紅蓮の覚醒と氷の視線(伊月視点)

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読了時間目安:13分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 この世界に来てから、アランやエミリオ達に対する他の……今の俺が知っているのは氷タイプのポケモン達だけだが……ポケモンの態度がおかしい。助けて貰ったら調子に乗るなと言ったり、自分が苦戦していた相手にディアナが苦戦していたらそれをバカにしたり、俺にとってはまさに地獄のような檻の中で目覚めたらいきなり訳のわからないことを言われた挙句処刑すると告げられたり。
 それもそうだし、この洞窟に入る前に村の名前を聞こうとしたらアランにバカにされた。あの時はそれにばかり意識を向けていたが、落ち着いて考えてみるとエミリオ達の雰囲気も少しおかしかった気がする。
 なぜエミリオ達はこのような扱いを受けているのか。その疑問はアランが色々と説明してくれた後、俺達を閉じ込めた張本人と言っても過言ではないポケモン……オニゴーリが解決してくれた。
 彼が言うには、ディアナやクレア達のような「色違い」や「改造」は他と違うから忌み嫌うらしい。自分達と体や目の色、能力が少しだけ違うから嫌う。バカにする。助けられても感謝しない。それが彼らにとっての「普通」のようだ。
 多くの種族が手を取り合って生活しているというのに、たったそれだけの理由で忌み嫌うだなんて……バカげている。体や目の色が違うのも、能力が少しだけ秀でているのも、そのポケモン達だけが持つ「個性」だ。それが理由で嫌われていいわけがない。
 皆仲良く、手を取り合って……というのは夢物語かもしれない。人はそれぞれ、相性や好き嫌いがあるのだから。でも、それでもお互いのことを理解し合えば、少しずつでも歩み寄り誰も心に深い傷を負うことなく笑って過ごせる……そんな明るい未来が見られる気がする。いや、「見られる気がする」ではなく「待っている」にしなくてはいけない。
 それを実現させるには、まず「壁」をぶち壊さないとな。物理的にも、精神的にも。でも草タイプになってしまった俺が、氷の壁(いや、実際には檻だが)を壊せるのか? 寒さのせいで壁を壊す云々の前に、自分が倒れてしまいそうだ。
 一体どうしたらいいのか、と寒さで凍り付きそうな脳みそを回転させていると、突然知らないヒトの声が脳内に響いた。

『……君が心から望むのであれば、私の力を貸してあげよう』

 謎の声が脳内に響き渡った直後、とある技名とそれを使用する際のイメージ? が映像となって流れ込んでくる。その技は確かに使えば壁を壊せそうだが、同時に一歩間違えると俺やアラン達にも害が出そうな……諸刃の剣とも呼べそうな技だった。
 だが、失敗を恐れて行動しなかったら、オニゴーリ達によって俺達は終わってしまう。この状況を少しでも変えたいのであれば……例えよくわからないものであっても、使った方がいいはずだ。
 俺は覚悟を決めると、その技名を口にした。

「炎の渦!」



 何もない場所から突然現れた紅い炎が、一瞬にして俺達を閉じ込めていた氷の檻を溶かす。そのまま渦になって、俺達を閉じ込めてしまうのではないかと若干焦ったが、それは杞憂だった。
「なっ……なぜリーフィアが、炎タイプの技――ぐあっ」
 紅い炎はまるで意思を持ったかのようにオニゴーリの周囲を舞うと、そのまま渦となり彼を紅蓮の檻に閉じ込めた。オニゴーリはアランの近くにいたので彼が巻き添えにならないかと心配したが、すんでのところで避けたらしく「……火の粉が飛んで、僕に燃え移ったらどうするつもりだったんだい?」と文句を言いながら俺を睨みつけている。
 オニゴーリが紅蓮の檻に閉じ込められたことでパニックに陥った氷タイプのポケモン達の悲鳴が、部屋中にガンガン木霊する。正直耳栓があれば今すぐにでも耳を防ぎたいレベルの悲鳴だが、皆オニゴーリに意識を集中していてこちらを見る者は誰もいない。
 これ幸いにと、既に檻としての役目を果たしていない檻から出て、ポケモン達の間を縫いながら混乱に乗じていつの間にか檻から抜け出ていたクレア達と、未だ固まったままでいるエミリオがいる出入り口の前へと移動する。心配そうにこちらをみるクレア達の姿を確認してから、アランはちゃんといるのかと後ろを向く。すると、元々不機嫌そうな目つきを更に不機嫌そうに尖らせたアランと、なぜかアランの後ろに立っているツンベアーと目が合った。
「……このツンベアー、なぜだか知らないけど僕の後をついてくるんだ。攻撃する素振りは今のところ見せていないけど、どうしたらいいんだろうね?」
 アランは後ろにいるツンベアーにちらりと視線を送ってから、イライラを隠さないままその言葉を吐き出す。彼の言う通り、ツンベアーは攻撃する素振りを見せることなく、ただぼうっと立っている。俺達に害がないのなら一緒に連れていってもよさそうだが、相手はウェインを追いかけたり突然ユキワラシやムチュールを襲ったりした虫喰い。今は何もしていなからという理由で連れ出すのには、一抹の不安が残る。
 どうしようか、という思いでクレア達に視線を投げると、静かにツンベアーをじっと見つめていたディアナが口を開いた。
「……わたしは連れ出してもいいと思うわ。戦っている時に気付いたけど、多分そのツンベアーは他の虫喰いとは違う。詳しく調べてみないと何とも言えないけど、ある程度の理性が残っているんじゃないのかしら」
 切れ長の目に鋭い光を宿らせながら、ディアナはツンベアーからクレアへと視線を移動させる。クレアは一瞬眉をひそませたものの、ディアナとツンベアーを少しの間交互に見てからコクリと頷いた。
「わかったよ。ディアナが大丈夫だって言うのなら、アタシはそれを信じる。まぁ、もし暴れてもアタシ達がどうにかすればいいだけの問題だ。……彼の場合も、アタシ達がどうにかしてきた。虫喰いが相手だって、きっと何とかなると思うよ」
 そう言って、クレアはこの騒ぎでも固まり続けているエミリオに視線をやる。エミリオはずっと溶けて形をなくした檻の方を見ているようだが、その目は暗い闇の中でも覗いているかのように暗い。
 この様子から察するに、きっと固まった直後から俺達や周りの声など全く聞こえていないに違いない。……もし聞こえていたのなら、俺が炎の渦を使ったことやツンベアーがついてきたことなどについて色々と心配しているだろう。無事に元のエミリオに戻るのかどうかが気になったが、アランやクレアの話から察するにこうなるのは初めてではないに違いない。だったら、エミリオを、周りを信じてあの暗い目が消えるのを待つしかない。
 クレアがエミリオを連れていくため、とりあえず首元をくわえようと周りの襟巻のような部分を鼻先で押しのけた時――。

「…………!?」

 俺の片頬を、凍てつくような鋭い風が通り過ぎていった。視界にチラホラと雪が舞うのを不思議に思いながらも、風が吹いてきた方向に視線を向ける。
「……お前は」
 そこには紅蓮の檻に閉じ込められていたはずのオニゴーリと、体の周りに雪を舞わせているユキメノコがいた。その周りにはついさっきまで騒いでいたはずのポケモン達が、彼らの邪魔にならないようそっと後ろに移動している。そういえばアラン達の声が途中からやけにハッキリと聞こえていたな。あれは騒音に耳が慣れたからじゃなくて、単に周りが静かになっただけか。
 そう納得していると、ふと疑問が浮かび上がってきた。炎の渦の効果にムラがあると言っても、こんな早く消えるなんてありえない。どうやってオニゴーリは檻から抜け出たのだろう、と心の中で首を傾げていると、ユキメノコの周囲に舞う雪に目がいく。
 ……なるほど。ユキメノコが吹雪などの技を放って、無理やり炎の渦を消したのか。
「貴様……。色違いだけでなく、改造でもあったか。私達を騙すとは……卑怯なことをするものだ」
 随分荒い方法を使うなぁとユキメノコを見つめていると、相当体力を奪われたからか荒い呼吸を繰り返しているオニゴーリが俺を睨みつけた。悔しさからかギリリと歯ぎしりもしているオニゴーリを見て、アランがフンと鼻を鳴らす。
「ハッ、何を言っているんだか。イツキは最初からあんたを騙してなんかいない。よく見れば目の色以外は普通だとわかるじゃないか。よく見ないで勝手に決めつけてはそんなことを言うなんて、あんたの頭は飾りなんだね。本物の頭と交換したらどうだい? 交換できるのなら、だけど」
 アランの包み隠されることのない嘲りの声に、オニゴーリは怒りからか目尻を更につり上げた。
「貴様らに私をバカにする権利などない! ……処刑する気が失せた。さっさと私の視界から消えろ! この、化け物共が!!」
 オニゴーリの口から化け物という言葉が出た途端、弾けるように周りから化け物コールが飛んでくる。声は俺達の耳に平等に入ってきたが、彼らの凍えるような視線はほとんどが俺に向けられていた。

『リーフィアのくせに炎タイプの技を使うなんて、頭がおかしい』
『やはり色違いや改造は自分達とは違う存在だ。同じ姿をしたポケモンがいるだなんて、そのポケモンが可哀想だ』
『なぜアルセウス様はこのような化け物達を生み出したのか……。理解に苦しむな』

 声なき悪意が、俺の耳に飛び込んでくる錯覚を覚える。今までこれほどの悪意に満ちた視線を受けたことのなかった俺は、思わず叫んでいた。

「……違う、俺は、俺は『人間』だ!」

 その叫び声は確かに皆の耳に入ったはずなのに、視線が変化することはない。逆にその冷たさが増したようにも思える。視線を浴びて体が凍り付いていくような感覚に陥っていると、尻尾にピリリと小さな痛みが走った。
 痛みが走った部分を擦りながら、その原因を生み出しているポケモン……クレアの方を見る。クレアは片手で俺の尻尾を掴み、目を怒りと悲しみの色に染めながらこちらをじっと見ていた。掴んでいる片手から時々パリパリと電気が放たれているので不定期に痛みが襲ってきたが、彼女の目を見て文句が喉を通り過ぎる前に消えていく。
「……イツキ。辛いかもしれないけど、今は耐えるんだ。……目的は達成したから、早くここを出るよ」
 そう言うと、クレアは襟巻のような部分を器用に避けながら今度こそエミリオの首元をくわえ、氷よりも冷たいこの広い部屋から出ていった。続いて氷タイプのポケモン達を睨みながらアランと無言のままのツンベアーが、そのツンベアーを冷静に見つめるディアナが部屋を出ていく。
 俺もディアナの後に続こうと足を踏み出そうとしたが、部屋の寒さのせいなのか視線だけで本当に凍り付いてしまったのか、足がピクリとも動かない。
 凍ったのなら溶かさなくては、と化け物と言われる原因となった力を使おうと小さな渦をイメージした時、ひんやりとした手がそっと頬に触れた。なぜ触れられたのかを不思議に思いながらも手の持ち主の方に視線をやると、サリーの悲しそうな顔が視界に入る。
「泣かないで、イツキさん。気持ちはわかるから、あんなポケモン達のために心を傷つけないで……」
 サリーにそう言われ、俺は自分がいつの間にか涙を流していることに気が付いた。慌てて拭うも、涙は止まることなく次から次へと零れていく。そのうち涙が引きずり出してきたのか、押さえていたはずのある感情が爆発し、俺は頬が冷えるのも構わず叫んだ。

「……何で、どうしてなんだよ!! どうして皆仲良くできないんだよ!!!」

 叫ぶ俺に「何をバカなことを」と氷の視線を送るポケモン達から守るように、まだ部屋から出ていなかったウェインが俺の前に立つ。その体が震えているのを見て、情けなさなどの感情からまた涙が溢れてくる。
「イツキさん、ちょっとゴメンね……」
 このままではいつまで経っても俺が部屋から出られないと思ったのか、サリーが俺の首元をくわえて歩き出す。引きずられることにより地面に接する箇所が増え、一瞬びくりと体が震えたが叫び声は止まらない。
「何で、何でだよ……! うああぁぁぁぁ!!!」
 ウェインには守られ、サリーには引きずられるというある意味衝撃の光景を生み出しながらも、俺はこの世界の「常識」に涙を流し続けた。

 続く

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