思い出の中で

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独白シリーズ。今回はトレーナーとお別れとなったモルフォンのお話。
卵から生まれたポケモンにとって、トレーナーは親と同義だと考えてます。その考えからできたお話です。
 生まれてからずっと、ボクはお父さんと一緒だった。

 まだ「コンパン」だった時は、ボクはお父さんの足をいつも追いかけていた。本当はボールに入っていないとダメなんだけど、なんだかお父さんが遠くに感じて入るのがとても嫌だったんだ。
 他の皆は素直に入っていた。暴れん坊のピオン兄ちゃんでさえ、ちゃんとボールに入っていたんだ。ボクだけがお父さんの言うことを聞けなかった。だけど、お父さんは怒らないでボクが外に出ていることを許してくれた。
 生まれたばかりの時からずっと抱っこして運んでくれた。眠る時はリュックの中に入って、休むんだ。

 だけど、ある時スト兄ちゃんに言われたんだ。

『そろそろ自分で歩けよ。いつまであいつの荷物になり続ける気だ』

『荷物?』

『……苦労ってことだ。つまり、いつまでも嫌な思いさせんなってこと』

『え……』

 ボクが、お父さんに嫌な思いをさせていた?
 毎日毎日抱っこしてくれていたけど、本当は心の中ではボクのことを嫌がってたの?
 あの笑顔がウソだったってこと?

 そう思ったら涙がこみ上げてきた。

『――モルンは荷物ではありませんよ。マスターも嫌な思いなんかしていませんよ』
 優しい言葉が背後から聞こえてきた。振り返ると、パマサおじちゃんがいた。優しい目でボクを見つめてから、スト兄ちゃんに対して厳しい声をかけた。その声にボクは思わず涙が引っ込んだ。

『ストイック。マスターは、抱っこをするのが嫌だと、言っていましたか?』

『いや……でも……』

『貴方が言いたいことはわかります。ですが、言い方が悪いです。モルンが勘違いしていますよ』

 勘違い? どういうことかわからなくて、ボクはオロオロするしかなかった。

『マスターはモルンが好きだから抱っこしているんです。ただ、疲れている時でも貴方を抱っこしているから、ストイックは心配でしょうがないのです』

『別にそう言うわけじゃ……』

『お父さんって疲れるの?』

 ボクはパマサおじちゃんの言葉にびっくりする。お父さんが疲れるなんて、嘘だって思った。だって、どんな時でも笑顔で元気で、疲れているところなんて見たことがなかったから。

 そういうと、パマサおじちゃんは白い目を丸くさせていた。

『……えぇ、もちろんマスターも私たちと一緒で疲れます。ただ、モルンにそういった姿を見せないように頑張っていたのですね』
『どうして?』
『モルンが抱っこを我慢しないように、ですよ。マスターが疲れているのを見ても、抱っこして欲しいですか?』
『嫌だ。お父さんが疲れてるなら抱っこはいらない……』

 当然だよ。疲れてるなら、休んでほしいもん。

『でも、お父さんがどのくらい疲れてるのかよくわかんない……』
『隠しているから、わからなくて当然ですよ』
『でもスト兄ちゃんはわかるんでしょ? なんでわかるの?』

 そう聞くとスト兄ちゃんは得意げにいった。

『お前よりも付き合いが長いからに決まっているだろ』
『ずるいずるい! ボクもわかりたい!!』
『だったら、よくあいつを見るんだな。そうすればわかってくるさ』

 それから、スト兄ちゃんの言うとおりボクはお父さんをよく見ることにした。最初は全くわからなかった。

「モルン。俺の顔になにか付いてるのか?」

 じっと見つめすぎて、お父さんが困ったような顔をする時もあった。わからなくてどうしてって何度も悩んだ。
 だけど、ふと気がついた。お父さんは元気がない時ほど、いつもより笑っている。なんだか空元気な感じ。でも、よく見ないとわからないぐらい些細な違い。もしかしたらこれが疲れているサインかもってスト兄ちゃんに聞いた。そしたら、「あぁそうだ。お前の言うとおり、あいつは疲れている時のほうが笑ってる」って悲しそうな顔で答えてくれた。
 ボクの答えは合っていたんだけど、その答えに町を二つ巡ってからたどり着いた。スト兄ちゃんはお父さんのこと、本当によく見てるんだなって思った。

 疲れているとわかった時は、ボクは自分で歩くようにした。けどボクにとってお父さんの歩くスピードはとっても速くてついて行くのが大変だった。置いてかれないように一生懸命歩いていると、お父さんはチラチラと横にいるボクを見て確認する。
 ――危ないから前を向いてよ。そう思いながらお父さんの顔を見上げると、思いが通じたのかすぐに顔を上げる。だけどなぜか決まって顔を抑えて震えるんだ。

 もしかしてこれも疲れのせいかとスト兄ちゃんに相談すると、「悶えているだけだから気にすんな」と言われた。悶えているってなんだろうとフラナおばちゃんに聞いたら、「それは身を震わせているってことよ。いつものことだから気にしなくて大丈夫よ」と同じようなことを言われた。

 すっごく気になるけど、皆が大丈夫っていうなら気にしないことにした。

「……可愛すぎて辛い……」
 たまに聞こえる言葉の意味がわからないけど、気にしないと決めた。

 抱っこをしなくなってから、ボクはバトルをするようになって行った。初めてのバトルは、お父さんの友達のポケモンだった。

 オレンジと黒の模様を持った体はお父さんよりも大きくて、白いふわふわした毛は逆だっていた。
 その存在に圧倒されていると、突然大きな吠え声を上げられて、ボクはびっくりしてしまった。

 それから相手のポケモンが凄く怖くなって、お父さんの元に泣いて戻ってしまった。その後、ボクたちではなくお父さん同士のバトルが始まっていた。

 ボールから出てきたおばちゃんはいつものことだと、ボクのほうを心配してくれた。とりあえずバトルというのは、あのウィンディというポケモンのような怖い相手とも戦うことがあるとわかった。今度は泣かないで戦うぞと思ったけど、そうなるまでにはかなり時間がかかった。

 バトルに慣れてから、今度は勝ち負けにこだわるようになった。
 お父さんはバトルに勝っても負けても、ほめてくれた。ただ負けた時、すぐにポケモンセンターに運んでくれるんだけど、とても心配そうな顔でボクを見てくる。それが嫌で、怪我をしないように強くなろうって何度も思った。でも中々強くなれなくて、何度も泣き喚いた。そのたびに慰めてくれたのは、フラナおばちゃん。おばちゃんはいつも言っていた。

「あせって強くなる必要なんてないわ。地道に少しずつ努力を重ねて行けばいいのよ。マスターだって同じことを言っているでしょ?」

 確かにお父さんも慌てなくて良いって言っている。だけど、強くなりたい。負けた時のお父さんの顔は凄い悲しそうなんだもん。そんな顔より喜ぶ顔のほうが見たい! そう思って毎日泥まみれになってバトルの練習をしていた。

 すると、ボクの体に変化が起きた。体がむずむずしだして、突然体が軽くなった。
 足元の地面がなくなった感じがして戸惑っているとお父さんの叫び声が聞こえた。

「モルンが! モルフォンに進化した!」

 なんだかよくわからないけど、ボクは「モルフォン」に進化したらしい。お父さんは大興奮で喜んでいたけど、ボク自身は自慢の毛がなくなったことが悲しかった。だけど今までは見上げないと見えなかったお父さんの顔が、よく見えるようになったのは嬉しかった。これでお父さんにいつでもついて行ける。そう思うと次の旅が楽しみに思えた。

 そして進化したからには、これでもう他の皆には引けを取らない。そう思っていたけど、そんなことはなかった。

『――おい、あまり遠くまで行くなよ。それと、木の枝が飛び出ているから羽に気をつけろ』
 進化しても相変わらず心配症のスト兄ちゃん。

『そんなひょろひょろ技じゃ、パマサだって倒せねーぞ』
 いつものようにからかってくるピオン兄ちゃん。

『いっぱい練習するのも良いですが、そろそろ夕飯の時間ですよ。マスターが待っていますよ』
『ほら、モルンも早く戻ってきなさい』
 パマサおじちゃんもフラナおばちゃんも子供扱いは変わらない。

 変わったと言えば、ティティ兄ちゃんぐらいだ。ボクより先に進化したんだけど、前よりも無口になった。最近は一人震えていることが多い。お父さんと同じで悶えているのかな?

 お父さんもいつものように優しかった。生まれた時からずっと、どんな時でもお父さんは優しかった。食べ物の好き嫌いをしても、怒らなかった。ボクがわがまま言っても怒らなかった。
 進化してからも、コンパンの時のように可愛がってくれた。――ずっと、大好きなお父さんと一緒だと思っていた。
 スト兄ちゃんやピオン兄ちゃん、パマサおじちゃんにティティ兄ちゃん。そしてフラナおばちゃんとも、皆ずっと、いつまでも一緒に暮らしていると思っていた。


 ――なのに、離ればなれになっちゃった。


 お父さんが倒れてから、崩れてしまった。本当に突然だった。お父さんはボクとフラナおばちゃんを友達に預けて、そのまま消えてしまったんだ。

 どうして?
 お父さん。どうしてどこかに行ってしまったの? どうして一緒にいてくれないの?
 どうして……捨てちゃうの?

 ボクがわがままだったから? ぼくが悪い子だったから? 僕が子供だったから?

 だったらもう二度とわがままは言わない。いい子になる。大人になる。もう木の実の好き嫌いもしない。バトルに負けたって泣かない。お腹すいても喚かない。だから、だからお願い。戻ってきて。
 お父さん。お父さん。いい子にするから、また一緒に旅をしようよ。皆と一緒に、また楽しい旅をしよう。

 だからお願い戻ってきてよ……お父さん。お願いだから捨てないで。

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