伍陸 チカラの暴走

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読了時間目安:13分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 [Side Kinot]




 「しっ、ししょー、何…」
 「…コノ一発ニ…、賭ケル…! 」
 ししょー、喋り方が変だけど、大丈夫なの? “赤兌の祭壇”に着いてししょーが見た事ない種族と戦ってるけど、完全にししょーが圧されてしまっている。ししょーの本気を初めて見るけど、それでも勝てないなんて、ぼくには信じられない…。さっきししょーは破壊光線? をかわしていたけど、間に合わなかったみたいで砂の上に落ちてしまっている。それでも何とか立ち上がっていたけど、ししょーはそれからおかしくなってしまっていた。
 この感じだとシャトレアさんは何か知ってるみたいだけど、反応を見た感じだととんでもない事なんだと思う。ただ“証”を外すだけだったけど、その時からししょーの喋り方が変になってる。そんな状態だけどししょーは白い生物がいる真上を見上げ、翼に力を溜めて相手を狙う…。
 「―― !ワイイガル散ニ残無」
 「…ゴッドバード! 」
 相手が八メートルぐらいの高さになったところで、ししょーは思いっきり真上に跳ぶ。同時に右の翼を大きく広げ、上から蹴りかかってくる敵に正面から迎え撃つ。そして…。
 「―― !ッナ。 !ッ…ァァアアグ」
 ししょーの翼が白い生物の足に触れると、ししょーはそのまま真上に振り抜く。すると今度こそししょーの技が勝ったみたいで、相手の蹴りに打ち勝っていた。…ただししょーの翼の力が強すぎたらしく、命中した足から真っ二つに…。裂けたところから真っ赤な血が大量に溢れ、赤い砂を更にその色に染め上げてしまっていた。
 「…倒した…、のかな…? 」
 「だと、思います…。だっ、だけど、殺…」
 「ちょっ、ちょっと一体何が起きてるのよ! 」
 「……」
 「だっ、だけどフィフちゃん、そんな事ってあり得るの? 」
 倒さないといけなかったけど、ししょー、やりすぎなんじゃあ…。鈍い音をあげて白い生物だったものが落ちると、その後はしーんと静まり返る。グロい事が起きて気持ち悪くなってきたけど、それでも何とか、シャトレアさんは声をあげる。見ただけですぐにわかるけど、倒したという事を越えていたから、ぼくはこれだけしか言う事が出来ない…。殺すなんて信じられない、そう言おうとしたけど、急に割り込んできた女の人の声に遮られてしまった。
 驚きながら…、信じられないっていう思いのまま振りかえると、そこには知らない二人…。多分この人が言ったんだと思うけど、一人はユキメノコっていう種族。白いスカーフを首に身につけたその人は、信じられないって感じで声をあげる。いつから居たのかは分からないけど、この感じだと多分来たばかり、なんだと思う。もう一人のエーフィも驚かすを食らった時みたいな顔をしてるけど、その人はびっくりし過ぎて何も喋れていなさそう…。それに対してユキメノコさんは、まるで誰かと喋ってるみたいな感じで、フィフ、って呼んだエーフィさんの方をハッと見ていた。
 『…そこのあなた達、ここで何が起きたのか…、詳しく教えてもらえないかしら? 』
 「えっ? うっ、うん。ウォル…、ウォーグルがあの白い生物…」
 「“ビースト”の事ね。“真実”の彼が“ビースト”を倒したのは見ればわかるわ」
 「ゆっ、ユキメノコさん? なっ、何でししょーが“真実の英雄”って分かっ…」
 えっ? あの白い生き物の事まで知ってるの? 何が何だか分からないままの僕は、多分眼鏡をかけたエーフィさんの声で我に返る。もしかするとシャトレアさんもそうかもしれないけど、ハッと短く声をあげてから答える。その人の声は何か変な感じがしたけど、シャトレアさんは白い生物を倒した、って言おうとしていたと思う。だけどそれはユキメノコさんが遮られていたから言い切れてなかった。
 おまけにその人は、保安協会の会長さんから来た事も言った。更にししょーの事まで知ってるみたいだから、僕は余計に訳が分からなくなってしまう。少なくともぼくにはユキメノコに知り合いはいないし、ししょーにいるって事も聞いた事が無い。シャトレアさんはどうか分からないけど、この感じだと多分ぼく達と一緒…。ぼくが思わず訊き返しちゃったけど、シャトレアさ…
 「があァァーっ…! 」
 「えっ…」
 「なっ、何? 」
 「……! 」
 えっ? …だけどこの声…。僕が何でししょーが“真実の英雄”って分かったの、って訊こうとしたけど、言い切る前に尋常じゃない叫び声に阻まれてしまう。急な事だったからビックリしたけど、これは多分シャトレアさんとユキメノコさん、エーフィさんも一緒だと思う。一瞬ししょーが倒した白い生き物かと思ったけど、真っ二つに裂かれたからまずあり得ない。…だけどよく聴いたら、この声はよく知っている。何故なら…。
 「ウォルタ君! どっ、どうしちゃったの! 」
 「うわっ…! 」
 「――っ! 」
 「ししょー…、何で…」
 さっきまであの生き物と戦っていたウォーグル…、ししょーだったから…。ししょーが最後にゴッドバードを発動させた時から変だったけど、今は変っていう事だけじゃ済まないぐらいになってる。エーフィさんが何かの技で防いでくれたから何とかなったけど、ししょーはぼくをゴッドバードで倒そうとしてきた。その目は凄く虚ろで、意識っていうものが全然ないように見える…。
 「これってもしかして…、“狂乱状態”…? …そうよね」
 『ええ…。…そこの二人、ミウさんも、一度しか言わないからよく聞いて。ウォルタ君…、ウォーグルは今、“証”を失って“チカラ”の制御が出来ていない状態…。それも自我を失いかけて凄く危険な状態になってるわ』
 「自我が、って…。ししょーは…、ししょーはどうなっちゃうんですか! 」
 「気持ちはわかるけどイワンコ君、落ち着いて! 」
 「だっ、だけどエーフィさん、あんな状態なのにどうす…」
 『そんな事、私が一番よく分かってるわ! …制御を失った当事者を止める方法はただ一つ、三十分以内に気を失わせて“証”を着け直すこと…。…だから私が、彼の師匠として、同じ方法で戦う』
 「おっ同じ方法? フィフちゃん、もしかしてフィフちゃんも“狂乱状態”に…」
 『じゃないと私がやられるわ! …そういう事だから、もしもの場合は…。最悪間に合わなかったら、私達を殺してでも止めて』
 えっ…、殺してでも、って…。途中はユキメノコさんしか喋ってなかったけど、ぼくは二人が言った事を信じられなかった。自我が無いって事は、ししょーはダンジョンの野生と一緒…、そういう事になる。エーフィさんはししょーと戦いながら喋ってるみたいだけど、その割にははっきり声が聞こえてきてる気がする…。エーフィさんが言った事にユキメノコさんも驚いていたけど、エーフィさんは見えない力でししょーを弾きながら続けて話してくる。相変わらずこの人達がししょーの事を知ってる理由が分からないけど、“証”の事を知ってるみたいだから、多分ししょーの知り合いなんだと思う。そんな事を思っていると、エーフィさんはぼく達の方にチラッと見て、すぐ正面に目を向ける。するとエーフィさんは…、エーフィさんも首元で結んでた水色のスカーフを外し…。
 『ウォルタ君、“絆”の名に賭けて、絶対にあなたを連れ戻してみせるわ! 』
 「――、―――! 」
 「がァぁーッ! 」
 「サイコキネシス。…フィフちゃん、しっかり受け取ったわ」
 抑えが利いていないししょーに向けて、紺色の球体を解き放っていた。それでエーフィさんが外したスカーフは、ユキメノコさんが見えない力で受けとる。何で手で持たないのかは分からないけど、浮かせたままエーフィさんの様子を見守っ…。
 「おかしい…、やっぱり変だよ! 」
 「変? シャトレアさん、何が変なんですか? …ししょーは変だけど…」
 ぼくはししょ―以外でそうは思わないけど…。ぼくがボーっとししょーとエーフィさんの戦いを見ていると、シャトレアさんは信じられない、っていう感じで声をあげる。確かに今のししょーは変だけど、それ以外におかしい所は無いと思う。だからぼくは、そう言ってるシャトレアさんに尋ねてみた。
 「心を読んでみたけど、あのエーフィさん、“絆”なんだよ! 」
 「きっ、“絆”? だけど何で変なんですか? 」
 「うん。あたしは前に“絆”に会った事があるんだけど、元の姿も変えた姿もエーフィじゃないんだよ! 」
 「えっ、エーフィじゃないの? 」
 ちっ、違うってどういう事? “絆”がししょーとシャトレアさんと同じ“英雄伝説”の地位の一つって事は知ってるけど、それならぼくは問題ないと思う。確かししょー達も入れた当事者達は違う種族に変身する事ができるから、ぼくはその“チカラ”で姿を変えているんだと思った。…だけど慌てて声をあげているシャトレアさんがこう言ってるから、僕もつられて声をあげてしまう。同等の“志”のシャトレアさんが言う事だか…。
 「そうなんだよ! “加護”を発動するためのセリフが“絆”のだったんだけど、それだと同じ地位に二人いる事になるんだよ! それにあのユキメノコさんだって、多分テレパシーで喋って…」
 「訳は話せないけど、私達はウォーグル…、ウォルタ君を知ってるわ」
 「えっ、しっ、知ってるんですか? 」
 「ええ。それとエネコロロのあなたが、“志の賢者”って事もね」
 「あっ、あたしの事も? なっ、何で? 」
 「シャトレアさんも? 」
 ししょーだけじゃなくて、シャトレアさんも知ってるの? 凄く慌ててるシャトレアさんは、多分思った事をぼくに言ってくれる。あの間にエーフィさんが何かを言ってた事にもびっくりしたけど、それ以上にぼくは“絆”が二人いる事になる、って事に驚いてしまった。ぼくは前にししょーから聞いた事があるけど、一つの地位に就けるのは一人だけ…。確か“絆”は“守護者”がコバルオンっていう種族で、ししょーの“真実”と同じで“心”が繋がっている。…だけどシャトレアさんが言った事が本当なら、伝承が間違ってることになる。そんな事はあり得ないか…。
 「その“志の証”を見ればすぐに分かるわ。正確にはエネコロロのあなたじゃなくて、“志の賢者”ていう地位を知ってるのだけど…。…と、そろそろ私の出番だから、失礼するわね。…サイコキネシス」
 地位をって…、どういうこと? ぼく達とは真逆で落ち着いているユキメノコさんは、ぼく達に語りかけるように話してくれる。何か言い方に引っかかるところがあるけど、ユキメノコさんは時々エーフィさんの方を見ながら、何故かを説明してくれる。だけどその途中で、ユキメノコさんは無理やり話を切り上げてエーフィさん達の方に向き直る。
 「えっ、ユキメノコさ…」
 「しっ、ししょーが…? 」
 ずっと浮かせているスカーフと一緒に、ユキメノコさんはエーフィさん達の方へと飛んでいく。ぼくは咄嗟に止めようとその方に目を向けたんだけど、その先でまた凄いことが起きていた。何でそうなったのかは分からないけど、自我がないけど相手はあのししょー…。なのにエーフィさんは、“チカラ”が暴走しているししょーに青黒い弾を命中させている。その一発が決め手になったらしく、ししょーは赤い砂の上に倒れる。見た感じ気を失ってるらしく、その隙にエーフィさんが、いつの間にか浮かせていたししょーの“証”を首に身に着けさせていた。
 「フィフちゃん! 」
 「――! 」
 『ミウさン…、助かッたワ』
 「フィフちゃん、ウォルタ君は…」
 『ギリギリだっタけド、何トか間に合っタワ』
 「間に合った…。って事はエーフィさん、ししょーは…」
 『えエ。あナタの師匠…、私の弟子の彼ハ無事よ』
 「ほっ、本当ですか! 」
 「だっ、だけどエーフィさん? エーフィさんは“絆”なら、“証”を外しちゃっても大丈夫なの? 」
 『ええ。今は本調子じゃナイケど、慣らしテるカら問題無イわ』
 慣らしてる? …でも喋り方、やっぱり変じゃない? ユキメノコさんが呼びかけると、エーフィさんはすぐに動きを止める。何故か力んでるように見えた気がしたけど、そんなエーフィさんの首元に、ユキメノコさんも同じ方法で水色のスカーフを巻いてあげていた。するとそれがきっかけになったかのように、ずっと無口だったエーフィさんが喋りはじめる。肩で息をしているけど、何故かその声は途切れ途切れになっていない。…だけどそんな事より、ぼくはししょーが無事だって事にホッと一安心する。シャトレアさんはそうじゃないみたいだけど、ししょーが無事ならそれで十分だと思う。エーフィさんも“絆”みたいだから立場は同じだと思うけど、喋り方は少し変だけどそれ以外は何ともなさそう。凄い勢いで迫っているシャトレアさんに、心配しないで、っていう感じでにっこり笑いかけていた。



  続く

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