この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
ウォルタ君の病室を後にした私とスーダさんは、病院のロビーでシリウスさんと出くわす。
何か訳ありのような気がするけれど、連れていたイーブイの女の子と関係があるらし。
それで詳しく話を聞くと、イーブイはブラッキーのアーシアちゃんで、毒薬の作用で退化してしまったらしい。
しかしアーシアちゃんが言うには、退化した以外は何も異常が無いとの事だった。
[Side Kyulia]
「…イーブイになった以外は異常が無い、て言われまして…」
「退化させられたのに異常が無いって、おかしな話ね…」
長年探検隊として活動してきたけれど、そんな毒は初めて聞くわね。元ブラッキーのアーシアちゃんがパラムでの事を話してくれたけれど、私は彼女の事を含めて言葉を失ってしまう。その街のギルドマスターのスパーダさんは絶句、っていう感じだけれど、分からないことだらけで頭が重くなりそうになる。ただでさえ“エアリシア”とシルクちゃんの事で手一杯なのに、そこに“パラムタウン”の事件の事まで加わってしまう…。犯行グループの規模と目的も分かってないみたいだから、起きたばかりの今ではお手上げかもしれない。
「…こうしてはいられないのだ! 俺もすぐに戻って…」
「ま、待ってください! ゼブライカさん、戻るって…、どこにです? 」
「どこって…、パラムに決まってるのだ! 」
「気持ちは分かるけれど…、まずは落ち着いて! 」
スパーダさん、あなたの言いたい事は分かるわ。…でも今行くのは…。アーシアちゃんが話し始めてから俯いていたスパーダさんは、何を思ったのか急に声を荒らげる。病院のロビーだから何人かに振り向かれたけれど、スパーダさんは気にせず病院から跳びだそうとする。これだけで何となく分かったけれど、そんな彼に対してアーシアちゃんは慌てて追い越して前に跳びだす。身長差からしても蹴り飛ばされそうでヒヤヒヤしたけれど、彼が咄嗟に踏みとどまったから難を逃れていた。
大怪我覚悟で飛び出したアーシアちゃんはこれでも全く動じず、完全に取り乱しているスパーダさんに対して強めに言い放つ。傍から見てるとどっちが年上? って思えてくるけれど、それぐらいにアーシアちゃんの言葉に力が籠っているように聞こえた。問いただされてもスパーダさんは主張を変える事無く、当然のように小さい彼女に言い放つ。そこへ私が助太刀に入り、今にも駆けだしそうだったから前に立って進路を塞ぐことにした。
「落ち着くって…、こんな事聴かされたら落ち着いていられないのだ! 親方としても…」
「親方だからですっ! 」
「っ! 」
「アーシアちゃん…」
「キュリアさんの言う通り、こう言う時だからギルドの親方は落ち着かないといけないのですっ。じゃないとお弟子さんも慌てちゃうし、そう言う時に狙われて、体を乗っ取られる事だってあります」
「……」
「…私だって、戻れるなら“パラムタウン”に戻りたいです…。…戻って、テトちゃん…、町の皆さん…全てを…助けたいですっ! …でも今の私じゃ…ぐずっ…足手まといになる…。ブラッキーだったから戦えたけれど…、狙われてるから…。…けれど、イーブイの私でも出来る事があるはず、そう言い聞かせてたのに…」
「アーシアさん…」
アーシアさんに何があったのか分からないけれど…、確かにその通りよね…。スパーダさんを真っ直ぐ見上げるアーシアちゃんは、最初は口調を強めて心から訴えかける。彼女が今までどんなことを経験してきたかは分からないけれど、分からないなりに言葉に重みがあるような…、そんな感じがもの凄くある。心の底からの言葉でスパーダさんは黙り込んでしまったけれど、心を動かされている、横にいる私からはそう見える気がする。次第に訴えかけるアーシアちゃんも感情的になって、涙ながらにギルドマスターに説いていた。
「…そう、なのだな…。そうなのだな! 自分に出来ること、アクトアにいても沢山あるのだな! 」
「え…、あっはい…。ですけど、ごめんなさい、偉そうな事言っちゃって…」
「お蔭で目が醒めたのだ。だから、アーシアさんが謝る事ないのだ」
これは…、思い留まってくれたのかしら…? アーシアちゃんの言葉が心に刺さったらしく、スパーダさんはイーブイの彼女を真っ直ぐ見、自分に言い聞かせるように呟く。その顔からはいつの間にか焦りとか不安が無くなっていて、どこか清々しいような…、私にはそんな風に見えた気がする。それに対してアーシアちゃんの方はというと、感情的になっていたという事もあって、きっとこの瞬間に我に返ったんだと思う。目の前の大きな彼に深く頭を下げ、真っすぐな言葉で謝っている…。けれどスパーダさんは気にする事ないよ、っていう感じで、アーシアちゃんに優しく声をかけてあげていた。
「…はいです」
「なのだから…、キュリアさん」
「はっ、はい! 何かしら? 」
「思う事があるから、俺は先にシリウスのギルドに戻ってるのだ」
「えっ…、スパーダさん! 昼食は…」
「…行っちゃいましたね」
何か思い当たる事でもあるのかしら…? スパーダさんに急に呼ばれたから頓狂な声をあげてしまったけれど、私はとりあえず、こんな風に答えておく。すると何を思ったのか、スパーダさんは早口で私に言葉を残し、早々にこの場から立ち去ってしまう。私、それから多分アーシアちゃんも、あまりに急すぎる事にただ唖然とするしか無かった。一応昼食はどうするの、って訊こうとしたけれど、言い切る前にどこかへ走り去ってしまってした。
「ええ…。スパーダさん、一体何を…」
「ハクさん達のギルドに戻るみたいですから、多分大丈夫だと思いますっ」
「だといいけれ…」
ギルドマスターだから大丈夫だとは思うけれど、何をするつもりなのかしら…? 相手はアーシアちゃんをイーブイに…。…ん、イーブイ…?
「…そうだ」
「ん? キュリアさん、どうかしました? 」
今のアーシアちゃんがイーブイなら、もしかすると…。
「アーシアちゃん、一度コレを着けてくれないかしら? 」
私の種族が出来るから、アーシアちゃんも出来るかもしれないわね。私はふとある事を思いつき、話の途中だけれど話題を変えてみる。出入り口で邪魔になるから病院の外に出たところだけれど、不思議そうに首を傾げるアーシアちゃんに、私はあるモノを手渡す。後ろを向くように頭を尻尾に近づけて、一番右側のそれで首元の紐を掴む。その高さで尻尾を維持して、振り向いていた体勢から前を向く。そうする事で身につけていたアクセサリー、“焼炎の珠石”を外す。そのまま尻尾を彼女に差し出し…。
「…何なのです? これは…」
「シルクちゃんとは違う知り合いの化学者から貰ったもので、“焼炎の珠石”って言うのよ」
「しょうえんの…、しゅせき…? 」
アーシアちゃんは半信半疑ながらも、後ろ足だけで立ちあがり、空いた前足で受け取ってくれる。
「そうよ。炎タイプのエネルギーが結晶化したもので、種族によっては姿が変わるらしいのよ」
「そっそうなのです? 」
「ええ」
そして私に言われるままに、彼女は紐を自分の首に通してくれる。
「だからイーブイのアーシアちゃんなら、炎タイプのブースターに変わ…、らないわね…」
…あら、予想が外れたかしら…? 私はすぐにアーシアちゃんも姿が変わるかと思ったけれど、見たところ何も起こらない。イーブイっていう種族はあまり姿が安定しない種族、って前に聞いた事があったから、私はもしかすると彼女も姿…、種族が変わるかもしれない、って思っていた。けれどアーシアちゃんはイーブイのままだから、違っていた、私は率直…。
「…何だろう、この感じ…。前にもあったような…。…そだ。この感じ、ブラッキーに進化する時に似てますっ! 」
「えっ…」
って事はまさか…、予想があってた…?
「だからキュリアさん、もしかするともう一個あったらうまくいくかもですっ! 」
「ほっ、ホントに? 」
「はいですっ! 」
「わっ、分かったわ。それなら…、アーシアちゃん、私の背中に乗って! 」
「キュリアさんの、です? 」
「ええ! 私も個人的に用があるのだけれど、この石をくれた人に会って欲しいのよ」
「えと…、シルクさんと違う化学者の方…、なのです? 」
「そうよ。もしかすると悪タイプの石も持ってるかもしれないから…」
属性の事を研究してるリアンさんなら、他にも持ってるかもしれないわね! アーシアちゃんはブースターに変わらなかったけれど、予想は間違いじゃなさそう…。だから私は、アーシアちゃんのためにもこう提案してみる。元々これと“氷華の珠石”はリアンさんから貰ったものだから、彼に会えばもう一つぐらい分けてもらえると思う。…こう思ったから、私は左側の尻尾を差し出しながら、ずっと後ろ足だけで立っているアーシアちゃんを誘ってみた。
「悪タイプもです? なら…、お願いしますっ! 」
「決まりね」
するとアーシアちゃんは大きく頷き、私の提案に同意してくれる。そのまますぐに私の尻尾をよじ登り、背中にしっかりとしがみついてくれる…。元気よく合図してくれるのを待ってから、私はリアンさんがいる街…、“ワイワイタウン”へと駆けだした。
つづく