第4話 フシギバナVSリザード

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 ボールから勢いよく飛び出したのは高さ2メートル、重さ100㎏もある巨大な蛙だ。その背にはこれまた巨大な花が咲き誇っている。どっしりとした四本の足で地面を踏み固め、周囲を圧巻するその姿は蛙というよりも恐竜に近いかもしれない。


 たねポケモン フシギバナ。カントー地方で新米トレーナーが貰うポケモン三匹のうちの一匹。その最終進化系だ。

 アローラは勿論の事、他地方でもフシギバナは滅多に目に掛かるポケモンではない。リザードとの対決なら尚の事だ。周りに集まっていた野次馬達が一斉に写真を撮り始めた。今頃、SNSにでもあげられている事だろう。

 ――やれやれ……。

 できれば速攻で終わらせたいところではあるのだが。サンのリザードは、主人に負けず劣らずの怖いもの知らず。ヒトカゲの時にバトルした時もそうだったが、相手がどれだけ強かろうが臆する事がない。

「無謀と勇気は違う」と誰が言ったかは知らないが、そんな言葉がある。一か月前のサンとヒトカゲにならば、間違いなくその言葉が当てはまっただろう。だが、今の彼らを「無謀なガキ」の一言で切り捨てられるだろうか。

 ――……まぁ、なんだっていい。正面から叩き伏せるだけだ。

「リザード、かえんほうしゃ!」

「……やれ」

 紅蓮の火炎がリザードの口から放たれる。同時にフシギバナの背の花からヘドロの塊が放たれる。両者の攻撃はほぼ同時に相手へと炸裂した。巻き上がる爆炎に二体のポケモンがいた空間が包み込まれる。

「ドラゴンクロー!」

「やどりぎのたね」


 爆炎を引き裂いてリザードがフシギバナへと襲い掛かる。リザードの爪先がフシギバナの顔面に叩きつけられる。フシギバナはその攻撃をものともせずに頭突きをかましてリザードを後方へと弾き飛ばす。同時に巨大な花から放たれたやどりぎのたねがリザードへ付着する。

 種が開き細い蔓がいくつも伸びてリザードの身体を絡めとる。やどりぎのたねはリザードから体力を吸収し、フシギバナへと送り込んでいく。モンスターボールにさえ戻せば解除されるのだが、彼の手持ちは今はリザードのみ。

 サンのリザードの勝ち筋は、目の前のフシギバナを突破する事。

「かえんほうしゃ!」


 ――やはり、退かないか。


 ムーンは肩を竦めた。勝ち筋がある限りは諦めない。その姿勢はかつての自分と重なるようで……。


「こうごうせい」


 リザードの攻撃が直撃する直前、フシギバナが太陽目掛けて花を大きく開いた。アローラの日差しが降り注ぎ、フシギバナの傷を癒していく。直後、かえんほうしゃが直撃する。

「くっそ……!! せこいぞ、おっさん!!」


「おっさん……」


 トレーナーにダイレクトアタックとはこの少年やはり只者じゃない。地味に傷ついたムーンだったが、どうにか平静を取り繕う。

「……おっさんていう年じゃないんですけど、まだ」

 爆炎の中からフシギバナがのっしと現れる。かえんほうしゃによるダメージもあったが、リザードに植え付けられたやどりぎがフシギバナへと送られ、傷を癒す。

 このまま、相手が音を上げるまで回復し続けてもいい。一瞬、ムーンの頭にそんな陰湿な考えが過る。が、そんな彼の考えなどお見通しだとでも言うように、フシギバナがちらっとこちらを見た。「わかったわかった」と言うようにムーンは苦笑で返す。

「おい、サンって言ったか。お前、前に戦った時よりも強くなっているじゃないか……見直した」

「はっ!? なんだよ、まさか降参か!」


 んなわけあるかと、ムーンは呆れた顔で返す。それから、ふとポケットの中に手を入れる。もうずっとしまい込んでいた石に触れる。

 ――いや、これを見せるのはまだまだ早い、か。


 何気ない動作でポケットから手を抜いた。そして、

「とっておきの技を見せてやろう。そして、知れ。お前の目の前にいるのが、とてつもなく大きな壁であると!」

 フシギバナがアスファルトの地面に足を深くめり込ませた。大地が揺れ、風も無いのに木々が俄かに騒ぎ始める。

 フシギバナが放つ草タイプ最強の大技。


「……ハードプラントっ!」

 
 大地を割って巨大な蔓が飛び出す。それはリザードを取り囲むようにして天高く聳え立った。太陽をも覆いつくす程の樹木の群れ。


 リザードは目を見開いたまま動けず、トレーナーであるサンですらその勢いに呑みこまれ、口を開いたもののどうすればいいのか分からず、まともに指示を出すことすら出来ないでいた。


 普段のムーンであれば。ここで指示を止めさせる事も出来ただろう。ちょっと生意気なガキんちょにお灸をすえる程度の物ならばここまでする必要は無い。けれども。


 ――こいつは本物だ。本物のポケモントレーナーだ。だからこそここで手を止めるわけにはいかない。


 ポケモンで戦うとはどういうことか。それを全身全霊でもって教える。

「勝負あり、だ」


 ――直後、リザードは樹木によって地面に叩き伏せられた。


「り、リザード……!」

 サンがリザードへと駆け寄り、モンスターボールへと戻す。ムーンもまた、フシギバナをボールへと戻した。ちらっと辺り一面を見回す。長いバトルによって道路はボコボコ、特に最後の決め手だったハードプラントはやり過ぎだった。アスファルトの地面が抉り取られてしまっている。これは後で署長にどやされるだろうな等と思いつつ、このポケモンバトルの観客にも目をやる。

 誰も彼もがぽかんと口を開いたまま、スマホのシャッターを押すのも忘れて二人のバトルに魅入っていた。「ハードプラント」の一撃は時すらも止めてしまったのだろうか。この隙にさっさと抜け出そうか……そうムーンが思った瞬間、誰かが叫んだ。

「こんなポケモンバトル、初めて見た!」

 うっと、ムーンは渋い顔に、サンは「へ?」と声を上げた。逃げ出そうとしたが、時すでに遅し。そうは問屋が卸さない。観光客を中心として、サンとムーンの二人は野次馬に取り囲まれてしまった。

「写真! 写真撮っていい!? てか、今のバトルの動画上げちゃっていい!?」

「おれ、フシギバナもリザードも初めて見た!! ね、もっかい見せてよ、もっかい!!」

「坊主もすごかったぞ!! あんなの相手に立ち向かったんだからな! どこの子だ!」


 人と言葉の嵐で揉みくちゃに呑み込まれながらムーンは思うのだった。


 ――バトルなんてするんじゃなかった。


 そして、彼らの戦いを見ていたのはアローラの観光客だけではなかった。


「全力のバトル……全力の技、最高だ……!」


 アローラのポケモン研究の第一人者にして、ポケモンリーグ設立の立役者……そう、彼の名は。
フシギバナの大技をリーフストームか、ハードプラントにするかで迷いましたが、まぁ御三家の特別な技ということで。ゲーム上だとリーフストームの方が使い勝手がいいのは内緒。

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