第2話 “出航準備”(2)

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地球歴2053.09.27.

 連合艦隊司令部
 カントー地方
 ヤマブキシティ第4基地

 草原広がる見晴らしのいい郊外に、シャッターを構える大勢の人々が集まっていた。
 空は快晴。大戦争を終結に導いた英雄、漆黒の戦艦『リベンジャー』が大空を飛ぶ最後の勇姿を拝むにはまたとない空模様だ。
 停泊中の戦艦にカメラのレンズが向けられる。太陽の光を浴びて、歴年機体に刻まれ続けた傷の数々がキラリと光る。それは彼女が無数の死線をくぐり抜けてきた証であった。

 この偉大な勇姿は、基地の上層、エドウィン提督のオフィスからも眺めることができた。
 間近で見上げる巨大な『リベンジャー』には言葉もない。ミュウツーは長い紫の尾を揺らしながら、太陽を隠すそれを瞳に映していた。

「……あれもついに見納めか」

 ミュウツーがポツリと零す。
 目は細く、褪せた過去を見るように。

「わずか6年で三度の戦争を経験した。最近は大きな戦いこそなかったものの、もうあちこちでガタが来ていたからな……よくここまでもってくれたよ」

 鏡の前で黒い礼服を整えながら、顔中のシワを深めて、礼服の男ことエドウィン提督は言った。

「なあミュウツー、覚えているか? 君が初めてあの船に乗った時……」
「お前たちロケット団に液詰めにされた」
「死にかけていたお前を助けたんだ」
「俺達の力を利用するつもりでな」
「だが結果はお互いに悪くなかった」
「相変わらずの楽観主義め」

 言われて、エドウィン提督は楽しそうに笑った。最初は首を傾げていたミュウツーも、つられてフッと口角を上げる。
 視線が混じり、お互いを認め合う。
 先に視線を外したのはミュウツーの方だった。腕を組み、再びリベンジャーを見上げながら。

「最後の任務が戦場でないのなら、このオンボロ艦に一体何ができる?」
「反転世界の科学的調査だ。第4ステーションが先日から断続的なニュートリノの波動を検知している」
「発生源は?」
「ガンマ流動帯の更に奥深くの領域からだ」
「なに?」ミュウツーは眉間にシワを作って振り向いた。「ギラティナも近寄らない反転世界の最深部ではないか。最新鋭艦でさえ航行困難な領域を、どうしてリベンジャーが調査する? 自殺行為だろうが」
「ほほう、心配してくれているのか?」と、男はニンマリと笑う。
「……それが問題か?」

 真剣に返されて、男の表情から余裕の笑みが消える。
 ただ、なだめる笑みに変わっただけだった。

「ミュウツー、我々なら大丈夫だ。なにも領域に足を踏み入れる訳じゃない、外から長距離センサーで調べるだけだ。どこにも危険はない」
「反転世界そのものがまだまだ未知の領域だ、何が起きるかは分からんぞ。俺の力が必要になるかもしれん」
「協力の申し出はありがたいが、必要ない」

 エドウィン提督はミュウツーの肩を握りながら言った。

「君なら分かるはずだ、最後の任務は我々だけで成し遂げたい。任務の大小は関係ない、今まで世話になったリベンジャーを我々の手でこの基地に無事戻してやりたいんだ。頼むよ、ミュウツー」
「っ……」

 人間め、狡い奴だ。ミュウツーは舌打ちをしてそっぽを向きながら思った。
 俺には分かる。復讐という生涯の目的を、俺は最後に自分の手で完結させた。誰の力も借りず、俺は俺だけの力で戦い抜いた。
 いいや俺だけではない、それは誰にでもあるはずだ、助けを借りずに自分の力だけで成し遂げたいことが。
 この男にとってのそれは、今この時なのだろう。そう思うと、もう何も言えなかった。

 それを察してか、エドウィン提督は穏やかに微笑みながら手を差し伸べた。

「最後に礼を言わせてくれ。ありがとう、ミュウツー。この船が退艦式を迎えるまで現役でいられたのは君のお陰だ。共に戦うことができて光栄だったよ」
「……気が早いだろ。最後までしっかり務めを果たしてこい、エドウィン艦長」

 互いに堅く握手を交わす。

 これが、エドウィンと交わした最後の瞬間だった……。






地球歴2115.08.25.


 カントー地方
 シロガネ山の頂

 ミュウツーは心の内で独白する。

 正直に話そう。
 最初に見たとき、一瞬だけ“奴”の姿が重なって見えた。似ているのだ。威厳ある雰囲気、皆を導く者としての資質、そして何より、その挑戦的な目が。
 だが感傷に浸るどころか、俺の中で怒りがふつふつと湧いてくる。純白の雪景色を赤黒く穢してしまってでも、その目障りな顔を潰してしまいたい。
 あの目が俺の薄暗い気持ちを呼び起こすのだ。

 そんなミュウツーの殺気を汲み取ってか、白のキュウコンが牙を剥いて低く唸る。
 無理もない。これだけ研ぎ澄まされた殺気を向けられては、平静を保つことも難しい。戦うか、逃げるか、ただ平伏すか、とにかく行動に出たくなる。
 だがここは我慢の時だ。
 ウォーレンは「大丈夫だ」と相棒をなだめてから、虚勢、もとい誇らしげに胸を張って言った。

「地球連合艦隊に所属している、ナサニエル・ウォーレン大佐だ。こっちは相棒のコール。我々は君に提案があってここに来た」
「提案とは?」
「我々と共に、ウルトラスペース探査ミッションに加わって欲しい」

 ゆらり。
 ミュウツーの手が流れるように動く。指先が徐々に向きを変えてこちらに近づく。

 死ぬ。

 その直感がキュウコンを一瞬で臨戦態勢に移させる。
 柔らかい雪を蹴って跳躍し、口に凄まじい冷気を溜めて。弾けるように、《冷凍ビーム》を発射した。
 待て! と、止める暇さえなかった。

 ミュウツーに届く前に、冷気の光線は不可視の壁に阻まれる。その壁は透明で薄く、しかしさながら今の彼と人類との間に歴然と横たわる深い谷のようで。
 まずい。ウォーレンは直感する。次の瞬間にはミュウツーの反撃で相棒が粉々になる。
 ウォーレンは急ぎ端末を掲げた。

「頼む、聞け! ミュウツー!」
「なんだと? それが聞く耳を持たなかった貴様ら人間のセリフか!?」

 たった一度の《サイコキネシス》。
 それだけで、シロガネ山の山頂を覆いつくしていた積雪が消えた。圧倒的な衝撃波で万年雪が弾け飛び、ゴツゴツした岩肌が数百年ぶりに陽の目を浴びる。
 ウォーレンとキュウコンも同様に吹き飛ばされ、あわや岩壁に叩きつけられる寸前、キュウコンは主の身を九つの尾で包みんだ。せめて彼だけでもと、衝撃から守ったのだ。

「ッ……コール!!」

 力なく尾が解かれて、キュウコンは倒れたまま動かなくなっていた。
 ヒンヤリする体毛をかき分け、胸に耳を当てる。
 とくん……とくん……。
 良かった、心臓は動いている。傷ついた相棒の頭に手を置いて、ウォーレンはミュウツーを睨み上げた。

「そうやって拒絶するがいい、だが今ここにお前の本当の希望があるならば、私を拒んだことを一生後悔することだろう」
「希望など、既に貴様ら人間が踏み潰したではないか。50年前、行方不明になったリベンジャーの捜索を打ち切った時にな!」

 怒りのままに固く握り締めた拳を振り上げるミュウツーを前に、ウォーレンは懸命に叫んだ。

「新たな手掛かりを得た!!」

 コンマ1秒遅れていれば、キュウコン共々肉塊に変わっていたであろう。
 解き放たれる寸前だったサイコパワーの奔流が、ミュウツーの手で止まった。
 チャンスだ! ウォーレンはとっさに端末のスイッチを押した。

『われわ……ベンジャー号……未知のエネ……』

 その声が耳に入った瞬間、ミュウツーはその目を大きく見開いた。
 聞き間違いなどではない。ひどく雑音まみれで聞き取りづらいが、それは確かに彼の声だ。
 もっとよく聞きたい。ミュウツーの足が自然と動いていた。

『現在位置は不明、……トラビーストに襲わ……至急救助を!!』

 プツン。
 音声が途切れた後、再び静寂が戻ってきた。聞こえるのはウォーレンの息遣いだけ。
 この先は二つに一つ。さらに逆上して手がつけられなくなるか、それとも……。

 さてどう出る?
 固唾を飲んで見守るウォーレンの前で、ミュウツーはゆらりと顔を上げた。
 その顔を見て、思わずぎょっとした。先ほどまで怒りに歪んでいたものと同じとは思えない、まるで人間のように、すがるような表情を浮かべていた。

「……生きているのか?」

 ウォーレンは立ち上がり、身だしなみを整えながら言った。

「おそらく生きてはいないだろう。この救難メッセージは先週ウルトラホールの第7通信アレイで受信したが、メタデータを確認したところ、発信の日付は50年前だった」
「どういう事だ?」
「リベンジャー号は古い電波通信を利用していたため、この世界に届くまで時間がかかってしまった。つまり50年前、どこか遠いウルトラスペースから発信したメッセージが、この度ようやく我々の下へ届いたのだ」

 ミュウツーは口を閉ざして、落ち着きない様子で背を向けた。
 何だこれは、一体どう受け止めれば良い? 50年前に捜索を打ち切られた友の手掛かり、これがあればリベンジャー号を見つけられるかもしれない。だが友はもう死んでいることだろう。
 俺には何ができる? どうすれば良い? どうしたいんだ……?

 聞かずとも背中がそう物語っている。
 だから、ウォーレンはハッキリと告げた。

「友人の身に何が起きたのか、君が真相を突きとめろ。そして彼らを故郷に連れ帰り、この世界で眠らせてやれ。この任務の適役は他の誰でもない、君の役目だ」
「俺の、役目……」

 反芻(はんすう)して、少しずつ呑み込んでいく。
 あの日あの時、エドウィンと最後に握手をした手を見つめる。
 俺は「最後まで務めを果たせ」と言って送り出した。確かエドウィンの奴、もう明日の退艦式の事まで口にしていたっけか。こんな目に遭うとも知らずに、だから手を貸すと言ったのにな。

 ミュウツーは自嘲気味に笑みを浮かべて、ウォーレンに振り向いた。

「退艦式をやらねばならん」
「リベンジャーの?」
「あぁ。リベンジャーは報復する者、一度では諦めん。50年前できなかった退艦式を、今度こそやり遂げさせてやる……もちろん、あいつ(・・・)と一緒にな」

 青く晴れきった山の空。
 傾きかけた太陽を背に、ミュウツーは再び歩き出した。
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