この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
ウィルドビレッジから帰った私達は、いつもの日課をこなして夕暮れのひと時を過ごしていた。
私は町の集会所と郵便局に寄り、水の大陸にあるギルドからの返事を出しに行った。
その帰り道、私はリアンさんと似ている、エーフィのシルクさんと出逢う。
彼女が例の依頼人と深い関係にあると知り、人助けの一環として彼女を自宅に止めてあげる事にした。
[Side Kyulia]
「……、…あら…? 」
…何かしら、こんな時間に。エーフィのシルクさんに泊まってもらうことになった私達は、そのままの足で自宅に帰った。時間も時間だったからすぐに就寝し、次の日に備えた。
そして今は、陽も昇り始めた早朝。いつもよりも早い時間だけれど、私はふと目を覚ます。まだ薄明るいくらいだったからすぐに寝ようとしたけれど、うっすらと開けた目が、部屋の奥の方の照明を感知する。これが気になり、私はボーっとしながらもそーっと体を起こした。
「…シルクさん? 」
「―っ! 」
『あっ、ごめんなさい。起こしちゃった…、かしら? 』
「いっ、いえ…。シルクさんも、眠れたかしら? 」
シルクさん、もしかして眠れなかったんじゃあ…。隣で寝ているランベルを起さないよう慎重に抜けだし、私は照明がついているキッチンの方に向かう。足音を忍ばせ、尻尾を壁とか棚にぶつけないよう注意しながら、その部屋をこっそり覗きこむ。するとそこには、薄手の白い服を羽織ったエーフィの彼女…。何をしているのかは分からないけど、何かしらの作業をしているらしかった。
だから私はその中で作業をしている彼女に、小さな声でこう呼びかける。ダンジョンに潜入する時みたいに、気配を消していたから、シルクさんを驚かせてしまったけれど…。だけど彼女は、驚きでとびあがってしまっていたとはいえ、何とか答えてくれる。頭の中に声が響く感じにはまだ慣れないけれど、彼女はしっかりと私にだけ答えてくれる。私が訊く事の様な気もするけど…、答えてくれた彼女に対してこんな事を思いながら、横に首をふってから訊き返した。
『ええ、お陰様でよく眠れたわ』
「ですけど、まだ早い時間だから…」
『そうね、陽の高さからすると…、まだ六時前ってところね。だけどこうして朝早くに起きるのが日課でね、こうして薬品とか道具を創ってるのよ』
「薬品? 」
『そうよ、本業のね』
本業…、確か昨日、保安官以外にも仕事をしているって言っていたような…。私は眠い目をこすりながら訊ねたけど、シルクさんはそんな様子は全く無さそう。にっこりと笑顔を浮かべながら、私に言葉を伝えてくれる。一応見た感じ大丈夫そうだけれど、世間一般ではまだまだ動き始めるには早い時間…。まだ早い時間だからまだ寝れますけど、そう訊こうとしたけど、喋れないシルクさんの言葉に遮られてしまった。
その彼女は一度、朱から水色に変わり始めている空をチラッと見る。集合住宅の三階から見える朝日から時間を判断したらしく、彼女は視線を戻しながらこう続ける。それからシルクさんは私の方に向き直り、さらっと自分の事を語ってくれた。
「本業? 確か教師をしている、って言ってたわね」
『ええ。…だけど、化学者としての、かしら? 簡単に言うなら、ダンジョン用の道具とか、ちょっとした日用品を創りだす、ってところかしら』
化学者って確か…、リアンさんもそうだって言ってたわね? それなら、道具職人としての作業、って事ね? 昨日知ったばかりの事で分かりきっては無いけれど、私はこの説明で、大まかには何をしていたのかが分かったような気がする。同じ職業のリアンさんもそうだ、って言っていたから、多分そのお陰でわかる事が出来たんだとは思う。昨日と今にしか聴いた事の無い職業だから、結構ニッチな仕事なんだと私は思っている。
「職人みたいなも、って事よね? 」
『この時代なら、そうなるわね。…あっ、そうだ。キュリアさん、もしオレンとか林檎があったら、簡単な回復薬ぐらいなら合成できるけど、どうかしら? 』
「回復薬…? 」
『そうよ。体力を回復するのはもちろん、自然回復力も高めてくれる効果があるわ』
「自然回復力…、中々ない効果ね」
十何年とダンジョンに潜入してきたけど、そういうものは初めて聞くわね。私の質問に答えてくれると、シルクさんは思い出したように提案してくる。彼女の言う通り、オレンとか林檎なら、もし販売されているとしてもそう高くは無さそう。化学というものが何なのか分からないので何とも言えないけれど、その職業の彼女が言うのなら、そうなのだと思う。だけどその中で気になる言葉があったので、立て続けに訊ねてみる。すると彼女は、こんな感じかしらね、という感じでさらっと説明してくれた。
『四年ぐらい前に開発したものだけど、私のオリジナルだから、効能と味は保障するわ』
…結構自信があるのね。
「そうなのね…。…それじゃあ、お願いしようかしら? 」
『ええ! 』
相当自信があるらしく、シルクさんは胸を張ってこう言い放つ。それに私はそんな感想を抱きながらも、そこまで言うなら試してみよう、ちょっとした興味の感情も芽生えてきて、彼女の提案に頷く。オレンと林檎ぐらいならすぐに準備できるし、効果も回復系だから万が一の時でも大丈夫なはず。半ば怖いもの見たさで、私は彼女が笑顔で答えてくれてから、その原料となる木の実を取りに行った。
――――
[Side Kyulia]
『…ここが、アクトアタウンなのね? 』
「はい。僕達もあまり来ないんですけど、この街は結構独特ですからね」
ジョンノエタウンもいいところだけれど、ここもいい感じなのよね。ランベルが起きてから、私達は簡単に朝食を済ませて目的の街に向けて出発した。そこそこ早い時間と言う事もあって船着き場で一時間ぐらい待ったけれど、その間にシルク何の事を色々と聴くことができた。どこの出身なのかまでは聴けてないけれど、草の大陸を拠点に活動していたらしい。トレジャータウンっていうギルドがある町を中心に、色々な事を調査していたんだとか。トレジャータウンと言えば、“星の停止事件”を解決したチームの出身地として最近再び名が知れ渡った町。プクリンのギルドも有名だけれど、今では“悠久の風”というチームの拠点としての方が有名なのかもしれない。…話をシルクさんに戻すと、シルクさんは草の大陸の伝承を調べていた時期があるらしく、ギルドの人はもちろん、伝説の種族の何人かとも知り合いなんだとか。
それで、定期便と道中で“明星”の事についても話していると、私達は目的の街、アクトアタウンに到着した。私自身来るのは二回目だけれど、噂に聞く通り、水路が張り巡らされていて景観が整っている。私の特性で快晴だと言う事もあって、水面に陽光が反射して光り輝いている。シルクさんは初めて来たらしく、何か感動したような感じで私達に言葉を伝えてくる。それにランベルが、冷涼な風を肌で感じながら、その彼女に答えていた。
「水中にも町があるのは、アクトアタウンぐらいだけだから。…あっ、折角来たんだから…」
もしかしたら、初めて出来るかもしれないわね! 私はふとある事を思い出し、話している途中だったけど背負っている鞄を下ろす。いつもなら尻尾で探って取り出すのだけれど、何しろそのモノは昨日貰ったばかりで、正確な形と重さまでは覚えきれていない。だから腰を下ろした状態で、右の前足で例の石のネックレスを探りだす。
「ええっとそれは…、“氷華の珠石”? 」
『…初めて見る石ね。“氷の石”でもなさそうだけど…』
リアンさんに昨日貰ったアクセサリー、薄水色の鉱石をそこから取り出す。紐の部分を短い前足の指で掴んでいるから、私にはまだ何の変化も無い。だけど氷のように冷たい石だから、その冷気だけは伝わってきている。
ランベルは私がしようとしている事に気付いたのか、その石を見ると、あぁなるほどね、とでも言いたそうな感じで頷いていた。
そんなランベル達のやりとりを聞き流しながら、私は取り出したアクセサリーを身につけていく。まずは紐の部分を丁度いい長さで結び、輪っかをつくる。それを一番右側の尻尾の先端に引っかけ、その隣の尻尾で輪の部分を広げる。その状態で私は右側から後ろを向き、輪っかの部分に頭を入れる。首のあたりまで通してから、尻尾で掴むのをやめると…。
「ええ。…本当に、これを着けるだけで氷タイプの方になれるのね」
私の毛並みは黄味を失い、氷のような青味を帯びていく…。特性も“日照り”から“雪降らし”に変わるから、晴れているけれど季節外れの小雪がちらつき始める。自分では見た事が無いけれど、ランベルが言うには、私の瞳も紅から青に変色した。
『…雪? もしかしてキュリアさん、何かの伝説に関わって…』
「ううん、確かにキュリアは少数派の特性だけど、それだけで普通のキュウコンですよ」
「私もウィルドビレッジ以外では初めてだけれど、私達キュウコンはこの石を身につけると、こうして属性も見た目も変わるらしいのよ」
半信半疑だったけど、リアンさんの推測は間違ってなかったのね。冷たい雪に気付いたシルクさんは、頬の辺りに右の前足を添えながら、空の方を見上げる。これまでの経験? からかもしれないけれど、彼女は多分、伝説に関わってるの、そう訊こうとしていたのかもしれない。だけどその途中で、ランベルが言葉を遮って首を横にふる。そのまま私の事を少し話しながら、彼女の考えをやんわりと否定。そこへ私自身がこう付け加え、“氷華の珠石”について知らない彼女にこう説明してあげた。
『そうなのね? そういう石があるなんて、知らなかったわ。氷タイプの…』
「…ん、雪? 何でこんな時期に…」
「あぁごめんなさい。私の特性で…」
特性の効果だから仕方ないけど…。シルクさんが興味津々、っていう感じで話しているところに、街の南の方から誰かが喋りながら通りかかる。この街の人なのか、不思議そうな感じで空を見上げながら、独り言として呟いたのだと思う。男の人だと思うけれど、私の特性で降っている雪だから、その彼に対して言うために、私はその彼の方に振りかえる。呟いていた彼、アブソ…
「しっ、シルク? …ですね! ギルドを開く前だから…、二年ぐらいになりますね」
「ええっと…、フィフさん? 」
独り呟いていたアブソルさんは、何かが目に入ったのか、急に声を荒らげる。彼もそうだと思うけれど、いきなりだったから、すぐ彼の前にいた私も驚きでとびあがってしまう。更にそれだけではなくて、アブソルさんは私達と一緒にいるエーフィ、シルクさんの名前を一発で言い当てる。その彼女はパッと明るい声で声を響かせ、彼の元に駆け寄っていた。
「シルクさん、この人は…」
『あぁ、ごめんなさい。ランベルさん、キュリアさん、紹介するわね。彼は私の親友のひとりで、アブソルのシリウス。…アクトアタウンの副親方で、チーム“明星”の副リーダー、って言った方が分かりやすいかしら? 』
「“明星”…、あっ、この人がそうなのね? 」
「あぁはい。一応これでも、ギルドの副親方をさせてもらってます」
副親方って聴いていたけれど、案外大人しそうな感じね…。ランベルと私、立て続けに聴くと、ここでようやくシルクさんが気づいてくれた。私達には聞こえていないけれど、アブソルさんが話している感じだと、言っていた通り相当仲が良いらしい。気付いてくれたシルクさんは、一度ランベル、私の順に目線で示してから、その視線をアブソルさんの方に流す。彼の事を手短に紹介し、彼もぺこりと頭を下げて答えてくれた。
「という事は、シルク? このお二人が霧の大陸のチーム“火花”、ですね? 」
『そうよ。偶々ジョンノエタウンで道を聴いた時に知ってね、一緒に連れてきてもらったのよ。…紹介が遅れたけど、このふたりがチーム“火花”で、デンリュウの彼がランベルさんで、今は姿が違うけど、キュウコンの彼女がキュリアさんよ』
「やはりそうでしたか。…シルクの言う通り、自分がアブソルのシリウスです。送ったのは自分ではないですけど、今回はありがとうございます」
「いえいえ」
本当に謙虚な人なのね…。シリウスさんはシルクさんと私達がいる事に不思議そうにしていたけれど、それはその彼女がすぐに説明してくれる。一応依頼っていう扱いになっているけれど、一晩過ごしたと言う事もあって、そういうくくりでなくてもいいと私は思っている。続いて彼女は私達の紹介までしてくれて、さっきとは逆の順番で視線を送りながら彼に語りかける。シリウスさん自身は何となく察していたのか、これだけで事情を納得したらしかった。
つづく