1-5.イキル

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1-5.イキル-To live-

* 護られて、結果的に生き抜いてきただけ  



 ぱちっという、何かが弾ける音で目が覚めた。
 のろのろと瞼を持ち上げると灯りが見え、すぐに炎が弾けた音なのだと分かった。
 誰が用意したのか、薪がそこにある。
 ゆっくりと上体を起こすと、はらりと手触りのよい布が落ちた。
 どうやら誰かがかけてくれたらしい。
 だが、一体誰が。
 ぐるりと周囲を確認しようと顔を上げたとき、少女は硬直する。
 薪を挟んで対面にいたのは、木の幹に持たれて眠るあの青年。
 淡い金の髪が夜闇の中で炎に照らされ、黄昏の色に見えた。
 彼の傍らには身を丸くして眠るルガルガンと、その背で眠るバチュルがいた。
 そういえば、意識を失う前にバチュルをみた気がしたが、そうか。
 バチュルの匂いを追ってきたのか。
 そこで何となく、自身の脇腹を手で抑える。
 腕もそうだが、やはりここの包帯も真新しいものに交換されている。
 ちらりと隣に目を向ければ、いつのまにボールから出たのか、バクフーンとクチートが穏やかな寝息をたてている。
 バクフーンの腹の包帯も真新しく、新たに腕にも巻かれていた。
 クチートにだって、深いと思われた頬の部位には、粘着性の弱いのりで布が貼られている。
 誰が手当てを、と疑問に思うこともなかった。
 脳裏で、赤みを帯びた栗色の髪を持つ少女の姿が、浮かんで弾けた。
 一つ瞑目すると、少女は立ち上がり、静かに闇へと消えていった。



*



 ぴたりと歩む足を止めると、少女はゆっくりと振り返った。
 幹から覗く真綿は、この闇夜の中では目立ち過ぎる。
 一つ嘆息すると、口を開いた。

「ヒナタ…、隠れてないで早く出てきたら?」

 言葉を受け、ひょこりと幹から顔を出すと、チルタリスはのっそのっそと歩み寄ってくる。
 傍まで来たところで、その頭を押し付けては甘い声をたて始める。

「たく…。何なんだ、あんたは」

 あの時の夜は、敵の気配を察知すると同時に、さっさと自分だけ空へと飛び立ったくせに。
 その時一緒に飛び立っていれば、少なくともここまでの重傷を負うこともなかったのに。
 それなのに、今のチルタリスの行動は、まるで心配しているかのような行動ではないか。
 大方、満足に動けないバクフーン達に代わって、万が一のためにと、チルタリスが護衛も兼ねて傍にいるのではないのだろうか。
 半目になると、少女はチルタリスの額あたりを、つんっ、と指で強く押して弾いた。
 突如の痛みに渋面をつくって、非難めいた視線を送る彼女に少女は言う。

「あの時の夜は、さっさとあたし達を置いていったくせに、今夜は何?あたしのことが心配みたいな面するなっ」

 そのままくるりと身体の向きを変えると、少女は夜の森へと入ってゆく。
 暫く少女の背を見ていたチルタリスだったが、一つ瞬きをすると、のっそのっそとその後を追う。
 ぴたりと少女が歩みを止めると、チルタリスもその足を止める。
 そして歩み始めると、またのっそのっそと足を動かし始める。
 その足音に苛立ちを覚えた少女が、がばりと勢いよく振り返る。

「だからっ…!」

 言葉を紡ごうとしたとき、突如としてチルタリスの瞳が煌めいた。
 少女を背に追いやって背後を顧みたチルタリスは、鋭く高い声を発する。
 これは、警告音だ。
 それ以上近付くならば、容赦はしない。
 鋭く高い声のはずなのに、どこか澄んでいて清い声に、思わず聞き惚れてしまいそうになる。
 澄んだ彼女の声に旋律がのれば、聴いた者の心を魅了する。
 かさり、と何者かが草地を踏み締める音が聞こえた。
 一層鋭さを増す声に呼応するように、夜闇の中、少女が構えた短剣が煌めく。
 少女の鼓動が早くなる頃、それは姿を現した。

「ちょっと待ってくれ。オレだよ、オレ」

 ちょうど雲の切れ間に顔を覗かせた月に照らされたのは、両手を上げて苦笑する青年。
 淡い金の髪が、吹き抜けた柔らかな風に揺れた。

「オレ、今は何も持ってないから」

 そう告げる彼の腰に剣はなく、傍らにルガルガンやバチュルの姿もない。
 文字通り、丸腰状態だ。
 警戒の目を向けながらも、少女は短剣を鞘に戻し、警告音を発するチルタリスを制した。

「何のつもりだ?」

 気配を感じさせずに近付いた青年に、改めて油断ならないと認識しながら少女は口を開く。

「目が覚めたら、キミの姿がなかったから探しにきただけさ。こっちとしては、あまり動き回って欲しくないからね。また傷口が開くぞ」

 無意識のうちに手が脇腹へと向かう。

「もう、薬の効果も効れているだろうし、そうなる前に痛みで動けないだろうけど」

 しれっと言うリチェルカに、思わず目を細める。

「いつ、気付いた…?」

「気付いたのはリーシャだよ。キミの鞄から、空の小瓶が転がったんだってさ」

 そこでリチェルカは、一度、わざとらしく大きな嘆息をもらしてから言った。

「痛覚の神経を麻痺させる薬なんて、あまり飲むものでもないよ」

 鋭い光を携えた若草の瞳が、少女に突き刺さる。
 痛覚の神経を麻痺させる。
 それはつまり、痛みを感じないということ。
 それが例え致命傷であっても、動けてしまうということ。

「成分によっては中毒性があるとも聞く。多用は厳禁だ」

 リチェルカの目が細くなる。
 少女は彼の瞳を真っ直ぐ見返す。
 全く目を逸らさないのが答えだ。
 中毒性がある危険性も、始めから知っていた。

「そんなもの、始めから知っていた。別にあたしは、今すぐ、ここから消えてもいいくらいだ」

 ときどき、生きていることに対して息苦しさを感じることがある。
 何のために、危険と隣り合わせの依頼を引き受け、報酬を受け、日々を食い繋いでいるのだろう。
 何のために生きているのだ。
 自分何て、始めから何も入っていない、空の器だ。
 そんなことを考え始めると、吐き気がして気が狂いそうになるのだ。
 無意識につくった拳が震える。
 眉根を寄せてそれを見たリチェルカが口を開こうとしたとき、少女の傍らでずっと静観していたチルタリスが動いた。
 どっ。
 鈍い音が響いた。

「つう………」

 少女が頭を抑えて呻く。
 琥珀の瞳を涙で若干揺らしながら、チルタリスを睨み付ける。

「ヒナタっ!突然、何をするんだっ!」

 チルタリスの眼が吊り上がった。
 そして再び、チルタリスの嘴が少女を襲う。

「………っ!!」

 手で頭を庇いながら、少女はチルタリスの襲撃に耐える。
 そんな彼女等のやり取りを、リチェルカは静観することに決めた。



*



「………?」

 嘴の襲撃が収まったようで、少女は恐る恐る様子を伺った。
 ふーふー、と荒い息づかいはチルタリスのものだ。
 その彼女の両の眼は、まだ怒りで煌めいていた。
 何を意味する行動なのだ。
 チルタリスとは、まだ共に在るようになってから日が浅い。
 バクフーンやクチート程、彼女のことを理解できていない。

「何のつもりなんだ…?」

 問いかけよりも、嘆息に近い呟きだ。
 チルタリスが襲撃したわけを、少女はまだ理解出来ていないと察した彼女は、再び嘴でつつこうと頭を振り上げた。
 それに気付いた少女が身構えたとき、静止の声がかかる。

「ちょっと待った」

 さっとリチェルカの腕が、彼女達の間に割って入った。
 明らかに苛立ったチルタリスの瞳が向けられる。

「だから、ちょっと待てって」

 リチェルカに鋭い視線を向けられ、僅かにチルタリスは怯んだ。
 大人しくなったチルタリスを確認したあと、彼は少女へと視線を向けた。
 突如向けられた視線に、今度は少女が怯む。

「なんだよ…」

「キミのチルタリスが怒ったわけ、分かるか?」

 少女は一つ瞬きして、首を横に振る。

「キミが生きることに対して、執着してないからだろ」

「執着……?」

「そうだよ。キミは自分の意思で生き抜いてきたんじゃない。バクフーン達に護られて、結果的に生き抜いてきただけだ」

 言われたことに対して言葉が紡げない少女に、リチェルカは構わず続ける。

「生きることに対して自分の意思があれば、あんな危険性がある薬なんて飲めない。飲んで傷付くのは周りだぞ」

「どういう、意味だ?」

「それは自分で考えろ。バクフーン達と共に在る覚悟があれば、気付くはずさ」

 そう言うと、リチェルカは少女に背を向け、その場を去って行ってしまった。

「覚悟………?」

 覚悟とは何だ。
 ちらりとチルタリスを見ても、ふいっと明後日の方向を向かれてしまい、ついには最後まで目を合わせてはくれなかった。
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