ごのさん 肩慣らし

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:8分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 “陸白の山麓”を登っていた私達は、予定通り“ウィルドビレッジ”に到着する。
 前回訪れた時と少し変わっていて、門番の姿が無く、代わりに何かの建物を建て始めているような雰囲気があった。
 そんな中ランベルが村へ来た目的を話すと、当然アリシアさんは声をあげて驚いてしまう。
 更にテトラちゃんも同行する事を知ると、彼女は危険に晒すまいと止めに入る。
 けれどそれがテトラちゃんの癪に障ったらしく、治まりはしたけれど口論になってしまっていた。
[Side Kyulia]



 「…さぁ、ここからダンジョンになるわね」
 「ええ。五合目はノーマルレベルだから、テトラちゃんの慣らしにも丁度いいかもしれないわね」
 元の時代では結構戦ってたって聴いてるけれど、勝手が違うかもしれないからどうなるか分からないわね。村に着いて準備を済ませた私達は、万全の体制を整えて“陸白の山麓”、その五合目に足を踏み入れた。五合目なら前来た時に一通り見ているから、調査の必要は無い。…そもそも六合目までは一般の人でも突破できるようなレベルみたいだけれど、正式には未開の地という事になっている。最終的に七合目から上を調べるから同じだけれど、広さも区画数も分かってないから、極力戦闘は避けるつもりでいる。
 「うん。バトル自体は問題ないと思うけど、雪の上で戦うのは初めてだから、そのつもりだよ」
 「期待してるよ。…でも危ないって思ったらすぐに退くようにね」
 「もちろんだよ」
 私達は“参碧の氷原”で戦ったばかりだから、雪の質は違うけれど問題ないわね。まだ潜入したばかりだから、私達は野生が来る前にお互いにしっかりと声をかけておく。いつもなら私とランベルの二人、あるいは他のチームとの共同でしてるけれど、今回はそれと比べて難易度が上がっていると思う。未開の地で広さが分かってない事はもちろんだけれど、それと合わせて経験者以外が二人、そのうちの一人は一般人だから、その分跳ね上がる。だから注意喚起の意味も含めて言うと、テトラちゃんはにっこりと、かつ自信たっぷりという感じで言いきっていた。
 「…だけど一つ心配なのが、この寒さかな? 」
 「うん、そうだね。僕は炎のパンチがあるから大丈夫だけど…」
 「もし辛くなったら、私とキュリアちゃんで何とかするわ。だからテトラちゃん、何時でも言ってちょうだい」
 「うん! 」
 村に着いた時はどうなるかと思ったけれど、この感じなら大丈夫そうね。自信満々なテトラちゃんでも、どうやら不安な事があったらしい。私は一度も考えた事が無いけれど、よく考えたらここは結構な寒さだと思う。今の私は氷タイプでいるけれど、代わりにアリシアさんは炎タイプの姿でいる。ランベルは多分自力で何とかするとは思うけれど、テトラちゃんはランベルのコートを借りてるとはいえそれ以外の手段は無い。草タイプとかドラゴンタイプじゃないからまだマシだとは思うけれど…。
 「だけど今はいいか…、ムーンフォース! 」
 「カッ…? 」
 「隙を突いたつもりだろうけど、そうはいかないよ! 」
 テトラちゃん、中々反応が良いわね。テトラちゃんは何を言おうとしていたのか分からないけれど、話の途中で彼女はエネルギーを活性化させる。ほんの一瞬だから殆ど溜めていないけれど、それを首元のヒラヒラの先に集め、丸く形作る。すると一センチぐらいでピンク色の弾が出来上がり、私から見て左斜め前の方へと飛ばす。今の私の特性で雪が降ってるけれど、それでもテトラちゃんは十五メートル先にいるムチュールに確実に命中させていた。
 「テトラちゃん、よく気付いたわね。村のバカ共じゃああの距離を当てれる人は中々いないわ」
 「ありがとうございます。…だけどあのくらいの事は、準備運動にもならないよ」
 「そうだと思ったよ。ムーンフォースも殆ど溜めれて無さそうだったからね。…だけどそれでも一発で倒せるって事は、実力は本物って事だね」
 咄嗟の判断であの動きが出来るという事は、本気を出せばもっと良い動きができそうね、きっと。テトラちゃんが技を命中させた相手は、今後襲いかかってくる事は無かった。この光景を見たアリシアさんは、感心したように声をあげていた。本人に聞いた訳じゃないから分からないけれど、村でもめていたから、もしかするとこの時ようやくテトラちゃんの実力を判断できたのかもしれない。…だけどテトラちゃん自身は物足りないという感じで、体に積もりかけた雪を払い落していた。
 「二年間任務で鍛えられた私を見くびらないでほし…」
 「ガァッ! 」
 「てっ、テトラちゃん! 」
 払い落しながらテトラちゃんは、アリシアさんに向けてこんな風に話しかける。任務という事は多分元の時代での事を言ってると思うけれど、鍛えられるぐらいなら過酷な環境に身を置いていたのかもしれない。…だけどその話の最中、また別の野生が奇襲を仕掛けてくる。五―メートルの距離になるまで私も気づけなかったけれど、多分雪隠れの特性を持つウリムーが、小さな氷の粒をテトラちゃんに向けて飛ば…。
 「…ッ? 」
 飛ばしていたけど、テトラちゃんは回避せずそれを弾く。位置関係的にアリシアさんの前にいるテトラちゃんは、右から飛んできた、多分氷の礫を同じ方のヒラヒラで叩き上げる。ダメージを受けているとは思うけれど、私が見た限りでは堪えている様子が全然ない。寧ろ相手が攻撃直後で硬直している隙に急接近し…。
 「フラッシュ! 」
 「ッ! 」
 空いている左側に溜めていた光の玉を、二メートル手前で右に跳びながら爆ぜさせる。すると思わず目を瞑ってしまうほどの強い光が発せられ、一瞬辺りを真っ白に染め上げる。私も咄嗟に目を瞑ってしのいだのだけれど、目を開けた時にはテトラちゃんは既に相手の背後を陣取っていた。
 「相手から目を逸らすなんて、そんなに勝てる自信があるんだね? 」
 「ァッ…! 」
 「だけどそんな甘い考えじゃあ、私は倒せないよ? 」
 「ヵ…ッ! 」
 ウリムーの後ろに回ったテトラちゃんは、密接した位置で左右のヒラヒラ、同時に左方向に薙ぎ払う。エネルギーを使わない通常攻撃だと思うけど、それでもそれなりのダメージは通っていそうな感じはある。この攻撃でウリムーはバランスを崩し、テトラちゃん自身も敵とは逆方向に位置が逸れる。けれど一歩だけで踏みとどまり、サラサラの雪を強く踏み込んで頭から相手に突っ込んでいた。
 「こんな風に頭を使わないと、勝てるものも勝てなくなるよ」
 「…ッ…」
 「まぁあんたに勝たせる気なんて、微塵もないんだけど」
 「ァァッ…! 」
 この衝撃でウリムーは一メートルぐらい飛ばされ、新雪の上を横方向に転がる。何とか体勢を立て直し、体当たりか何かで青いニンフィアに迎え撃とうとする。けれどテトラちゃんがそんな事はさせず、首元のヒラヒラで雪を舞い上げ、相手の視界を奪う。標的を見失っている間に左に移動し、もう一度技を発動させずに体当たりを食らわせていた。
 「…ゥァ…ッ! 」
 「悪あがきのつもり? ……」
 だけど通常攻撃だから倒しきる事が出来ず、ウリムーは形振り構わずテトラちゃんに襲いかかる。飛ばされて三メートルぐらい距離があるから、この間隔を這うようにして詰めてくる。対してテトラちゃんは、これだけ言うと何故か目を閉じる。何をするつもりなのかは分からないけれど、テトラちゃんの事だから何か考えがあるのかもしれない。
 「…ガアァ…ッ! 」
 「何をしても無駄だよ」
 距離が一メートル短くなったタイミングで、テトラちゃんは目を開ける。対して相手は、さっき失敗した体当たりを再び命中させようと躍起になる…。けれどテトラちゃんは、もの凄く落ち着いた様子で相手を見据え、四肢に力を込めて駆けだす。そして…。
 「ギガインパクト…っ! 」
 ありったけの力を込めて、捨て身でウリムーに突っ込んだ。
 「…ッ! 」
 五十センチの超至近距離だから、当然相手はかわす事も防ぐ事も出来ない。為す術無く跳ね飛ばされ、静かに降る粉雪の彼方へと飛ばされる…。重撃の反動でテトラちゃんも崩れ落ちてるけれど、この一撃で倒せたはずだから問題無いと思う。そんな彼女は予め技を仕込んでいたのか、雪まみれになった状態で暖かな光に包まれていた。
 「…このレベルなら、願い事を発動させるまでも無かったかな」
 反動から立ち直ったテトラちゃんは、何事もなく平然と立ちあがっていた。



  つづく

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想