第2話 “出航準備”(3)

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地球歴2115.08.28


「で?」

 地球軌道上に浮かぶ滑らかな象牙色を帯びた宇宙基地。地球と宇宙、反転世界、そしてウルトラスペースを繋ぐ交易基地。第1ステーション。
 大鍋たっぷりの根菜スープをゆるりとかき混ぜながら、ラクールは尋ねた。
 漂うコンソメの香りが、いつものように相談にやってきたウォーレンの胃袋を刺激する。ぐぅ……。小さく鳴った音にラクールは気づかなかったが、後ろのルカリオが挽肉を捏ねながらニヤリと笑っていた。

「ミュウツーが正式にクルーとして評議会から承認された。凄いと思わないか? 史上最強と謳われるポケモンが俺たちと共に来るんだぞ?」
「もう何百回も聞いたよ、いい加減耳にオクタンだ。強いポケモンをゲットしてはしゃぐ、まるで子供だな……待てよ?」

 スープを混ぜるお玉がはたと止まる。

「今、“俺たち”って言ったか?」
「あぁ言った。ミュウツーのおかげで君も晴れて名簿外クルーの一員だよ、我らがプロメテウスにようこそ」
「お断りだ」

 ラクールはお玉としかめっ面を突きつけて言い放った。

「俺はシェフだ、探検家じゃない」
「だが腕は一流だ」
「もちろん!」
「ぶるっ!」

 ルカリオと揃って胸を張る親友の姿を見て、ウォーレンはにんまりと笑った。

「なら一流揃いのプロメテウスでこそ、その腕を振るうべきだ」
「いや! その手には乗らないぞ、今までお前の甘言に乗って良いことがあった試しがない」
「そうか……残念だなぁ、ウルトラスペースの未知の食材が君を待っているというのに……」
「そんなもの知らないね。聞く耳なんてございません」

 そっぽを向くラクールとルカリオの耳が、しっかりと立っている。
 もう一押しかな。ウォーレンは思わせぶりな口調で言った。

「そういえば、メガロポリスの大使が言っていたな……ウルトラスペースの異文化の中には、美食を極めた文明があるらしい。まるでマリルリのように柔らかな肉は、そう……ジューシーな味わい……」
「下手くそ! 君に美食レポートは無理だ!」

 ウォーレンから刺さる視線を無視して、ラクールはため息を吐いた。

「そうだよ最初からそのつもりだった。お前が言い出すから悪いんだぞ? 俺は自分から売り込みたかったんだ、お前に誘われるとどうしても反抗したくなる」
「知ってるよ、君は昔からそうだったからな。覚えているか? 私がホウエンのバトルフロンティアでマルチバトルに誘ったとき……」
「忌々しい昔話だね」

 ラクールはさらに大きくため息を吐いて、しぶしぶお玉を鍋に戻した。
 スープを混ぜる作業に戻って、大事な続きを尋ねる。

「それで、他には誰が乗る? まさか知り合いや知名度だけで士官を決める訳じゃないんだろ?」
「もちろん。これ貰って良いか?」

 ウォーレンが剥いた人参を手に取ったのを見て、ラクールは眉をひそめる。

「良いけど、生だぞ?」
「構わない。他のクルーは大体決めてある、ただ話す前に、小腹が空いてきた」
「……ここにアローラの根菜スープがあるのに」


 *


 いろんな奴を指名したが、とりわけ面白いと思った奴が2人いる。
 まず、そうだな……最強の戦闘員にミュウツーを選んだのは良かったが、未知の領域を進む上で戦闘員と同じぐらい大事なものは何か分かるか?
 未知の病気や重大な怪我にも対処できる、最高のドクターだ。

「嫌だね!」

 白衣の男が、マニューラのように鋭い目つきではっきりと拒絶した。
 ここはジョウト地方の片田舎、チョウジタウン。老人たちが待合室に集う真昼間、ウォーレンが1時間ほど順番を待ち続けてようやく診察室に通った矢先のことだった。

「いきなりのこのこやってきて、ウルトラナンチャラだか知らない場所を一緒に探検しろだぁ? やーなこった、一銭の金にもなりゃしない」
「金になるさ、報酬なら連合艦隊からちゃんと出る」
「リスクとリターンが見合ってないって言ってんだよ。しがない町医者でのんびりと年に1千万稼ぐのと、常に死と隣り合わせの危険な任務で1千万稼ぐのとじゃあ訳が違う。誰だって前者に決まってらぁ。おいチョロネコ!」

 賑やかな医師は、視界の端で箱を抱えて通るチョロネコを見逃さなかった。
 ずかずかと歩み寄って、リングマもびっくりの剣幕で怒鳴り散らす。

「テメェ何度言ったら分かるんだ! 注射器の箱の置き場所はそっちじゃねぇ、こっちだ! 言いつけも守れねぇ奴に食わす飯なんかねぇからな、今夜は飯抜きだ! ちったぁ反省しやがれ!」
「チョロ……」

 診察室の奥にとぼとぼ歩いていくチョロネコを見送りながら、ウォーレンは肩をすくめた。

「厳しすぎないか?」
「なーに、最近の連中はポケモンを甘やかしすぎなんだ。奴らを道具だと思うぐらいが丁度いいのさ」
「そうやって弟さんにも厳しく接した結果、手痛いしっぺ返しを食らったのをお忘れですか?」

 ずい。
 ヒドイデに輪をかけたしかめっ面が眼前に迫る。それこそ相手の黒い瞳に自分の顔が見えるぐらい。
 白衣の男はふて腐れたように言った。

「診察を受けるつもりがないなら商売の邪魔だ、帰れ」
「実は喉が少し痛いんだ」
「なら口開けな」

 言われた通りに開けると、舌圧子を勢いよく突っ込まれて思わずむせ返りそうになった。
 むせたら負けだ。そんな気がして、白衣の男がのぞき込んでいる間、ウォーレンは我慢していた。

「……嘘じゃねえな、扁桃腺が少し赤い。マトマを喉に塗りたくってるんじゃなけりゃあ、おめでとう、あんたは風邪だ」
「そりゃどうも」

 舌圧子が引っ込んで、ウォーレンは喉をさすった。
 白衣の男は器具を片付けながら続ける。

「俺のことについてずいぶんと調べたみてぇだな。ご推察の通り、俺は昔エーテル大病院の院長だった。こんなシケた田舎と違って、最先端の医療設備が自由に使えた。院内は広く清潔で、俺が歩けば誰もがひれ伏した。俺は権力の限りを握り、死ぬほど大儲けしてたんだ。あの忌々しい弟が、俺を蹴落とすまではな!」

 バッフロンのように鼻息荒くして、さらに続ける。

「弟は俺にこう言いやがった。『兄貴はポケモンを差別し、人間の患者さえ金儲けの手段としか思っていない。そんな奴が上に立っていてはいけない、エーテル財団の平等理念にも反する』ってな。ぶぁーか、何がエーテル財団の平等理念だ。医者は腕さえ良ければなんでも許されるんだよ」
「気持ちは分かるよ。弟さんを見返して、エーテル病院のトップに返り咲きたいよな?」

 白衣の男の視線が鋭く流れる。

「……俺としたことが、迂闊だったぜ。なるほどなぁ、そういうビジネスの話か」
「ウルトラスペース探査ミッションをやり遂げた医師として名が売れれば、貴方の野望も叶う。我々も貴方の医師としての最高の腕が手に入る。お互いに悪い話じゃないはずだ」
「確かに。それならまったく話は別だ」

 さっきまでとは打って変わって、白衣の男は長年の友とも言わんばかりに親しみを込めて手を差し伸べてきた。
 部屋の奥からチョロネコが覗いている。ウォーレンは視線に気づき、にこりと微笑んで、男の手を取った。

「連合艦隊、ナサニエル・ウォーレン大佐。貴方とは話が早くて助かる」
「Dr.ハリー・バーク。俺は商売のチャンスを絶対に逃がさない、あんた良い買い物したぜ」
「チョ……チョロ~……」

 チョロネコが引いている先で、2人は不敵に笑っていた。


 *


 そしてもう1人、彼女は船を動かすために欠かせない。
 最高の船を、私が望む通り最高のコンディションに仕立ててもらうには、やはり最高のエンジニアしかいない。だから見つけ出すのに苦労したよ、そういう能力を秘めた天才の存在をな。

「なんすか? これ」

 発光する八面体の機械を撫でくり回しながら、女は煤まみれの頬を笑顔で飾る。モフモフの茶色いマフラーの上、すっぽりかぶったキャップの下から覗く純粋な瞳がキラキラと輝く。
 見たことのない物への食いつきっぷりときたら、まるで大きな子供である。
 オーレ地方、パイナタウン。ここは由緒正しきゴロツキの町。一角に構えるジャンクショップの作業場が、女の世界であった。

「これは異世界のテクノロジーだ。ウルトラメガロポリスで人工の光を発する……」
「ポラリトン・ジェネレーターっすね!」
「あ、あぁ……そうだ」
「ここでガラクタじゃなくて新品に出会えるなんて感激っす! メガロポリスの艦船を動かすポラリトン・リアクターもこれと同じ原理で動いてるんすよね! うひょーっ傷ひとつない反応制御チップがこんなところに! この前流れてきたのは腐食が酷くて仕組みが全然分からなかったんすよ、でもこれさえあれば……!」

 ウォーレンが言うまでもなく、女はペラペラと語り始めた。むしろ口を挟むなと言わんばかりに。
 今にも分解しそうな勢いの女に、ウォーレンは慌てて止めに入った。

「待て、待て! それはメガロポリスからの貸与物だぞ、壊したら国際問題だ!」
「なははは、パイナタウンにはそんな難しいの関係ないっすよ」
「せっかく君に見せるために無理を言って持ってきたんだ、もっと大切に扱ってくれないか」
「あたいのため?」

 首を傾げると、マフラーがひとりでに解けた。否、オオタチが女の首を離れてポラリトン・ジェネレーターに飛びついた。
 毛玉で遊ぶ猫のようにオオタチが玉遊びを始める傍ら、ウォーレンはチラチラと不安げに注視しながら言った。

「君の立場はよく知っている、だからこそ君の意思を確かめるためにこれを見せた。どうだ、もっと高度なテクノロジーに触れてみたくはないか? ウルトラスペースの向こうには、まだ人類が遭遇したことのない超文明がたくさんある。ポラリトン・テクノロジーを遥かに超える夢のような技術が待っているぞ」
「ほおおおお見たいっす! そしてこの手で分解してみたいっす!!」

 玩具を前にした子供のように目を輝かせたが、女はすぐにがっくり肩を落とした。
 そう簡単には歩き出せない理由が、女にはあった。オオタチが玉遊びをやめて寄ってくると、女は微笑んで頭をそっと撫でた。

「……でも、ダメっすよ。あたいはここを離れられないんす」
「これのせいか?」

 ウォーレンが手に提げる張り紙を見て、女は自嘲気味に笑った。
 それは古い指名手配書だった。目つきの悪い男女2人、懸賞金は200万ポケドル。女はさらに深くキャップをかぶる。

「親は選べないんすよね……親の罪はあたいの罪、どこに行っても付きまとうんす。誰もあたいの罪を気にしないのはこの町だけ、好きなだけ機械弄りをしてても咎められないのはこの町だけなんす」
「だから我々と共には来られないと?」
「……ポラリトン・テクノロジーを置いて帰って欲しいっす」
「そうか」

 ……ん? 何か今の会話おかしかったような。
 ウォーレンは気を取り直して、女の前で手配書を豪快に破り捨てた。辺りに紙片が舞い、ひらひらと地に落ちる。それらを踏みにじり、ウォーレンは驚嘆する女に一歩迫った。

「そんなもの知ったことか。我々にはお前が必要だ、オフィーリア・ブライス!」

 なんって強引。力強い言葉に圧倒されて言葉も出ない。
 薄暗い作業場が、今日この時ばかりは隙間から差し込む光が眩しく見えた。無名のエンジニア、ブライスの物語がここから始まったのである。


 *


「……まるで昔のメロドラマみたいだな」
「うるさい」

 人参の最後のひとかけらを噛み砕いて、ウォーレンはため息を吐いた。
 ラクールは大鍋の火を止め、「さて」と振り返る。

「話すべきことはそれだけか?」
「実はもうひとつある」
「だろうな。大事なことがひとつ抜けている、例のウルトラビーストに関する初任務だろ?」
「そこまで情報通だと話す楽しみが無いな」
「そう言うなよ」

 やれやれ。
 ウォーレンは肩をすくめて言った。

「艦隊司令部が正式に検討を開始した。4ヶ月前にこの世界に迷い込んだウルトラビースト、べベノムを故郷に送り届ける。ちょうどいいことに、私が狙っていた現象調査局プロメテウスのエージェントに懐いているらしい。べベノムと一緒に彼らを乗せる。べベノムを安心させ、かつエージェント達のテストもできる。これこそ一石二ポッポだ」
「だがなぁ、子供にスパイにAI、そしてユキメノコか……本当にそんな連中を乗せて大丈夫なんだろうな?」
「彼らがU.I.S.プロメテウスに相応しいかどうか、この任務で見極める。準備しろ、ラクール。ミッションスタートは目の前だぞ」


 地球歴2115.08.28。
 ウォーレン大佐がU.I.S.プロメテウス人事案を連合艦隊司令部に提出。
 司令部はこの人事案を承認。U.I.S.プロメテウスのクルー、人間238名、ポケモン471匹が正式に確定するが、残る臨時クルー4名の承認は持ち越される。

 地球歴2115.09.05。
 U.I.S.プロメテウスの臨時クルー4名が正式に承認される。
 併せてべベノム送還任務を正式に決定。U.I.S.プロメテウスが任務を遂行することとなった。

 地球歴2115.09.06。
 連合艦隊よりU.I.S.プロメテウスの出航予定日が公表される。
 出航は地球歴2115.10.17。ウルトラスペース探査の旅に出るまで、あと1ヶ月だ……。


(To be continued...)
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