嫌われ者(アラン視点)

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 僕達が目を覚ますとそこは氷の牢獄という、草タイプである僕達にとっては最悪な場所だった。クレアが目を覚ました時に雷を喰らわせられた相手の大半が氷タイプだったことから、恐らくここは凍てついた洞窟の奥だろう。この辺りで氷タイプが多く集まる場所は僕が思いつく限りでは一か所しかないし、そもそも意識を失った場所がそこなんだから間違いようがない。
 皆をどうやって気絶させたのかは知らないけど、動けないところを狙うなんて卑怯極まりない行為だ。きっと、この洞窟のせいで色々と冷え切ってしまったんだろう。いや、彼らは元々氷タイプが多いから、冷えかけていたものが凍ってしまっただけかな。
 僕がそんなことを寒さに体を震わせながら考えていると、牢獄の傍に一匹のオニゴーリがやって来た。オニゴーリはグルッと牢獄の中を見ると、フンと鼻を鳴らした。
「ふん、やっと目を覚ましたか。シャワーズがまだ眠っているようだが、まぁいい。……貴様ら、よくも私達だけでなく息子や彼女の娘を侮辱してくれたな。私達だけならまだ許してやろうと思ったが、将来この洞窟の未来を担っていく息子達を侮辱した罪は重い」
 オニゴーリはそこまで言うと、いつの間にか彼の後ろにいたユキメノコとルージュラに視線を向ける。オニゴーリの息子とルージュラの娘……、ああ。虫喰いに追いかけられていたユキワラシと、仲間にしか視線がいかないムチュールのことか。
 おかしいな。僕達は彼らやあの二匹を侮辱したことなんて一度もない。僕は一度ユキワラシをバカにして、クレアはさっき彼らに雷を落としたような気もするけど、侮辱と言われるほどのものじゃないし。まぁ、どうせ理由を聞いても呆れるような答えが返ってくるだけだろうから、彼には何も聞かない。いや、これまでの経験からすると、こっちが聞きたくなくても相手が勝手に話してくれるだろう。
 冷たい視線を彼らに送っていると、しばらくユキメノコ達に視線を向けていたオニゴーリが、ニヤリと悪意に満ちた笑みを浮かべながら僕達を見た。
「そこで、見せしめとしてそこのリーフィア二匹を、虫喰いと共に処刑することにした」
 オニゴーリの言葉に、僕達の目が大きく見開かれる。クレアがさせるかとオニゴーリに攻撃を放とうとしたものの、それは突然どこからか降ってきた眠り粉によって止められてしまった。
 まだ眠りたくない、という意識とは裏腹にまぶたはどんどん重たくなっていく。視界が暗闇に包まれる直前、オニゴーリが眠ろうとする僕達にも聞こえるようにするためか、脳が一瞬覚醒するほどの大声でこう言った。
「だが、すぐにでも実行しては面白みがない。だからこうしよう。もし貴様らが誰も檻を壊してこちらに来なかったら、処刑はしない。逆に、もし檻を壊してこちらに来たら……わかるな?」
 ……眠り粉を使う前に言えば、大声を出さずに済んだというのに。まさか心だけじゃなくて脳みそまで凍っているのか? そう口から零れかけた文句は、念のためかもう一度どこからか降って来た眠り粉によって消えてしまった。

*****

 そして再び目を覚ました時、僕とイツキはオニゴーリの言う通り虫喰いであるツンベアーと一緒にされていた。場所は先ほどと同じ檻のような感じだが、下の方に大勢のポケモン達が見えることから天井付近に吊るされているみたいだ。
 さて、これからどうなるのかなと寒さに震えながら考えていると、クレアの叫び声と共に突然ガシャンと何かが壊れるような音が響いた。もしかして、との思いで檻がある方向に視線を移すと、案の定檻は壊されていて隙間からエミリオが出てきたのがわかった。
 なぜ檻を壊したのかは知らないけど、大体予想がつく。直前にクレアの叫び声が聞こえたことから、恐らく彼が優しさによって暴走してクレアの忠告も聞かずに勝手に檻を壊したのだろう。
 僕は呆れと怒りから、思わずエミリオに向かって叫んでいた。

「エミリオ、何やっているんだ! 僕達を殺したいのか!?」



 落下の衝撃でまだ体全体が揺れているような感覚の中、檻を壊した本人であるエミリオは僕達を見て固まっていた。いや、顔はこっちに向いてはいるけど、目の焦点が当っていないし顔もいつもより蒼いな。恐らくまた「優しさ」のせいで皆を大変な目に遭わせてしまった自分を責めだして、何も見えない、聞こえない状態になっているのだろう。反省してくれるのはいいけど、それは僕達が無事村に帰ってからにして欲しいよ、全く。
 とはいっても、恐らくオニゴーリは僕達が命令を守っても破っても、処刑を実行していただろう。普通のポケモンが僕達をずっとそのままにしている、なんてことはそのポケモンも少し変わっているか、天地がひっくり返らない限りあり得ないのだから。
 残酷な現実に思わず深い溜め息を吐いていると、さっきのセリフからしてクレア達のやりとりを聞いていたらしいイツキが怪訝そうな顔をしながら小声で尋ねてきた。
「……なぁ、何でエミリオは独りで突っ走っちゃんだ? あと、さっきから気になっていたけど、俺の隣にいるツンベアーは何で虫喰いって呼ばれているんだ? それに、あのユキワラシといいムチュールといい、どうしてここのポケモン達はアラン達にあんな態度を取るんだよ。……お前らは何も、悪いことなんてしていないのに」
 戸惑いと悲しみが入り混じった声に、僕は思わず嘲りの笑いを零す。エミリオについては仕方がないとしても、虫喰いや僕達を取り巻く環境を知らないなんて……。
「キミはやっぱり重度の記憶喪失か、重度のバカなんだね。呆れて物も言えないよ」
 僕の言葉にイツキの顔は明らかな怒りの色に染まり、文句の一つでも言おうとしたのか口を開きかけた。一体どんな文句が飛び出すのかとイツキの口の動きを見ていると、突然脳内に声が響く。……森で「家」に入ってからずっと静かだったシャールの声だ。
『ねぇ、アラン。もしかしたらイツキは記憶喪失とか頭の良し悪し関係なしに、この世界のことを知らないんじゃないかな?』
 シャールの考えに突然何を言い出すんだ、と眉をひそめると彼の慌てた声が響く。
『何を根拠に、とか言われたら何も言えないけど……。色々と教えておいても損はしないと思うよ?』
 シャールの言うことは確かに根拠も何もないけど、何も教えないでずっと質問攻めにされるよりはさっさと教えておいた方が楽だろう。幸か不幸か、オニゴーリは他の氷タイプのポケモン達と嬉しそうに何か話しているから邪魔が入ることはない。
 僕が改めてイツキの方を見ると、彼は口を微妙に開いたままこちらを戸惑いの表情で見つめていた。この数分間のやり取りの中に、イツキを戸惑わせることになった原因はない気がする。理由があるのなら今すぐ聞きたいけど、いつオニゴーリが仲間と話を終えてしまうかわからない。僕はイツキがゆっくりと口を動かし始めたのをあえて無視して、先ほどの質問に答え始めた。
「さっきは物も言えないって言ったけど、言わないと面倒臭そうだから答えるよ。まずエミリオの行動だけど、あれは彼なりの優しさが原因だ。仲間が危険に晒されているとそれが暴走するから、僕は手っ取り早く『病気』って言っているけどね。で、このツンベアーは今はなぜか大人しいけど、少し前まではウェイン達を襲っていただろう? 暴走したり狂暴化したりしたポケモンを、虫喰いと呼んでいるんだ。単に暴れているポケモンと見分けるコツは、姿が時々ブレるかどうかだね。……で、僕達が。僕達が皆からああいう態度を取られる……理由は――」

「貴様らが『色違い』と『改造』だからだ」

 声が震え、なかなか続きを言い出せない僕の言葉を継ぐように声を発したのは、仲間と話していたはずのオニゴーリだった。オニゴーリはいつの間にかまた僕達の目の前にまで来ており、視線を合わせるだけで凍ってしまいそうな、でもどこか愉しげな目つきでこちらを眺めている。
「処刑されるというのに暢気に話し合っているから、何をしているのかと思えば……。随分と不愉快なことを話しているな? しかし、一口に不愉快と言ってもその大きさは私達と貴様らでは天と地ほど違うだろう。私が懇切丁寧に教えてやる。……だが、いつまで耐えられるかな? ククク、楽しみで思わずニヤケてしまう」
 オニゴーリは見ているだけで不愉快になる笑みを浮かべた後、わざらしくゆっくりと説明をし始めた。
「まず、貴様ら二匹やあそこにいるブラッキー達はいわゆる色違いだが、私達の間で色違いは忌み嫌われる存在だ。そして私達を睨んでいるサンダースや先ほどから固まっているシャワーズはどこかを改造されている。それを私達は『改造』と呼び、色違いと同じように忌み嫌った。ああ、見た目の変化がないからわかりづらいだろうが、そこの虫喰いも改造だ。なぜ虫喰いが現れるのかは謎だが、虫喰いとなる者の大半は色違いや改造だったかな?」
 そこまで言うと、オニゴーリは一体どこにツボがハマったのか、やけに大きな声でゲラゲラと笑った。僕は色違いだけど、イツキは違う。でも、訂正しても結果は同じなのは目に見えているので、あえて無視する。
 僕がオニゴーリから僅かに視線をずらしていると、笑い声のせいでハッキリとは聞こえないものの、イツキが険しい表情で「エミリオも改造? でも、どこも変わったところないよな……」と呟いたのがわかった。
 ……いや、見れば比較的すぐにわかるところが変わっていると思うんだけど。イツキってやっぱりバカなの? それともシャワーズってどういう配色なのか知らないの? 仮にそうだとしたら、今すぐデュークさんの本を借りることをオススメするけど。
 そう言いたいのをグッと堪え、彼の耳元でそっと答えを教える。
「エミリオは、目の色を改造されている。……彼の目、黒色じゃなくて暗めの青色だっただろう?」
 僕の言葉にイツキは目を丸く見開いた後、「……そうだっけ? ああ、言われてみればそうだ。初めてポケモンに会ったことやクレアの衝撃が強すぎて、あれが普通だと勘違いしちまったんだな、きっと」と何やらボソボソと呟いていた。
 呟きの内容から察するに、クレアの目が衝撃的すぎてエミリオの目の色の記憶が吹っ飛んだらしい。前半の「初めてポケモンに会った」というのが謎だったけど、それを質問する前にいつの間にか笑うのをやめたオニゴーリが説明を再開する。
「私達が貴様らを忌み嫌う理由は『他とは違うから』。これに尽きる。黒いヤミカラスの群れに一匹だけ白いヤミカラスがいたら、誰だって違和感を覚えるだろう? ああ、貴様達が住んでいる『四季村』はその白いヤミカラスが集まっているような村だから、何らおかしくないのか。今は改造共も多いが、元々は色違い達が集まる村、ということで色違い……鬼子から言葉遊びの要領で四季村と名付けられたらしい。皮肉にも名の通り四季が愛でられる村らしいが、色違いや改造達が住む忌まわしい村であることに変わりは――」
 オニゴーリが最後まで言い終える前に、僕は苛立ちから思わずエナジーボールを撃っていた。だけど寒さのせいか不安定だったエナジーボールは、檻に届いた途端に弱弱しく砕け散ってしまう。
「……くっ!」
 自分のタイプを心の底から恨みながら、何のダメージも受けていないオニゴーリを睨みつける。視線だけでダメージを与えられたのなら、オニゴーリはとっくの昔に倒れて意識を失っているというのに。
 他に何か方法はないかとシャールの助言も聞くつもりで頭をフル回転させていると、意外な人物の口からあり得ない技名が飛び出す。

「炎の渦!」

 その人物……イツキが技名を口にした直後、紅い炎が檻を溶かした。

 続く

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