外の話〈9〉

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 気配は直前までジグザグマのものしか無かった。フローラに襲い掛かった体格の良いマッスグマはまるで何も無い空間から生まれたように突如として降ってきたのである。
 たまたまフローラを見たけろぽんが咄嗟に対応できたのはほぼ奇跡だった。だからけろぽんは自身を抱きとめたトレーナーに褒められることを期待して少しの間フローラを見上げていたのだが、彼女が目の前のマッスグマに気を取られていることを理解すると黄色の頬を膨らませ、ぴょこんと彼女の腕から抜け出てしまった。

『こら胴長。一般人(パンピー)いじめちゃダメっすよー。キミがビビらせたせいであーしのファインプレーへのコメント割愛されたじゃないすかー』

 けろぽんが両手をゆるゆると振り回して訴えかけると、マッスグマは短い前足で顔を撫でながら静かに答える。

『すまんな。本当は驚かせないよう一発で済ませてやろうとしたんだ』
『お。ぶっ殺そっと』
『何だお前グレッグルのくせしてストレートにキレるな。……さっきの反応もその種族のわりにはかなり早かったが』
『胴長もその種族のわりにマッチョっすけどここのリーダーさんだったりするんすかー?』
『いや、趣味で鍛えている一般獣(パンポケ)だが』
『なんだパンポケか……でも褒められちゃったー。お返しに胴長も褒めなきゃ』
『社交辞令は社交辞令だということを表に出さずに言うものだぞ』
『胴長は野良さんのわりに血の気が無いっすよねー』
『その上まるで褒められている気がしない』

 『そもそも体毛があるポケモンの血の気をどう評価した』と自らの体をちらりと見るマッスグマ。『見た目はむしろヤバい感じっすけどー』と頭を振るけろぽん。

『だってここの野良さん大体あーしよりキレてて基本質問に答えてくんないじゃないすかー。いっつも最初に一言二言くらい喋ったら後は全部ケンカだったし……』
『なるほど。まぁ突然余所者が我々の住居に入ってきて質問してきたら何だこいつまず殴ろうと思うのも仕方無いだろう』
『でも胴長は質問に答えてくれたっす』
『胴長は気長だからな』

 けろぽんは背後のジグザグマを見て首を傾げる。

『……あっちの胴長めっちゃキレてるんすけど』
『短足は短気だからな』


「ララマっち! ヤクザグマ今どうなってる!?」
「何とかなりそうだ! そっちはどうだ!」
「なんも動きが無い!」
「なんでだ!!」
「見つめあって交互に鳴いてる!」
「なんでだ!!」

 けろぽんとマッスグマが見つめ合いもとい睨み合いを始めてから30秒以上が経過している。数字だけ見れば長くは感じられないが、こちら側の手持ちより格上かもしれない(しかもなんだかマッチョ)野生ポケモンに襲われている状況から早く脱したいトレーナー達が焦れるには十分な時間だった。
 それにラウサンユの野生ポケモンはとにかく人間に向かって突っ込んでくる生き物であるはずだ。たった30秒でも人間ではなく手持ちポケモンを、それも攻撃すらせずじっと見ていることなど滅多に無い(マッチョならなおさら)。まだ何か援軍が来るのを待っているのだろうか、と周囲に注意を向けても、これ以上フローラ達を狙うものの気配は感じられない。

 一方麗が繰り出したヌイコグマのヌイキノは、既にジグザグマとの戦闘に決着をつけ始めていた。
 ジグザグマが飛ばした“ミサイルばり”を飛ばす度に、手足を“じたばた”させて針を弾き飛ばしながら相手に突っ込む。「もふもふ」の体毛といえど多少はダメージが入るものの、代わりに針が刺されば刺さるほどヌイキノの手足は釘バットのような凶器に仕上がっていく。単調な遠隔攻撃しか仕掛けてこないジグザグマを倒すのは時間の問題であった。

「ヌヌヌヌーン」

 時刻が午後(アフタヌーン)になったことを伝えるかのような鳴き声とともにジグザグマが跳ね飛ばされる。
 ジグザグマはキャンと甲高い声を上げ、少し離れた地面に落ちたきり動かなくなった。

「おいフローラ! こっち片付いちまったぞ!」
「こっち始まってすらない!」
「んだよォーッウチが何とかしたげるとか言ってたくせによォーッ! ……悪いヌイキノ、あっちのマッスルグマもぶっ飛ばしてくんねーか!」
「ヌーイ」

 棘だらけの前足を上げて元気に返事をしたヌイキノは、そのままマッスグマ目掛けて一直線に走っていく。

 元いた位置の関係上マッスグマのほぼ真正面から突撃する形になったため、マッスグマはすぐにヌイキノの存在に気付いた。

『グレッグル』
『なんすかー?』
『後ろのそれは避けないと相当痛いだろうな』

 そう言われたけろぽんがきょとんとした顔で振り返ると、非常に殺傷力の高そうな手足を振り回しながらこちらへ向かってくるヌイコグマの姿が視界に入る。

『お。ぶっ殺されそう』

 呑気な感想に反し、慌てて横に逃げるけろぽん。

『あぶなーい』

 けろぽんとすれ違うときになってやっと注意を呼びかけたヌイキノに『言うのがおそーい』と返した後、けろぽんは突然ハッとしたようにマッスグマを見た。

『ヤバい。代わりに胴長がお星様』
『柔らかい表現でもポケモンを死ぬ前から殺しちゃいけないぞ』

 言いながらマッスグマは向かってくるヌイキノをじっと見つめ、突然垂直に高く跳んだ。
 平均的なマッスグマより発達した後ろ足の筋肉はいとも簡単にヌイキノの頭を跳び超える。そして間髪入れず、長い胴体を大きく曲げて後ろ同様に発達した前足をヌイキノの背中へ重力任せに押し込んだ。

『きゃー』

 上から押さえつけられても“じたばた”を続けるヌイキノの頭に後ろ足を置き、溜息のような鼻息を漏らした後、マッスグマはけろぽんに問いかける。

『仲間か』
『赤の他ポケっす。顔すら今初めて見たっす』
『何だそれは。なんでこれは急に突っ込んできたんだ』
『気でも違ったんじゃないすかー?』


「なんだあのマッスルグマ!? ヌイキノの“じたばた”を身一つで止めたヤツはロイヤルマスク以来だぞ!?」
「ロイ何!? ……てか個体名じゃなくて種族名で言って! ハリテヤマらへん!?」
「ヒトらへん!」
「ヒトらへん!?」

 一般的に凄まじいパワーを誇ると言われるヌイコグマが軽々と押さえつけられ、一般的に凄まじく攻撃的と言われるラウサンユの野生ポケモンがまたもや静かにけろぽんと鳴き合う。今までほぼ経験したことの無い状況に麗とフローラは動揺していた(このマッスルグマと人らへんのロイ何が同等という事実を抜きにしても)。

 一方ヌイキノは周りの様子を一切気にすることなく、ひたすらもがきながら声を上げている。

『どーいーて』
『どいたらどうするんだ』
『とーう』
『攻撃するのか』
『はーい』
『じゃあ駄目だ』
『いーいーえ』
『嘘は真実を言う前につかないと意味が無いぞ』

 やや幼げな喋り方でマッスグマと会話をするヌイコグマのことは一旦気にしないことにして、けろぽんは『あのー』と呼びかけた。

『……胴長マジで血の気無さすぎじゃないっすか? 攻撃されてもトークメインの野良さんとかここ以外でも全然見たこと無いんすけど』
『そうか? ……まぁ、そうか。元々周りに冷めていると言われるような性格ではあるが、そもそもここ数日は試験的に方針が変わっているからな』
『方針? 今週はあんまし街の外出てないから“ここ数日”のことは知らないっすけど、なんかあるんすか』

 けろぽんが首を傾げると同時に、マッスグマが麗とフローラのほうを見遣る。

『弟――あそこで寝ているジグザグマは拘束された怒りであの人間を倒そうとしたように見えたろう』
『……違うんすか?』
『極力倒さず、人間がある行動をとったら一度撤退。そうしろと言われている』
『誰に』
『言えないな』
『何の行動をとったら』
『それも……と言いたいところだが、あの人間はどうも我々を倒す気しか無いようだ。教えてやるから人間にその行動をとらせてくれないか』

 それで上手く行けば我々は何もせずここから去る。そう持ち掛けられ、けろぽんは訝しく思いながらも“方針”とやらを教えるよう促した。

『別に大したことじゃない。今までも人間が普通にしていたことだ』
『きゃわわなニックネームを付けることっすか』
『アホか』
『あーしはけろぽんっす』
『そんな感じがするな。……いや、だから違う』
『じゃあなんすか』
『やることは1つだけだ。人間が使う“モンスターボール”とやらを投げてもらえれば良い』
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