シンキ2

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読了時間目安:16分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

前話の続きです。
視点は変わらずシンキが主役となっています。
 ラクアに会うために町へと向かったが、同じ朝でも訪れる日によって町の様子はまるで違う。どうやら今日は、人が少ない日のようだった。もしかしたら、休日という人間たちが休む日かもしれない。俺は少し不安を感じながら飛んで行く。

 ラクアが住んでいるフルラン食堂というお店は、休日だと開いていないのだ。とりあえず、目的の場所へと素早く移動する。一度堂々と町中を飛んだら人間たちに騒がれてしまったので、木や家に身を隠しながら見つからないように心掛ける。目的のお店につくと、運が良いことに裏窓が空いていた。中からいい匂いが漂ってきているので、きっとお店は開いているのだろう。良かったと安堵した俺は、空いている窓辺に降り立ってそっと中を覗き込んだ。窓のすぐそばには階段と、その奥に厨房という人間がご飯を作る時に使う場所が見えた。
 匂いはそこから漂っていることがわかる。誰もいないので中に入っていいか迷っていると、階段を降りる足音が聞こえてきた。それからすぐに、彼女にフルナおばさんと呼ばれている人間が現れた。

「あら、シンキちゃんじゃない。その道具、どうしたの?」

 声をかけられたが、ココに来た理由をどうやって伝えようか迷った。この人は彼女と違い、言葉が伝わらないのだ。道具を上げ下げして迷っていると、突然窓の冊子が落ちてきて俺の頭を強打した。

「あらま大変!」

 フルナおばさんは声を上げて窓に近づいてきて、すぐに冊子を上げてくれた。俺は思いがけない一撃に頭を抱えてしばらく悶えることしかできなかった。

「今の痛かったわね。よしよし」
 俺の針に臆することなくおばさんは優しく頭を撫でてくれた。そのおかげで、痛みが少し和らいだ。撫でられるのが気持ち良かったので、触覚を垂れ下げて身を任せることにした。

「なにかすごい音がしたけど、どうしたの?」
 階段のほうから聴き慣れた声が聞こえてきたので触覚を跳ね上げる。顔を上げると、彼女がいた。
 巣にしている木の色と似通った髪色は短く切り揃えられていて、今日は白い服に足にぴったりはまった紺色のズボンを履いていた。黒い目が丸く見開かれて、驚いていることがよくわかった。

「シンキ! その道具はどうしたの? なにかあったの?」
『お久しぶり。ちょっと頼みたいことがあってきた』

 いつものように話しかけると、おばさんは俺から手を離して彼女のほうを見た。

「ラクア。話すなら中に入れてからにしなさい」
 一瞬おばさんは剣呑な雰囲気をかもし出した。彼女のほうはなにか言い返そうとして、言葉を飲み込んだように見えた。

「わかった。でも、もうすぐお巡りさんがくるよ?」
「それぐらいの準備は私一人で大丈夫よ。今日は午後開店だから余裕があるわ。この子がここに来るってことは、また森でなにかあったってことでしょうから、ゆっくり話を聞いてあげなさい」
「うん。じゃあ私の部屋で話そう。先に上の窓の前で待ってて」

 そう言って彼女――ラクアは軽い足取りで降りてきた階段を駆け上がった。俺も言われたとおり外に出て二階窓の前までゆっくりと飛んで行く。窓辺につくと、ラクアが窓を開けはなって入れるようにしてくれた。

「どうぞー」
『お邪魔します』

 ラクアの部屋に入るのは何ヶ月ぶりか忘れたが、変化はない様子だった。辺りを見渡していると、ベッドに腰掛けた彼女は首をかしげながら聞いてきた。

「それで今日はどうしたの?」
『トレーナーの落とし物を届けに着た』

 俺は持っていた道具を差し出した。ラクアはそれを手に取ると、道具を操作してひとり頷く。
「うん。名前が登録されているから、すぐに持ち主に返せるものだね。他には?」
 流石にわかっているのか、ラクアは落とし物だけではないでしょう?と催促してきた。俺はちょっと触覚を落として、今日と昨日あった出来事を簡単に伝えた。
 新米トレーナーについては苦笑を漏らしていたが、ハンターの話になってくるととたんにラクアの表情が険しくなって行く。終わる頃にはこめかみに手を立てて、唸っていた。

「新米トレーナーに、ハンターね。前者は注意喚起で住むけど、後者については対策が必要だね。わかった。あとでジュンサーさんと町長さんに伝えておくね」

 ジュンサーという単語を聞いて、俺は少し安心する。悪い人間達を取り締まるジュンサーとやらが動くと、ハンター達が寄り付かなくなるのだ。

「それ以外にはどう?」
『いや、それだけだよ』
 必要なことは伝え終えたので、なにも言うことはない。しかしラクアは寂しそうな表情を作った。
「――そっか。なら、もしもまた酷いトレーナーがやってきたら、今回みたいな無茶はしないでね」
 そう言って、彼女は力なく笑った。なんだか落ち込んでいるような気がするのは気のせいだろうか。俺は不思議に思いながら頷くことで返事をした。

 ラクアは腕につけているポケギアを操作して、なにかを書きはじめた。俺が言ったことをメモしているのだろう。操作が終わるまで待っていると、なにかを思い出したように彼女は手をぱちりと合わせた。

「あっそうだ。久々に木の実ジュース飲まない?」
 木の実ジュースと聞いて、触覚を跳ね上げる。
『飲む飲む!』
 木の実ジュースが飲めるなんて! 嬉しくてはしゃいでいると、なぜかラクアはクスクスと笑いだした。

『どうして笑ってるの?』
「いや、本当に木の実ジュース好きなんだなって」
 なんだか生暖かい視線を向けられた。笑う理由がよくわからず、俺は首をかしげる。けど、ラクアが楽しいなら悪いことではないのだろう。

「下に入って作ってあげるね」
『俺も行く!』
 木の実ジュースを早く飲みたい俺は、ここで待つという選択肢がなかった。

「はいはい。じゃあ一緒に行こう」
 ラクアはまた笑って、俺を肩に止まらせてくれた。上機嫌で階段を降りて行くと、来た時とはまた違ういい匂いがした。それも、森でよく嗅ぐ香りだ。

『ハチミツ……』
 いい匂いのはずなのに、嫌な予感がする。このお店でハチミツの香りがすることは、例の人間がいるサインでもあるのだ。奥から聞こえてきた声に、嫌な予感は確信へと変わった。

「リリスさんコーヒーお代わりお願い。こいつには、木の実追加ね」

 その声に、体が自然と強ばってしまった。ラクアも俺の様子に気づいたのか、申し訳なさそうに小声で謝ってきた。

「ごめん。言うのを忘れてた。ワイダさんいるよ」

 どうしてそんな大事なことを忘れたのか! 怒りたかったが、それだけでラクアを悪く言うのは筋違いである。思い返すと、ラクアはお巡りさんが来ると言っていた。一応それらしき人物が来る可能性を示していたのだ。気づかなかった俺も悪い。
 逃げ出そうと思ったが、木の実ジュースが飲めないのは嫌だ。けれどもあの人間には会いたくない。どちらを取るか悩んでいる間に、相手に俺の存在を気づかれた。

「よお、シンキ。久しぶりだな」

 まだ食堂についてないのに、あの男は目ざとく俺を見つけたようだ。俺はラクアの後ろに隠れたまま震え上がった。

「なんだ。師匠に向かってその態度は失礼だぞ」
 ニヤニヤ笑いを含ませながらコーヒーを飲む姿が見えた。ラクアは俺を背中に隠したまま食堂に入ってくれた。ため息をつきながら、胡乱な目つきで男を一瞥する。

「散々虐めて、怖がらない理由がありますか」
「嬢ちゃん、酷いことを言うなよ。警官がポケモンを虐めただなんて噂が立ったら大変だろう? 俺はただポケモンだろうが人間だろうが手加減しない主義なんだよ」

「格闘ポケモンでさえ裸足で逃げ出すスパルタ具合じゃないですか。訓練だと言って何度死にかけたシンキを見たことか……」
 ラクワは俺のほうに振り返ると、怖くないよーと頭を撫でてくれた。しかしそれでも、あの男の恐怖が和らぐことはなかった。はっきり言って目を合わせるのも辛い。

「あれはまぁ、そいつが中々根性あるやつだったから……つい力が入ってね」
「つい、じゃありません! ポケモン保護団体に通報しようかと思ったぐらいですよ!」

 拳を握って怒るラクアに、男は苦笑を返すだけだった。なんだか場の雰囲気が悪くなったと思った矢先、作業をしていたおばさんが口を開いた。

「ラクア。ワイダさんと口論するためにここに来たの?」
 当初の目的を思い出したのか、はっとした顔で俺のほうに顔を向けた。

「ごめんね。ジュースの準備をするから、そっちのカウンターで待っていて」
 ポケモン専用のカウンター前を指差していたので、俺は周りの物を吹き飛ばさないように慎重にカウンターの前に飛んだ。丁度カウンターは俺の背より頭一つ分下ぐらいで、顔を乗せることができた。触覚を揺らしながら待っていると、おばさんが含み笑いを浮かべてなにごとか呟いている。男のほうは目を合わせたくないので、全力で無視することに集中した。それに一緒にいるポケモン、リングマとも極力関わりたくない。そうこうするうちに木の実ジュースがやってきた。

「はい! ノワキの実とカイスの実のミックスジュースだよ!」
 長いストローを差し込んだ入れ物が目の前に置かれた。ジュースの色はカゴの実の色に似ていた。今まで飲んできたものとは違う、初めてのジュースに期待が高まる。背伸びをしてストローを加えると、一気にジュースを飲み干した。――おいしい! だけど辛くて、甘い?普通辛いものは、辛い。甘いものは甘い、なのに両方の味がするこのジュースはとても不思議なものだった。
 ジュースの味にびっくりしていると、頭上から不安げな声が聞こえてきた。顔を上げると、ラクアが緊張した面持ちで俺の様子を見つめていた。

「おっおいしかった?」
『うん。おいしかった!』
 大きく頷くと、ラクアは胸をなでおろしていた。
「それ、新メニューなの。気に入ってくれて良かった」
 これなら売れるね、とおばさんに向かって親指を突き上げていた。余談だが、俺が気に入ったものは結構売れるらしい。そんなので売るかどうか決めていいのかと突っ込みたい。
 そんなことを考えていると、横から鋭い声が上がった。

「――野生のポケモン相手に優しくしすぎじゃないか? これだと野生に返した意味がないと思うぞ」
 確かに男の言うとおり、周囲から見たら野生のポケモンとは思えまい。だが、育ての親と仲が良いのは当然だと思うが……。ラクアも返答に困っているのか、眉を下げている。

「えー……そうですか? でも、この子のおかげで森の状況とかわかるんですよ? 今日や昨日だって違反者がいたみたいだし……」
「それはどういった問題だ?」
 違反者という言葉に反応を示すだと? ――そう言えば、この男もジュンサーとやらと似た力を持っていたような。しかし本音を言うとあまり力を借りたくない。森に入ってこられたら、逆に被害が広がるに決まっている。

「昨日はハンターらしき男の人が、今日は新米トレーナーが奥深くに来たって言ってました」
 ラクアの言葉におばさんが唸りだした。優しい顔はどこかに行き、眉間にシワを寄せて怖い顔になっている。
「まったく、町に来るトレーナーにはちゃんと注意喚起して欲しいわね。町長さんにはもっとしっかりしてもらわないと」
「あの森林火災、確か五年前か」
「えぇ、早いもので。だけど、今も傷跡はしっかり残っていますよ。植林して一応は再生させたとありますけど全くですよ。事件の犯人は捕まったとは言え、世間的に重く受け止めて良い問題です。あの火災のせいでこの町だって危なかったんですから。まぁ、一番の被害は、ポケモンたちですけどね……」

 ちらりと俺の顔を伺うおばさん。

「よくよく考えると、ポケモンが被害を報告するっていうのは、斬新だよな」
「普通はできないですけどね」
「そうね。ラクアがいるからできることだわ」

 話を聞いているとラクアが特別な存在のような扱われ方である。ポケモンと言葉を話せることがそんなにも特別なのか。ポケモンに話しかけているトレーナーは多いのに。ポケモンのほうも人間もお互いのことを理解し合っている。そもそもポケモンバトルができる時点で、話せていると同じなのではないかと思う。ただ、思い返すとラクア以外できちんとポケモンと話し合える人間に会ったことがないのも事実である。

 食堂の壁に下がっている時計が鳴り始めた。突然聞こえた音にびっくりして飛び上がってしまった。
「おっと、もうこんな時間か。お勘定ここに置いとくよ」
 男は金色のコインを机に乗せると、椅子から立ち上がった。ドア付近まで足を進めてから、ふとテーブルを見返して踵を返した。その視線は一心不乱に皿を舐めているリングマに向けられていた。

「帰るぞチャグマ! いつまでも皿を舐め回してるんじゃねぇ!」
 リングマの頭に拳骨が落とされた。チャグマと呼ばれたリングマは、頭を抑えたまま恨みがましげに男を見上げた。あの男の拳を耐えるとは、さぞ頑丈な頭をしているのだろう。

「食事は終わりだ」
 仁王立ちで告げるその姿は、次の攻撃がきそうな雰囲気を出していた。
『ちぇー』
 ふてくされたリングマは、皿を放り投げて立ち上がった。皿はぷらすちっくという壊れにくいもので作られているのか、軽い音を立ててテーブルに落ちた。男のこめかみに血管が現れた気がする。
「さっさといくぞ」
 先程よりも低い声を出して、男はリングマを連れてお店を出て行った。その後、食堂の中に奇妙な沈黙が流れる。
「――あのリングマ。帰ったらきっと怒られるね」ご愁傷様、とラクアは呟いた。

 木の実ジュースも飲んだし、俺もそろそろ巣に戻ることにした。
『俺も帰る』
「あっうん。なら町の外まで送るね」
『いや、お店の前までで大丈夫だよ』
 お店が開いているということは、忙しい日ということだ。ラクアに迷惑をかけることだけは避けたかった。

「そう? シンキがそういうなら……」
 またまた落ち込み始めた。なぜだ。俺はなにか間違ったことでもしたのか。オロオロしていると、おばさんが苦笑しながらラクアの背中を押した。

「ほら、シンキちゃんが困っているわよ」
「わっ危ないなぁ!」
「いつでも会えるんだから、そんなに気にしないの。喋りたいなら自分から会いに行けばいいでしょうに」
「わかってるよ!」

 ラクアは頬を膨らませて、足音荒くお店の外へと出た。俺もその後について行った。ため息を吐いているラクアを見ると、不安になる。どう声をかければいいかと考えあぐねいていると、ラクアはびしっと俺に指を突きつけてきた。

「またなにかあったらいつでも来てよね。約束だよ? あとなにもなくても、ジュース飲み来たかったら、いつでも来ていいからね!」

 いきなりなんだと困惑する。そしてジュースを飲みたい時に来ていいというのは本当なのだろうか。ジュースの部分で触覚が動いたのか、ラクアは「本当ジュース好きだね……」と苦笑していた。

『わかった。また今度来るよ』
「ありがとう。それと、トレーナーに捕まらないように気をつけてね」

 当然と、俺は何度も頷いた。俺が空を飛ぶと、ラクアが手を振るうのでお返しに腕を振るう。すると、ラクアの背後からあのポケモンたちが出てきた。黒い模様のような文字のような形をした体に、一つ目を持つポケモン、確かアンノーンと言う名前だったはず。
 今日は一匹だけのようだった。こいつらはラクアにひっついているが、会いに行くたびに形と数がまちまちだ。手持ちというわけではなく、ただ懐いているからそばにいるのだと彼女は言っていた。

 手持ちでもないのに自由にそばにいれることが羨ましいと思う。俺だって本当ならそばにいたい。だけど、野生でいる必要があるから森にいる。それが彼女の願いだから、仕方なく野生でいる。
 願わくは、いつまでもあの町にいてほしい。俺にとって彼女は命の恩人であり――――かけがえのない家族だから。
5/18誤字脱字修正

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