episode5 イガラシ研究所

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 エメルタウンは田畑が町の面積の半分以上を占めている田舎なので、ゲートなどという洒落たものは東西南北どこにも無いのである。
 エマとリウィンが目指しているイガラシ博士の研究所は、町を北の方角に出てすぐだと町のジムリーダーであるエステラに教わったのだが、なにぶんゲートや関所らしきものが見当たらないので、矢印看板を見つけるまで前進と後戻りをくり返して同じ道をぐるぐると回ってしまった。

「矢印看板なんて時代遅れですわ……というかリウィン先生! 案内してくれるはずのあなたが道がわからないってどういうことですの。説明しやがれですわ!」
「いや、いちいち町の造りなんて覚えてないし。僕が持ってる地図はルーニア地方全域の地図だから、エメルタウンの出口の位置なんて書いてない。……まあそれっぽいトコに出られたからいいってことで。行くよ」

 そう言って眉間に皺を寄せつつ、艶のある金髪の後頭部を掻きながら、リウィンはエマの前を歩き始める。
 脇道には草むらが広がっている。足元の通路は砂利道とはいえ整備されている方だ。
 リウィンの後ろをついて行きながら何気なく彼に話しかけるうちに、話題は先程まで行っていたエメルタウンジムでのジム戦でのことになる。

「にしても、ジムリーダーの手持ちポケモンとはいえ思っていたより強くなかったですわね」
「……あのさ、エマ。ジムリーダーが本気出したら今のキミなんて瞬殺されるよ。何のためのジムリーダーだよ」
「えっ……?」
「彼らは挑戦者の持っているバッジの数に合わせて手加減をしているってこと。エマの持っているバッジはゼロだったけれど、トレーナーとしての経験はそこそこあって、ガーディはそれなりに育っていた。だからあの二匹で勝てたんだよ」

 そう言われて、エマは歩きながらしばしのあいだ押し黙った。
 肩から提げているトートバッグの取っ手を強く握る。ぐうの音も出ない。と同時に、少し前進していたとはいえまだ自分はスタートラインからそう遠くない所にいるのだと痛感させられた。

「普通、インストラクターを頼まれても知らない子にはそういう話はしないんだけどね。メンタルに傷がついて辞めるとか言われたらこっちが損するし」
「わたしにはしても大丈夫ってことですか……」
「君は図太いしメンタルも強そうだからね。プライドが高くてせっかちなだけ。……それに」

 一拍間を置いて、ためらうような仕草を見せたものの、リウィンは改めて口を開く。

「君の目標はあまりに大きすぎる。チャンピオン……リヴィスを倒したいのならそれくらいで折れちゃ駄目だ」

 エマが見ているのは前を歩くリウィンの後ろの姿なので表情までは伺えないが、彼の口調が先程までのやる気の無さそうな感じと違い、張りがあって真剣なもののように思えた。

「……なんて、らしくないこと言ったな」
「いえ。……その、ありがとうございます。これからも頑張ろうって思えました。でも、プライドが高くてせっかちというのは聞き捨てなりませんわ。さり気なくバカにしやがりましたわね?」
「細かいことは気にしないでおこうか。……なんてやってるうちに着いた。たぶんあれじゃない?」
「誤魔化すなぁ!!」
「あーあ、ヒステリックだなあ」

 そうこうそんなやり取りを続けているうちに、二人は研究所らしき建物の、玄関の先に立った。
 橙のドーム型の屋根に、ペンキがまだ比較的新しいものであることを伺える白の壁。窓も外の景色が鮮明に映るほどに綺麗に磨かれている。清潔感に溢れた建物の正面入り口には、イガラシ研究所と書かれた表札代わりの札がさがっていた。
 
「ここですわね。すいませーん!」
「エマ、こっちにインターホンがあるけど。押すよ」

 リウィンがエマに突っ込みつつ、インターホンを押した直後にドアの向こうから顔を出したのは、赤銅色の長めの髪に青いバンダナを着けた、背の高い青年だった。本人曰くこの研究所の主の弟だと言う。
 
「ああ、俺はカイル。所長のオリヤは兄貴なんだけど……ごめん今アイツ寝てるんだ。たたき起こしてくるから、リビングで適当に待っててくれ」
 
 カイルはエマとリウィンをリビングに通すと、げんなりとした顔で足早に室内から出ていった。
 階段を上がる音に次いでドタドタと騒々しい音とカイルの声が聞こえたが、この際は無視した方がいいのかもしれない。エマとリウィンはちらりと顔を見合わせてから、黙って同じソファに並んで座った。
 
 
 
 ***
 
 
 
「やあやあ! よく来たね。私がこの研究所の所長であるオリヤ・イガラシだよ!」
「……あの、頬が異様に赤いですけれど……大丈夫ですの?」
「うん、大丈夫。愚弟にやられただけだ」
 
 赤く腫れた片方の頬を手で抑えつつ、白衣を身にまとった研究所の主オリヤは明るい笑顔で客人を出迎えた。
 こちらの兄は、少しばかり精悍な顔つきの弟と違って、長めの髪をうなじの辺りで束ねて黒縁のメガネを掛けた中性的な優男風と、カイルとは雰囲気が正反対で似ていないと言える。共通点と言えば赤銅色の髪色とおなじく赤い目の色くらいだ。
 
「だーれが愚弟だ、このクソ兄貴。こんな時間まで寝てるのが悪い。今何時だと思ってやがる。掃除も飯も俺が作ったんだぞ」
「だってえ! レモンとジャンが寝かせてくれなかったんだ!」
「ポケモンのせいにするな」

 目の前で小競り合いを繰り広げるイガラシ兄弟。エマはそんな二人を、出されたモモンフレーバーティーのカップを片手に眺めつつ、仲がいいことを微笑ましいと思うと同時に、自分と姉の関係や距離感のことなどを思い出して複雑な気持ちにもなった。表情には出さないように努めてはいるが。
 
「で、エマ君と言ったな!」
「あ……はい」
 
 オリヤに突然話を振られて、エマは反射的に膝に手を置いて、背筋を伸ばして姿勢を整えた。

「エメルタウンのエステラさんから話は聞いているよ。有望なポケモントレーナーだと聞いた」
「それほどでも……ありますわ」
「うんうん、謙遜しないのはいい事だ。……しかしだな、あいにく今君に提供できそうなものがあまり無くてね。うちはまだ地方では公式に認可する手続き中だからポケモンの配布もやっていないのだよ。……そこで、だ!」
 
 人差し指を上に立てて、オリヤはソファから腰を上げ、壁に沿って立っている棚の前に立つと急に引き出しを手前に引いて中を乱雑に漁り始めた。
 
「カイル、これは……中が汚いな!」
「俺もそこまでは漁れないからな。自分で整理しろ」
「酷いなあ。私はこれでも整理しているつもりなのだが。……お、あったあった。はい」
「……? 何ですの、この無駄にごつい機械は?」
 
 引き出しからオリヤの手によってエマに手渡されたのは、一台の赤い液晶端末だ。手のひらよりも少し大きな携帯電話のようにも見えるが、それらとは決定的に違う部分があった。腕、と言えば語弊があるが、端末の横から赤くて平たい部分が左右それぞれ一本ずつ飛び出ているのだ。リウィンは横からそれを覗き込んで、納得したようにああ、と一言。
 
「図鑑だね」
「ご名答! リウィン君は頭が切れるようだな」
「普通見りゃわかるよ」
「んんッ……まあ、とにかく。それをエマ君に託そうと思う。事実をぶっちゃけるとカイルが使っていたお古だが、ちゃーんとルーニア地方のデータも入れてあるぞ。アップデートまで出来ちゃう私は天才だな!」
「ちゅ、中古ですか……まあ、なかなか手に入らないものですしありがたいですわね」

 苦笑しつつも、図鑑を素直に受け取ることにした。しかし、機械のどこを探しても電源らしき物が見当たらず、エマは電源はどこです? と首を傾げた。
 
「いや兄貴、使い方説明しないと」
「おお、そうだった! その図鑑はロトム図鑑と言ってな、機械そのものの型は古いのだが、中にロトムと言うポケモンを呼び込んで初めて起動するスグレモノなのだ! では早速…………カイル、ロトムの入っているボールはどこだ」
「お前モンスターボールの整理もしていないんだな……」
「いや、いやいや覚えてる。確か奥から3番目の棚の下から4段目の引き出し……おっ、あった! それでは早速呼び出すぞ~いでよデンパチ!」

 ***


 エマはロトムというポケモンの存在自体は知っていたが、生で見るのは初めてだった。
 ポケモンが機械に入って動く。初めロトムというポケモンが正式にポケモンとして確認された頃には家電のような大きな機械に入り込むのが限界だったのだが、研究が進み、その能力の応用として作られたのが、ロトム図鑑と呼ばれる代物である。いわゆる精密機器の中にも入れるようになったのだ。
 モンスターボールから呼び出されてふわふわと天井付近の空宙を漂っているロトムが図鑑にインストールという形で入り込んで唐突に喋り出したのだから、初めて見るエマとしては感動だった。
 
「すっごいですわ! さっきまでうんともすんとも言わなかったオンボロ機械が喋って宙に浮いています!」
「初めましテ~! ロトムのデンパチと言いマス~よロトしくちーっすちーっす!」
「そして絶妙にウザいですわ! 凄いっ」
 
 目を輝かせてロトム図鑑もといデンパチと握手を交わすエマ。デンパチも、機械から発せられるとは思えないほど抑揚のあるリアリティのある音声でエマと喋っている。
 
「あっ、カイル氏もいる~。ポンコツバカ兄貴もお元気そうですネ!」
「よっ、デンパチ。三日ぶりだな」
「おいカイル! なんで私だけ不憫な覚え方をされているんだ!」
「俺が教えといたんだよ。間違ってないだろ」
「酷いー!」
「ところでカイル氏~、このおふたりはどなたデス?」
 
 ロトム────デンパチは改めてエマと、ソファに座って興味無さそうに紅茶をすすっているリウィンを交互に見て、ふたりの周りをふらふらと浮遊する。エマは相変わらず、「科学の力ってすげーですわ!」と興奮しているが、リウィンは若干うざったそうにデンパチをじっとりと睨んでいる。
 
「わたしはエマですわ! よろしくお願い致します。あっちのだるそうな金髪はインストラクターのリウィン先生です」
「了解~。情報アップデート完了! 貴方がエマ氏、だるそうな金髪がリウィン氏ですネ!」
「うふふ、愉快で楽しい子ですわ」  
「ええっ……そうかな……僕はだるそうな金髪で覚えられるのなんか癪なんだけど」
 
 ピコピコと電子音を鳴らして情報を更新したデンパチだが、そこでふと思い出したようにカイルの方を向いて、質問をひとつ投げかけた。
  
「ところでカイル氏~、今回僕を呼び出した理由を教えてほしいデス」
「うん。デンパチ。お前にはエマについていって貰いたいんだ。トレーナーとして得られる知識はあった方がいいし、ほら。お前旅するの好きだし丁度いいだろ。情報のアップデートも兼ねてってやつ」
「オウ、それは唐突~。モチのロンオッケーデス! 最近図鑑業が出来なくて喋れないから退屈だったんデス~! という訳でエマ氏、よロトしく!」
「ええ、よろしくですわ! ……ところで、図鑑って仕事ですの……?」
 
 
 ***
 
 

 エマはイガラシ兄弟からロトム図鑑を託され、まずは起動の確認がてらオリヤとカイルのフィールドワークに同行することになった。もちろんリウィンもめんどくさいと愚痴を零しつつだが、渋々付き添いで後ろから付いてきている。
 研究所がある通りは両脇に草むらが展開している意外は特に目立つところの無い一本道。曲がり角も無ければ分岐しているわけでもない。そこを真っ直ぐ歩きつつ、それぞれの目線で草むらの中を伺う。
 
「あっ、ウツドンですわっ!」
「おおっとここはデンパチにおまかせデス~! ……ウツドン、ハエとりポケモン。マダツボミの進化系及びウツボットの進化前。植物にそっくりな ポケモン。油断して近寄ってきた獲物に毒の粉を浴びせて捕まえる」
 
 ウツドンの詳細を読み上げる部分だけ、妙にに機械的な淡々とした口調になったので、エマはテンションの差に引きつつ感嘆して、おお~……と呟きながら手の平を合わせた。その後ろでオリヤが起動の後は問題なさそうだとカイルと話している。
 
「きゅ、急に機械っぽい声になりましたわね……」
「図鑑ですカラ! もっとウザいノリで読むことも出来ますヨ」
「それは遠慮しておきますわ。あら、ウツドンがこちらに気が付きましたわ」
「華麗な受け流しスルーですネ。ビビッ、ウツドンのこちらに向けている敵意を観測~だいたい63パーセントくらいデス!」
「めっちゃアバウトですわね」
 
 砂利道に飛び出して来たウツドンの姿を内蔵されているカメラで撮影しながら、デンパチはウツドンのデータをエマの頭上でベラベラと読み上げる。
 浮遊しているデンパチの動きがトリッキーなので逆にウツドンの警戒心を煽っている気がしなくもなかったが、せっかく頑張っているようなので、誰も突っ込まなかった。
 
「……あっ、説明してて今気づきまシタ。カイル氏! ウツドンが3秒後に毒液を吐いてくる可能性が120パーセントデス!」
「お前なあ! 早く言えバカ!」
 
 天然なのかカイルの言う通り馬鹿なのか、さすがにその報告にはツッコミを入れつつ、カイルは自身のモンスターボールからポケモンを呼び出して応戦の態勢に入った。
 
「ロビン、ふいうち!」

 モンスターボールの中から出てきたのは、やばねポケモンのジュナイパー。遥か遠くのアローラ地方では進化前のモクローと併せてポピュラーなポケモンなのだが、エマはルーニア地方ではあまり見たことがないポケモンであった。
 カイルにロビンと呼ばれたジュナイパーは毒液を発射しようと体を膨らませるウツドンに接近し、先制で翼による打撃を決めた。ウツドンが体内で生成した毒液があさっての方向に吹き出す。少しグロテスク。
 
「なるほど。ふいうちなら先制出来るからな」

 そう言ってリウィンが頷きながらジュナイパーとウツドンの戦闘を眺めてながら、追加で一言。
 
「ん、あのジュナイパー、特性がえんかくかな……?」
「何です、それ?」
「説明のしづらいものなんだよなあ。ここは図鑑の出番でしょ」
 
 無茶振りですわよ、と心配するエマだったが、デンパチとしては問題ない様で、彼は自信たっぷりにデータのファイルを開き始めた。
 
「了解デス~! バトルを映像な記録しながらなので、めっちゃアバウトに説明しマス。……えんかく。発動した直接攻撃が直接攻撃でなくなる特性。つまりは今の攻撃も打撃という扱いではない。……要するに、普通ならば物理攻撃の扱いになる技が、特殊攻撃になるという凄いものデス」
「へえー……ジュナイパーはよく知らないポケモンですけど、みんなえんかくの特性を持っていますの?」
「イエ。通常、ジュナイパーの特性はだいたいの場合においてしんりょくデス。えんかくはジュナイパーではとても珍しいものなのデス」

 いまいち仕組みがしっくり来ないが、エマはなるほどと、とりあえず頷いた。
 そうこうしている内にジュナイパーとウツドンの戦闘に片がついて、これ以上は不利だと悟ったウツドンは、踵を返して元いた草むらの中に逃げ帰って行っていくのが見えた。
 
「ふーん……カイルのは鋭い判断力だね。あとは動体視力か」
「昔から視力は自信があるからな。リウィンも今のだけ見て分かるのか」
「まあ、ね。……そうだ、カイル。ひとつ頼みがあるんだけど。よかったら、エマと軽く試合してやってくれないかな」

 エマは、いきなり自分のことが話に出て困惑気味にリウィンに理由を尋ねる。どうしてですか。
 ────その質問に対してリウィンは、こう答える。
 
「経験の豊富なトレーナーと公式戦ではないバトルすることで見えるものがある……こともあるからね。あと、重ねるようで申し訳無いけど審判はオリヤに頼んでいい? ……ちょっと個人的に観察したいことがあるからさ」
 
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