち話題を浚い取り入れられるということだ。

クリエイターと名がつく者が理想とするのは基本的には後者だろう。誰だって自分の理想を貫いたオリジナリティを欲するものだ。たとえ今需要に恵まれなくとも。
今机にうなだれている女性も、そのうちの一人だった。

「ん゛ああああ~~~~今月も受注ゼロかぁ~~~~」

帳簿を眺めながらブロンドの長髪を木製の机に散らばらせた彼女、イレインは、その清廉な見た目をまるごと無視した野太いため息を吐いた。
そんな主人を心配そうな目で見るヤナップとミルホッグが囲むようにして様子をうかがっている。

イレインはイッシュ地方の片隅に工房を構える作家の一人だ。ヤナップとミルホッグは彼女の手持ちであり、その仕事の助手である。
彼女が作るものはポケモンたちの道具だった。「もくたん」や「しんぴのしずく」などと同じように、ポケモンたちの力をサポートするアクセサリーを手掛けている。
多くは市場に出回る既製品と効果は同じ。手作りのため単価は高い。しかしそのデザインにあたたかみがあるとして、毎月そこそこ売れている。それはよかった。仕事がなければ作家一本では食べていけない。しかし彼女が真に目指すものはポケモンを綺麗に飾る道具ではなかった。

「ありゃ、ずいぶんやさぐれた声が聞こえたと思ったら…またゼロだったのか?」

不意に声がかけられて、うなだれたままのイレインが頭の向きを変えると、ログハウスを改造した工房の戸を控えめに開けてこちらを見る男性の姿があった。
イレインの恋人、レックスだ。創作活動にふけるイレインのよき理解者で、世話好きな年上の青年だった。イレインはレックスの姿を見るなりガバリと起き上がって泣きついた。

「レックス…そうなのよぉ…またなの!」
「君の理想は高いからな。まあその分道のりは巧くはいかないさ。焦らずに行こう。ほかの仕事の納期は大丈夫なのか?」

恋人の頭を撫でながら増設したキッチンの方へ足を向けたレックスは、買い置いておいた自分のインスタントコーヒーを二杯分、器用に片手で淹れながら胸元の頭に問いかけた。
その慣れた様子に二人の日常が垣間見える。

「終わったわ…明日納品する。」
「いい子だ。」

彼女の理想は「ポケモンが使える」道具を作ることだった。
知ってのとおり、ポケモンは自然界のものであれば自分で道具を使用することができる。体力が危険な時にはオボンの実、混乱したらキーの実というように。
しかしそれは、あくまでその実がどういうものかポケモンがわかっているからだ。既製品であるスピーダーやクリティカットなどといった人の作ったものは持たせておいてもポケモン達は使い方がわからない。
トレーナーがポケモンに道具を使う場合、タイムラグから攻撃に間に合わず、効果を発揮しないまま倒れてしまうことも多い。持たせておけば自然と補助する道具はあるにはあるが、どれも行動制限のつく物ばかりだ。

「ポケモン自身が戦略を持てたらもっとバトルは楽しくなると思うのに・・・」

最初に座っていた意匠の凝らされた椅子に座り直し出来立てのコーヒーを啜ったイレインは、反対側に腰かけたレックスを縋るように見た。
愚痴を呟くようにぽつりと落とされた言葉は、なかなか巧くいかない己の理想に対する不安からくるものだ。
信じているはずなのに、時折足場が揺らぐ感覚がある。それを元気づけて導くのがレックスの役目だった。

「そうだね。僕もそんな日が来たら素晴らしいと思うよ。でもそれには何かが足りない。何が足りないんだろうね?イレインはどう思っているんだ?」
「…知識と、現物と……前例?」

木の実を使うタイミングはポケモンに委ねられ、そこにトレーナーが介在する余地はない。とはいえ相手の種族や技構成などから予測し種類を絞って渡すのはトレーナーだ。ポケモンは厳選された条件下、渡された木の実を「使うか」「使わないか」の選択肢しかない。だからイレインはその「タイミング」に新しい要素を加えようとしていた。
しかし彼らは「どうしてそれを渡されたのか」ということは技を食らって状態異常になってから初めてわかる。ポケモン自身が意図的に道具を使った戦略を立てることは現状難しいと言っていい。まずそんな都合のいい木の実が自然界にはなかったためなじみが薄かった。
人に寄り添い言葉を理解するポケモンも知能はやはり人間に及ばない種類が多い。だからこそポケモンは道具をうまく使ったり、バトルに勝たせてくれるトレーナーを信頼してついていくのだ。
それでもイレインはポケモンがわかりやすい道具を作れば、あとは使ううちにポケモン自身が理解してくれるはずだと信じていた。そうすればバトルの幅は広がり、トレーナーとの絆も一層深まるとも。
攻撃を当てるタイミング、避けるタイミング、そういったものはやはりバトルを重ねたポケモンほど理解し応用力も高い。道具を使うタイミングもそれと同じではないかと、そう考えているのだ。

「ということは、下地がまるでないということが問題だね。君の作品もまだ未完成だし。」
「でも使ってくれる確率はだんだん上がってきてるわ!」

正直なところ、イレインの理想はまだまだ形になっているとは言い難かった。ヤナップが工房の近くの森で材料を集め、ミルホッグが危険性や状態を見破り、歯で加工しやすいように削り、それをイレインが加工する。しかし加工の段階で大きく形や香りを変えたそれをポケモンたちがどう受け取るかは、どうしても個体差が出てしまう。
また、効果の方は長年の経験によって道具自体の発動確率はそこそこ高いが、やはり下地の技術が確立していないだけあって確実にとは言えない。そんな不確定要素をわざわざバトルに持ち込みたくないというトレーナーは、やはり多かった。バトルというものは時も場所も選ばずシビアなものである。

「でも今月は受注ゼロだね。」
「・・・・・・はい」

イレインの頭が再び項垂れる。そんな彼女の頭をまた撫でながら、レックスは苦笑いした。
よく見れば子供のようにふてくされて、されるがままになっていた。

「効果や反響を見たい気持ちもわかるけれどね。もう少し完成度を上げてから売ってみたらどうだ?」
「私もあなたもバトルは観る派じゃない。効果がわからなきゃ、改善しようもないもの。」

時にどうしようもなく頑固な恋人のつむじを見ながら、レックスは言う。

「しかしねえ、このままだと君が潰れてしまうよ?」
「売れない時代は嫌というほど経験してるわ。」

イレインの声は難題を前に確固としていた。2人の見る新しい要素の確立という未来ははるか遠くに、しかしできるものとして今はそこにある。そこにたどり着くまでの道のりは彼女がその手で暗闇をかき分けていく他にない。曲がるかもしれないし、途中で消えるかもしれない。
道は未だ、歩幅の小さな彼女の足元より後ろにしかなかった。

工房の裏手で、ミルホッグが木の実を削る音が聞こえ始めている。それを聞いたヤナップが追加の木の実を取りに森へと駆けていった。イレインがまた頭を悩ませる時間が始まった。
そのうちポケモンが使える道具が追加されるんじゃない?とかいう妄想から生まれた話です。今はまだデパートやフレンドリィショップに出てなくてもその裏では製作者たちが苦悩しつつ着実に研究が進められているのです…フフフ…みたいな話が描きたかったはず

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

オススメ小説

 この作品を読んだ方にオススメの小説です。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想