第1話 “選ぶべき道”(1)

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 さみしいよ……。

 こわいよ……。

 だれか、たすけて……。


 とても暗くて、凍りそうなほど寒い夜のことだった。空は分厚い雲に覆われ、星や月の明かりもない。吹き抜ける風にざわめく森を、それは当て所もなく彷徨っていた。
 どこへ向かっているのかも分からない。どこへ向かえば良いのかも。どれも同じような木が延々と続いている。どこまで進めば、この不気味な森を抜けられるのか。温かい母親の胸元に飛び込めるのか。
 それの脳裏に浮かんでは遠のいていく母の姿。心がキュウと締め付けられて、前へ前へと体を運ぶ。それの足は、いつの間にか宙を駆けていた。

 ガツン!

 うまく飛べずに木に頭をぶつけた。
 へこたれずに避けて飛んでも、待っているのは次の幹。顔をぶつけて、地面に転がった。

「ベ……ベノ……」

 じわり。目尻に溜まる透明の雫。こぼれ落ちて、地面に吸われていく。
 すると不思議な出来事が起こった。それの周りの草木が、突然どす黒く変色して枯れ始めたのだ。それが声をあげて涙を流すにつれて、どんどん広がっていく。大きな木が朽ちて、液状化した枝葉がぐしゃりと地面に落ちた。

 子供は泣き続けた。
 それこそ、疲れ果てて糸が切れたように眠ってしまうまでの間、ずっと。

 やがて夜が明けて、山々の向こうから朝日が顔を出す。
 柔らかな朝焼けのヴェールに抱かれて、黒い煙をあげて腐り果てた自然に囲まれながら、それはスヤスヤと眠っていた。






地球歴 2115.04.03

 朝の日差しが窓から差し込んでいる。
 まばゆい光を背に浴びて、少女は鏡の前で念入りにめかし込んでいた。とはいえ煌びやかな衣装や最新の流行に合わせる訳でもなく、藍色を基調とした、シワひとつない立派な制服だった。警察官にも軍服にも似て非なる、特別な制服。世界の最先端の知識と経験を兼ね備えた者だけが袖を通すことを許される、最高の制服。
 鏡に映る自分の姿が、こう物語っていた。

「さいっこう!!」
「タジャ!?」

 まだベッドでうとうとしていたツタージャを抱き上げ、透き通るような白の髪をなびかせながら、少女は思わず小躍りを始めた。
 最初は「しょうがないなぁ」とされるがままだったツタージャも、少女の腕に締められて、次第に顔が青ざめていった。

「信じられる!? ねえ、シルヴィ! あたし達ついにやったんだよ! 制服! 着ちゃった! やったー!!」
「タ……ジャ……」

 もうダメ。記念すべき1日目で僕はもうリタイアだよ。ガクッ。
 すっかり舞い上がっていた少女は、ようやくツタージャの惨状に気がついた。「あ、ごめん!」と慌てて手を離す。もちろん、ツタージャは床の絨毯に落ちた。


 澄んだ水のように青い目に文字列を映す。
 鏡の前でモソモソと食パンを咥えながら、長い後ろ髪をヘアゴムで括りつつ、さらには宙に浮かぶ電子パッドに目を通す。チラリと鏡を見やり、ポニーテールの具合を確かめて、不満げに頭を揺らした。ゴムを解いて、やり直し。
 パッドから目を離して、鏡を見つめて作業しながら、少女はぶつくさ呟いた。

「U.I.S.ODYSSEY(オデッセイ)、2114年8月27日に出航。登録番号FCN-01。総乗員数は人間231名、ポケモン952匹。史上初のウルトラスペース長距離探査船。マルチスペース航行システム。再生式多重フェイズ変調シールド。船体はトリレジスチウム合金。そして極めつけに物質反物質融合炉。ああ、いいなぁ……あたしもいつかウルトラホールの向こうに行ってみたいなぁ! ね、シルヴィ。貴方も行きたいでしょ?」

 振り返る先、ベッドの縁に座って不機嫌そうにしているツタージャは。

「タジャ」

 生返事を返した。
 少女はため息を吐いて、再び髪を括りながら続けた。

「分かってる、あたしはまだ『プロメテウス』捜査官としての経験も浅いし、配属先の専門分野もまだ決めてない。青色のバッジの『サイエンス・エージェント』、黄色のバッジの『エンジニア・エージェント』、そして赤いバッジの『タクティカル・エージェント』。未知の研究ってとっても面白そうだし、機械を自在に操るエンジニアもかっこいいし、でもやっぱり一番バトルが強いチームにも憧れちゃうんだよねぇ。あああ〜!」

 ヘアゴムも上手くいかず、少女はせっかく整っていた髪をぐしゃぐしゃと掻き乱した。

「もう決められないよ〜! みんなどうやって自分の進む道を決めたんだろう!?」

 ツタージャはただ、首を傾げるだけだった。


 ポケモンGメン未解明現象調査局。
 通称プロメテウス。
 聞いた話じゃ、大昔の神話に出てくる「初めて火を操った人」の名前から取ってきたんだって。
 プロメテウスはその名の通り、未知の現象を解明して、人類やポケモン達に危険が及ばないように制御する使命を負った組織なの。

 未知の現象と一口に言っても、その内容はいろいろあるのよ。
 量子テレポーテーションの失敗で存在が消滅してしまう現象とか、蓄電作用のある洞窟に偶発的に自我が生じたこととか、海を漂う巨大な古代遺跡とか、全身の血液が沸騰し始める謎の病気とか。
 一般の人たちには対処しようのない難題の数々を、あたし達プロメテウスが解決するの。メンバーそれぞれが持っている超高度な専門知識や、ポケモン達の力を駆使してね。

 だから、プロメテウスに入れる人って凄い経歴の持ち主ばかりなんだよ。
 かつてはポケモンGメンの秘密諜報部のスパイだった、レノード。
 凍った物じゃなくて知識をコレクションするようになった、ユキメノコのユキ。
 ホログラフィック技術の体とASI(人工超知能)を兼ね備えたミラージュ・システム、ミラージュ。
 他にもたっくさんの凄い人やポケモンで溢れているんだ!

 そんなあたしも普通じゃなくて。
 大昔にどこかの偉い人がミュウの遺伝子を使って人工的にポケモンと人間を造ろうとした研究の成果、それがあたし。超能力が使えるし、知能が高くて体も強い。
 でも、あたしはここで居場所を見つけた。きっと他の場所だったら、あたしは『異常なもの』だったんだと思う。だけどここじゃみんな凄すぎて、あたしの異常性は霞んじゃう。
 だからこそあたしは見つけなきゃいけない。自分にできること。自分が本当にやりたいことを。この場所でみんなと肩を並べられるように。


「ねえ、レノードはどうやって決めたの?」

 連なる窓から日が差し込んで、行き交う人々やポケモンで賑やかになってきた通路を、2人並んで歩きながら少女は尋ねた。
 相手の男は、少女と同じく白い髪をして、赤と金の目を持つ爽やかな青年だった。胸にはプロメテウスの赤いエンブレム・バッジがキラリと輝いている。少なくとも、全体の見た目から受ける印象は清涼であった。
 レノードと呼ばれた男は「ふむ」と考えてから答えた。

「僕は自分の道を自分で決めた訳ではありませんでしたからねぇ、貴方の参考にはならないかも……」
「それでも良いから、教えてよー」
「困ったな……どこから話していいものか。なにせ自伝を書けばきっと分厚い本が何冊もできあがるでしょうからねぇ、もっとも、すべて政府の機密情報扱いになって、読めば行方不明になるのがオチでしょうがね?」
「それなら安全なところを手短にして」
「ああ、えぇ、分かりましたよ」だんだん膨れてきた少女の頬を見て、レノードはニンマリと微笑んだ。「少年時代、僕は父からそれはそれは厳しい訓練を受けて育ちました。将来は国の諜報員、つまりスパイに仕立てるためでしょう。僕はスパイになるのも、ましてや人やポケモンを……処理したりすることも、したくありませんでした」
「じゃあ、強制されて今までずっとやってきたの……?」
「いいえ?」

 レノードはエレベーターの前に着くや否や、あっけらかんと言った。

「一度目の仕事で味を覚えた僕は、それから楽しくスパイの道を歩み始めましたよ。嫌だ嫌だと思っていても、実際やってみると、思いのほか自分の才能を自覚できることもあります。だから何事もやってみるべき、なんて言われるんですよ」
「暗殺が?」
「処理です。……参考になりました?」
「……微妙かな。ちょっとだけ?」

 乗り込んだエレベーターのドアが閉じる寸前、少女の笑顔が少しだけ歪んでいた。


 混み合うエレベーターにヒンヤリとした空気が漂う。
 制服は耐寒性にも優れていると聞くものの、頬を撫でる冷気に思わずブルリと震える。

「おはよう」

 おどろおどろしい声が耳をくすぐり、少女の肩が跳ねた。

「……脅かさないでよ!」
「わりーわりー、私も一応ゴーストタイプだからさあ、たまには脅かさないと。性分って奴よ。はははー」

 振り返った先では、人間の言葉を操るユキメノコが悪びれもせず腕を組んで笑っていた。
 ジトリ。刺すように視線を注ぐ。ふと、彼女の胸に輝く青のバッジ(たぶん、吸着性の物?)に目が留まった。

「ユキちゃん、科学部門に入ったんだ」
「おうよ。私がここに来たのも、知識の収集が目的だしな。だったら科学の道が一番よ」
「そっかぁ……ユキちゃんは昔っから物知りだったもんね、いろんな本も読んでたし」
「知ってるか? この星で我が物顔して歩いてる人間様でさえ、この宇宙の方程式を、ほんの表面のさわりしか解読できてないって話だぜ。それを私が解明して独占するのよ、すげーワクワクするぜ……!」

 目を輝かせるユキメノコに、周りの視線が集まってくる。
 やがて、それらに気づいた彼女も咳払いをして。

「ま、少しぐらい分けてやってもいいかな」

 と控えめに言った。
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感想

お名前:円山翔 さん
おわあああああ懐かしい……!
レノードさんは相変わらずさらっと怖い事言いますし(それが当然だったから何でしょうけども)、ユキメノコはユキメノコで知識欲がすごいですし。シルヴィも、もちろんミオも変わらないなぁと思いつつ、またこの面子で大冒険を繰り広げるのですね…!とても楽しみです。それにしても、最初に出てきた「子ども」とは一体……一匹、いや、二匹ほど心当たりがあるわけなのですが、果たして。(鳴き声から違うんだろうなぁってちょっと思っている訳ですけれども…)
書いた日:2018年01月08日
作者返信
円山さん、感想ありがとうございます!

やっとこさお披露目まで漕ぎ着きました、久しぶりの「いつものメンバー」です。しかもちょっと成長した姿……レノードは元から大人なので相変わらずですが、順調に科学者の道を歩み始めたユキメノコ、ようやくプロメテウスでスタートラインに立ったミオ、我ながら書いてて微笑ましくなりました。
これから今までとは違う舞台でこいつらが大暴れ(?)しますので、ぜひお楽しみに!
ちなみに冒頭の子供ですが……さあ何者でしょう?
鳴き声が大ヒントになってるかなーと思うのですが、答え合わせはまたいずれ……!
書いた日:2018年01月14日