第三十一話 負の連鎖

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

お待たせしました。第三十一話です。
[第三十一話 負の連鎖]

川の静かなせせらぎの音が周辺に木霊する。鼻先に水が滴るのを感じ、ハヤテはうっすらと目を開けた。

「…ここは…?」

もう朝なのだろう。眩しい朝日が目に刺さる。ハヤテは下半身が水に浸かった状態で倒れていた。

「そうか…私は……」

あの時、激流に飲まれ意識を失ったハヤテは、そのままここまで流されてきたのだ。プクリンたちは追ってきてはいないようだ。

「いてて…結構切れてるな……」

流される中でぶつけたのだろう、ハヤテの体には至る所に擦り傷や切り傷があった。それらが、その場から動けなくなるような大きな傷でなかったことは不幸中の幸いと言えるだろう。

「まあ…何とか動けそうだ…うぐっ…!」

立ち上がろうとしたハヤテは、突然、足に痛みを感じた。見てみると右足に少し腫れがある。

「くそっ…これでは満足に動けないか……」

何かに掴まれば、辛うじて立つことはできる。そうしてハヤテは、ふらつきながらも立ち上がった。

「この状況で…敵にでも遭遇すれば終わりだな……」

半ば自嘲気味にハヤテは呟いた。そしてすぐに自分の考えの過ちに気付くと、気を引き締めるために両頬を自ら平手打ちした。

「さて…素早い移動が出来ない以上、物陰に隠れながら移動するほかあるまい。いくら波導を使っても、この場でこの足を治すことは出来ないからな。」

波導で治癒できるのは出血を伴う体の表面の傷だけであり、捻挫などを要因とした筋肉や関節の損傷に関しては、波導を使うよりも自身の持つ自然治癒力に頼った方が良い。そもそもこの状況で多量の波導を消費する事は自殺行為に等しい。とは言っても、このままではいつ敵に見つかってもおかしくないというのも事実である。ハヤテは足の状態を確認し、1分ほど考察した後、木に掴まりながら立ち上がった。どうやら考えはまとまったようである。

「…移動しよう……ここでじっとしているよりも少しでも先に進んだ方がいい。」

ハヤテは後頭部の4本のフサをピンと立たせ、周囲の波導を一身に集中させながら慎重に移動を開始した。


それから暫く時が経過した頃、ハヤテは小川からかなり離れた所を歩いていた。その足が止まる気配はなかったが、普段のハヤテにとって何ともない距離であるにもかかわらず、ハヤテの顔には明らかにいつも以上の疲労の色が表れていた。更にハヤテは自分の身体に異常を感じていた。

(ぐう…身体が…重い…!…この感覚はまさか……)

そこでハヤテは倒れてしまった。それは決して草に足を取られたわけでも、右足の痛みが原因なわけでもない。それもハヤテの身体に表れた異常の一つだった。

(波導も感じられない…!こんな時に…!)

すでに後頭部の4本のフサは全て垂れ下がっていた。普段、波導を使うポケモンが突然波導を使えなくなる事はたまにあるが、その時の体の状態はだいたい皆一致している。ハヤテもその例に漏れず、見事に当たっている。

(こんな時に…発熱するなんて…!)

そう、ハヤテは風邪にかかり、発熱していたのだ。これまでの体の異常は全て風邪によるものだった。原因は氷のように冷たい水に長時間浸かり、免疫力が低下していたことに間違いないだろう。更に、

「よおハヤテ、こんなところにいたのか。」

どこからか突然声が聞こえ、ハヤテはビクッと身体を震わせた。聞いたことのある声……しかしツバサでも、バシャーモでもジュカインでもない声。

「お前のことだから元気だろうとは思ったが、なんか勝手に苦しそうだなぁ……ハヤテ。」

「…エンブオー…!」

「本当ね。折角スリルのある戦いができると思ったのに。残念。」

「ジャローダ…ダイケンキまで…!」

木の影から現れた3匹のポケモン…エンブオー、ジャローダ、ダイケンキ…彼らはレスキュー探検隊のメンバーであり、レスキュー探検隊最強といわれるチームなのだ。

◆◆◆

この森に来てからハヤテには不運しか訪れていない。森に入って早々にプクリンの攻撃を受けて気絶し、その後もプクリンたちの追撃を受けた挙句、川に流されて再び気絶し、目覚めると足の怪我と風邪を併発し、更にはその状態で敵に囲まれたのだ。「不運」の一言では表せない連鎖である。

「お前はプクリンに襲われてこうなったんだろう?ツバサはどうした?一緒にいると思っていたがな。まぁ別になくてもいいが。」

のしのしと近づいてくるエンブオーに対し、ハヤテは思わず後ずさりした。

「おいおい逃げるなよ。俺たちはお前に話があって来たんだよ。」

「話だと…?何を今更……」

「大した事じゃねぇよ。」

エンブオーは足を止め、ハヤテに向けその大きな手を差し出した。

「俺たちの仲間になれよ。そして一緒にツバサを倒そうぜ。」

「断る!!」

ハヤテはエンブオーをきっと睨みつけ叫んだ。後ろではジャローダとダイケンキが「予想通りの反応ね。」、「そうだな。」と呟き合っている。

「…だろうな。そういうと思ったよ。…まぁ、少しの希望を持って、問うてみたのだけどな。さて、答えがそれなら用は無い。」

エンブオーはそう言うと、差し出した右手を握りしめながら引き、前に倒れるような勢いで体を進めながら《炎のパンチ》を叩き込む。

ハヤテは木にもたれかかりながら、ずり落ちるようにしゃがんだ。高熱を放つ拳はその上を通過し、木を貫いて干からびさせた。

「容赦無し…か。」

「当然だろ?」

その威力にハヤテは冷や汗を流し、スズン…!と砕け散りながら倒れる木を横目に見る。エンブオーは右手の炎を立てた指先に集め、ふっと息を吹きかけた。

「…一つ聞かせてもらう…。」

「何だ?話ならもう済んだはずだが?」

「何故、ツバサを狙う?」

それは先ほどの会話の中でふと気になった事だった。自分と手を組み、他の3匹を倒すというのであれば分からなくもないが、彼らはツバサだけを指定してきたのだ。彼らがツバサを見逃すはずも無いだろうから先にツバサと会った訳でもない。それに相手からしたら自分だって十分邪魔な戦力のはずだ。それでもツバサだけを倒そうというのであれば、この3匹は一体何の目的で…?

だが、エンブオーから返ってきた返事は予想外のものだった。

「さあな。俺は知らん。何せ、闇王の奴がそう指示したんだからな。」

「…ダークライが…!?」

「ああ。『どんな手を使ってもツバサを殺れ。』ってな。」

また一つ、ハヤテの中に謎が生まれた。ダークライがしきりにツバサを狙う理由。ダークライにとって、ツバサはそれ程驚異的な存在なのか…?

だが、やはりその理由が思いつかない。それに理由を考える長い時間をエンブオーが待ってくれる筈もない。

「じゃ、今度は外さないぜ?」

エンブオーはハヤテの首を掴んで持ち上げると、ジタバタと抵抗するハヤテに構う事なく、右腕を引いた。

「もう一発!炎のパンチ!」

迫ってきた灼熱に、ハヤテは咄嗟に波導を放つ。その波導は薄い壁となり、それにより威力の軽減された拳が、壁越しにハヤテに衝突した。

「ぐわっ!」

壁がありながらハヤテの体に伝わってくる衝撃と熱気は相当なものだった。ハヤテは殴り飛ばされ、受け身も取れないまま硬い地面に叩きつけられた。

「ちぇ、大穴開けたかったのに。だがもう動けなさそうだな。」

風邪で体力を奪われていたハヤテにとって、今の一撃は決定的なものとなった。身体的にも精神的にも高いダメージを受けたハヤテの意識は朦朧としていた。

「ならばここは私にやらせてくれ。」

後ろからダイケンキが、左足の足刀を抜いて出てきた。

「確実に仕留めるにはこれを使うのが一番だ。」

ダイケンキが右前足に持つ足刀は、朝日を浴びて淡黄色に光っている。エンブオーは「しょうがねえな。」とだけ言い、後ろに下がった。

「これで完全に息の根を止める。悪く思わないでくれ。」

ダイケンキは無表情のまま、足刀の刃先をハヤテの首元に当てた。

(ここ…までか……)

さすがのハヤテもこの状況を打開する策を思いつかず、諦めたように目を閉じた。同時にダイケンキはその巨大な足刀を振り上げた。

…その時、

「ハヤテから……」

上空から突如、聞こえてきた声にダイケンキは思わず手を止め、ハヤテも薄目を開けた。

「何だ…おごっ!?」

振り向いたダイケンキの首に鋼色の翼が食い込んだ。

「…離れろぉぉっ!!」

ダイケンキは口から血を溢れさせながら宙を舞い、奥の木にぶつかって倒れると、首を押さえてじたばたとのたうちまわっている。

「ダイケンキ!」

ジャローダは悲痛な叫び声を上げ、エンブオーはハヤテの前に立つそのポケモンを睨みつける。

「来やがったか…ツバサ!!」

そのポケモン…ツバサは小さく炎を吹くと、きっとエンブオーを睨み返した。
いかがでしたでしょうか。風邪とかないわ……

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