留守番ヌメり

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はやくかえってきてね?
じゃないと……わかるよねぇ?
「ねぇ、パドルちゃん、最近来ないけどどうしたの?」
「あ~……」
ホームルームが終わり、皆が皆自分の愛するポケモン達と共に帰路に付く頃、唐突に隣の女子に話しかけられた。別に仲のいい友達ってわけでも幼馴染ってわけでもない、俺にとって全く知らない人と何ら変わりないくらいのクラスメイトってだけの女子。そんな奴がいきなり話しかけてきた。
「学校嫌いっぽいよ、だからお留守番」
「えぇ~…」
そうそう、パドルが学校に来た日からポケモン解禁になった。なんだかんだ保護者がうるさく言っていたようだが生徒によるアンケートと教員の中に東京ポケモン大学出の人がいて子供とポケモンの関係性という論文を発表したことにより保護者たちは引き下がったようだった。でも教員たちによって最低限の校則が決められ、今のところ特に大きな事件はない。彼女は黒板の上に貼られた真新しい紙をちらりと見てはぁとため息をついた。
「せっかくポケモンOKになったのにバトルができないんじゃ楽しくなぁい!」
「そうかなぁ…俺は別に…」
俺もその黒板の上に貼られた真新しい紙を見た。

一、バトルは禁止。
二、トレード禁止。
三、教員から見て大きいと感じたポケモンはモンスターボールに入れること。
四、授業中は出さないこと。
五、上記の項目が守れないものは即刻停学とする。

「あんたおかしい!」
バンと机を叩いた拍子にクラス中の視線を彼女は集めた。
「大体ね、なんでヌメルゴンが学校に来ないのよ! 私がケチョンケチョンにしてあげようと毎日準備してきてあげてるのになんで連れてこないのよぉ!」
「んなこと言われてもそもそもバトルは禁止…」
「かんっけいないわ、どうせ学校出たら介入出来ないもの!」
「はいはい、そうですか、さいですか」
「あ、ちょっと待ちなさいよ!」
荷物を纏めて教室を後にする。後ろからグダクダ言うやつがいるが気にしない。
「そもそもね、ポケモンと人間はバトルするために生きてるのよ。ずぅっと昔からね! それなのにバトルをしないのはパドルちゃん相当ストレス溜めてるんじゃない?」
フフンと鼻で笑いながら勝ち誇ったように彼女は言う。まるで自分はそのために生きてると言いたげに。彼女と目線を合わせないようにしながら俺は下箱から安売りしていた少しぶかぶかのスニーカーを出し、歩き出した。
「だったとしてもパドルは俺より賢いし、俺の知らないところでバトルしてるんじゃない? パドルなら別に俺がいなくてもバトルはできると思うんだよなぁ。じゃ、そう言うことで」
鍵をガチャンと外し、自転車にまたがって彼女に言い放った。自転車置き場で彼女を振り切るように自転車を漕ぐ。後ろからぎゃんぎゃん吠える声が聞こえてきたがしばらくすると聞こえなくなった。
生ぬるい風が頬を撫でながら後ろに流れていく。そういえば考えたこともなかったな。パドル…俺がいない間何してるんだろ……。




そのころパドルはビョンっと触手を上に持ち上げては下げ持ち上げては下げの繰り返しをしながら時計を見てはそわそわと玄関の前と窓のそばを行ったり来たり…。帰ってくるのを今か今かと待っていた。キィッとブレーキを掛ける音がするたびに触手をビヨンビヨンさせて帰ってきたのか来ないのかと待っていた。仕舞いには玄関の前にぺたりと尻を付いて待つことにしたようだ。
ブァァ…と家の前に車が止まり扉の閉まる音がした。
パドルが不思議そうに少しだけ扉を開けると知らない女の子が目の前に立っていた。
≪俺以外の奴が入ってきたらパワーウィップ使って追い払っていいから≫
そういえばそんなことを言われた気がする…とパドルはヒュッヒュと触手を前後に動かして力加減はこれくらいかなぁなんてやってみる。いつだかテレビでやってたボクシングの真似事で女の子だし、弱でいいよねという感じでビヨンビヨンと触手を動かす。
「何、鍵かけて無いの? 不用心ねぇ…」
少し下がっていつ入ってきてもいいように触手を後方に下げて構えた。ギィと音が鳴ると同時に前方に向けて触手が飛ぶ。
「おじゃムグハッ!」
しまったとパドルは口を押えた。強すぎた、吹き飛ばしてしまった。どうしよう…。
「ふ、ふふふ…先制攻撃たぁずいぶん早いじゃないの。そうじゃなきゃ私の相手は務まらないわ…。やっちゃってドンメルッ!」
ポンッと音を立てて出てきたのはなんともぼーっとしたポケモン。出てくるなりクァと大きな欠伸を一つして昼寝のような丸い体制をとった。
「ドンメル火の粉!」
ドンメルはちらっと女の子を見ると欠伸交じりの火の粉を放った。女の子の顔に血が上っていくのがよくわかる。
女の子はギャーギャー喚いてもう一度火の粉を指示したがドンメルは昼寝を始めた。どうにかこうにか起こそうと女の子はゆすったり頭を叩いたりしていたがドンメルは起きない。女の子はドンメルをボールに戻すとフゥとため息をついてパドルを指さしてこう言った。
「………ふ、パドルちゃん。命拾いしたわね。次会うときは覚悟しときなさい!」
そういって女の子は出ていった。
ぽかんと口を開けていると車が離れていく音が聞こえた。騒がしい人が来たせいで一人の時間がやたら寂しく感じるなぁと玄関前で尻を付いたままパドルは思った。壁に寄りかかって船をこいでいると聞きなれたキィッとなるブレーキの音が聞こえた。
ガバッと起きるとドアノブが回った。
「いやぁ、ごめんごめん。遅くなった。パンクしちゃってさ。これから夕飯に使う材料買いに行くんだけど行く?」
もちろん!と大きく頷いて同居人の手を握った。
彼は照れ臭そうに握り返してくれた。滑って握るのが大変そうだった。でも同居人は調子の外れた口笛を吹きながらパドルを撫でた。パドルは嬉しそうに触手を揺らす。ヤミカラスが遠くで鳴いた。もう過ぐみんなおうちに帰る時間。もうすぐ充実した時間が訪れる。同居人は明日は確か学校はなかったはず。のんびり過ごそう。ね?
彼に視線を送るとそうだねとつぶやいた。

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