第6話 一日体験 

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 青空スクールの日から、数か月が過ぎていった。
 夏が過ぎ、秋風が心地よい季節になった。
 青空スクール以降、事件はなにも起きていない。スグルはキャプスのピカチュウと話がしたかった。しかし、ピカチュウはまだ戻ってこない。
 そして、一日体験の日になった。一日体験とは、希望を出した施設で仕事をさせてもらう課外授業だ。スグルとトウマ、リリはビエンタウンのレンジャーベースで一日体験をすることになった。
 3人がレンジャーベースに着くと、中で一人の女性が待っていた。
「私はオペレータのレイコです」
 レイコは言った。紫髪のボブと少しふっくらした体形が特徴的だ。レイコの足下に、ふたの付いた大きなバスケットが1つあった。
「3人はトウマさんとスグルさんとリリさん。お話は聞いています。私どものリーダーから手紙を預かっていますので、ちょっと読みますね」
 レイコはポケットから手紙を取り出すと、開いて読んだ。
「3人ともご苦労、さっそくミッションだ! ある重要な物をオペレータに預けてある。それを受けとって、ソヨギの丘まで来てくれ。……手紙は以上です。これからお渡しする重要な物は、横にしたり逆さにしては絶対にダメです。今、お渡ししますが、くれぐれも慎重に!」
 トウマは、レイコがソヨギの丘、と言ったところで顔をしかめた。
 レイコは屈むと、ふたの付いた大きなバスケットを持ち上げ、3人に見せた。
 スグルはなんとなく緊張した。なにが入っているのだろう?
 リリがバスケットを受けとった。
「意外と重いわ。……3人で交代しながら運びましょ」
 リリが提案した。スグルとトウマは賛成した。

 ソヨギの丘はビエンタウンの西にある丘だ。ビエンタウンと丘の間には、ナビキビーチと呼ばれる砂浜がある。
 3人はレンジャーベースを出た。
 少し進んだ辺りで、スグルが口を開いた。
「そういえば、二人はどうしてビエンのレンジャーベースに?」
「私、バロウさんのキャプチャに感動したの。いろいろ質問できたらいいわ」
 バスケットを持ったリリは、弾んだ声で言った。リリのポニーテールは、いつもよりきっちりと結われていた。
「俺は、ハジメさんがトップレンジャーになる前、ビエンタウンのレンジャーだったから行きたかった」
 トウマが熱のこもった口調で言った。髪型は綺麗に整ったリーゼント。ピアスはしていなかった。
 一般的なレンジャーは、エリアレンジャーと呼ばれている。トップレンジャーは、特に優秀な一握りのエリアレンジャーがなれる役職。独自にミッションを行うことが認められていて、高性能なファイン・スタイラーを使う。現在全世界に12人しかいない。
「ハジメさんって誰だっけ?」
 スグルは授業で習ったことがあったのを覚えていたが、よく思い出せなかった。しばらく考えて、視線でトウマに助けを求めた。
 トウマは銀縁眼鏡をくいっと持ち上げた。
「11番目に選ばれたトップレンジャーだ。スクールの卒業生でもある。学生時代アンリ先生のクラスだったらしい。あと、ハジメさんはバトナージ・スタイラーを持ってんだぜ」
「なにそれ?」
 スグルは率直に聞いた。
「バトナージ・スタイラーは、ファイン・スタイラーをアップグレードしたものだ。見た目はファイン・スタイラーと同じだが、ドカリモに操られたポケモンもキャプチャできる。ちなみに、材料が希少だから世界に一つしかない」
 スグルはトウマが言ったことをメモした。
「そういえば、コナツは来ないの?」
 リリが聞いた。
「留守番するって」
 スグルは答えた。

 しばらく歩いたころ、ナビキビーチに着いた。
 ナビキビーチは小さかったが、砂浜の先に広い海が広がっていた。人けがなく、3人以外人がいなかった。
「綺麗!」
 リリが言った。
 そのときスグルは、多くの野生のポケモンが遠くからこちらを見ていることに気付いた。
「どうした?」
 バスケットを持ったトウマが聞いた。
「ポケモンが、たぶん僕を見ている」
 スグルは困った顔で言った。
「どうして近づいてこないの?」
 リリが、ポケモン達を見ながら言った。
「トウマとリリがいるからだよ。――ちょっと呼んでもいいかな?」
 スグルが言った。
「いいんじゃねぇか。少し休憩しようぜ」
 トウマが、バスケットを地面に置いた。リリはうなずいた。
「おいで」
 スグルがポケモンに呼びかけた。
 ポケモン達は、ゆっくりとスグルの近くにやって来た。数は20匹ほど。
 ニャルマーがバスケットを嗅いで言った。
《おうさま、これは なに? いいにおいがする》
 ニャルマーは三日月型の頭部を持つ猫に似たポケモン。体毛はグレーで、くるくるとまとまった細い尻尾は、バネにそっくりだ。タイプはノーマル。身長は500mlペットボトル2本分ほど。
「どんな匂いがする?」
 スグルが聞いた。
《おいしいにおい》 
 ニャルマーは目を輝かせた。
 1匹のカラナクシがバスケットに近づいた。
 カラナクシはウミウシにそっくりな小型のポケモン。タイプは水。姿は2種類あり、桃色の個体と、青色の個体がいる。アルミア地方のカラナクシは桃色だった。
《ぼくにも みせて》
 カラナクシが言った。
《いやよ、わたしが しらべる》
 ニャルマーは嫌がった。
《ニャルマーばっかり ずるい》
 カラナクシはバスケットにくっついた。バスケットはカラナクシの身体に張り付いた。カラナクシはバスケットを引きずりながら、後退した。 
《まちなさいよ》
 ニャルマーは怒りの形相でバスケットに噛みつき、バスケットをカラナクシから剥がそうとした。
「ちょっと、喧嘩しないで」
 スグルが口をはさんだ。トウマがニャルマーに、リリがカラナクシにスタイラーを向けた。
 ニャルマーとカラナクシは、バスケットを引っ張り合った。バスケットがミシミシと音を立てたとき、カラナクシの身体からバスケットが離れた。反動でニャルマーはふんぞり返った。バスケットはニャルマーの口から離れ、遠くに投げ出された。
 スグルは必死にバスケットを追った。しかし、バスケットは地面に落ちてしまった……。

 昼ごろ、3人はソヨギの丘のてっぺんに着いた。
 ソヨギの丘のてっぺんは断崖絶壁になっている。その先の景色は、アルミア地方西部の大海原を一望できるパノラマとなっていた。
 バスケットを持ったスグルは、美しい景色に見惚(みと)れた。しかし、すぐに気を引き締めた。
 そこに、バロウとマクノシタがいた。
 バロウは振り返り、3人を見た。
「おお、やっときたか。重要な物は無事か?」
 3人はバロウに近づいた。スグルは、バロウにバスケットを差し出した。
 バロウが慌てた様子で言った。
「慎重に手渡してくれ。揺らすとドッカーンだぞ」
「申し訳ありません、もうドッカーンしました」
 スグルは神妙な面持ちで言った。
 バロウは眉間に小さなしわを作り、バスケットを受け取った。すぐに中身を確認した。
「こんなにぐちゃぐちゃになった弁当は初めてだ」
 バロウはため息まじりに言い、3人にバスケットの中身を見せた。
 バスケットの中に、ポケモンフーズ(ポケモンのご飯)と、サンドイッチがごちゃまぜになって入っていた。
《ぐふふふ……》
 バロウの隣にいるマクノシタが、両手で口を塞ぎ、肩を震わせた。口の端から笑い声がこぼれる。
「……マクノシタ、その辺にしとけ」
 バロウがたしなめた。マクノシタは笑うのを止めた。
 バロウは、3人を見た。
「3人ともご苦労。ミッションクリアだ!」
 バロウは力強く言った。
「本当ですか?」
 トウマが聞いた。
「ああ。中身はアレだが、お前達はここまで運んできただろ?」
 バロウが温かな眼差(まなざ)しで、トウマを見つめた。
「やったー!」
 リリが明るく言った。
 
 バスケットの弁当を、場にいる全員で食べた。
 トウマがバロウに聞いた。
「この後、何するんですか?」
「海の洞窟のパトロールをしてもらう」
 バロウはお茶を飲み、説明を加えた。
「ナビキビーチから西へ、少し歩くと洞窟がある。そこは海の洞窟と呼ばれている。真っ暗だから、レンジャーゴーグルを使う」
 バロウはポケットからレンジャーゴーグルを取り出し、頭にかけた。3人に質問した。
「忘れた人いるか?」
 誰も返事をしなかった。
「……よし、いいだろう。弁当食べたら出発だ」
 バロウは満足げに言った。
「バロウさん、ちょっと写真撮ってきます。すごくいい景色なので」
 リリは崖の縁へ向かった。
 スグルも崖に行こうとした。
 トウマは動かなかった。
「トウマは?」
 スグルは聞いた。
 トウマは目線を下げ、言った。
「お、俺はここからで十分だ。昔から知ってるし」

 スグルとトウマ、リリ、バロウ、マクノシタは海の洞窟の入口に行った。
 入り口に、鉄柵の扉があった。扉に南京錠がかけてある。扉のすぐ横に木箱があった。木箱にも錠がついていて、ふたに非常用と書かれていた。
 バロウはユニフォームのポケットから鍵を取り出し、扉の南京錠に刺した。南京錠が外れた。
「海の洞窟って、立ち入り禁止なんですか?」
 トウマがバロウに聞いた。
「そうだ。今年からだがな」
 バロウは鉄柵に目を向けた。
「この鉄柵は今年の春に建てられた。海の洞窟には、元々人が来ないし、パトロールも数か月に1回くらいしかしない。ところが、春からなぜか落石が多くなって危険な場所になった。中の環境も変わってしまった」
 バロウの言葉を聞いたスグルは、疑問が浮かんだ。なぜ落石が増えたのか、なぜ環境がかわったのか。――もしかしたら、凶悪犯が関わっているのかもしれない。
 スグルは、トウマが剣呑な面持ちをしているのに気付いた。トウマも同じことを考えていると確信した。
「……といっても、落石は全て片付けたし、最近は落石がない。行くぞ」
 バロウが言った。
 スグルとトウマ、リリ、バロウはレンジャーゴーグルをかけて、海の洞窟に入った。
 地面には様々な大きさの岩が転がっていて、ぬかるんでいる。足場が非常に不安定で歩き難い。
 入ってからしばらくは一本道だった。道幅は広く大人5人が並んで通れるくらいだが、高さが2mくらいだった。
 一本道を抜けると、広大な空間があった。広さは、500人が余裕で入れそうなくらいだった。高さは30mほど。
 その空間の奥に、大きな穴があった。一同は大きな穴の先に進んだ。進むうちに、道が狭くなってきた。
 5分ほど歩いたころ、二手に分かれた道が現れた。
「ここで少し休もう」
 バロウが言った。
「えー」
 リリが拍子抜けた顔になった。
「ぜひ、そうしましょう」
 トウマが疲労のにじんだ表情で言った。
 スグルはなにも言わなかったが、トウマに賛成だった。息を切らすほどではないが、不安定な道を歩いたため、疲れた。
「スグル、ちょっと」
 トウマがスグルを手招きした。
「おい、あまり俺から離れるな」
 バロウが注意した。
「バロウさんの視界にいますから、お願いします」
 トウマはスグルを、バロウから10mほど離れた場所に連れて行った。
「お前は気になったよな」
 トウマが耳打ちした。
「もちろん、どうして海の洞窟が変わったのか、だよね」
 スグルはごく小さい声で言った。
 トウマはうなずいた。
 スグルはここで、何者かの気配を感じた。周囲を見渡すと、複数の野生のポケモンが、スグルの周囲に集まっていることに気付いた。ポケモン達は、スグルから20mくらい離れた場所にいる。
「なにホイホイしてんだよ」
 トウマが突っ込んだ。
 スグルはトウマを無視し、ポケモン達を観察した。ポケモン達はこれ以上近づく気がないらしく、じっとスグルを見ていた。
「そろそろ、行くぞ」
 バロウが大きな声で言った。
 そのとき、1匹の野生のポケモンが叫んだ。
《おちてくるぞーー!》
 スグルは上を見た。複数の大きな岩が、岩壁を物凄い勢いで転がり落ちてくる。岩はバロウとリリがいる方に転がっていく。
「逃げろ!!」
 バロウが叫んだ。
 スグルとトウマは二手に分かれた道の左へ、バロウとリリは洞窟の入口へ逃げた。
 岩は鈍い音を立てて着地し、高く積み重なった。地面が揺れた。
 道は完全に塞がってしまった。
 揺れが収まったころ、岩の向こうから太い声がした。
「俺だ、バロウだ! 無事か!」
「二人とも無事でーす!」
 スグルは力一杯声を出して言った。
「こっちも全員無事だ! 俺たちは迂回(うかい)してそっちに行く! 動くなよ!」
 バロウの声が洞窟中に響いた。
「はい!」
 スグルとトウマが返事をした。

 バロウが指示を出してから20分経った。スグルとトウマの近くに、複数の野生のポケモンが、再び集まった。
「俺、見張りしとくから」
 トウマが言った。
「ありがとう」
 スグルは礼を言い、ポケモン達に呼びかけた。
「来ていいよ」
 ポケモン達は動かなかった。スグルはトウマを指さして、こう言った。
「この人はトウマ、僕の友達。大丈夫だよ」
 ポケモン達はゆっくりと、スグルに近寄った。
 集まったポケモンの種類は、カラナクシ、ピチュー、イシツブテの3種類。
 イシツブテは、岩にそっくりな丸い胴体と、筋肉質な2本の腕が特徴的なポケモン。大きさは人間の大人の頭ぐらい。タイプは岩・地面。
 スグルは微笑み、優しく言った。
「こんにちは。さっそくだけど、教えてほしいことがある。ここで落石が多くなったり、洞窟の環境が変わったりしたのって、人間のせいかな?」
 1匹のイシツブテが答えた。
《そうだ。まえに へんな やつらが やってきて ここをあらした》
「変なやつら?」
《き で できた ぼうを もってた。あと、ながい き のえだ にまたがってる ひと もいた》
「なにが起きたの?」
 1匹のピチューが答えた。
《なかま を おかしくして あばれさせたんだ。わたしは おかしく ならなかったけど》
 スグルは首を傾げた。人数は二人以上で、木の棒を持つ人と、長い木の枝にまたがった人が、ポケモンを操ったらしい。凶悪犯の一味だろうか? それとも別の組織なのか?
《あ、リトルキング!》
《おうさまだー!》
 上から声がした。スグルは見上げた。
 ズバットの群れがいた。数は数十匹ほど。全員慌てた様子だ。
 ズバットは、コウモリにそっくりなポケモン。大きさはバスケットボールくらい。タイプは毒・飛行。
「なにかあったの?」
 スグルは聞いた。
 先頭にいたズバットが答えた。
《おれたちの なかまが けが してしまって。たすけが ほしい》
「僕が行くよ、案内して」
 スグルは答えた。
 ズバット達は洞窟の奥へ飛んだ。スグルも後に続く。
 トウマはスグルを追い、声を荒げた。
「俺を置いていくな! バロウさんが動くなって言っただろ!」
「奥でズバットが怪我したらしい。放って置けないよ」
 スグルは答えた。
「ちっ、しょうがねぇな」
 トウマは呆れ顔で言った。

 スグルとトウマは駆け足でズバットの群れを追った。息があがってきたころ、ズバットの群れは動きを止めた。
 岩壁の高い場所に、でっぱりがあった。1匹のズバットがでっぱりの上で、へたり込んでいた。
《つばさに いしが のってしまって おれたちでは どうにも ならないんだ》
 先頭のズバットが、でっぱりを見ながら言った。
 スグルは、でっぱりの下に行き、岩壁を登った。
「落ちたらどうする!?」
 トウマが声を張り上げた。
「大丈夫、僕は死ねない」
 スグルは涼しい顔で言った。
 5分ほど経って、スグルはでっぱりまで登ることができた。
 怪我をしたズバットの翼の上に、サッカーボールほどの石が乗っていた。
 スグルは足下でふんばり、なんとか石をどけた。
《あ、リトルキング》
 怪我をしたズバットが弱々しい声で言った。
 スグルがズバットを抱き寄せようと手を伸ばしたとき、足下の岩が崩れた。
 スグルは真っ逆さまに落ちた。
《いっせーの!》
 群れの先頭のズバットが声を出した。
 ズバットの群れ全員が、エアカッターを繰り出した。それぞれのズバットが出した鋭い風が、空気の渦を作り、スグルを包んだ。スグルの身体がくるりと回転し、スグルは足で着地することができた。足がポキッ、という不気味な音を立てた。
 スグルは足の強烈な痛みに顔を歪め、その場に倒れた。
「スグル!」
 トウマがスグルに駆け寄った。
「ちょっとした、大怪我さ」
 スグルは努めて普通の口調で言った。
《リトルキングー!》
 怪我をしたズバットが涙声で言った。
 トウマは、怪我をしたズバットのいる場所を(にら)みつけ、立ちすくんだ。
「無理する必要はない。高いところ怖いんでしょ?」
 スグルは言った。
「バレちまったか」
 トウマは苦笑した。
「ここで待てば、バロウさんが、なんとかしてくれる」
「確かに。だが、俺は……」
 トウマは壁に手をかけた。
「このままじゃいけねぇ!」
 トウマは岩壁を登りだした。
 スグルは驚いて、身を起こした。足の痛みも忘れトウマを見つめた。
 トウマはグイグイ岩壁を登っていく。
 スグルは、周りにポケモンが集まっていることに気付いた。ポケモン達は黙ってトウマを見つめている。
 トウマは、怪我をしたズバットまであと数mというところまで辿り着いた。突然、トウマは下を向いた。
「うわあぁぁ!」
 トウマは悲鳴をあげた。
「下を見るな! あと少しだよ、頑張るんだ!」
 スグルは大きな声で励ました。
《がんばれ!》
《あきらめるな!》
《ズバットをたすけて!》
 ポケモン達も、トウマに声援を送った。洞窟内がポケモンの熱い声で満たされた。
 トウマは再び登り、怪我をしたズバットのところに着いた。ズバットを抱え、降り始めた。
 数歩進んだところで、トウマは足を滑らせた。真っ逆さまになって落ちた。叫びもせずズバットを抱え込む。
「助けて!」
 スグルは叫んだ。
 ズバットの群れが空気の渦を作った。ポケモン達はトウマの下に集まり、トウマを受け止めた。
 トウマと怪我をしたズバットは無傷で助かった。
 割れんばかりの歓声があがった。
「ズバットをこっちへ」
 スグルがトウマに言った。ズバットを受け取ると、キズぐすり(ポケモン用のスプレータイプの薬)を取り出した。キズぐすりをズバットの傷にスプレーする。
「これでよし。もう大丈夫」
 スグルはズバットに優しく声をかけた。
「良かったなズバット」
 トウマがズバットを撫でた。
《ありがとう》
 ズバットはパタパタと羽を動かした。
 スグルは、自分の足にもキズぐすりを吹きかけた。
「おい、それポケモン用だろ?」
 トウマはぎょっとした。
「そうだけど?」
 スグルはあっけらかんと答えた。
 そのとき、向こうからバロウが現れた。リリとマクノシタも一緒だ。
 野生のポケモン達は、怪我をしたズバットを除き、全て岩陰に隠れた。
 トウマが、バロウに一部始終を説明した。
「そうか。スグル、怪我は大丈夫か?」
 バロウは心配そうに言った。
「平気です」
 スグルはスッと立ち上がった。
「嘘だろ」
 トウマは声を引きつらせた。
 スグルは得意げに言った。
「僕はこう見えても、傷の治りが早いんだ」
「あら素敵」
 リリがさらりと言った。
「何がだよ!」
 トウマが突っ込んだ。
 ズバットは飛び上がった。
《バイバイ》
 ズバットは名残惜しそうにトウマを見つめ、飛び去った。
「すげぇな。もう飛んでる」
 トウマはしみじみと言った。

 一同は海の洞窟を出た。
 入る前あった道が、海水で満たされていた。後ろは、海の洞窟の入り口と、断崖絶壁があるばかりだ。
「悪いが崖を登ってもらう。いけるか?」
 バロウが聞いた。
 スグルとトウマ、リリはうなずいた。
 バロウは入口の扉に南京錠をかけ、扉の横の木箱に目を向けた。木箱のふたに非常用という文字が書かれ、鍵もついていた。
 バロウはポケットから鍵の束を取り出し、一つ一つ鍵を見た。
「くそっ、忘れちまった。……しかたねえ、やるしかないか」
 バロウは苦々しく言った。
「何するんですか」
 トウマが聞いた。
「木箱を壊す」
 バロウは答えた。そしてこう叫んだ。
「ターゲット、クリアーッ!!」
 バロウは木箱にパンチした。ふたが粉々に壊れた。
 スグルとトウマ、リリは、バロウの力技を呆然と眺めた。
 木箱の中には、太くて長いロープが入っていた。バロウはロープを持った。
「まず俺が先に登る。その後このロープを垂らすから、つかまって登ってくれ」
 バロウは、マクノシタと崖を登った。
 待っている時、リリがトウマに話しかけた。
「ねぇ、トウマは平気なの?」
「何がだ」
「高いとこ」
 トウマは一瞬硬直した。
「リリまで、知ってたのか……」
 トウマは深いため息をついた。
「当たり前じゃない」
「そうか。だが、心配要らない」
 15分後、ロープが降りてきた。
 トウマはいち早くロープをつかみ、登った。スグルとリリも続く。
 頂上まであと数mというところで、リリが大きな声で言った。
「トウマ、すごいじゃない。いつ克服したの?」
「克服もなにも、大した問題じゃなかったのさ」
 トウマが下のリリを見た。そして動きを止めた。
「トウマ?」
 スグルが聞いた。
「うわあぁぁ!」
 トウマが絶叫した。
「やっぱり簡単には治らないよね……」
 スグルは、トウマに聞こえないように言った。

 一日体験の帰り道、スグルはトウマとリリにポケモン達から聞いた話を説明した。
「凶悪犯は関わっているのかしら」
 リリが言った。
 トウマが銀縁眼鏡をくいっと持ち上げた。
「木の棒と、長い木の枝って何だ? ポケモンを操る武器で、そういうの聞いたことない」
 スグルは結論を言った。
「海の洞窟は、入口が鉄柵扉で塞がれているし、ビエンのレンジャーがパトロールしている。僕達は調査できない」 
 3人には、どうすることもできなかった。

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