引越しの話〈3〉

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 麗の苗字は「池辺(イケべ)」。テレビで見た限りではアキヒロの父も同じ漢字である。
 そして麗が立てていた計画の1つには、「同じ苗字の人間には最大限の注意を払う」というものがあった。

 麗は家族との思い出が少ない。そもそも何故か7歳以前の記憶が微塵もない。さらに親戚との面識もなく、母親の顔すら見た覚えがない。記憶には父しかおらず、その父も当時11歳の娘を人に預けラウサンユ地方へ渡ってしまったため、実質彼女の中では4年間しか家族と暮らせていないことになる。
 とは言っても、麗はその4年を父と十分親密に過ごし、父が家を出た後も携帯で連絡を取り合っていたため、彼の人柄はよく理解していた。
 麗の父――池辺 尚之(ナオユキ)は、恐らく人によって好き嫌いの分かれやすい性格である。その中で娘は父を大いに好み、勢い余って父の生き方をそっくりそのまま手本としてしまった。ちなみに彼の通称はサイホーンであるので、図鑑説明を参照していただければおおよそのイメージが掴めることと思う。

 そのサイホーンから聞いた話によれば、彼は「調子こいてる身内を一発どつく」ためにラウサンユ地方へ向かったらしい。その他に麗が分かっていることは、調子こいてる身内がリョースケというらしいこと(尚之が家を出てすぐ「おいリョースケ!! おっこれ間違い電話や」と電話が来た)。そのリョースケがラウサンユ地方の土地を開発している「株式会社開拓団」という組織に大きく関わっているらしいこと(尚之は「某会社」とぼかしたが「イケベ ラウサンユ」でネット検索を掛けたら一社しか出てこなかった)。それが何故調子こいてることになるのかは分からないが、とにかく尚之はそこに入社し情報を集めているということ(身内なら直接会えば良い、というと「いやなんか知らんけどリョースケ増えてん」とおかしなことを言い始めた)……などである。暫くはその断片的な情報を頭の片隅に置いておくだけで、父を追いかけて麗自身もアローラを出ていく予定は全く無かった。

 予定ができたのは丁度今から1年ほど前、「苗字が同じ奴にはお前の情報を明かすな」という留守電を最後に尚之からの連絡が途絶えたときである。

「なに娘まで危険にさらして行方晦ましてんだよ!!」

 麗は調子こいてる父を一発どつきに行くことにした。当時15歳だった彼女は労働が可能になるまでの1年間で手持ちを仕上げ、バトルで稼いだ賞金を軍資金に回し、ついに今日、16歳の3月上旬にこの地へやって来たのである。

 ……しかし、それなりの覚悟と準備はしてきたものの、麗はラウサンユ地方に着く前から「池辺」の人間と出会っていたことに対する動揺を隠せずにいた。
 父が言うには彼に自分の情報を教えてはいけない。でも彼は恐らく今日出来た関係を「たまたま飛行機の席が隣だった人」として終わらせるつもりはない。しかも会話の流れに沿えば次はこちらが自己紹介をする番である。自分の名前、家族構成……大丈夫だ、適当に嘘をつけば良い。何を聞かれても堂々と……

「……まぁ、これも何かの縁やし! トレーナーカードとか交換せん?」
「嘘つけないやつはやめてほしい!!」
「なんて!?」
「何も言ってねーよ!!」

 むしろ何も言えねーんだよクソ。「最近の子はオタチ並みに警戒心強いねんな!?」などと言っているアキヒロを見ながら、麗は“自分の正体を隠す”ことの難しさに思わず頭を抱えた。

「……持ってねーんだよ、カード」
「持ってへんかったらポケモン連れて飛行機乗れへんやん」
「……手持ち返された直後に食べちまったんだよ」
「なんそれ大便交換したらええの?」
「………………」
「……メッセIDとかメアドでもええよ?」
「メアド……」
「メアドな。分かった分かった」

 なんかごめんなぁ、とアキヒロが苦笑交じりに端末を取り出している間に、麗は急いで自身のメールボックスを確認し始めた。前もって父との連絡に使っていたものとは別のアドレスを作成してあるが、飛行機内で計画を確認する際に彼のメールも開いていたから……

「……ララすけ?」
「あぁあ!?」

 唐突に画面の文字を読み上げられ、麗は飛び上がった。端末の画面に気を取られていてアキヒロがこちらを見ていることに気付かなかったのである。読まれた文字は機内で読み返していた父からのメールの冒頭、「ララすけへ」の部分。本名ではなく父に呼ばれているあだ名を見られるだけで済んだが、それでも「ララ」まで見られたのは非常にまずいのではないか。
 不測の事態に咄嗟の言葉が出てこない麗にはお構いなしに、アキヒロはさらに質問を被せる。

「ララすけって名前なん?」
「ら゛ッ、ラ……待っ、なに覗いて」
「ら、ら……ま?」
「いや“ま?”じゃ、ねー、けど……」
「ん~……。……あ、ララすけってあだ名のララマ君っちゅうねんな?」
「……ん、ん?」

 呆けた顔をする麗。「なんや普通の名前やんか」と数分前の麗と同じようなことを言うアキヒロ。

「確かアローラ語やろ? ララマって。“勇敢な”みたいな意味やったと思うけど」
「……ぅ、うん? ……そうじゃねーかな。多分。きっと」

 かっこええやん、とアキヒロに褒められつつ、落ち着きを取り戻した麗は無事に見られていない方のアドレスを交換した。窮地には陥ったが何とか脱することができたようだ。
 けんきゅういん様も案外いい加減な予測で話を進めてしまうらしい。助かった……と密かに胸をなでおろしながら、麗は自分の準備を早急に見直そうと強く心に誓った。
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