第四話「氷の国」- I think you aren’t left out. -

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 しんしんと雪が降り続ける。見渡す限りに真っ白に染まった世界が、そこにはあった。
 降り積もった深雪は、寸分も崩れることのない滑らかな道を形成しており、雪の表面に、眩い太陽の光を静かに眠らせた青白の天色が映されることによって、幻想的な光と影のコントラストを生み出していた。
 とうに氷点下を達している雪原の道は、出口なんてものは無いというかのように延々と続いており、枝に雪が降り積もった針葉樹が、ただ遠くになるほど小さく見えるようになるだけであった。

 「・・・寒い。」

 そんな白と青だけの世界の中を、整った雪道をひたすらに踏み崩しながら進むポケモンの姿があった。ブーツを履いたその足は踏み出すたびに雪の中に埋もれてしまい、一度足を大きく上げてから前に踏み出さないと、前進すら叶わないような状態だった。

 「そりゃまぁ、そうだろうね。いくらイーブイが色んな環境に適応する事ができるからって、こおりタイプでもないのにこんな地獄に足を踏み入れようとするのは、さすがにちょっと気が知れないよ。」

 そんなポケモンの正体は、茶色の体毛や首元のもふもふ、大きな尻尾などが特徴的と言われる「イーブイ」で、頭にヘルメット、顔にゴーグルを装着し、タイヤが雪に埋まりかけている小さなポケラド(注・自転車。ポケモンが運転できるものだけを指す)のハンドルを二足歩行の支えにして、無理やりに前へと突き進んでいた。

 「大変な思いをすれば、その分美しい風景とかが見れるかもしれないじゃないか。元より旅は楽じゃないんだし、ちょっとの苦労ぐらい買ってでもやってやるさ。」

 イーブイはざくざくと雪を踏み進めながらはっきりとポケラドにそう言った。水色のスカーフと小さなポーチを付けた首元以外の体毛が、あまりの冷気に晒された事によって、白く凍結し始めていた。

 「なるほど・・・気分屋ブイさんは今日はおかしな方向に行っちゃってるみたいだね。普段ならこんな面倒な事はしないはずなのに。」

 無謀な挑戦に挑むイーブイを「ブイ」と呼んだポケラドは、相当あきれた様子でそう言った。ポケラドの前かごには大きなバックパックを、後ろの荷台には古びたトランクを積んでいるが、それよりもこちらも鉄で出来た部品の幾つかが凍ってきてしまっているようだった。

 「その通りだよ、イー。普段なら僕はこんな馬鹿みたいな事はしない。でもどうしてだか、今はこの雪原の景色をとことんまで楽しんでおきたいなと思ってるのさ。」

 ブイは自身が押し進めているポケラドの事を「イー」と呼び、そう笑って返した。その体は寒さのせいか少し震えている。

 「それは大いに構わないんだけどさ、ブイ。このまま夜を迎えちゃったら、見えてくるのは美しい景色じゃなくて、秋刀魚(さんま)の川だよ?」
 「・・・三途(さんず)の川?」
 「そうそれ。」

 その通りだね、ブイは気分を変えないまま真っ直ぐに雪原を進んでいった。
 
 
   * * * * *
 
 
 長らく歩き続け、空の色は暗い紺色へと変わりつつある頃。
 
 「へっくち!・・・うぅ、寒い。というか、眠い・・・」
 
 ざく、ざく、と歩む速度が少しずつゆっくりになってきたブイが、そっと呟いた。
 
 「ちょっとちょっと、ブイ!低体温症で倒れられるのは本当に勘弁だからねっ!」
 
 イーが激励叱咤する。夜が近づいてきたことにより、雪原の気温はさらに下がり始め、冷たい風もブイ達を軽く煽るようにして吹いていた。
 
 「だって、一日中歩き続けても雪原の終わりが見えてこないだなんて、おかしいじゃないか・・・」
 「当たり前だよ、今はポケラドに乗っていない。その上、雪道で前に進むのも困難な状態なんだから!」
 
 ブイは返事を返さない。ただゆっくりと前へ進み続ける。
 
 「おーい、起きてるかい?もう、毛も真っ白に凍っちゃって、色違いみたいになっちゃってるよ?」
 
 イーが呆れたようにそう言う。ブイの体毛はところどころが完全に氷結しており、体温を奪う要因となっていた。しかし幸を捉えるべきか、イーの言う色違いには少し不完全と言えるぐらいには、茶毛は残っていた。
 ざく、ざく、と静かに雪を踏み固める音と、小さく風が吹く音だけが鳴る。
 
 「まったく、ブイが死んじゃったらこっちはこれからどうしろっていうんだい?誰も乗ってくれるポケモンが居ないまま、ここで雪に埋もれて朽ち果てる羽目になっちゃうじゃないか!」
 「いいや、イー。その心配は要らないみたいだ。」
 「え?」
 
 ブイは急に立ち止まり、ハンドルから放した左前足を雪原の奥へと向けた。
 その先には暗くなった雪原を照らす、温かみのある橙色の光がたくさん集まって、なおかつぼやけて見えていた。
 
 「・・・命拾いしたみたいだね、ブイ。」
 「それはイーも同じでしょ?それに見て、あのガラスみたいな障壁。アレは間違いなく国だよ。」
 
 光の周りには、金魚鉢のように丸く、透き通った氷の障壁が、広い範囲を覆うようにして造られていた。光がぼやけて見えるのはこの壁に明かりが遮られているからなのだろう。
 
 「とにかくこのままじゃ本当に死んでしまう。あの国で何とか寝床を見つけないと。ダメなら、誰かにシェルター作りを手伝ってもらう事にする。」
 「はいはい。じゃあ、もうちょっと頑張って歩く!」
 
 イーが大きな声でそう言い、それに答えるようにしてブイも歩みを再開する。
 
 「うわぁ!?」
 「ちょ、ブイ!?」
 
 がしゃん。
 つまづいたブイが顔面から雪へとダイブし、支えが無くなったイーも横向きに車体ごと雪の中へ勢い良く倒れた。
 
 「つめたぁぁぁぁぁい!!」
 「気をつけて歩けー!!」
 
 
 
 
 かなり長い時間をかけてブイは国の前までやって来た。氷の城壁には、一部分だけぽっかりと穴があいてるところがあり、どうやらそこが国の入り口となっているようだった。
 入り口の前にはとても大型の体で、白い体毛と氷柱のような顎ひげが特徴的なポケモン「ツンベアー」が門番を務めていた。ツンベアーはブイが来るとかなり驚いた様子を見せながらも、その見た目に似合わないあどけなさの残る優しい声音で応対した。
 
 「驚きですよぉ、この国に旅人さんが来られるなんて、滅多に無いことなんですよぉ?」
 「そうなんですか?」
 「はいぃ。ここに来るのは移住を希望のこおりタイプのポケモンか、ひいきにしてもらってる商人のポケモンぐらいですねぇ。」
 
 ツンベアーはブイを見下ろすようにしてそう答えた。体格差がありすぎる故に下手すれば一瞬でブイ達がぺしゃんこになりかねないような状況だった。
 
 「つまり、ここに住むポケモン達はほとんどがこおりタイプのポケモンって訳なんだね?」
 
 イーがブイの後ろから聞いた。ツンベアーは「あー」と少し間を入れてから、答えた。
 
 「そうですねぇ。国民のほとんどはこおりタイプですよぉ。そこまで人口は多くないですけどねぇ。」
 
 ツンベアーは手を口に当ててくすくすと笑った。仕草がどこまでもツンベアーというポケモンには似合っていなかった。
 
 「ところでぇ、旅人さんはこの国に何日間滞在されていかれるのですかぁ?」
 
 ブイは少し考えたが、答えはすぐに出た。
 
 「今日、明日、明後日の三日間です。天候によっては、延期させていただくかもしれないのですが、それでも良いですか?」
 「もちろん構いませんよぉ。その前足につけていらっしゃるシューターとナイフもそのまま持ち込んでも良いですけれど、国の中での発砲は非常時を除いて止めてくださいねぇ。」
 「遵守します。」
 
 ブイは右前足に着けたレバー操作で発砲できる四角いポケットシューター(注・シューターは銃器。この場合はポケモン用に作られた小型の銃のことを言う)、「シガレット」と、左前足に着けた刃を布でぐるぐる巻きにして固定した一振りのナイフを確認してそう言った。
 
 「それでは、旅人さんとポケラドさん。こちらについて来てくださいねぇ。」
 
 
   * * * * *
 
 

 次の日の朝。ブイは広めのかまくらのなかで目を覚ました。
 
 「・・・生きてる。」
 
 ブイは地面に敷いた小さなブルーシートから体を起こし、自身の体と辺りを一瞥した。その体には、厚手の素材の防寒具が着用されている。
 
 「すごいな、体が暖かいぐらいだ。これを無料で貸し出してくれるなんて、しかもかまくらまで無償で提供してくれるなんて、ここはとっても親切な国だな。」
 
 ブイはその後ブルーシートと枕代わりにしていたタオルを片付け、(タオルは凍っていた)広いかまくらの中で運動を済ませた。そしてそのままシガレットの狙いをつける練習に移った。
 ブイは冷たい雪の上でも構わず、素早く伏せの姿勢を取って右前足のシガレットを構える。左前足はシガレットから飛び出しているレバーへと添えて、真っ直ぐと伸びたレーザーサイトの光が、かまくらの備え付けのランタンを捉えていることを確認した。
 
 ブイはしばらく一連の動作を繰り返し、今度は後ろ足だけで立ち上がり狙いをつける練習も行った。それも終わると、ブイは朝食にきのみの保存食を食べて、かまくらに停められていたイーを叩き起こした。
 
 「国を見て回るよ、イー。」
 「ん・・・分かったよ・・・。それと当たり前のように叩き起こすのはやめてね。」
 
 
 
 
 ブイ達がかまくらの外に出てみると、空は昨日よりも澄み渡った青色をしていて、雲の量も減っているのが氷のガラス越しに分かった。気温は相変わらず寒いが、防寒着のおかげで体が震えるようなことは無かった。
 
 「昨日ちらっと見えてたけど、やっぱりかまくらと氷の建物ばかりだね。」
 
 イーに乗ったブイが、国の雪道の浅い部分をこぎ進めながらそう言った。道は舗装されているわけでは無く、ばらばらの間隔に似たようなかまくらや、氷の家のようなものが何軒も建っていた。
 
 「そりゃあブイ、ここで暮らしたいと思うのはこおりタイプのポケモンだけだろうし、必然的にそうなってしまうんだよ。」
 「みたいだね、イー。だけど、そのこおりタイプのポケモンの姿もあまり見かけないよ?」
 「確かツンベアーが人口があまり多くないって言ってたでしょ?元よりこんな場所に国があるのがおかしいぐらいなんだから、この国を知っているポケモンの方が少数なのかも。」
 「納得。確かに僕もこの国の事は全く知らなかった────うわぁ!?」
 「ぎゃあぁ!?」
 
 ブイが道を左に曲がろうとしたその時、思いっ切りタイヤが滑り、そのままバランスを崩して雪の地面へと転倒した。
 
 「ちょ、ちょっとブイ・・・スリップ注意だよ・・・!!」
 「おぉ、そこのお前さんたち。大丈夫かの?」
 
 ブイが顔を上げると、転倒した様子を見て心配したのであろうポケモンが近づいてきて声を掛けた。
 そのポケモンは白い顔の毛と赤い体の毛が特徴的で、ペンギンのようなシルエットをしているポケモン、「デリバード」であった。
 
 「だ、大丈夫です・・・」
 
 ブイが身震いをしながら立ち上がり、次いで荷物を回収、イーを立たせる。
 
 「ここでは見かけない顔じゃな・・・もしかすると、旅人さんかの?」
 「はい、そうです。僕の名前はブイといいます。こっちはポケラドのイー。」
 「ほっほっ!そうかそうか!この国によく来たのう!」
 
 デリバードは笑いながら歓迎の言葉を口にする。ブイ達には、それが優しいおじいさんのような印象を感じさせた。実際、顔の毛が少し毛深いように見える。
 
 「・・・あの、その袋は?」
 
 ブイはデリバードが大量に物が詰まっていそうな白い袋の口を掴んでいるのを見て、尋ねてみた。
 
 「これは袋ではないのだよ、旅人さん。尻尾じゃ!この中にはわしが作ったイチゴが入っているのじゃよ。」
 「イチゴ・・・といえばあの甘酸っぱい[果実]のことですよね。」
 
 そうじゃ、と言ってデリバードはうんうん頷いた。
 
 「ワシはこの先の畑でイチゴ農家をやっているんじゃ。ここのイチゴは極寒の地でも立派に育つから[氷中イチゴ]と呼ばれていて、この国の特産品でもあるんじゃぞ?」
 「へぇ、そうなんですか。」
 「それじゃあおじさんは、そのイチゴをこれから売りにいくっていうところなんだね?」
 「察しがいいのう、ポケラドさん。といっても、このイチゴの大抵は国に来た商人に売るんじゃよ。今日はこのイチゴを仕入れたいというお店のところに売りにいくんじゃな。」
 
 興味深く説明を聞いていたブイは、やがてありがとうございますと告げて再びイーの上に乗った。
 
 「最後に、この国で行っておいたほうが良いという場所などはありますかね?」
 「うーん・・・そうじゃなぁ・・・すまんのぅ、これといって良いのが思いつかんわ。」
 「そうですか・・・」
 「しいて言うなら・・・旅人さんが気に入るかどうかは分からんが、ここから北の方へ少し進んだところに国の長が住んでいるという大きな建物があるゆえ、少し見ていかれてはどうですかな?」
 
 ブイが少し首を傾げる。
 
 「国の長・・・ですか?」
 「そうじゃ。・・・といっても、実はワシもその姿を見たことはないのじゃが。」
 「え、おじさんも見たことないんだ?」
 「その通りじゃ。噂によればこの国が建てられた当初から──まあ、この国の歴史は長くないんじゃがな──そこに住んでいて、国の管理職をしているらしいのじゃ。長の下で働いているポケモンもいるみたいじゃから、そもそも居ないということは無い筈なのじゃが・・・」
 
 そう話しながら、デリバードが訝しげな表情になっていった。
 
 「分かりました。折角なので、その建物も少し見ていこうと思います。」
 「おおぅ、すまんのぅ何も教えてやれなくて。少しだけでもこの国を楽しんでいってくれれば幸いじゃ。」
 
 ブイはペダルに足を掛けて、再び国の中を進んで行った。
 
 
   * * * * *
 
 
 「ほうほう・・・?」
 
 ブイはデリバードが言っていた通り、国の北の方向へ進んでいくと、すぐに目的地であろう建物が建っているのが分かった。
 
 「・・・なんでこれだけ木造建築?」
 
 ブイが疑問の声を漏らす。
 その建物は全て褐色の木材で出来ていて、水色の氷の建物が並ぶ国の中ではかなりの不自然さを感じさせた。建物はそれなりの大きさがあり、二階辺りには大きな窓ガラスが付いていて、カーテンが掛かっていた。
 全体的に横に広いその建物には、古めかしい役場のような雰囲気が漂っている。正門の周りには低木が囲むようにして植えられているが、木材と植物のどちらもこの地の冷気には耐えられないのか、白く凍っていた。
 
 「ブイ、門番が居るみたいだから、聞いてみなよ。」
 
 イーに言われて、ブイは正門の隣に佇んでいた強面な顔面のみの姿が特徴的なこおりタイプのポケモン、「オニゴーリ」に声を掛けてみた。
 
 「すみません、僕は旅人のブイという者なんですけども。」
 「・・・どうしましたか。」
 
 オニゴーリはブイの方を向いて、低めの声で返した。
 
 「ここって、この国の長が住んでいる建物なんですよね?」
 「・・・その通りです。」
 「ねぇ、良かったら教えてよ。長ってどんなポケモンなのさ?それに、なんでこの建物だけ木造建築なの?」
 
 イーがいきなり質問をしたせいか、オニゴーリの表情が少しだけ険しいものになった。
 
 「・・・長の許可無しに、長の情報を明かすことはできません。そしてこの建物が木造建築なのは、長の要望によるものです。」
 「・・・それ以外には本当に何も教えてくれないんですか?」
 「はい。・・・何もお伝えできることはありません。」
 
 ブイは困ったような表情をした。代わりにイーがもう一度言葉を紡ぐ。
 
 「どうして?国の長なのに、この国のポケモンすらその存在を知らないなんて、おかしいんじゃないの?」
 
 オニゴーリの顔がさらに険しいものに──どちらかと言えば少し嫌そうなものに変わった。
 
 「ごめんなさい、答えなくて結構です。ほら、行くよ、イー。」
 「あぁ、ちょっとブイ!」
 
 ブイはあまり触れるべきではない事情があるのだと判断し、イーに乗ってきびすを返すことにした。
 
 
 
 
 時刻は夕方頃、ブイが一通り国の中を見て回った後。
 
 「ヒメリの実のシチューになります。」
 
 ブイは氷の装飾が美しいレストランに入って食事をとる事にしていた。レストランと言っても、小さな店内に長い氷のカウンターがあり、そこで食事を頂くといったバーのような仕組みであった。ブイ以外に来店しているポケモンは居ない。
  
 「いただきます。」
 
 ブイはカウンターの前の足が長い氷のチェアに座り、この店の店長である、大きな体が特徴的なじゅひょうポケモン、「ユキノオー」が作ったシチューに、そっと口をつけた。
 
 「冷たい・・・」
 
 これをシチューと呼ぶのはおこがましいのではないかとブイはひそかに思った。案の定そのスープには一切火が通っていない。しかし味は悪くなかった。
 
 「お口に合わなかったでしょうか?」
 「い、いえ・・・」
 
 不安そうに様子を伺うユキノオーを見て、ブイは慌てて赤いヒメリの実を口の中に入れた。
  
 「ん、んぐぐぐ・・・!!」
 
 とても固い。ブイは全力で噛み砕こうと悪戦苦闘し、最終的にはゴリッという音を立ててきのみが半分に砕けた。きのみは少しスパイスの効いた辛さがあって美味しかったが、それよりもさらにこれを細かく砕いて飲み込まなきゃいけないという事の方が問題だった。
 
 「はぐっ、あぐっ。」
 「なんかずいぶん必死に食べてるね、ブイ?」
 「かはぁいんらぁぉ・・・(固いんだよぉ・・・)」
 「旅人さん、もしかして辛いのが苦手ですか・・・?」
 
 違います辛いんじゃなくて固いんです、とブイは心の中でツッコミを入れながらきのみを一気に飲み込んだ。のどに詰まりかけた。
 
 「ん・・・ふぅ。これ、火は掛けないんですね・・・?」
 「申し訳ございません、私、火は扱えなくて・・・」
 
 ユキノオーは頭を下げてそう言った。
 
 「さすがに飲食店でそれはどうなんだいって思うところはあるけど、ほのおが弱点なら仕方ないね。」
 
 店内に停められたイーがそうフォローしたが、ユキノオーは掠れた笑いを上げるだけであった。
 
 「あはは・・・これでも、ここに住むポケモン達には好評なんですよ?」
 「そりゃあお客さんは皆、こおりタイプのポケモンだもんね。」
 「はいはい、イー。お口チャックだよ。」
 
 ブイはポケラドに対し前足でストップのジェスチャーをしながら、再びシチューをすすった。
 
 
 「旅人さんは、この雪原の外からはるばるやってきたんですよね?」
 
 しばらく時間が経った後、ユキノオーはカウンター越しの氷のキッチンで何やら食べ物を切りながら、ブイにそう尋ねた。
 
 「そうですね。雪原を抜ける最中に、この国を見つけて立ち寄らせて頂いたんです。」
 「小さなイーブイさんなのに、凄いですね・・・。私は小さい頃からずっとこの地で暮らしてきたので、いろんな場所を旅しているっていうのは、とても尊敬します。」
 「そんな尊敬されるイーブイが昨日凍死しかけていたんだけどねー・・・」
 
 それは大変でしたね、心配したように言ったユキノオーだったが、ブイはその直前の言葉がすこし引っ掛かった。
 
 「あなたが小さい頃から、この国があったのですか?」
 
 ブイがシチューをカウンターに置いて、そう尋ねた。
 
 「いいえ、違いますよ。この国が出来たのはほんの10年ほど前なんですよ。」
 「そうだったんですか?」
 「ええ、実は私もこの国の長と、その仲間達と共に建国に立ち臨んだんです。」

 どこか懐かしむような感じでユキノオーは言った。
 
 「長?君は国の長のことを知ってるんだ?」
 
 イーが質問したとき、ユキノオーの食べ物を切る手の動きが一瞬止まった。
 
 「・・・いけない、ちょっと喋りすぎました。」
 
 静かな声でユキノオーが呟く。
 
 「・・・あの、国の長には何かがあって、この国の皆から姿を隠しているんですよね?その理由について、少しだけでも、教えてくれませんか。」
 
 ブイがおそるおそる聞いた。ユキノオーは顔を上げてゆっくりと話し出す。
 
 「長の噂についてはもう知っているみたいですね・・・長は、一人ぼっちになってしまったんですよ。」
 「一人ぼっち・・・ですか?」
 「あまり詳しく言うなって口止めされてるんですけどね、長は、愛しているポケモンが居たんです。共に国を立ち上げるきっかけとなったポケモンが。」
 「へぇ、それで、その愛していたポケモンと何かあったのかい?」
 
 あまり暗すぎる雰囲気を出すのはマズいと思ったのか、ユキノオーは柔らかい笑みを浮かべて口を開く。
 
 「長の愛していたポケモンは、国を立ち上げた後、程なくして旅に出てしまったのです。長は何度も止めるように説得しましたが、そのポケモンはいつか必ず帰ってくる、とだけ返して説得には応じませんでした。」
 「なるほど、そんな事があったんですね。」
 「旅人さんなら分かると思います、旅の危険性を。必ず帰ってこれる保障なんてどこにもありません。長もその事は良く理解していました。でも結局は愛するポケモンを止めることができず、かといって長自身が旅に付いていくという事もできず、ここに取り残される事になってしまったのです。」
 「なるほど。それでこの国の長は鬱になっちゃって、皆の前に姿を見せなくなっちゃったって訳だね。」
 
 まぁ、そんな感じですね、そう言いながら、ユキノオーは一皿のデザートをカウンターの前に置いた。
 
 「長は、元々はとっても元気で、明るいポケモンだったんですよ。はい、これはシチューのお詫びです。」
 「これは・・・氷中イチゴですか?」
 
 そのデザートは、綺麗に盛り付けられた赤いイチゴに、練乳がかかった甘そうな一品であった。
 
 「よくご存知ですね。このイチゴは寒さに耐えるためにたくさんの糖分が蓄えられていて、とっても甘い事で有名なんですよ。あ、もちろん御代はタダですよ!」
 「へぇ、いただきます!」
 
 ブイは嬉々としてイチゴを一口、ペロリと食べた。そしてすぐにブイの顔がとろけそうになる。
 
 「ホントだ、とっても甘い・・・!」

 凝縮されたイチゴ本来の甘みと、ほどよい酸味が口の中に広がる。少し凍っている為か、食感もシャーベットのようだ。
 練乳の優しい甘さもイチゴに非常にマッチしていて、絶品の一言であった。
 
 「へぇ、ブイがこんな幸せそうな顔をしているの、初めて見た気がするよ。」
 「あはは、旅人さんはかなりの甘党なんですね。」
 
 ブイはもう一口イチゴを食べる。とても満足そうな顔を浮かべながら、尻尾を振っていた。
 
 しばらくしてから、イーが口を開く。
 
 「そういえばさ、ブイ。明日で入国3日目になるけど、この先どうするか決めてるの?」
 「んむぅ~?」
 
 ブイはイーの方へ振り返る。直後、ゴクリと口の中のイチゴを飲み込んでから話し出した。
 
 「天気が崩れない限り、明日の早朝には出国しようと思う。一日だけで残りの雪原を抜けれるかは不安が残るけど・・・」
 「ああ!それならきっと大丈夫だと思いますよ、旅人さん。」
 
 会話を聞いていたユキノオーが横から言った。
 
 「この国の入り口の裏に回って、そこから真っ直ぐ進んでいけば半日ほど歩いたところで雪原は終わります。さらに雪原を抜けてから西の方角へ向かってずっと進んでいけば、この国の良き貿易相手である大きな国にたどり着ける筈ですよ。」
 「え、本当ですか?」
 「はい。この国にくる商人さんは大抵その大きな国から送られてきたポケモンですからね。」
 「良かったじゃん、ブイ。雪原を抜けれずにくたばるっていう事は無さそうだね。」
 
 ブイはそうだね、と軽く相槌を打ってから残っていたシチューとイチゴを一気に全部食べて、食事のお代を払った。
 
 「ごちそうさまでした。とても美味しかったです。」
 「イチゴが?」
 「・・・シチューも。」
 「あはは・・・ご来店、ありがとうございました。気をつけていってらっしゃいませ。」
 
 
   * * * * *
 
 
 次の日、三日目の早朝。かまくらの中でブイは目を覚ました。
 
 「ん~・・・良く寝た。けど頭がちょっと痛い・・・」
 
 ブイは小さな呻き声をあげながら頭を軽く振るった。その際、やっぱりタオルは氷付けになってでも枕に使った方が良いな、と考えた。
 かまくらの中で軽い運動とポケットシューターの練習を済ませ、別の国で手に入れていた固形の携帯食料を口にする。味がかなり薄くずいぶんパサパサとしていたが、ブイにとっては結構美味しい食べ物であった。
 
 「イー。うぇいくあっーぷ!」
 「ん~・・・」
 「さん、にー、いち。」
 
 カウントダウンも早々に、ブイは迷い無くイーに向かってジャンプすると、振り上げた右前足をサドルに向けて思いっきり振り下ろした。バンッと大きな音が鳴る。
 
 「イタッ!!」
 「おはよう、イー。天気も良いみたいだし、さっさと出国するよ。」
 「そんな急がなくても半日で雪原を抜けれるんだし、ゆっくり行っても良いんじゃないのかい・・・?」
 「そろそろ暖かい飲み物が飲みたいんだよ。」
 
 ブイは荷物をまとめ、イーのロックを外してキックスタンドを蹴り上げた。ハンドルを手で押し進めながらかまくらを出る。
 
 「よし、それじゃあ」
 「旅人さ~ん!!ちょいと待ってくださいー!!」
 
 ブイがイーに飛び乗ろうとした時、後ろから少し明るい、大きな声が聞こえてきた。
 ブイが後ろを振り返ると、そこには全身が茶色の長い体毛で覆われてるのが特徴的な、いのししポケモン「イノムー」がゆっくりとこちらに近づいてきていた。
 
 「えっと・・・僕に何か用が?」
 「朝早くに申し訳ないです、旅人さん。あのですね、国の長が旅人さんに是非会いたいと仰られてまして、一度顔を合わせては頂けませんか!」
 「「国の長が?」」
 
 ブイとイーの声が揃った。怪訝な顔をしながらブイが聞き返す。
 
 「えっと、長って・・・あの大きな木造の建物で働いていらっしゃる、といっても僕はまだ姿を見たことが無いのでどんな方か分かりませんが、その方ですよね?」
 「その通りです!あっと、申し遅れました、私は長の元で秘書仕事をやらせてもらっている者です。・・・あ、えっと、そういう事で、お願いできませんか?」
 
 ブイは少し考えた後、ちらりとイーの方に視線を向けた。
 
 「言ったでしょ、ゆっくり行けば良いって。」
 「・・・それじゃあ、分かりました。僕をその長の所まで案内してください。」
 「ありがとうございます!それじゃあこちらについて来て下さい。」
 
 
 
 ブイ達は昨日訪れた木造の大きな建物に到着し、門番のオニゴーリに軽く会釈をしてから中へと入った。
 広いエントランスには、褐色の木材とマッチした古風なカーペットが敷かれ、天井にすこしおしゃれなシャンデリアのような照明が付けられている。左右には二階へと続くカーブ階段があり、全体的にお城を連想させるようなデザインの内装であった。
 
 ブイ達はイノムーに案内され、二階へと連れて行かれる。イーに階段を上らせるのは多少苦労したが、なんとか階段の上までたどり着いた。
 二階は長い廊下になっており、廊下の左右にはいくつかの扉があった。
 
 「長の部屋はここです。」
 
 イノムーは廊下の真ん中にあった扉の前に止まって、小さな声でそう言った。
 
 「ねぇ、結局長ってどんなポケモンなのさ?」
 「・・・それはまあ、すぐに分かると思います。」
 
 イーの質問にそれだけ答え、イノムーは扉に向かって声を掛けた。
 
 「長!旅人さん達を連れてきました!」
 「分かった、今開ける。」
 
 扉の先から、若くて男性的な声が聞こえた。そしてその直後、目の前の扉がゆっくりと開かれる。
 そうして中から顔を見せたのは────
 
 「え・・・?」
 「おおっ。」
 
 中から顔を見せたのは、ブースター・・・になりかけの、どちらかといえばブイと同じイーブイに近いポケモンであった。
 
 「初めまして旅人さん。・・・まぁ、やっぱり驚くよね。」
 
 体毛に赤毛と茶毛が入り混じり、全長もブースターというには少し小さすぎるサイズのポケモンは、微笑を浮かべつつもブイ達を迎え入れた。
 
 「それでは、私はこれで・・・」
 「え、あなたは一緒には居てくれないのですか?」
 「その、長は旅人さんと一対一でお話がしたいと仰られていました。本当に申し訳ないです、失礼します。」
 
 イノムーはそう言ってゆっくりと移動を始め、下の階へと向かって行った。ブイはそれを呆然と眺めていたが、やがて長の方へ振り返った。
 
 「ごめん、旅人さん、急に呼び出したりなんかして・・・まぁ、ここで立ち話もなんだし、部屋の中に入るといいよ。」
 「あ、はい・・・。」
 
 促されるままブイはイーを押して部屋の中に入る。と、そこでブイは感じた。
 
 「うわぁ、暖かい・・・!」
 「そこのブースターが居たからじゃない?ブイ。」
 
 廊下とは段違いに温度が違うのを感じる。決して高い室温ではないが、極寒の外と比べるとそれは十分すぎるほどに暖かかった。
 
 「それは良かった。まぁ、見ての通り、僕はブースターというにはほど遠いんだけども。あ、そこにポケラドさんを停めて、机の椅子に座ってほしい。」
 
 そう言いながら長は部屋に備え付けてある小さなキッチンで、お茶の用意を始めた。
 ブイは言われた通りイーを部屋の隅に停め、木で出来た椅子の上にぴょんと飛び乗った。しかし身長が机の高さには微妙に足りていなかった。
 
 長の部屋という事だけあってか、部屋の広さはそこそこに広い。しかしタンスや寝床などの必要な家具を一部屋にまとめて配置している為か、自由に移動できるスペースはかなり狭まっていた。扉の向かいの壁には大きな窓があり、今は緑のカーテンが掛けられている。
 
 「素敵なお部屋ですね。」
 「ありがとう。・・・もう随分長いことこの部屋に住んできたものだ。」
 
 長は後ろ足だけで立ち上がり、随分慣れた手つきでヤカンからマグカップにお茶を注いだ。それを器用に前足で掴んで机の上へと運ぶ。
 
 「どうぞ、旅人さん。暖かいお茶だよ。外は寒かっただろう?」
 
 ブイの前に置かれたマグカップからは、小さな湯気が立っていた。ブイはそれを少しの間眺めてから、長の方を向いて言った。
 
 「ありがとうございます、とっても寒かったです。・・・ちなみに、これはなんというお茶なのですか?」
 「? 麦茶だけど・・・あ、そうか。」
 
 長は自分のマグカップも机の上に運び、向かいの椅子に座った後、ブイの質問を聞いて少し不思議そうにしたが、程なくして何かを理解したような表情になった。
 
 「ごめん、別に変な物を飲ませようと思ったわけじゃないんだ。」
 「こっちから見てたけど、確かにその通りみたいだよ、ブイ。」
 「いえいえ、こちらこそ失礼な事を聞いてしまって・・・頂きます。」
 
 ブイはマグカップを持ち上げてそっと一口飲んだ。
 
 「・・・美味しいです。ずっと冷たい物ばかり口にしていたので、体がとっても暖まります。」
 「どういたしまして。」
 
 長も柔和な顔をしながら、麦茶を一口を飲んだ。
 
 「それで、話がしたいってなんなのさ?」
 
 ブイが口を開く前に、イーがはっきりと長に尋ねた。
 
 「あぁ、うん。そうだったね、ポケラドさん。実は、今日ここへ来てもらったのは旅人さんに一つお願いがあるからなんだ。」
 「お願い・・・ですか?」
 
 長はこくりと頷く。
 
 「そう。・・・旅人さんは、これまで色んな地を旅してきて、それで・・・旅先で危険な目に遭ったことはあるだろう?」
 「ブイの場合はしょっちゅうあるね。」
 「・・・えぇ、まぁそれなりには。」
 
 ブイはイーの方を向いて少し睨みを利かせた。
 
 「それで、そういう時はその前足に付けたポケットシューターや、ナイフでなんとか切り抜けてきたんだろう?」
 「その通りです。・・・なぜそのような事を?そもそも、武器を持っている状態で部屋を通されたのも不思議に思うのですが・・・」
 
 長は真剣な眼差しでブイの方を見た。そして、口を開く。
 
 「そんな旅人さんを見込んでのお願いだ。僕を・・・僕を殺してくれないか?」
 
 ブイは目を見開いた。イーが「なにそれ。」と小さく呟く。
 
 「・・・どうしてですか?」
 「やっぱりアレかい?その姿がコンプレックスとか?」
 
 長は真剣な表情を変えない。
 
 「ああ、そうだ。僕は、見ての通り不完全な進化を遂げてしまった。」
 
 長はゆっくりと経緯を話し始めた。
 こうなったのは11年ほど前、長が仲間達と共に国を立ち上げて、それがもうすぐ完成しそうだという頃のある日の事だった。まだれっきとしたイーブイだった長が雪の上を歩いていた時、雪の中に埋もれていた[ほのおのいし]に意図せず触れてしまったという。
 しかもそのほのおのいしは純度が限りなく低かった上、ずっと雪の中に埋もれていたせいか石本体から出る進化エネルギーの力もかなり薄まっていた。その為、完全な姿のブースターに進化する事が出来ず、中途半端な状態になってしまったのだという。
 
 「僕は炎を吐くことができない。体温は少しだけ上げれるが・・・だとしてもどの道、僕が進化したかったのはブースターなんかじゃなかった。僕が進化したかったのは・・・彼女と同じ、グレイシアだ。」
 
 長はあの時酷く困惑した。なんとかして元に戻れないか考えたが、結局どうする事も出来なかった。あの時、イーブイ特有の不安定な遺伝子は、不完全なブースターの姿のままで固定されてしまったのだ。
 そして同時に国を立ち上げに協力していた仲間達にも酷く驚かれた。その仲間達は皆こおりタイプだったが為に、中にはほのおタイプに近い状態である長を忌む者もいた。
 
 「それだけならまだ良かったんだ。でも、国が完成してから・・・幼い頃からずっと一緒で、大好きだったグレイシアの彼女が、突然旅に出ると言い出したんだよ・・・」
 
 この雪原に国を立ち上げるのは、グレイシアである彼女の夢でもあった。長はそれに全力で協力したいと思い、共に建国へと立ち臨んだのだ。
 それなのに、彼女は突如として旅に出ようと言い出した。理由は「世界を見たくなった」との事だったが、長は自分の事が嫌いになってしまったのからではないかと、不安に思った。それでも長は必死に反対したが、彼女は「いつか必ず帰ってくる」とだけ言い、旅に出るのを止めようとはしなかった。
 
 「彼女が昔から野心家なのは知ってたさ。・・・でも、僕はこんなの認められなかった。」
 
 結局この国はこおりタイプの為だけの国という事で運営することになり、名目上は長が頂点、そしてその下にかつての仲間達が国の重要な職に付くことになった。しかし仲間同士でのコミュニケーションはしだいに少なくなっていき、長自身もこの身で外を歩くことにトラウマを覚えて、ずっと引きこもりの事務仕事だけをこなして生きてきた。
 
 「果たしてこんな氷の国に僕を必要とするポケモンがいるのかって思うんだよ・・・僕が居なくたって、仲間達や、たくさん働いてこの国を支えてくれてるイチゴ農家、その他のポケモン達が居る。それに、このまま生きてたって彼女にはもう会えないだろう・・・」
 
 ブイは静かに話を聞いていた。イーはそこまで静かではなかった。
 
 「いいじゃん別に死ななくたって。その彼女の事はもう忘れちゃったら?」
 「・・・忘れられないんだ。ずっとそれで、無気力感に支配されながら生き続けてきた。」
 
 長の目には涙が浮かんでいた。ブイは無表情のまま、答えを出した。
 
 「話はよく分かりましたし、僕があなたを殺すことも可能です。でも、お勧めはできません。それに、この騒動を聞きつけたお仲間さんが絶対に僕を捕まえに来るでしょうし。」
 「それなら大丈夫だ。・・・事情は仲間達全員に話してるし、その上で無理を言って、明るい秘書に、ここまで旅人さんを連れてこさせたんだから。」
 「自分勝手なポケモンだねー」
 
 イーが叱るでもなく、適当に言い放った。
 
 「巨額ではないけれど、報酬のお金だって出す。頼む、どうか僕を殺してくれ・・・!」
 
 必死に懇願する長の姿を見て、ブイはすぐに言葉を紡ごうとしたが、直前でそれをやめた。
 そして暫く考えてから、もう一度言葉を決めて喋りだした。
 
 「・・・そこまで言うのなら、仕方ないですね。あと、お金は要りません。」
 「ほ、本当か?」
 「えぇ、僕は苦しさを感じさせずにポケモンを殺す術を知っています。あとは、あなたに本当に死ぬ覚悟があるかどうかですが・・・」
 「勿論だ、覚悟は出来てる!」
 
 ・・・そうですか、ブイはゆっくりと椅子から立ち上がり、長に部屋の開けたスペースに立つように指示した。
 
 「シューターで一発だけ撃って、痛みを感じさせずに殺します。だから、動いちゃダメですよ。」
 「・・・分かった。」
 
 長は指定された立ち位置に移動すると、ゆっくり腰をおろして座りのポーズを取った。僅かに体が震えているようだったが、ブイは構わずポケットシューター、「シガレット」のレーザーサイトの電源を入れた。赤い線が床に向けて真っ直ぐに伸びる。
 
 「目を閉じてください。」
 
 ブイは後ろ両足で立ち上がり、腰を少し後ろに引いて、構えたシガレットの照準を長の頭に合わせた。
 長は決意を決めたような表情で、グッと目を瞑った。
 
 「・・・いきますよ。」
 
 静かな沈黙が流れる。
 
 そして次の瞬間ブイは──────────
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「や゛ぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!!!!」
 
 「がはぁぁっ゛!?」
 
 なりふり構わず、長の体めがけて全力で走り出し、渾身の[すてみタックル]をお見舞いした。
 長の体はその衝撃で吹き飛ばされ壁に衝突し、ブイも反動で体に強い負担が掛かり、もつれるようにして床へと転がり倒れた。
 
 「良かった、直前になってブイったらホントに殺しちゃうんじゃないかと思ったよ。」
 「くっ・・・でも別に止める気は無かったくせに。」
 
 ブイはゆっくりと立ち上がった。長はかなり痛がっている様子で、地面にうずくまって倒れていた。
 
 「さてと・・・まぁ、少しだけ言わせてもらいますけどね。あなたは自分が不完全なブースターだから、劣等感を感じて、さらに他のポケモンから忌避されていると思っているようですけど、別にあなたは仲間外れじゃないと僕は思いますよ。」
 
 長は声になっていない声を出しているが、ブイは気にせず話を続けた。
 
 「あなた達が作ったこの国は、とっても素晴らしいものだと思います。僕はこの国に命を救われました。美味しい食べ物を食べさせてもらいました。綺麗なオーロラだって見せてもらいました。」
 「え、ブイいつの間にそんなもの見たの!?」
 「昨日の深夜。イーは寝てた。えっと、それで、あなたはもっと誇らしく、前向きに生きてもいいと思います。きっとこの国の皆もあなたを快く受け入れてくれるでしょう。なんというか、僕は短い滞在の中でそんな雰囲気を感じ取りました。」
 
 ブイは残っていたお茶を一気に飲み干してから、部屋の扉を開けてイーのキックスタンドを上に上げた。
 
 「それに・・・もしかしたら彼女さんは本当に帰ってくるかもしれないじゃないですか。その時あなたが居なかったら、とっても悲しむと思いますよ。それでは、ごちそうさまでした。」
 「じゃーね、強く生きるんだよ。」
  
 
   * * * * *
 
 
 その後ブイ達はすぐに国を出国した。その際イノムーやオニゴーリ、そして国の門番のツンベアーなどに一度は止められたが、ブイは一言「殺していません」とだけ答えると、嬉しそうな表情で「ありがとう」と返してくれた。
 
 そして現在、ブイ達は次なる国を目指して猛吹雪の荒れ狂う雪原の中をなんとか進んでいた。
 
 「あれれ、ブイの運もとうとうここで尽きてしまったのかな?」
 「ぐっ・・・そんなことは・・・!」
 
 突然天気が悪化したことにより、視界が真っ白になってしまい、防寒着を返却して生身の状態であるブイの体温は、急激に低下の方向へと向かっていた。
 
 「一昨日のブイはあのブースターみたいに不完全な色違いだったけど、今度こそは本当に完全な真っ白イーブイになってしまうかもしれないね?」
 「雪はもう十分に楽しんだから、そんなオマケは付いてこなくていいよ・・・!」
 
 苦し紛れに叫びながら、ブイは吹雪の中を絶えず進んでいく。相変わらず足に雪が埋もれてとても歩きにくかった。
 そうしてしばらく闘争を続けながら先へ進んでいると、吹雪の中に水色の何かが動いているのが、ブイのゴーグル越しに見えた。
 
 「あれは誰だろう?」
 「こっちに近づいてきてるみたいだよ、ブイ。」
 
 水色の生き物はその体の大きさに似合わない大荷物を背負っており、ブイ達に気づくと雪の上を滑るようにして高速で近づいてきた。
 
 「あれ?あのポケモンってもしかして・・・」
 「ねぇ~!そこのあなた~!!あなたも旅人だよねっ!?とぉ。」
 
 雪を吐息で凍らせながらその上を華麗に滑って着地を決めたのは、まごうことなき「グレイシア」であった。
 
 「ねぇ、あなた!もしかしてあの氷で出来た国に寄ってった?」
 「えぇ、寄りましたけど。」
 「それなら!そこであなたよりも少し大きいくらいの・・・イーブイみたいな、ブースターを見たかな?」
 「えぇ、見ましたよ。」
 
 その言葉を聞いた瞬間、グレイシアの表情がパァっとさらに明るいものになった。
 
 「良かった・・・!ちゃんと待っててくれたんだ!!ありがとう、イーブイの旅人さん!頑張って雪原を抜けてね!」
 
 グレイシアはそれだけ言い残すと、背中に背負った大荷物の重さを感じさせない軽快なダッシュで吹雪の中を駆け抜けていった。
 
 「・・・今のは間違いなく。」
 「良かったねブイ、正しい選択を選んでて。」
 
 ブイは残った雪の足跡を少しの間眺めた。
 
 「生きていれば悲しい事も嬉しい事もたくさんあるもんだからね。それを自ら断ち切っちゃうのはよくないよ。まぁ、あのブースターが再び元気を取り戻してくれたら嬉しいかな。」
 「ブイも元気が残ってるうちにこの雪原を抜けないとね。」
 
 そうだったね・・・少し重たい声音でブイはそう返した。
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