ちょっとしたヌメり

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あぶない、あぶない。ばれちゃうとこだった……。でもいっしょにおでかけできるならばれてもよかったかなぁ?
「ウ~ン、お財布がヤヴァイ」
俺はベッドに乗ってクリーニングから帰ってきた制服を眺めながらそう思っていた。いったい何度目だろうか、制服をクリーニングに出したのは。
ペッタンペッタンと軽く弾むように歩くパドルが廊下を歩っていった。買ってやった本を大事そうに胸に抱えているがその肝心の本はヌルヌルである。
「今月乗りきれるか……?」
不安だ。バイトでも入れようか?
俺はパドルのことを考える。バイト先にきっと付いてくるだろうから。しかし当の本人はここからは見えない部屋に行ってしまった。
はぁ……と肺の中の空気を押し出してベッドに倒れこんだ。もう、いっそのこと洗濯機で洗ってしまおうか。それがいい。……しかしこの制服は洗濯機で洗えるのか?
「なんだこの臭い……?」
昔、遊びでライターを使ってビニールを燃やしたときの臭いがする。
「パドル、何してん…ウアアアァァァァ!」
臭いの元を辿っていくとキッチンでパドル《そのもの》が燃え盛りながらフライパンを振るっていた。その表情は炎で見えないが、慌ててはいないので熱くは無いのだろう。
俺に気付いてクルリとこちらを向き、メラメラと燃え盛る触手を伸ばしてきた。
「おまっ、せめて炎を消してからやれって!」
俺は逃げるように風呂場に駆け込み、バケツに残り湯を入れてキッチンに駆け戻った。
ウリャッと水をぶっかけるとキョトンとしたいつものパドルがいた。まるでその顔は一体どうしたの?と言わんばかりだ。火傷の一つも見られない。恐らく燃えていたのは粘液だけなのだろう。
こっちの気も知らないで呑気なものである。
「な、なぁ、何したら燃えるわけ?」
聞くべき疑問をぶつけてみるとパドルが買ってあげた料理本の一頁を開いて持ってきた。
「なになに……燃えるような料理、男の子の胃袋を鷲掴み!マトマカレー。え、なに。これを作ろうとして本当に燃えたわけ?」
違う違うと首を横に降るパドル。触手がここを読めと一文を指す。
「#step1 自分が燃えてしまいそうな火力で木の実を炒めましょう……?」
まさか…自分が燃えてしまいそうな火力で炒めてホントに自分が燃えたわけじゃないよね?
まさかねぇ?
ふと天井を見ると煤だらけである。眉間に皺が寄るのが自分でもわかる。
その顔のままパドルを見ると口をパクパクさせてフライパンを眺めている。後ろから覗き込むと炒めた木の実が水没していた。
パドルはガックリ項垂れて渋々ゴミ箱に移した。そしてまたマトマの実をフライパンに……。
「その料理は今後一切禁止です」
俺はもう二度とパドルにその料理を作らないことをを約束させるとパドルはしょんぼりと触手を垂らして部屋を出ていこうとした。しかし、俺はパドルの尻尾を掴んで引き止める。
「どっかいく前に掃除、手伝って。俺の身長じゃ届かないからさ」
俺はモップを手渡すと触手が受け取りパドルからはぁとため息が漏れた。
そんなにやりたくないのかと思いながらパドルの器用に動く触手を見ていると俺の腹が情けない音をあげた。何か食べようと冷蔵庫を開けると違和感を感じた。なぜなら俺が買った記憶のない木の実で一杯だったから。これは夢かと思って扉を閉めてもう一度開けてみるがやっぱり一杯に詰まっている。人間に嫌いな人がいないであろうモモンの実はもちろん、用途が限られるカゴの実、酸味の強いナナシの実…などetc。そして一際目を引くのが大量のマトマの実。上から下まで赤く棘のある木の実で冷蔵庫は一杯だった。
ポカンと口を開けたまま冷蔵庫の前で固まっているとパドルが慌てて冷蔵庫のドアを閉めた。
いったいどこでこんな大量の木の実を手に入れたのだろうか。というよりいつの間に持ってきたのだろうか。
稀に木の実をどこかから拾ってくるポケモンがいるのは知ってるが常に俺と一緒にいるはずのパドルがいつの間にというよりどこから拾ってきたのか謎でしかない。パドルを見ると冷蔵庫の前に陣取って開けさせないと言わんばかりに冷蔵庫を塞いでいる。
「……モモンの実取ってくれない?」
パドルはサッと冷蔵庫を開けるとモモンを一瞬で取り出した。
それを受け取ると俺はテレビの前に座り、モモンの柔らかい果実を齧りながらパドルの様子を眺めた。パドルは俺が遠目から見ていることに警戒してか冷蔵庫の前から動かない。いつもなら規則的に揺れているその触手が今は俺の一挙一動をとらえようとするかのようにまっすぐピンと伸びている。
うぅむ、これは気を付けないと地雷を踏むかもしれないな。
「なぁ、その木の実っていったい…」
どこで取ってきたのと聞く前に素早くパドルが移動してきて顔を吐息が当たるほど近づけてくる。よほど興奮しているのか吐息が妙に温かい。
「あ、いや、次取りに行くときは俺も連れてって欲しいなぁとか思っただけで…」
嘘は言ってない。またあんなにマトマの実ばかり取ってこられても俺が困る。だから次に取りに行くときは俺も連れて行ってもらってバランスよく取って来てくれるのが一番ありがたい。それに俺はあんまり辛いのは好きじゃない。
パドルはキョトンとしていた。まるでそんなこと言われるとは思ってもいなかったとでも言いたげに。
「あ、嫌だったらいいんだけどさこっちとしてもパドルの行動範囲くらい知っておかないと何かと不便だからさ、そのえっと…あの………ちょっと何をしているんでしょうか?」
すっくとパドルは立ち上がると俺にのしかかりを使ってきた。
「ちょっ、パドル死ぬって、お前重いんだから俺死ぬって!」
言っても聞かないのは分かりきっていること。でも言ってみるくらいの悪足掻きはしないとやっていられない。そしてパドルが立ち上がると俺はパドルのお腹にくっついていた。
俺は慌てて暴れたがガッシリと丸い腕が俺の脇を押さえていて動けなくなった。
そしてパドルは玄関に向かって足を向けた。
おぃおぃおぃ、まさかこのまま外に出るとか言わないよな?
そしてパドルは俺の靴を触手に付けるとドアノブを回した。
「パドル、待っ、自分で歩くから!」
しかし、パドルは聞く耳を持たなかった。バタンと音をたてて扉を開け放つとそのまま外に駆け出していく。流石、ドラゴンタイプと言おうか。飛べない代わりに足腰の筋肉が半端ない。ダンと一歩踏み出すとグイッと空間が0になる。素晴らしく早い。しかし、人間はそう言う速さに慣れていないので必然と……
「ア゛アァァァァァ!」
となる。
今の今まで絶叫マシンを怖いと思ったことはないが首も足も腕すらも全ての自由を奪われた状態のこの絶叫は異常だった。風が壁のように押し寄せ、空気の塊として俺を押し潰す。そして視界は歩行者と車が驚愕の表情を浮かべながら遥か後ろに流れていく様を捉えるので精一杯だった。暫く叫ぶと俺は何かがふっ切れた気がしてそのまま気を失ったのだった。

次回に続く!
ちょっとばかし「なろう」のほうで一次創作をやっておりました。そっちが忙しくて停滞してしまい申し訳ありませんm(_ _)m

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