いちのいち 体調の変化

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 ぜろてんきゅう
 皆さん、わざわざ遠い所を来て頂き、ありがとうございます。案内人から、この世界の事は聴きましたか?そうですか。それなら、話は早いですね。
 ここは僕達、火花を中心としたコースになります。他のコースとも見学先で会う事もあるかもしれませんけど、とりあえずは霧の島を中心に案内します。予想外の事態が起こるかもしれませんが、ひとまずは安心してください。僕をはじめ、キュリアが全力で守りますから!
 それでは、皆さんを霧の大陸、ジョンノエタウンにお連れします。はぐれない様に、ついてきてくださいね。
   データ3  探検隊:火花


 [Side Ramver]



 「ウィルド、ビレッジ? あの、最近村を開いたっていう、あの? 」
 「そうよ。町長からのお達しでね、村を代表して行く事になったのよ」
 そっか。町の代表かぁー。町の使節じゃないのも、何となく分かる気がするなぁー。
 ここは霧の大陸の港町、ジョンノエタウン。僕らが拠点にしている町。霧の大陸第二の人口を誇る大都市で、他の大陸からの玄関口としても賑わいを見せている。気候は冷涼で、避暑地としても有名だ。
 そんな中僕は、通い慣れた売店からの帰り道、パートナーのキュリアと合流した。時刻は大体朝の八時ぐらい、人通りが疎らな本通りに、二つの声が響く。キュリアの特性で照りつける陽光から放たれた声は行き交う人の間を通り抜け、別の道へと躍り出る。そしてまた別の街道へと乗り継いでいき、新たな場所へと旅立っていった。
 「だけどキュリア? 今日は草の大陸の温泉に行きたいって言ってたけど、よかったの? 」
 「ええ。温泉なら、また今度でいいじゃない。それに道中にダンジョンは無いみたいだから、休暇ついでに、ね」
 ダンジョンが無いんなら、確かに楽だけど…。僕は前に、キュリアから温泉に行ってみたい、って聴いていたから、今日はそのつもりでいた。だけど彼女は、今は町長の申し出の方に気変わりしているらしい。確かに僕自身も気になってはいるけど、彼女がこう言った事に少し驚いてしまった。訊くまでも無いかもしれないけど、とりあえず僕は彼女にその理由を訊いてみる事にした。すると案の定、照りつける陽光が、ほんの少しだけ勢力を増したような気がした。
 「休暇かぁー」
 「町長の話によると、一年中融けない氷のお陰で、ここよりも涼しいらしいのよ。私の日照りでも涼しくなるのか気になるから、行ってみたかったのよ! 」
 「まぁ、確かにね」
 興味が無いって言ったら嘘になるけど…。僕自身も行って見てみたい、そういう想いは確かにある。彼女のこの、文字通り太陽のような笑顔を見ると、すぐに首を縦に振りたくはなる。なりはするんだけど、僕はある理由で、彼女の頼みにすぐには頷く事はできなかった。
 ここで少し話が逸れるけど、キュリアが提案したその村、ウィルドビレッジは、年中雪が降り積もるような山脈の中腹にある。環境的にも孤立している場所にあるが、その村の政策においても、つい一か月ほど前まで閉鎖されていた。それは、村への出入りを一切禁じる、鎖国政策。僕は昔に両親から聴いただけで確証が無いけど、ある事件がきっかけで、三十年以上も村を封鎖していたらしい。その事件というのが、三十五年前に起きた、ミストタウンの大虐殺事件。僕達の故郷であるミストタウンとあまり離れていなかったので、当時のウィルドビレッジの村長は、殺人鬼が村に入れないために、村への出入り口を硬く封じたのだとか。これだけでは僕も、渋りはしない…。もう一つの理由として、この事件の関係者にある。当時難事件として扱われていたのだが、あまりの難航度合いに、警備隊は何の罪もない一般人を容疑者に仕立て上げた。その一般人というのが、日照りの特性を持った、男のキュウコン…。…キュリアの、実の父親だった。キュリアの親父さんは濡れ衣を着せられた挙句、度重なる拷問で命を落としてしまった。この事態が保安協会によって明かされ、キュリアの親父さんの潔白が証明されている。都会のジョンノエタウンをはじめ、他の大陸や霧の大陸の主要都市ではそうではなくなったが、郊外や田舎町では、未だにキュリアの家系への偏見は根強い。彼女の家系は隠し続けているけど…。村長が変わり、村の方針も変わったらしいが、つい先月まで村を閉鎖していたのなら、尚更。
 「ランベルも、気になるよね」
 「うっ、うん…」
 あまり気分は乗らないけど、キュリアが悲しむ顔の方がもっと見たくない…。想いと想いで板挟みになってしまったけど、優先順位を考えると、僕ならこっちを選ぶ。
 「そっ、そうだよね。折角閉鎖されてた村に町を代表して行けるんだから、誇りに思わないとね」
 つくづく、僕ってキュリアに甘いなぁ…、葛藤に葛藤を重ねた結果、僕はこう、自分に対して呟く。婚約してからもキュリアとの関係は変わらないけど、彼女に対する思いも変わらない。…いや、前以上に強くなったのかもしれない。だから僕は、もしもの事があったら、僕が命に代えても守ればいい。そう自分に言い聞かせながら、無理やり笑顔を作って、大きく頷いた。
 「そうと決まったら、早速準備をしましょ! 町長が言うには、ウィルドビレッジからの案内人が近くまで来てるらしいのよ。だから、その人を待たせないためにも、ね! 」
 「うん。ダンジョンは無いみたいだから、レオンさんの店には寄らなくても良さそうだね」
 「そうね。…って言っても、やっぱり寄るのよね? 」
 「あははは…、たぶん、そうなるかもね」
 人を待たせているのなら、あまり遅くならない方が良いね。僕が了承したのを聴いて、キュリアは嬉しそうに声をあげてくれた。九本ある尻尾が全部揺れているから、間違いはないと思う。キュリアの感情は特性上日差しの強さにも出るから、分かりやすいと言えば分かりやすいけど…。そのお陰で、彼女の日照りと振っている尻尾からの風で、少し暖かかった。
 こういう訳で、僕達の今日の予定はすぐに決まる事になった。その後僕達は、一度自宅に戻り、外出する準備、それから僕は防寒着を持って、ジョンノエタウンを発った。



―――

 [Side Ramver]




 「ランベル、あの人がそうじゃないかしら? 」
 「種族が同じだから、そうかもしれないね」
 あれから、およそ四十分。準備を済ませた僕達は、開村したばかりのウィルドに向かうため、北へと歩みを進めていた。町の入り口から二十分ぐらい歩いた地点に、僕達の故郷であるミストタウンへの道との分岐点がある。そこに佇む大木に、一つの人影…。それにいち早く気付いたキュリアが、その方を右の前足で指さしていた。それに僕はすぐに応じ、視線を向ける。予め迎えのひとの種族は聴いていたから、その本人と照らし合わせる。木にもたれかかっている彼? の種族は、確かに聴いた通りだった。そこでようやく例の人物だと気付き、彼女こう伝えた。
 「メガネをかけたツンベアーだって言っていたから、間違いないわね。すみません、あなたがウィルドタウンのフロストさん、であってるかしら? 」
 「ん? あっ、はい。という事は、あなた方が、ジョンノエタウンからの使いですね? 」
 「そうです。探検隊、火花のランベルと、こっちの彼女がキュリアです」
 やっぱり、そうだったね。本を読んでいたらしく、彼はキュリアの呼びかけに少し遅れてしまっていた。種族上僕達より遙かに背が高いから、彼は視線を降ろし、落ち着いた様子で頷く。パタン、と読んでいた本を閉じると、それを左手に持ち換えてから僕達に尋ねてくる。彼は彼でちゃんと伝え聞いていたらしく、僕達の間を目線で行き来させる。すぐに察してくれたらしく高い位置から空いている右手を差し出した。
 歳は分からないけど、そんな好青年の彼に、僕達は大きく頷く。キュリアは届かないから尻尾ででだけど、僕は彼に右手で握手し、手短に自己紹介しながら応じた。
 「よろしくお願いします。いぁあ、私、村の外に出るのが初めてで、氷タイプと岩タイプ以外の方に会ってみたかったんですよ」
 「氷タイプと岩タイプ、だけ…? やっぱり、噂は本当だったのね」
 そっか、その二つのタイプしかいないんだ…。雪山の中腹にある村だって聞いてるから、何となく分かる気がするなぁ…。軽く自己紹介を済ませてから歩きはじめると、彼は興味津々と言った様子で声をあげる。どこか貫禄のある出で立ちだけど、子供の様に目を輝かせているので、もしかすると僕が思っている以上に若いのかもしれない。見た目で判断したらいけないなぁ…、そう思っていると、キュリアがこんな風に首を傾げる。彼女の中では半信半疑だったらしく、へぇー、という感じで呟いていた。
 「一応地面タイプもいるにはいるんですけど、炎タイプと電気タイプは初めてです。それに炎タイプって、本当に体温が高いんですね。近くにいるだけで暖かいなんて、初めてですよ」
 「いや…、炎タイプは確かにそう言われているけど、私は特性の影響の方が強いわね」
 会った事が無いんなら、そう思うのも無理ないのかな…。そもそも、ツンベアーって氷タイプだし。日差しはいつもよりは弱いので、キュリアは多分、彼のためにも感情を極力抑えているのだと思う。だけど当の本人にとっては、そこそこ暑いと感じる気温らしい。相変わらず彼は興奮気味だけど、新しい何かを見つけた子供の様に、揚々とした様子で声をあげていた。
 それにキュリアは、ううん、と首を横に振る。そよ風に尻尾を靡かせる彼女は、彼の言い分を肯定しつつ、上を見上げる。あまり強くない日差しを気持ちよく感じているらしく、彼女はうっすらと目を閉じる。穏やかな口調で、彼にこう説明していた。
 「キュリアと同じ特性を持っている人は少ないですからね。…フロストさん、村の外はどうですか? 村の外となると、見たことが無い物もたくさんあるんじゃないですか? 」
 「はい、もう見たことが無い物ばかりで、凄く楽しいですよ。…まだお年寄りとか、開村に反対している人も多いんですけど、私はこうなって良かったと思ってますよ。そのお陰で村の言い伝えが迷信だって分かり…」
 「言い伝え…? その、言い伝えというのは…」
 少数派の特性を持っている人は何人か知ってるけど、キュリアが持ってる日照りは、キュリアの家系しか知らないからなぁ…。僕がツンベアの彼にこう訊くと、見るからにうきうきした様子で答えてくれた。坂道に差し掛かって前を行くフロストさんが更に高くなったけど、何故か子供ぐらいに小さく見えた気がした。そう思ったけど、彼は声色を変えないまま、気になる言葉を口にする。キュリアも同じ事を思ったらしく、そんな彼に、疑問符を浮かべながら質問していた。
 「ええっとですね、私は信じてなかったんですけど、村の外の人はみんな暴力的だ、って言われてたんです。近くの町の人は特に凶暴で、ダンジョンの野生と同然に、命尽きるまで襲ってくるんだとか…。三十年ぐらい前からの言われなので、村長が変わった今でも、村の半分は信じています。…だけど、安心してください。ダンジョンに食料調達に行くような人…、元々今の村長もそうなんですけど、ほとんどが解放派ですから」
 「そう、なのね…」
 「キュリア、大丈夫…? 」
 三十年前って…、絶対にあの事件の事だよね? キュリアの質問に、フロストさんは、少しトーンを落として語り始める。物騒な言い伝えだな…、そう思いながら聴いていると、彼の口から思いがけない一言。何となくそんな気はしていたけど、それは悪い意味で当たってしまう。案の定空の太陽に雲がかかり、気温も少しだけど下がり始める。それどころか、白い何かがちらつき始めた…。標高が上がったからだとは思うけど、念のためキュリアの様子を横目で確かめる。だけど彼女に、暖かな日差しは全く見られなかった。それどころか、彼女の声に覇気が無くなり、顔もかなり青ざめていた。
 「だっ、大丈夫ですか? 」
 「平気よ…。少し寒気がしてきただけで…」
 「だけどキュリア、寒気…」
 「ランベル、フロストさんも、心配しないで。寒気がするだけで、それ以外は何ともないわ。熱風…。…あれ…? 」
 いや、キュリア、どう見ても大丈夫じゃないでしょ? 明らかに顔色が悪いキュリアは、弱々しくもこう言う。こんな事今までなかったから、僕はどうしたらいいか分からなかった。凄く戸惑ったけど、僕は偶々ある物の存在を思い出す。それは防寒用に持ってきた、自分のコート。慌ててそれをバッグから取り出し、彼女の背にかけてあげる。二足と四足の種族では体の形状が違うから、袖の部分を彼女の首元で緩く結ぶ。その時に触れた彼女の毛並みは、異常なほどに温もりが失われ、氷の様に冷たく冷えきっていた。
 「熱風が発動しない? 嘘よね? 今日は一回も技は発動させていないはずなのに」
 「えっ? 熱風が使えないって…。それにキュリア、目まで蒼くなってるよ。やっぱりキュリア、絶た…」
 「きゅっ、キュリアさん? キュリアさんって、キュウコンだったんですか? 」
 「いっ、今更? 」
 嘘でしょ? あんなに使い慣れた熱風が、発動しない? 彼女は自力で体温を上げるため、技を発動させようとする。いつもならすぐに熱い突風が吹いてくるはずだけど、何故か今回はそれが無い…。僕もそうだけど、彼女はこの状況の訳が分からず、声を荒らげてかなり取り乱す。そんな彼女はさっき以上に青ざめ、それが全身にまで広がってしまっている。見るからに体長が悪そうだけど、彼女の言う通り、何故かそうではないような気もしてきた。普段なら紅いはずの瞳も青くなっているけど、それ以外は、彼女の言う通り、何ともなさそう…。戸惑う仕草が、普段の彼女、そのものだった。
 「村から出るのは初めてらしいから仕方ないとは思いますけど、キュリアはごく普通のキュウコン…」
 「いやいや、キュウコンなら村にも一人だけいるので、よく知ってますよ。色違いでクリーム色ぽいだけかと思っていましたから。それにキュウコンなら、熱風が使えなくて当然ですよ。キュウコンは氷・フェアリー…」
 「いいえ、私は紛れもない炎タイプよ。氷タイプのはずがないわ。私は日照りだけど、キュウコンの特性は貰い火…」
 「違います、雪隠れですよ! とっ、兎に角、ウィルド村にはもうすぐ着くので、続きはそれからにしましょう! 」
 いや、村から出たことが無かったとはいえ、さすがにそれはないでしょう! 彼の村の事情は少しは理解していたつもりだけど、まさかここまでとは僕は全く思わなかった。反論してくる彼の口から出たのは、検討違いの、常識外れな主張。キュウコンは代表的な炎タイプの種族だって知られているので、彼の反ばくに僕達は拍子抜けしてしまう。彼自身も当然の様にこう言っているので、これは聴く耳を持ちそうにない、遂に僕はそう感じずにはいられなくなってしまった。
 彼も似たような心情に陥ったらしく、いつの間にか積もっていた雪を蹴散らし、こう声を荒らげる。二対一で不利だと思ったのか、彼は突然話題を変え、足早に先へと駆けて登ってしまった。
 「そんな筈はないけど、ランベル、後を追いかけましょ! 」
 「うっ、うん」
 何しろ、そのキュウコン本人が言うんだから、僕達の主張には間違いない。もう一度彼にこう言いたかったけど、彼は足早に山道を登り始めてしまった。このままでは不案内なので、仕方なく、僕達はツンベアーの彼を追いかける事にした。


   続く

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