起きて起きて眠る

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作者:ステイル
読了時間目安:14分

この作品は小説ポケモン図鑑企画の投稿作品です。

深い深い深淵の淵。そこは夢の国。あらゆることが起こる国。
生きるものと死んだものが唯一かかわりを持てる場所。

死者の国。それは何者にも縛られない国。深淵のさらに奥にある。
そこは生きるものにとっては苦痛。死んだものには心地よい場所。

夢を見よ、夢を見よ、深い深い深淵の夢。
夢で会え、夢で会え、懐かしき仲間たちに。
恐れるな、恐れるな、死者に怯えることはない。
怯えるな、怯えるな、全ては無に帰るのみ。
夢も、現実も、曖昧だ。
人も、ポケモンも、いつか死ぬ。
それが例え永遠の別れでもこの深淵ならば会えるのだ―――。


~起きて起きて眠る~


深い眠りのなかで手を伸ばすと黒い何かがいた。黒い何かは自分の伸ばした手をつかみぐいっと引っ張る。
上に上がる身体。しかし身体の中に何かがストンと落ち、その分、何かが抜け落ちるような感覚があった。
怪しく光る黒い何かの青色の目が自分を見つめる。
自分は何故か懐かしさに包まれる。
黒い腕が自分を引っ張る。訳もわからず付いていく。歩くと長い尻尾が足に当たった。
輝きを放つ何かが見えてきた。淡く緑色の輝きを放つ人工的な丸い何か。黒い何かがそれに触れるとあったはずのものが無くなり無かった物が現れた。まず壁が現れた。やっぱり淡く光る緑色。次に床が現れた。そして次々にテーブル、戸棚、キッチン、ソファーなどが現れる。まるで黒と緑が入れ替わったかのように急に現れた。それらはすべてが淡く緑色に光っていた。
黒い何かはティーカップを片手に砂糖を2つ、ミルクを3つ手にとって自分の目の前に置いた。
ヤカンが音を立てお湯が沸く。
黒い何かは熱がりもせず取っ手を握った。
三本の指で黒い何かは器用にティーカップにお湯を注ぐと淡く光る三角のティーパックらしきものをお湯に浸した。
お湯がすぐに淡い緑に変わる。
黒い何かは砂糖を一つ自分のカップに入れた。
その動作がとても懐かしく感じた。
自分はその黒い何かを知らないはずなのに動作の一つ一つが懐かしいのだ。
周りを見渡せば淡く光っている家具は自分の実家とまったく同じである。

なぁ、君は何なんだい?

砂糖とミルクを二つ落とした緑に光る紅茶をすすりながら黒い何かに聞いてみた。青い瞳が自分を見据える。

君に会いに来たんだ。

黒い何かはそう言った。そして黒い何かは自身のティーカップに紅茶を作りながら続ける。

君に会いたい。それだけだったんだ。会えてよかった。伝えたいことがあった。だから残った。

黒い何かはまるで心を落ち着かせるようにと大きく胸を上下させると左右の三本の指の爪先を合わせながら自分の目を見た。

一緒に空を飛んだ時、いつも道間違えてごめん。地面に降りるとき木に突っ込んでごめん。いたずらしてごめん。君の靴下、破ってごめん。技の覚え悪くてごめん。お金、間違って食べた。ごめん。夜、寝返り打って君の骨折った。ごめん。育て屋、君と離れるのが嫌で燃やした。ごめん。そのせいで君がトレーナーになるのやめたの、ごめん。それから君、泣いてた。僕のせい?ごめん。あと………

黒い何かは自分に向かって長いこと懺悔していた。自分はそれが何のことなのか理解できずに呆然としていた。それらすべてが自分の中で大切な記憶だという感じはするのだが今一つそれが自分の記憶だという確証が持てない。記憶を呼び起こそうとするのだが深い霧の中をさまよっているような気がするだけだった。
黒い何かは息を吐き切るともう一度大きく息を吸い、また言葉を紡ぐ。

でも、こんな自分を愛してくれた。ありがとう。おやつくれた。ごはんくれた。おいしかった。ありがとう。いつも大事にしてくれた。ありがとう。夜、一緒に寝てくれた。どんなに暑くても怖がりな僕のために寝てくれた。ありがとう。僕、弱くてごめん。怖がりでごめん。だから君は僕を怒らなかった? 心配かけてごめん。最後まで僕に付き合ってくれてありがとう。仕事、休ませてごめん。えっと…だから、うんと……僕、君のこと大好き。だから君につらい思いしてほしくない。それは僕も悲しい。だから………泣かないで?

自分の目尻からつぅっと温かい涙が流れていることに気づいた。自分の泣き顔に慌てる彼は相変わらずで、その顔を見ると不思議となつかしさと安堵で心が落ち着いてくる。
大丈夫と彼に声をかけようとしたが声が出なかった。黒い何かは自分のことをきつくきつく抱きしめる。温かさが自分の中にあふれ出す。自分の涙は堰が切れたかのようにあふれ出した。そしてその涙が触れると黒い部分に色が戻った。鮮やかなオレンジ色。大空に映えるきれいな色。自分の好きな色。黒くて見えなかった翼が見えた。ほかの個体より一回り小さなその翼のせいで小回りが効かず、滑空や翼を使った技を使うには不便なものだった。ブリーダー宅の群れの中で、翼が小さく力も弱いため、群れから弾かれていつも隅っこにいたのを不憫に思い彼を引き取ったのだ。そのせいなのか、彼は臆病だった。夜なんか絶対に外には出なかった。夜はどこにも行けなかった。でもその分、人の感情には敏感で悲しみを共有したり、お互いに慰めあったりと彼はとにかく優しかった。しかし、寂しがりやだからなのか自分の気を引こうといろいろないたずらを仕掛けたりしたものだ。でも自分は一度たりとも怒ったことはない。彼が落ち込むことがわかっていたからだ。それに彼は寂しかったりどうしようもなくやってしまったりするだけで悪気はないのだから。
彼の頬にやさしく触れると炎タイプで温かいはずの彼の体が不思議と冷たかった。そんなことを気にする様子もなく自分の体は自然と彼の太く長い首に腕を回し、体重を預けた。すると彼は空を見つめた。いつの間にか周りにはしっかりとした空があり、地面があり、家があった。それは自分と彼の暮らした家。彼を引き取ってから一緒に暮らした家。
軒先にはテラスがあり、そこで彼といつも二人で自分の趣味の紅茶をよく飲んでいた。そして彼が―――。

飛ぶよ。つかまっててね?

自分の体はいつの間にか彼の背の上にいた。自分は驚くこともなくいわれるがまま彼の首に手を回す。すぐに強い空気の塊が顔に当たる。遠くまで黒い草原が広がる。彼は遠くまで飛ぶ。彼は小さなその翼で空を切り、強く羽ばたき自身の色を強調した。

オレンジ。
燃える炎。
彼の色。

彼の背に自分はつぶやいた。
黒い空にオレンジ色の一線が走る。彼がずっと憧れていた本当の≪飛ぶ≫ということが今できている。
彼が自分を見て笑っていた。自分の顔も不思議と笑う。でも目じりから暖かい涙がこぼれ続ける。
彼の心の声が自分の中に響く。

大丈夫、心配しないで。僕は大丈夫。
でも僕は君が心配。君は僕と同じ。だから心配。
君は優しい。でも君のせいじゃないよ。君は全然悪くない。自分を責めないで?
大丈夫、僕は知ってるよ。君が僕にしてくれた最大限の愛情を。
僕は満足だよ。君と一緒にいた記憶が、君と空を飛んだ記憶が、君の笑った笑顔が、全部僕の宝物。
憶えてるよ、君の手のぬくもり、君の声、君の匂い、君の淹れてくれた紅茶の匂い、全部、ぜんぶ、ぜ~んぶ!

彼が声を張り上げると彼の目の前の闇が砕け散った。
闇の裏側には真っ白い空が広がっていた。彼はその目の前に降り立つと自分を下してからぎゅっと自分の体がきしむほど強く、強く、抱きしめた。

大丈夫、君が来るときは僕が迎えに行くよ。でもすぐに来ちゃだめだから。ほら……約束。

彼は三本目の指をまっすぐ伸ばして恒例の≪約束≫をしようと自分の指に自分の太く力強い指を絡めた。
お互いに何か約束をしたときは必ずするようにしている約束。

ゆびきりげ~んまん嘘ついたら針千本飲~ます…。指切った!

彼は笑って自分の手を強く握って言った。約束だからね?と…。
そしてもう一度彼は自分の体を強く、強く、抱きしめた。そして耳元で囁いた。

君のせいじゃないんだよ―――。

そう言って彼は私の体を離し白い空に向かって歩いていく。彼の尻尾に炎が灯ってないことに気付いた
。彼が向こうに行ってしまうことが私は無性に恐ろしいことのように感じて彼を追いかける。向こう側に行ってしまったらもう会えないような気がして…。
白い光に体がつつまれると体の中を何かが突き抜け、何かを攫っていった。
私はそんなことなど気にすることもなく彼の背を追いかける。彼の色は色でなくなりぼんやりしたものに変わる。彼に向って私は叫ぶ。
彼は私に気づくと慌てて走ってきた。

僕は言ったよ。すぐ来ちゃダメだって。もう、優しすぎるんだよ…。

彼は飽きれたような声を発し私を抱き寄せる。

君の帰る場所は向こうでしょ。

彼が私の胸を弾くと私の体は後ろに飛ばされた。
まって、だめ、それは嫌だ、まっ―――





頭がすっきりとしている。
いつもの部屋でいつもの私。
ふと泣きたくなって小一時間ほど泣いた。
なんで泣きたくなったのかわからずに戸惑っているとスマホが鳴った。そうだ、仕事にいかなきゃ。
目に溜まった涙を拭ってリザードンの入っているボールに手を伸ばしかけたところで今日は休ませようかと思い、そのまま部屋に置いて家を出る。
たまには自分の足で歩くのもいいなと思いつつ空を見た。遠くまで続く青い空。
いつもはリザードンに送ってもらうのだけどこうやって歩くのはいつ以来だろうか。リザードンを引き取ってからは無いかもしれない。
帰ったら怒られるかもしれない。まぁ、たまにはいいだろう。
会社につくと後輩が話しかけてきた。
「あれ、もう大丈夫なんですか?」
その一言が私の頭のなかで大丈夫と言う言葉が回る。
大丈夫?
なにが?
大丈夫…大丈夫…?
私、怪我とかしたっけ?
……………………?
「ねぇ、ほんとうに大丈夫ですか? 無理そうなら私仕事やっときますよ?」
彼女は紙コップに淹れたコーヒーを書類と引き換えに私の書類を小脇に抱え愛想よく歩いて行った。
コーヒーの暖かさにリザードンのぬくもりを思い出した。そして彼女の大丈夫という言葉もも思い出した。
コーヒー、あったかい…。大丈夫?なにが?何か、何かとてもとても大事なことが…。
スマホを何気なく開くとリザードンと私の写真が写った。
リザードンが笑っている。私も笑っている…。

ほら…約束。

どこかから声が聞こえた。
瞬間、走馬灯のようにリザードンとの記憶が頭をめぐる。渦を巻く記憶は私の記憶とぶつかり合う。まるで形の違うジグソーパズルを無理やりはめていくような気分。地面に穴が開いて私だけが落ちていく…。ずっと落ち続ける。このまま落ちていければいいのに―――。スマホが手から離れた音で穴が閉まった。
そうだ、そうだよ。そうだよ……。
リザードンは私の腕の中で―――。
最後のピースが無理やり捻じ込まれたときブツンと音を立てて私の中の何かが切れた。
四肢に力が入らなくなり世界が回る。頭が軽くどこか遠くに飛んで行ってしまいそうな気さえする。
椅子の背もたれに手をつく。息が荒い。空気が吸えない。目が霞む。体を支えている腕に力を入れているのかどうかすらわからなくなる。
キャスター付きの椅子が動きひっくり返った。

気が付いたらソファーの上で寝かせられていた。額には冷たいタオルが置いてあり足だけ心臓より高い位置に置かれている。
「あ、気づきました?」
愛想のいい顔で彼女は言う。
「今日は帰っていいそうです。課長にも言っておきましたから」
彼女の手から暖かいお茶を手渡され、少し啜ると心が落ちついた。
「ちょっといい?」
業務に戻ろうとした彼女を私は引き留めた。
「何でしょう?」
「私、リザードンのこと忘れてたんだ。リザードンが死んだこと、今の今まで忘れてたんだ。それが一気に戻ってきて気が付いたら横になってた」
彼女は少し困った顔をすると私の横に座った。
「それはきっとリザードンが先輩に迷惑をかけないように、先輩が悲しまないように消しといてくれたんじゃないですかね? ほら、先輩のリザードンって臆病じゃないですか。先輩が悲しんでる姿を見るくらいなら記憶に残らないように…とか考えそうじゃないですか。それに…」

君のせいじゃないんだよ―――

「先輩?」
「あ、あぁ、いや、そうかもな。あいつならやりそうだ」
一瞬、彼女の口からリザードンの声がした気がした。
「先輩、明日呑みに行きましょ。私、下戸ですけど頑張りますよ」
「行くか、でも私も下戸だから……食べ放題なんてどうだ?」
「いいですねぇ、あ、それなら私いいところ知ってるんですよ―――」
彼女の口からつらつらと出てくる店名にどこに行こうかと相談しながらリザードンに思いを馳せる。
なぁ、リザードン。私は何とかやって行けそうだ。
お前に心配されるほど私は弱くないぞ。
ビルとビルの谷間をきれいに滑空するリザードンに乗ったトレーナーを見るたび私はお前のことを思い出そう。お前との記憶を呼び起こそう。お前のために紅茶を淹れよう。いつかは薄れていくかもしれないが一生忘れることはないだろう。
なぁだからさ、私はのんびりお前のもとに向かうとするよ。その時はエスコートするんだぞ。

彼女が課長に呼ばれ、私も今日は帰ろうとしているとガラスの向こうを力強い羽ばたきでリザードンが横ぎった。
私の実体験がこの話の元です。足下に穴が開く感じと言うのは絶望と言うんだと最近友達に教えてもらったばかりです。

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