第8話 決裂

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 平和のタワーでの事件から、一週間以上経った。
 ある平日の昼休み、リリがスグルを図書室に連れていった。
「図書室になにがあるの?」
 スグルは聞いた。
「行けばわかるわ」
 リリはニヤニヤして言った。

 スグルとリリが図書室に入ったとき、ある机の前に人だかりができていた。全員学生だった。
「おっ、来たぞ来たぞ!」
 ある男子学生が言った。学生達は、スグルとリリに期待に満ちた視線を送った。そして、道を開けた。
 リリは道を進んだ。スグルはリリの後に続いた。
 人だかりの真ん中にトウマがいた。机の上にある新聞を見ている。スグルとリリが近づくと、顔を上げ言った。
「スグル、これ見ろよ!」
 スグルは新聞を読んだ。
 新聞はアルミアタイムズだった。紙面のトップに、ハジメとナツヤ、スグル、トウマ、リリが映った写真が掲載されていた。記事に、アンヘルで暴れたポケモン達を、トップレンジャーとレンジャースクールの学生が落ち着かせたと書いてあった。
 学生達が矢継(やつぎ)(ばや)に質問した。
「スグル君は、トップレンジャーに会ってどうだった?」
「緊張した?」
「サインとか貰った?」
「ハジメさんのバトナージ・スタイラーに触った?」
 スグルは質問の一つ一つに答えた。
 この一件で、スグルはちょっとした人気者になった。

 昼休み後、スグルは5時限目の授業を受けた。
 担任のエリダが、黒板にこう書いた。

Z技

「ポケモンは、人間と力を合わせることで強くなります。今日学ぶZ技は、ポケモンが人間と繰り出す大技です」
 エリダが言った。桃色の長髪が蛍光灯の光で美しく輝き、大理石を思わせる端正な顔立ちを引き立てている。
 男子達は夢見る目つきでエリダを眺めていたが、スグルは窓から雲が流れるのを見ていた。
 スグルにとってZ技はよく知っていることだった。
 スグルが見ていた窓の端に、少年の顔が現れた。
 スグルは度肝を抜かれた。少年はスグルと全く同じ顔だった。
 少年は口の端をつりあげて笑った。
 ここでスグルは、少年の正体が例のポケモンの化けた姿だと気付いた。深いため息が出た。
 少年は、垂直に飛び跳ねた。
 スグルは青ざめた。少年はパンツ一丁だった!
「ではスグル、Z技について説明しなさい」
 エリダがスグルを指名した。
「はい!」
 スグルはすかさず立ち上がった。必死に頭を回転させた。
 エリダ先生とクラスメートは、まだ例のポケモンに気付いていない。解決にはならないが、自分に注意を引きつけよう。さもないと、露出狂の烙印を押されてしまう。
 スグルは落ち着いて説明した。
「Z技はトレーナーの思いをポケモンに重ねて互いの全力を解き放つことで炸裂する、絶大な威力の技です。しかし、ポケモンは体力を消耗するので、連続で放つことはできません」
 スグルは、窓をちらりと見た。少年は垂直に飛び続けていた。飛ぶ度に、パンツが見え隠れする。さらに説明を加えた。
「使用するには、ZパワーリングとZクリスタルが必要です。Zクリスタルは、多くの種類があります。特定のポケモンに対応したZクリスタルもありますが、基本的にはタイプごとのZクリスタルが使われています」
 スグルは、制服のポケットからZパワーリングと、18個のZクリスタルを取り出し、机に置いた。
 Zパワーリングは、特殊な石を加工して作った黒い腕輪。
 Zクリスタルは、ピンポン玉サイズのひし形の結晶。種類によって色が違う。
 クラスメートの視線が、スグルの机に集まった。
 スグルは窓を見た。
 少年は窓に張りついていた。顔から足、パンツまで、全部丸見えだ。
 スグルは説明を続けた。
「ZパワーリングとZクリスタルです。今ここに出した18個のZクリスタルは、それぞれ技のタイプに対応しています。
 例えば、コナツ――、いや、校庭のイーブイが覚えている技は、シャドーボール、でんこうせっか、まもる、いやしのすず。シャドーボールはゴーストタイプの技で、他はノーマルタイプです。よって、イーブイはゴーストタイプとノーマルタイプのZ技を出すことができます」
 スグルは窓を見た。
 少年は、窓に張りついたまま、体を揺らしアピールしている。
 スグルは間髪入れず、説明した。
「Z技を出すときは、ZクリスタルをZパワーリングにセットして、ゼンリョクポーズをとります」
 スグルはここで、話を止めた。――これ以上説明が思いつかなかった。
 スグルが目をやったとき、少年は拳を振り上げ、窓へ拳を落とした。
 少年の拳が窓に当たる直前、物凄い勢いで宙を飛ぶコナツが窓の端から現れた。コナツは少年にぶつかり、少年とともに地面に落ちた。
《ぎゃー!!》
 少年の悲鳴があがった。その声は例のポケモンと同じだった。
 エリダとクラスメートが、窓の方に目を向けた。
 エリダは窓に近づき、窓を開けた。外を覗きこんで、言った。
「……あら、イーブイじゃない。今授業中だから、他の場所で遊んでくれる?」

 翌日の昼休み、スグルは見回りを兼ねて校庭に出た。
 校庭の木々の葉は、ほとんど落ちていた。
 冷たい風が制服の(えり)から忍び込み、スグルの体を震わせた。
 スグルはキャプスを見かけた。
 キャプスは電動車椅子に乗って、元気に走り回っていた。左足に立派なギプスをつけ、右腕を三角巾で吊り下げている。大怪我にも関わらず、はつらつとしている。
 キャプスが進む先で、世話焼きおじさんが落ち葉を掃き集めていた。世話焼きおじさんは左腕にサポーターをつけている。
 キャプスは世話焼きおじさんの前で、電動車椅子を止めた。キャプスと世話焼きおじさんは会話を始めた。
 その横を、コナツが通り過ぎた。通り過ぎてすぐ、足を止め、会話をするキャプスらを振り返って見た。少し見つめ、再び前に走り出した。スグルのところに行き、スグルの肩に飛び乗った。
 スグルは周りに人がいないことを確かめてから、コナツに聞いた。
「さっきあっちで足を止めて振り返ったよね。どうしたの?」
《灯油の臭いがしました》
 コナツは答えた。
「ああ……、もうストーブの季節だ」
《スグルさん、今から船出の広場に行きませんか》
「なんで?」
《エアームドは凶悪犯に操られたとき、強くなりたいと思ったそうです。それから毎晩こっそり特訓をしていました。私も特訓の手伝いをしたんですよ》
 スグルは驚いた。
《3日前、エリダ先生がエアームドの特訓を見たんです。エリダ先生はエアームドが強くなろうとしているのが、わかったみたいです。今日の昼、船出の広場で一緒に特訓するそうです》
「なるほどね」
 スグルはコナツを肩に乗せ、船出の広場へ向かった。

 船出の広場の中央に、エリダとリリがいた。
 エリダの上をエアームドが飛んでいた。
 スグルはエリダとリリに近づき、リリに聞いた。
「リリはどうしてここに?」
「エリダ先生がエアームドの特訓をするって聞いたから、見学させてもらってるの」
「見学?」
「私、この前エアームドのキャプチャに失敗したから、観察しようと思って。……レンジャーになったら、いつか強いポケモンの力を借りなければならない日がくる。だから、絶対エアームドをキャプチャできるようになりたいの」
 そのとき、エリダが笛を吹いた。
 エアームドはエリダの前に降りた。エリダはエアームドに助言をした。リリは助言を手帳にメモした。
 リリの手帳は、小さな文字でびっしりだった。

 その日の夜、頬を押されて、スグルは目を覚ました。
《スグルさん、大変です!》
 コナツが、スグルの頬を前足で押している。
「なに?」
《凶悪犯が、1階に現れました!》
 コナツは小さくも緊張した声で言った。
 飛び起きたスグルは、レンジャーゴーグルをかけ、スクール・スタイラーを右手首につけた。パジャマ姿のまま、寮を出た。
 時刻は午前1時だった。
 
 スグルとコナツは、1階を降りてすぐのところで、その人を見つけた。
 スグルから約20m離れた先に、その人が松明(たいまつ)を持って立っていた。傍らにオーベムがいる。
 その人は、松明をスグルへ投げ、逃げた。
 コナツはエーフィに進化し、サイコキネシスを繰り出した。松明がスグルの手前でピタリと動きを止めた。
 スグルは松明を持ち、その人を追った。コナツも後に続く。
 その人は職員室に入った。
 スグルとコナツが職員室に入ったとき、その人とオーベムが奥に立っていた。
 スグルの持つ松明(たいまつ)が、ぼうぼうと燃える。
 その人の白いお面と全身を包む黒いマントが、オレンジ色に照らされた。
「オーベム、さわぐ」
 その人が静かに言った。いつものように変声機を使ったような声だった。
 オーベムが、さわぐを繰り出した。
 オーベムが物凄い声で騒いだ。床と壁が軋んだ。
 スグルは耳を塞ぎ、コナツは耳をペタンコにした。
 オーベムが騒ぐのを止めると、その人は懐からバーナーのついたガス缶を取り出した。バーナーから火を出し、近くにあった戸棚に火を近づけた。
 その戸棚は、予備のスクール・スタイラーを保管している木製の戸棚だった。
 スグルは、その人のところへ走った。
 スグルが近くに来る前に、その人は木製の戸棚に火をつけた。
 戸棚が燃え始めた。
「ククク」
 その人は笑った。同時にオーベムがテレポートを繰り出した。その人とオーベムの姿が一瞬にして消えた。
 戸棚の火は大きくなっていく。灯油の臭いが辺りに漂っていた。
 スグルは冷や汗をかいた。今のコナツは火を消せる技を使えない。進化して30分間は、退化はできても、他のポケモンに進化できない!
 少しして、職員室の明かりがついた。そして、スグルの持つ松明に青いボトルが当たり、火が消えた。松明が謎の液体で濡れ、松明の下に破裂した青いボトルがあった。
 電動車椅子に乗ったキャプスが、職員室の入口にいた。服はジャージで、左足にギプスをつけ、右腕を三角巾で吊っている。膝に消火器と、いくつかの青いボトルを乗せていた。
「なにをしている!」
 キャプスは鋭く怒鳴り、戸棚へ電動車椅子を走らせた。戸棚の前につくと、スグルに青いボトルを渡した。
「投げろ」
 キャプスは言い、消火器の安全ピンを引き抜いた。
 コナツはそっと物陰に隠れた。
 そのとき、職員室にたくさんの学生が入ってきた。
 学生達は火を見て騒ぎだした。
「うわー火事だー!!」
「スクール・スタイラーがー!」
「ギャー」
 スグルは青いボトルを投げ、キャプスは消火器を使った。
 数十秒後、火が消えた。
 キャプスは学生達に体を向けると、低い声で言った。
「寮に戻りなさい」
 学生達は大人しく職員室を去った。
 キャプスは携帯電話をポケットから出し、電話をかけた。
 
 10分後、ラモとエリダ、アンリ、世話焼きおばさん、世話焼きおじさんが職員室に来た。
「これで全員、ですね」
 キャプスが言った。
 ラモがうなずいた。
 キャプスは起きたことを説明した。
 5人の教職員の顔が、みるみるうちに険しくなった。
 ラモが口を開いた。
「キャプス先生の話を聞く限りでは、スグル君が放火をしたように思えます。スグル君はどうして、職員室に来たんですか」
「僕は……、イーブイに起こされました。彼女はすごく焦っていました。事件が起きたのか、と聞くと、うなずいたので、僕は彼女に案内するよう頼みました」
 スグルは一呼吸置き、続けた。
「1階に降りると、凶悪犯とオーベムがいたんです。……凶悪犯は、エリダ先生のエアームドを操った人でした。凶悪犯は松明(たいまつ)を持っていて、僕に投げつけたんです。僕は松明をなんとかキャッチし、凶悪犯を追いました。凶悪犯は職員室に逃げました。僕が職員室に入った後、凶悪犯が放火したんです!」
 キャプスは冷徹な眼差(まなざ)しをスグルに向け、言った。
「その証拠はどこにあるのかな。それに僕が見たのはエーフィだ。イーブイはどこにいる?」
 イーブイに退化したコナツが、物陰から現れた。
「エーフィは?」
 キャプスは聞いた。
「わかりません。野生のポケモンでしょうから、キャプス先生に驚いて逃げたんだと思います」
 スグルは淡々と答えた。
 キャプスはラモに向かって言った。
「イーブイの存在だけでは証拠になりません。
 ……少なくとも、我々に連絡せず職員室に入り、松明を持って歩くなど、校則違反をしております。これは退学処分に値します。スグル君の言い分を考慮するとして、停学処分が妥当ではないでしょうか」
「ちょっと待ってください、厳しすぎますよ」
 世話焼きおじさんが声をあげた。
 キャプスは驚愕した顔で、世話焼きおじさんを見た。
「本気で……言ってるのか?」
 キャプスが、かすかな声で言った。
「もちろんです。――あっ」
 世話焼きおじさんは急に声の調子を変え、目線をずらした。
 世話焼きおじさんの視線の先に、三脚に乗った青いビデオカメラがあった。職員室の中央にあり、入口の方を向いている。液晶モニターが開き、光っていた。
「あらやだ、電源入ってるんじゃない!?」
 世話焼きおばさんが言った。
 世話焼きおじさんは、青いビデオカメラのところに行き、ビデオカメラを覗きこんだ。
「すみません、入ってました。たぶん今日の昼からです。しかも、撮影モードになっています。……しかし、これに凶悪犯が映っているに違いありません!」
 世話焼きおじさんはビデオカメラを持ち、スグルのところに来た。
「それ壊れているので、音が入ってませんよ」
 アンリが言った。
「わかってます」
 世話焼きおじさんは言った。
 キャプスは眉をひそめ、世話焼きおじさんを見据えた。
 スグルとラモ、キャプス、世話焼きおじさんが、ビデオカメラの小さな液晶モニターを見た。
 世話焼きおじさんが言った。
「1時間前から映像を流すね。……あれ、上手くいかないなぁ」
 世話焼きおじさんが操作に手間取っていると、キャプスが助け船を出した。
「僕がやるよ」
「すみません、お願いします」
 世話焼きおじさんは、キャプスにビデオカメラを渡した。
 キャプスの操作により、1時間前の様子が液晶モニターに映った。真っ暗でなにも映っていなかった。
 キャプスは再生速度を速めた。
 しばらくして、映像に変化があった。キャプスは映像を止めた。松明を持ったスグルが映っていた。カメラの映像はスグルの膝から上を映していたため、コナツは映っていなかった。スグルが、さわぐに苦しむところと、職員室の奥へ走るところが映った。
 キャプスは、スグルが現れたところから前を再生したが、なにも映らなかった。
「そんな……」
 世話焼きおじさんは消え入るような声で言った。
 ラモが深刻な顔で言った。
「残念ながら、凶悪犯は映っていませんね」
 キャプスが言った。
「ラモ校長、スグル君の処分は――」
 ラモがキャプスの言葉を(さえぎ)った。
「キャプス先生、スグル君の担任はエリダ先生ですから、彼女の責任です」
 ラモは教職員らを見て、穏やかに言った。
「私達は職員寮に戻りましょう。……エリダ先生、後は任せましたよ」
「はい」
 エリダは静かに答えた。
 ラモとアンリ、キャプス、世話焼きおばさん、世話焼きおじさんが職員室から去った。
 スグルはエリダと二人きりになった。
 スグルはエリダが怒ったのを見たことがなかった。今のエリダは、氷のような無表情だ。スグルは、エリダがなにを考えているのか全く読めなかった。
「僕は停学でしょうか、それとも退学処分になるんですか」
 スグルが聞いた。
「スグル、今日というわけではないわ。でも、あなたがやったことの重大さについては、はっきりと言わなければならない。それから、今後また同じようなことがあれば、退学処分にせざるを得ないわ」
 エリダはスグルをじっと見つめ、さらにこう言った。
「今回の処分として、あなたにスクールの見回りを命じます。明後日の午前5時に、昇降口に来なさい。服は制服で、スクール・スタイラーをつけてくること。詳しいことは明後日話すわ」

 スグルはコナツとともに、職員室を後にした。
 スグルはほっと胸を撫でおろした。思ったよりマシな結果になった。早起きは得意だし、校庭の見回りはよくやっていることだ。
《この後どうしますか?》
 コナツが聞いた。
「寮に帰るよ。変なことしてキャプスに口実を与えたくない」
《わかりました。おやすみなさい》
 コナツは走り去った。

 スグルが2階に上がると、トウマとリリが階段の近くにいた。
「二人も起きたんだ」
 スグルが言った。
 トウマが不機嫌な顔で言った。
「凄い音が下から聞こえたんでな。皆起きたぜ」
 リリが心配そうに言った。
「いろいろ話を聞いたんだけど、大変だったようね」
 トウマがぶっきらぼうに言った。
「こっち来いよ」

 トウマは、スグルとリリを寮の共用スペースに連れていった。
 3人は4人掛けのテーブルに座った。
 スグルは一部始終を説明した。
 トウマは、スグルに鋭い視線を向け言った。
「キャプスが凶悪犯と入れ替わるように現れたってことは、罠だったってことだな」
「そうだね」
 スグルはうなずいた。
 突然、トウマがテーブルを叩いた。
「何が、そうだね、だ! 俺だったらその場で気付いてキャプスに指摘できた」
 リリは驚いた顔でトウマを見つめた。
 スグルは、冷静に言った。
「そうかもしれない。……でも、それだけ? どうしてそんなに怒るの?」
「なぜ俺を置いて職員室に行った!」
 トウマが怒鳴った。表情は険しいが、目はどこか悲しげだった。
「早くいかなきゃ、って思った。時間がなかったんだ」
「お前の真下で寝る俺を起こす時間もなかったか? ……時間がなかったって、青空スクールも、一日体験も、平和のタワーもか!?」
「どういうこと?」
「お前はポケモンから助けを求められると、僕が行く、僕がやるって言って、一人でなんとかしようとするだろ? 俺とリリはいつもその後を追ってた」
「私は気にしてないわ」
 リリがバシッと言った。
「俺は気にする! 俺はこの事件について真剣に考えてんだ! それでも一人でやろうとするなら、いなくても同じ存在ってことだろ?」
 トウマが荒れ狂った声で言った。
 スグルは落ち着き払って言った。
「そんなことない。トウマとリリが協力してくれて助かってる。本当に運がよかった」
「違う! お前は俺を必要としてんのかって聞いてんだ! どうなんだよ」
 スグルは言葉に詰まってしまった。なにを言えばいいのかわからない。
「俺、お前と組むの止めるわ」
 トウマは吐き捨てるように言い、立ち去った。
 スグルは、複雑な面持ちでトウマの背中を眺めた。
「ちょっと、なんか言いなさいよ」
 リリがスグルの肩を揺すった。
「歩み寄りができないなら、袖を分かつしかない」
 スグルは淡々と言った。
「そこじゃない! トウマの言い分で納得いかないことがあるかもしれないけど、今回トウマを呼ばなかったのは、悪いんじゃない? 私は仕方ないにしろ、一緒に行った方がよかったと思うわ」
「知らないよ、そんなの」
「もう!」
 リリがうんざりした顔で言った。

 翌日、スグルは居心地の悪い一日を過ごした。
 学生達の間で、夜の火事のことが噂になっていた。
 ――平和のタワーで大活躍したスグルが、職員室で放火したらしいぞ。もしかしたら、スクールで起こった事件の犯人は、スグルではないのか。
 スグルがどこへ行っても、皆がスグルを指さし、ひそひそと話をした。
 リリだけはスグルの味方だった。いつもと同じようにスグルに接した。
 元々一人だったスグルは、噂を気に留めなかった。しかし、トウマの態度は気に障った。
 トウマはスグルを決して視界に入れず、いない者のように扱った。どうしても話さなければならないときは、「おい」と話しかけ、一方的に話をし、足早にスグルから離れた。
 その日の夜、スグルは誰よりも早くベッドに潜った。

 翌朝の午前5時、スグルは昇降口に行った。服装は制服で、右手首にスクール・スタイラーをつけている。
 ちょうど、エリダが待っていた。説明を始めた。
「一昨日言った通り、今からスクールの見回りをします。校庭と船出の広場を見て回るわ」
 スグルとエリダは校庭に出た。
 まだ日が出てないため、薄暗かった。スグルとエリダはレンジャーゴーグルをかけた。
 少し歩いて、エリダは足を止め、校舎のてっぺんを見上げた。
 校舎のてっぺんに、誰もいなかった。
 スグルの記憶では、エアームドが寝る場所は校舎のてっぺんだった。
「エリダ先生、エアームドはモンスターボールに入れているんですか」
 スグルが聞いた。
「いいえ、普段は外で過ごしているわ」
 エリダは答えた。再び歩き出し、言った。
「そういえば昨日の夜、ちょっと雪が降ったわね。気付いた?」
「全く気付きませんでした」
 スグルは答えた。

 30分後、校庭の見回りが終わった。ここまで、スグルとエリダは1匹もポケモンに会わなかった。
 いつの間にか、エリダは早足になっていた。
「先生、ポケモンって寝ているんですか」
 スグルが聞いた。
「時間的にはそうでしょう。でも、1匹もいないのは、おかしい」
 スグルとエリダは、船出の広場に行った。
 着いてすぐ、コナツが姿を現した。
 スグルは息を呑んだ。
 コナツは傷だらけだった。後ろ足を引きずり、ふらふらしている。耳が折れ、ところどころ毛が無くなっていた。スグルを見ると、その場に倒れた。
 スグルとエリダはコナツに駆け寄った。
 スグルは、そっとコナツを抱きあげた。コナツの体が熱いことに気付き、胸が痛んだ。
「先生、コナツを助けてください! お願いします!」
 スグルは頭を下げた。
 エリダはスグルの肩に手を置いて、静かに言った。
「この子は私が今すぐ病院に連れていきます。あなたは職員寮に行って、このことを伝えなさい」
 エリダはスグルに鍵を渡した。
 スグルはエリダにコナツを渡し、校舎に向かって走り出した。

 授業が始まる前、1階のホールで緊急集会が開かれた。
「校庭と貨物船のポケモンが、1匹を除き全て失踪(しっそう)したことがわかりました」
 ラモが重々しい表情で言った。続けてこう言った、
「現在レンジャーユニオンと警察が調査を続けています。緊急事態のため、本日は休校とします」
 スグルは、拳を震わせながらラモの話を聞いた。

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