第三十九話 最高のパートナー

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

お待たせしました。第三十九話です。流血等ありますので注意。
[第三十九話 最高のパートナー]

「ハヤテ!しっかりしろ!目を覚ませ!」

波が浜に打ち上げる音以外、何一つの音も鳴らさなかった海岸に、ツバサの怒声が轟く。だがゆらゆらと闇を揺らめかせるハヤテにはその声は届いていない。

「ツバサ……シネ……」

おぞましい雰囲気を醸し出しながら、普段なら言うはずもない言葉を低い声で平然と言うハヤテ。これまで嫌と言うほど見てきた暴走状態だった。

「戦うしか…ないのか…!?…くそっ…ダークライめ…!」

ツバサはこの時初めて、ダークライに対して明確に殺意を表した。無関係なポケモンたちに続き、大切な相棒までもを弄ばれたのだ。闇ではなく怒りがツバサを支配しようとしていた。

(どうする…?相手がハヤテでは傷つけられない…!)

焦りの表情が全面的に表れる。その間にハヤテは再び闇を体に取り込み、その力を腕に送り込んでいた。

「…考える暇もないか…!」

地を蹴り、ツバサへと突っ込んでくるハヤテ。その強烈なパンチをツバサは己が腕で受け止めた。

ミシリ……

「ぐっ…!」

ツバサの腕が悲鳴をあげる。元々武術向きでないツバサは、相手の武力攻撃を体で受け止める事に適していない。さらに相手は武力特化のハヤテ。しかも闇による強化付きだ。このまま体で受け止め続ければどうなるか……

「おっと……」

ハヤテの二発目のパンチをツバサは顔を反らして避けた。それを見たハヤテは伸ばした腕をツバサの顔の横で止めると、ツバサの顔めがけ横に大きく振り抜いた。ツバサは後ろ向きに倒れこみながらそれを避けると、ゴロリとその場に転がりながら立ち上がったが、回りながら勢いをつけたハヤテの回転蹴りまでは避けられなかった。

ドス…!

「ぐはっ…!」

ツバサの弾力ある腹にハヤテの脚が沈み込む。とてつもない重みがツバサの体を押す。ツバサは口から唾液を飛ばしながら後ろに押し飛ばされた。

「コレデ…イチゲキ……」

ハヤテは波導と気力で棍棒を作り出し、ツバサに向かって振り下ろした。ツバサは咄嗟にバッグから出した「銀のハリ」で防御、棍棒はその上を滑るような形で砂浜を叩きつけた。
それと同時にツバサは砂浜の上を素早く転がり、脚に力を入れて飛び起き回転しながら自らの尻尾をハヤテに打ち付けた。

「ヤメロ……」

だがハヤテは十分な重みのあるそれを体で簡単に受け止めると、そのまま尻尾を掴んで振り回し、ツバサの体を力強く投げ飛ばした。

「あぐっ……」

ダメージこそ大したものではないものの、状況はハヤテが遥かに有利だ。ツバサは起き上がると、砂を払いながら舌打ちした。ハヤテは棍棒をツバサめがけ真っ直ぐに構えると、ツバサ向けて突っ込み勢いよく突き入れた。ツバサがそれを避けるのを見ると、後退するツバサに棍棒を振り回しながら迫る。

「くっ…!」

岩壁まで追い詰められたツバサは突き入れられた棍棒を首を傾けて避け、棍棒は岩壁に亀裂を入れながら突き刺さった。

「今だ…!」

ツバサは右腕に炎をまとわすと、その腕をハヤテの首元へ叩きつけた。ハヤテはゆるい弧を描きながら飛ばされ、受け身も取れず背中から砂浜に突っ込んだ。ツバサは更に追い打ちをかけようと接近するが、腕の力で倒立するように足を打ち上げてきたハヤテに顎を蹴り上げられた。

「つっ…やっぱ強えな……」

ツバサは自身に向かって《瓦割り》をしてきたハヤテから、翼をはためかせて後退して避けると、飛び上がり上空から《エアスラッシュ》を放った。

「ムダダ……」

ハヤテは飛んでくる斬撃を見ると、後方へバク転を繰り返しながら避けていく。斬撃は砂浜で弾け、大量の砂が舞い上がる。だが、ここは砂浜、足場が悪すぎる。

「グッ…!?」

バク転の最中、ハヤテは砂に足を取られ、バランスを崩して転倒してしまった。そこへツバサの放った斬撃が命中する。

「よし!今のうちに……」

ツバサは飛ばされ、仰向けに横たわるハヤテの側に飛び降りる。

「これで…!」

ツバサは「浄化の玉」を片手に、ハヤテの首を掴んで持ち上げる。だがその時、

「ツ…バサ……」

ハヤテの目から闇の光が消えた……。その口からハヤテの声が漏れる。それにツバサは一瞬、動きを止めてしまった。

「ハヤテ…?」

だが、

グサグサグサッ!

「…うぷっ…!?」

突如体に伝わる衝撃…次いで襲いくる激痛…口より溢れ出る鮮血…ツバサはよろめきながら後ずさった。

「かっ…はっ……何、が……」

無意識に荒くなる呼吸の中で、ツバサは自らの腹に漆黒の何かが突き刺さっているのが見えた。ハヤテは、その場にひざまずくツバサの拘束から逃れると、ツバサと距離を置きその手を真っ直ぐにツバサに向けた。

「ぐ…がっ…!」

血を飛ばしながら三本の闇の槍が引き抜かれる。それらはハヤテの元に戻り、その周りを漂っている。

「くそ…闇か…!」

ツバサは収まらないダークライへの怒りで歯ぎしりしながら、体から霧状の闇を発生させる。それを見たハヤテは闇の槍をさらに作り出し、ツバサに向けて一斉に放った。ツバサは闇の壁を展開し、槍は壁に弾かれ砂浜に突き刺さった。

「行くぞ!ハヤテ!」

ツバサは闇の壁を素早く一本の細長い棒状にすると、それでハヤテを突きながら前進する。ハヤテも負けじと棍棒で応戦し、金属のぶつかるような甲高い音が辺りに響き渡った。ハヤテは打ち合いの最中、目先にある闇の槍を浮かせ、ツバサへと飛ばした。

「鋼の翼!」

ツバサは自身の翼を硬化させると、棒を脇に抱え込み、その場で一回転した。棒はハヤテの体を叩きつけ、翼は飛んできた槍を打ち飛ばした。

「クッ…シンソク…!」

ハヤテは棍棒を横に構え、《神速》を使おうとしたが、闇を使用している状態では技の使用速度が遅くなる。かつてパルキアがそうだったように。ツバサは素早くハヤテの進む軌道を見極め、次の瞬間、ハヤテは一瞬でツバサの後方へと移動し、

「ガハッ……」

二つに折れた棍棒とともに、頰を凹ませて飛ばされた。

「悪いな…痛え思いさせちまって……もう少し、我慢してくれ……」

ツバサは握りしめた拳を痛そうに振った。ポタ…ポタ…とそこから血が滴る。だがそれを気にすることもなく、ツバサは「浄化の玉」を片手に、倒れるハヤテの元へ歩み寄った。

「グ…グアアッ…!」

ツバサの姿が視界に入ったハヤテは起き上がろうとするが、それよりも早くツバサはハヤテを押さえつけた。ならばとハヤテは闇を操ろうと手を伸ばすが、ツバサはその両腕をも足で固定した。

「発動しろ。浄化の玉……」

カッ…!と強い光が2匹を包み込み…やがて全てが白に染まった……

◆◆◆

「うっ…ううっ…?」

砂浜に半ば埋もれる様に倒れていたハヤテは、呻き声を上げながら起き上がった。

「こ…ここは海岸…?いっ…!」

体の至る所から痛みを感じ、顔をしかめながらその部分を手でさする。自身に何が起こったのか理解できないハヤテは、まだはっきりとしない意識の中で自身の記憶を辿った。

(うう…確か森を抜けて…海岸に出て…ツバサの話を聞いて……ツバサ…そうだ、ツバサは!)

はっと気づいてハヤテは辺りを見回した。すると自身から少し離れたところにツバサが倒れていた。歩み寄ろうとしたハヤテだったが、

「これは…血…!?ツバサ!」

ハヤテは急いでツバサの元へ駆け寄った。ツバサは仰向けに倒れ、腹部からは血液が溢れ出し、既に虫の息だった。

「ツバサ!しっかりしろ!ツバサ!」

ハヤテは目に涙を浮かべながら必死にツバサの名を呼ぶ。ツバサは薄眼を開けて、ハヤテの顔を見た。

「よぉ…元に…戻ったんだな……ハヤテ……」

「ツバサ!まさか…私が!」

「お前じゃ…ねぇ……だがお前の闇は…きっちり取り除いたぞ…!」

ツバサはハヤテに敢えて真実を告げなかったが、ハヤテは既に真相に気づいていた。

「ツバサ…私が…私がお前を……」

「泣くなよ……お前のせいじゃねぇ……それに俺は…お前を守れただけでも嬉しいよ……」

力なく笑うツバサを見て、ハヤテの目からは溢れる涙がその量を増やし、大河の様に流れている。

「ハヤテ…俺はな…元々不治の病だったんだ……」

「病…?」

「ああ…具体的な…日にちは分からんが…余命が近いのはなんとなくわかってた……元気に振舞ってたが…限界も近づいてた……だからどうせ死ぬのなら…こんな血に染まった手でも…誰かの役に立って……」

「お前は…十分皆の役に立ててるぞ!ツバサ!…お前のお陰で…私は…私は…!」

「ああ……ありがとよ……そう言ってくれて……」

ツバサの呼吸がいよいよ弱くなり、その声もボソボソとしか聞こえなくなってきた。ハヤテはツバサの口元まで耳を近づけ、最後の頼みを聞いた。

「俺は…もう…ダメだ……ピカチュウたちとの約束も…果たせなかった……だからハヤテ…それを…お前に託す……」

ツバサはそう言うと、震える手である物をハヤテに握らせた。ハヤテはそれを見ると、何かを決心したかの様な表情でツバサの手を強く握った。

「ああ…必ず…必ずお前の願いを叶える…!ツバサ…!」

ツバサはフッ…と小さく笑うと、握られているハヤテの手を、最後の力で強く握り返し、

「愛してるぜ…ハヤテ……」

そう、一言告げたのだった。

「ああ……私も……」

尻尾の炎が消えた。

ハヤテは落ちるツバサの手を頰に当て、伝わってくる温もりを感じていた……。その時、

「何…だ…?」

音もなくツバサの体から何かが湧き出してくる。それは黒い霧状をしており……

「!…闇…!」

ハヤテはそれからサッと離れると、構えながら様子を見ていた。溢れ出す闇の量はポケモン1匹分のものに比べると比較にならないほどだった。

「これが…ツバサが抱え込んだ……」

ハヤテは浮き上がる闇を見つめていたが、暫くするとツバサの体から溢れる闇が止まった。どうやら全て出切った様だ。

「闇は…どうなる…?」

ツバサによれば自身に取り込んだ闇は死とともに全て消滅するはずだ。ハヤテは警戒しながら様子を窺っていた。
すると闇は渦のように回りながら、やがて一つの小さな球体へと変化した。それは暫く空中をフヨフヨと浮いていたが、やがて太陽光が当たる部分から溶けるように昇華していった。

「…光に…なって……」

消滅していく闇は、決して強くない太陽の光と絶妙な具合で合わさって、キラキラと光り輝いている。その美しい光景を、ハヤテは闇が完全に消え去るまで暫し、見惚れていた。


やがて闇の塊が全て消滅すると、ハヤテは改めてツバサの顔を覗いた。ハヤテのことを配慮したのだろうか、抜け殻となったツバサの顔には僅かに微笑みが浮かんでいた。だが、その顔はハヤテの治っていた涙を再び呼び戻すには十分だった。

「ツバサ……」

そう呟いたハヤテはふと、ツバサのバッグの中に何か手紙が入っているのに気がついた。取り出して見るとそれは確かに手紙で、表には「ハヤテへ」とだけが書いてあった。

「ツバサの…私への手紙…?」

ハヤテは封を開けて読んで見た。そこにはツバサの文字でこう書いてあった。

『ハヤテへ
お前がこの手紙を読んでいる頃、俺はもうこの世にはいないだろう。その時にはダークライを倒せているかいないか、この世界が救われているかいないか…俺にはわからない。

俺は結局数多くのポケモンを手にかけてしまった。ダークライの野望と対抗するためとはいえ、俺のやっている事は他の凶悪なお尋ね者と同類…いや、それ以上だ。

俺はお前のパートナーとして行動してきたが、本当にそれで良かったのか、いつも悩んでいた。俺みたいなバケモノなんかでいいのか、とな。そしてお前がこの手紙を読む頃には、俺は闇との醜い争いで死んでいるだろう。伝えたかった想いを伝える事もなく、な。

だから手紙で伝えたい。パートナー失格の俺だが、勝手ながら言わせてほしい。

…俺を、お前のパートナーとしてくれてありがとな……お前は俺の、最高のパートナーだ!

読んでくれてありがとな。

また逢おう……………』

手紙にはシミがたくさんついていた。それはツバサのもの、そして、

「…バカ野郎…!」

目から雨のように涙を溢れ落とすハヤテのもの……

「パートナー失格もバケモノも…私にはお前の言っている意味がよく分からないよ…!ツバサ…!お前は私の…」

最高のパートナーだ……そう言おうとしたハヤテの口から飛び出してきたのは、その言葉ではなく、抑え込んでいた嗚咽の声だった……。
晴天だった空にはハヤテの悲しみを表現するかのようにいつのまにか分厚い雨雲が張り、ポツ…ポツとまるで涙のように雨を振り落としていた。それは微かな温もりを保つツバサと、それを抱きしめ涙するハヤテへと降り注ぎ、血と涙を滲ませ、押し流していった……
いかがでしたでしょうか。文中の「愛してる」は決してそっちの意味じゃないですからね?

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