2.トモシビ

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2.トモシビ-torch-

*いつも傍らにある灯。






 琥珀の瞳が開かれ、最初に映ったのは天井の木目だった。
 がばりと上体だけを起こした少女は、僅かに走った痛みに顔をしかめる。
 普段ならば後ろに一束で結っている茶の髪が、はらりと肩からこぼれ落ちた。
 そこでいつも羽織っている長袖の上衣がないことに気が付く。
 袖から覗く右の二の腕が視界の端に映ると、腕には包帯が巻かれ、脇腹にも包帯が巻かれているのが衣越しに分かった。
 だんだんと意識がはっきりし、はっと琥珀の瞳が見開かれる。
 何かを探すように視線をさ迷わせたあと、それは彼女がいるベッドの傍らに向けられた。
 無意識に安堵の息をつく。
 ベッドに寄りかかるようにして眠るクチート。所々に確認できる、身体の裂傷が少し痛々しい。
 そして、その横で大きな体躯を横たわらせて眠る彼、バクフーンの姿。
 彼の腹部に巻かれた包帯が目につく。
 自分を庇い、囮役をかって出た彼を止める術も余裕もなくて。
 最後に見たのは、あまり好きではない雨に打たれながらも、相手の攻撃を弾く大きな黒い背と、早く行けと告げる赤い瞳。
 その瞳に背を押され、少女はクチート共に走った。
 額を手で抑える。
 生きててくれた。大丈夫だ、彼は自分の隣にいる。

「トモシビ……よかった…」

 肺が空になるほど息を吐き出したとき、ぐるる、と喉を鳴らす声が聞こえた。
 そちらに顔を向けると、顔をもたげて見上げるバクフーンがいた。
 赤い瞳に少女が映る。
 のそっと起き上がった彼は、確かな足取りで少女の元へと歩み寄る。
 いつもなら少女よりも少しばかり高い彼の目線も、今はベッドの影響もあり、少女と同じ高さになる。
 心配するなと、少女の頬を彼がぺろりと舐めた。
 一瞬呆けた彼女も、直ぐに手を伸ばし、彼の首筋を撫でた。
 そうだ。
 気持ち良さそうに目を細める彼の姿に、おぼろだった記憶が鮮明になっていく。
 あそこで意識を失い、次に目覚めたとき、自分は黒い大きな背に背負われていた。
 傷に触らぬようにと出来るだけ静かに、けれども急げと素早く足を運ぶバクフーン。
 そして、同じく彼の背に乗って、自分が彼の背から落ちないようにと支えてくれていたクチート。
 そこで彼らに言葉を発しようとしたのだが、それが声になる前に自分は再び意識を失ったのだ。
 仄かな笑みが少女の顔に浮かぶ。
 まったく、彼自身だって傷を負っていたのに。
 いつの間にかベッドに頭を乗せていた彼を、愛おし気に撫でる。
 ぐるると鳴く声は、彼が甘えたいときに発する声。
 彼の体温が確かに手に伝わる。
 生きている。
 それを確かめるように、何度も、何度も彼の頭を撫でた。
 彼を見つめていた瞳が伏せられる。
 集会場に集められた依頼の仕事をこなす日々。
 そこで報酬として得た金で、少女達は日々を生き繋いでいる。
 今回みたいなことに遭遇することも、決して珍しいわけではないのだ。
 依頼内容は家出人探しや用心棒、山賊の討伐だったり、時には裏の仕事の片棒を担ぐときもある。
 こんなことをしていれば、命を狙われることだってあるはずだ。
 撫でていた手を止めると、ごろりと再びベッドに身体を沈める。
 その度に感じる。生としての実感。
 何を求めて生きているのか。
 そう自分に何度も問いかけたこともある。
 けれども、その問いに答えられたことなど一度もなく。
 ときどき、生きていること自体に息苦しさを感じることもある。
 まるで。
 水の中へと引きずり込まれたようで。息が出来なくなることもある。
 ふっと消えてしまえたなら、どれだけ楽なのだろうと。
 そんなことを考えているうちに少女の意識は夢現をさ迷い、やがて夢の世界へと誘われてゆく。


 規則正しい寝息が聞こえ、バクフーンはむくりと顔を上げた。
 白かった少女の面差しに、頬が仄かに赤みを帯び始めている。
 これで一先ずは安心だ。
 ほっと安堵の息をもらしたあと、ちらりとその傍らに目を向ける。
 寝息をたてて眠るクチートに刻まれた裂傷。
 彼女もまた、自分が追い付くまでの間、必死に少女を守るために闘っていてくれていた。
 彼女がいるから、自分は迷わずにその身を投げ出せるのだ。
 その行動が、少女に辛い思いをさせる一因になっているのは自覚している。
 けれども。
 瞑目すると、まぶたの裏に浮かぶ少女の顔がある。
 あんな顔など、二度とさせたくないとあの日確かに思った。
 だから自分は。
 再び目を開いたとき、くらりと少し視界が傾いだ。
 何とか足に力を込め、よろけることはなかった。
 今は疲れた。
 少女が目を覚ましたとき、彼女にこんな姿を見せてしまっては、また辛い思いをさせてしまう。
 それだけは御免だ。
 ゆっくりと再び身体を横たえる。
 身体を横たえる前に、一瞬だけ背後へ視線をとおじた。目を僅かに細めたあと、ふんっと鼻をならして視線を外す。
 部屋の扉。その外に、幾つかの動く気配を感じる。
 それに僅かながらな鬱陶しさを感じながらも、重ねた前足に顔を乗せ、彼は眠りについた。
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