13杯目 追憶 それは、動き始める

※作品によって表示に時間がかかります
読了時間目安:14分



 穏やかに続く川下り。
 そう、穏やかに続いていくと思っていた。



   *



 きらりと鈍く光るそれを、つばさは天にかざしては、にやけていた。
 鈍く光るそれとは。
 ポケモンジムを勝ち抜いた証で。
 ジムリーダーと呼ばれるポケモンジムの長に、その実力を認められた証。
 その証を天にかざしては、にやける。
 自然と頬が緩むのだから、仕方がない。
 でへへ。
 そんな声がもれそうな、だらしのない笑み。
 だって、嬉しいものは嬉しいのだから。
 やっとここまできた。

《川に落としてしまいますよ》

 注意を促す声に。

「うん」

 と、頷き返す。
 だが、その声は返事だけの中身がないものだった。
 注意を促した声の主。
 ラプラスに苦笑が浮かぶ。
 あと一つで、夢まで半分なのだ。
 嬉しくないはずがないか。
 つばさの夢。それは。
 ポケモンリーグと呼ばれる、バトルの祭典への出場。
 自分の力量を試したいと。
 ならば、やはり目指すのはその頂点。リーグチャンピオン。
 だが、その祭典へ出場するためには、各地のジムで勝利をし、証であるバッジを八つ集めなければならない。
 現在つばさは、三つ。
 あと一つで、出場への道のりが半分となるのだ。
 ちらりと視線を落とす。
 つばさの懐に潜り込み、首もとから顔を出す白の毛玉。
 イーブイもまた。
 つばさの行動に呆れながらも、どこか顔が緩んでいる気配がする。
 きっと、彼自身は気付いてはいないだろうけれども。
 彼もまた、つばさの抱いた夢を大切にしている。
 つばさの夢を叶えること。
 それが彼の夢だってことを、自分は知っている。
 種族は違うけれども、つばさとイーブイは似た者同士。
 これと思ったら、ひたすらに真っ直ぐと突き進む。
 周りが見えないくらいに。
 その力が羨ましいと感じることもある。
 けれども。
 同時に不安も感じる。
 その象徴が、ファイアローのイチ。
 前回のジム戦で、彼は無理な進化を遂げた。
 つばさのために気合で進化した。
 そう言えば、美談になるだろう。
 けれども、実際。
 あのときのあの場面。
 あの場面で、つばさが制止の声をかければ。
 ファイアローは、無理な進化を遂げることはなかったのだと思う。
 目の前にちらつく“勝利”に、つばさは言えなかった。言わなかったのだ。
 無理をさせたことに、気付いてはいたようだけれども。
 ファイアロー自身の判断、と片付けたのだろう。
 本当の意味に気付いてはいない。
 ファイアローの中では、つばさの存在が大半を。
 否、それ以上を占めている。
 それが持つ意味と恐ろしさに。
 気付いてはいないのだろう。
 だって、恐れを知らないから。
 まだ彼女達は、どこか幼い。
 だから、どこまでも駆けて行ける。
 それはどこまでも。
 その気持ちは失わないでいて欲しい。
 けれども、駆けて行く先に何があるのか。待っているのか。
 それは希望か。果ては、絶望か。
 それを見極める力は身につけて欲しいと思う。
 否、身に付けさせなければだめなのだ。
 それが、彼が自分を送り出した意味。
 自分がここにいる、理由。

《もう少しで半分ですね》

 ラプラスが声をかけた。
 諭す頃合いだと思った。

「うんっ!あと一つで半分なのっ!」

 つばさが振り向く。
 その顔が、きらきらと輝いていて。
 ラプラスは眩しさに、思わず目を細めた。

「このままの勢いで、リーグチャンピオンに勝つよっ!」

 ねっ、りん。
 同意を求めて、つばさは視線を落とす。
 彼女の懐のイーブイが、これまた力強い瞳でその視線を受け取る。
 連れて行ってやる。
 そう答える彼の声が聞こえたのは、同じポケモンであるラプラスだけ。
 けれども、言葉を必要としない何かで繋がる彼らだ。
 つばさに通訳はいらない。
 満足した様子のつばさが笑った。
 それは、真夏に輝く太陽の如く。
 とても眩しく。危ないくらいに、真っ直ぐで。

《でも、その勢いで行けますか?》

 視線を持ち上げ、こちらを見たつばさと目が合った。

「行けるよっ!私達、今、とっても絶好調なんだからっ!」

 ライラだって知ってるでしょ。
 そう続けて、ふんっと胸を張る。
 とても得意気に。
 その姿に微笑ましさを感じつつ、やはり調子に乗っていると感じた。

《それはもちろん、知っていますよ。ずっと傍で見ていましたから》

 前前回のジム戦には、つばさと供にラプラスも参戦した。
 久方振りのバトルで、少し緊張したのを覚えている。
 けれども楽しかった。
 トレーナーとしても、確かに成長していた。
 それを、身を持って知ることが出来た。
 でも。だからこそ。

《ですが、あまり過信もよくないですから》

 つばさに向けるラプラスの瞳は真剣だ。
 それを受け止め、つばさ自身も分かった。
 決して、ラプラスがからかいとか、そんなことで言ってるのではないと。
 でも、今のところは順調そのもの。
 連戦連勝中なのだ。
 自分達は強い。そう思っている。
 この間も、ファイアローの彼が進化したばかり。
 無理はさせられないが、以前よりも強くなっている。
 余程のことが起きなければ、負けることはない。
 それに、自分達にはラプラスが着いている。
 彼女は、元は父のポケモン。
 イーブイやファイアローよりも、その実力はかなり高い。
 彼女がいれば、どんな相手も大丈夫。
 そう思った。

「大丈夫だよ、ライラ。負けたら、またそのとき考えればいいんだし」

 それに。

「それに、ライラが居てくれれば、絶対大丈夫だよ」

 その言葉に、ラプラスは瞑目する。
 だから、それが過信なのだ。
 前前回のジム戦の際は、久方振りにバトルがしてみたいという、自分の欲望に負けてしまった。
 そこは反省すべき点だった。
 だが、自分は決めていたのだ。
 つばさと供に、バトルという場に立つのは、つばさに実力が身に付いてからだと。
 大きすぎる強さは、時にその身を滅ぼす。
 強さは、身の丈にあってなければ。
 それは。
 今、伝えなければいけない。
 欲望に負けた自分も、反省はしなければいけないが。
 自分をあてにしているようでは、彼女達は強くなれない。
 可愛い子には旅をさせろ。
 まさにそれだと思う。
 再び目を開き、言葉を紡ごうとした。
 伝えなければ。
 そう思っただけだった。
 だが、それは結果として。

《つばさ、いいですか。この先ずっと、私が傍に居られるとも限らないのですよ?》

 え、とつばさの瞳が丸くなる。

「ど、どうして?ライは、お父さんのところに帰りたい、とか…?」

 寂しげに揺れる、つばさの橙の瞳。
 しまった。言葉足らずだった。
 そうではない。
 この先もずっと。ずっと。
 傍にいるし、傍にいたい。
 首を横に振って、ラプラスは否を唱える。

《私はずっ》

 私はずっと傍にいますよ。
 そう言って。
 ですが、私に頼りきりでは駄目なのです。
 そう、伝えるつもりだった。
 そう、言いたかった。
 なのに。最後まで紡げなくて。

《…………っ!!》

 ぞわり。
 全身が逆立つ感覚に襲われる。
 ラプラスの瞳が鋭く細められ、その視界の端できらりと光った。
 何だ。
 そう頭で考えるより先に、身体が動いた。
 上体を勢いよく振り上げ、前ヒレを水面へ叩きつける。
 ばしんっ。
 叩きつけられた水面は、驚いたように水柱をふき上げる。
 そのとき、つばさは確かに見た。
 突然のラプラスの行動。
 それに驚く暇などなく、反射的にラプラスの首にしがみついた。
 そのときに見たのだ。
 水柱に弾かれた。
 細く鋭い、針のようなもの。
 それは弾かれた途端に、光の粒子となり霧散した。
 その形状、光に見覚えがあった。
 あれは、“どくばり”。
 なぜ、そんなものが放たれた。
 ぐるぐるとまわる思考。
 その隙間に滑り込む声。

《りんりんっ!》

 鋭く飛ぶラプラスの声に。
 分かっている、と言わんばかりの勢いで、懐のイーブイが飛び出した。
 そのままラプラスの頭部まで駆け上がると。
 問答無用に、黒の弾が放たれた。
 あれは“シャドーボール”。
 それを打ち込んだ先、それは。
 あの“どくばり”が飛び出してきた方角。
 その先の木の影。
 何がが蠢いた。
 狙われているのか。
 初めてと、突然のことに混乱。
 そして、思考が停止する。
 動けずにいるつばさをちらりと見ると、ラプラスは速度を上げる。
 確かこの先は、川の流れが分岐する。
 一方は緩やかに、穏やかに続く川。
 もう一方は。
 ラプラスが目を細める。
 見えた。
 先の見えない川。水平線のようで。
 要するに。

《つばさ、りんりんっ!掴まっててくださいっ!》

 その一言を合図に。
 ラプラスは空を舞う。
 一気に浮遊感が、彼女らの感覚を支配する。
 要するに、分岐した川の一方は。
 滝。そのまま彼女らは、滝しぶきの中へと消えてゆく。



   ◇   ◆   ◇



 滝しぶきへと消えたラプラスを見る影が一つ。

「飛び下りるのかよっ」

 吐き捨てられた言葉は、苛立ちに包まれている。
 滝を見下ろせば、もちろん陸地は崖なわけで。
 ここを突破し、あとを追いかけるとなるわけで。
 それは、時間の消費を意味する。
 ちっと舌打ちする。だが。
 それは、普通に降りればの話。

「逃がさないよ」

 彼女は嗤う。
 狙ったものは必ず。
 それに。
 ただ捕らえるだけでは、少々退屈だ。
 このくらいは逃げてくれないと。
 にやり。
 暗い笑みを浮かべる。
 彼女の傍で蠢く影が二つ。

「さて、アリちゃん。糸をよろしく」

 アリちゃん。
 その声に反応する影が一つ。
 アリアドス。
 その糸を織り込んだ布は、丈夫で好評があるという。
 アリアドスが近場の木に糸を吐き出すと、そのまま彼女を伴って、崖を降りてゆく。

「降りたら、今度はリアちゃん。道案内よろしく」

 彼女らに追従して降る影が一つ。
 その影もまた、アリアドス。
 リアちゃんと呼ばれたアリアドスは、一つ、こくりと頷く。
 アリアドスは、獲物に糸をくっつけることもある。
 それは、わざと逃がすことにより、仲間の元へと案内させるためだと言われている。
 だが今回は。
 逃がした獲物を追うためのもの。

「少しは、楽しませて」

 ぽつりと呟くと。
 彼女は静かに、口の端を持ち上げた。






   *





 伝えたかっただけ。
 それだけだったのに。
 けれども、それは最後まで紡がれることはなく。
 結果として、それは。



 現実となる。



前に戻るもくじ次へ進む

読了報告

 読了報告及び評価をするにはログインが必要です。

感想フォーム

 この小説は感想を受け付けていますが、感想を書くにはログインをしている必要があります。

 そのため、感想を書くにはアカウントを所有している必要があります。

感想

 この小説には感想がついていません。