捌肆 暴風の海域

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 一夜明けて、ぼくは改めてシルクさん、それからミウさんと自己紹介し合う。
 ミウさんはユキメノコの姿だったけど、シルクさんが言うにはミュウっていう種族らしい。
 自己紹介を済ませた後は、シルクさんに頼まれて簡単な模擬戦をすることになる。
 ミナヅキさんに教えてもらった撃術で一発は命中させれたけど、ぼく、それからフライさん達も、シルクさんが“月の次元”の尾術を使っていて凄く驚いてしまった。
 

 [Side Unknown]




      速報

          迅速な判断が村民を救う


 昨日午後、何者かにより“リヴァナビレッジ”が襲撃された。当時村内には村民に加え、風の大陸内各町村の避難民を受け入れていた。通常より多くの人員を抱える状態であったが、今回の襲撃による死傷者は誰一人出る事はなかった。当村村長秘書のヒュルシラ氏(二十九)によると、「“アクトアタウン”の親方の判断がなければ、早い段階で村民避難民を何事もなく避難させる事が出来なかった」という。当社の調べによると、“エアリシア”、“パラムタウン”の事件を重く見たハク氏(二十五)の独断により、“アクトアタウン”への全村避難が決行された。なお事件当日避難指示を出したハク氏は近海の“玖紫の海溝”に潜入していたため、当氏への取材は本日昼頃を――…




――――




  [Side Kinot]




 『…それじゃあ、突入前にもう一度確認しておくわね』
 ええっと確かぼくは…。模擬戦が終わった後、ぼく達は少し休んでから“無名の泉”を出発した。泉があるらしい草の大陸の近くだからって事で、フライさんとミウさんに乗せてもらって向かう事になった。フライさん達が飛ぶのが早かったからなのかは分らないけど、太陽の傾きからすると一時間もかかってないと思う。その間にダンジョンの事を色々教えてもらったんだけど、何というか…、立ち入りを制限されているのも納得できる気がする。
 「うん」
 『これから潜入する“肆緑の海域”はプラチナレベルだけど、環境だけはウルトラレベル、って考えてもいいと思うわ』
 「ええっと確か、日によって大雨になったり風が強かったり、波が荒れていたりするからですよね? 」
 『そうよ』
 来る途中で聞いた事が理由だと思うけど、探検隊の間では環境が安定しないダンジョンとして有名らしい。マスターランクになるためには必ず来ないといけない、ってししょーが前に言ってたけど、そもそもなれるようなチームは一割もいないから滅多に潜入する事はないと思う。一応“緑巽の祭壇”っていう史跡があるにはあるけど…。
 『それから言うまでもないと思うけど、陸が無いから飛ぶか泳ぐかしないと突破できない』
 「…だから私がフィフちゃん、フライさんがキノト君を乗せて飛ぶ事になったのよね? 」
 「それであってますよ。ダンジョンの中では、ボクとキノト君が前衛、シルクとミウさんが後衛で良いんだよね? 」
 『そう思っていて構わないわ。野生はゴールドレベルだから大したことないと思うけど…、環境によっては属性の補正がかかるから、気を抜かない方が良いと思うわ』
 「“玖紫の海溝”の時みたいな感じね」
 『そうなるわね』
 誰かに乗せてもらったまま戦うのは初めてだけど…、何とかなるよね? 立て続けに言葉をつなげて、ぼく達は改めて作戦を再確認する。ぼくとフライさんだと弱点が偏るけど、使う技は物理技が多い同士だからこうなってる。シルクさんの技はサイコキネシスぐらいしか分らないけど、後衛って事は遠距離技が中心なはず。…そもそもシルクさんは“絆の従者”だから、物理技は使えない。“尾術”を使えば何とかなるような気もするけど、もしそうなったら乗せてるミウさんが何とかするつもりなのかもしれない。
 『一応こう決めたけど、フライ達は自分の思うように戦ってくれて構わないわ』
 「結局はいつも通りだね? じゃあそれでいくよ」
 「その方が案外戦いやすいのかもしれないわね」
 「そうですね」
 『ええ。…フライ、ミウさん、キノト君、準備はいいわね? 』
 「うん、ボクはいつでも行けるよ」
 「私も構わないわ」
 一通り確認が済んだから、ぼく達を乗せてくれているフライさんとミウさんは互いに向き合う。お互いが見えるようにしてくれてから、シルクさんがぼく達一人ひとりに声をかけてくれる。直接伝えてきた訳じゃないけど、潜入する準備は出来てる、シルクさんはそういう意味で聞いてきたんだと思う。だからぼくも、フライさんとミウさんに続いて…。
 「はい! ぼくも大丈夫です! 」
 大きな声をあげて大きく頷いた。




――――




 [Side Kinot]




 「うわっ…! 」
 『こっ、これは予想外ね…』
 覚悟はしてたけど、こんなに凄いの? 準備が整って突入したぼく達は、その中の環境に思わず狼狽えてしまう。下に見える海は緑色に染まってるけど、これが“肆緑の海域”の特徴だから問題ないらしい。ぼくが見た感じでは波は穏やかで、天気も今のところ晴れてる。…ただ尋常じゃないぐらい風が強くて、フライさんの背中にしがみついてないと飛ばされちゃいそうになる。おまけにぼく達に向かってくるように吹いてるから、フライさん達でも時間がかかりそうな気がしてきた。
 「ある程度は予想していたけれど、そう思うと中々に一筋縄ではいかなそうね」
 「ですよね。追い風ならまだ良かったけど、向かい風だからね…」
 『本当にそうね。そうだ、フライ? 』
 「ん? 」
 『“時の御守り”、はずしてくれるかしら』
 「御守りを? って事はシルク、何か考えがあるんだね? 」
 それって確か…、ししょーとお揃いのブレスレットだよね? ぼく達は風に対してそれぞれ感想を言ったけど、このタイミングでシルクさんが何かを思いついたらしい。あっ、って声をあげていそうな感じで言葉を伝えてきたから、もしかするとこの風の事についてかもしれない。…だけど続けて聞こえてきたのは、目線的にフライさんに対しての提案。フライさんが着けてる薄水色のブレスレットの事だと思うけど…。
 『ええ』
 「――」
 『私の思いつきだけど、ミウさんにキノト君も、試しにこれを食べてくれないかしら? 』
 「いいけれど…、フィフちゃん? これは…」
 「何かの種みたいですけど…」
 見た事無い種だけど、何なんだろう? フライさんがブレスレットを仕舞ってる間に、シルクさんは見えない力で鞄から何かを取り出す。多分サイコキネシスを発動させてると思うけど、普通よりも薄い黄色の種が四つ、シルクさんの鞄の中から浮き出てきた。かと思うとそれぞれ一つずつが、一人ひとりの元に飛んでくる。ぼくがその種を右の前足で掴むと、技が解除されたらしく淡い水色の光がフッと消える。だけどぼく…、多分ミウさんもこの種が何なのか分らないから、揃って首を傾げる事しか出来なかった。
 「シルクのオリジナルで、“音速の種”って言うんだよ」
 「おん、そく…の…? 」
 『一言で例えるなら、俊足の種の強化版かしら? 副作用でおなかが減りやすくなるけど、種一つで三倍速状態になれるのよ』
 「それは便利ね」
 さっ、三倍? そんな種があるって聞いたことないんだけど? シルクさんはすぐに説明してくれたけど、ぼくはその効果の大きさに驚いてしまう。俊足の種なら何回か使ったことがあるけど、ぼくはそんなに凄いものがあるなんて知らなかった。パッと見た感じだとミウさんも同じような感じだけど、早速って感じで食べてるフライさんはそうじゃなさそう。
 「だけどさっきシルクも言った通り、空ふ…」
 「ガァッ! 」
 「――っ! 」
 「カッ? 」
 「えっ、なっ、何が…? 」
 何が起きたの? シルクさんの種を先に食べたフライさんが何かを言おうとしてたけど、言い切る前に何者かに遮られてしまう。唸り声だったから野生だと思うけど、少なくともぼくは全然気づく事が出来なかった。視界の端でしか見えてないけど、多分壱拾五メートルぐらい風上の方からドンカラスが飛んできてる…。
 慌てて戦闘に備えて身構えようとしたけど、それよりも早くドンカラスは緑色の海に墜落してしまっていた。一瞬何が何だか分らなかったけど、チラッとだけ黄色い稲妻がドンカラスの真上から落ちてきていたような気がする。初めは自然に起きた雷かな、って思ったけど、今は風が吹いてるだけで雨すら降ってない。だったらって事で技かな、って思ったけど、ぼく達四人の中で電気タイプの技が使える人はいない。…だからぼくは、急に起きた雷に対して言葉にならない声しかあげる事が出来なかった。
 「…あれ? シルク、十万ボルトから雷に変えた? 」
 『ええ。フライには言ってなかったけど、ハイドロポンプも冷凍ビ…』
 「かっ、雷って…。もしかしてシルクさん、それって“チカラ”ですか? 」
 ししょーが言ってたけど、確か“終焉の戦”の前の“絆”は技を六つ使えるんだよね? 本当に訳が分らなかったけど、フライさんが言った一言で何かが繋がった気がする。ぼく達の時代の“絆”は少し違うけど、失われた地位の“絆の従者”は使えない属性の技を二つ使える、って聞いた事がある。もしそれが本当なら、“絆の従者”のシルクさんなら雷を発動させれる事になる。聞いた感じだと少し前まで別の技を使ってたみたいだけど…。
 『そうよ。ウォルタ君からどこまで聞いてるか分らないけど、普通の四つの他に、種族上使えない属性の特殊技も二つまで使えるわ』
 「確か前にそう言ってたわね。てことは、フィフちゃんの地面タイプの特し…」
 『いいえ、それは目覚めるパワーだから違うわ』
 「目覚めるパワーが…? だけどシルク? シルクの目覚めるパワーってドラゴンタイプのはずだよね? 」
 「目覚めるパワーって、フライさんも使ってた技ですよね? 」
 『フライのは見てたのね。そうよ。この時代でもあまり使われてないみたいだけど、人によって属性が変わる技。…例えばフライなら悪タイプで私がドラゴンタイプ、って感じね。けど今は知り合いの同族から試作の装備品を借りていて、その効果で地面タイプに変わってる、って感じかしら? 』
 使う人によって属性が変わるって…、何か凄いクセがある技なんだね? だけどそんな技なのに更に属性を変えるって…、何か分らないけど凄い…。さっきの種もそうだけど、装備品も過去の世界で作ったものなのかな?




  続く

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