2-1.シオ

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 少年は森を散策していた。
 彼の両親は冒険者であり、彼が生まれるずっと前から、世界中を飛び回る人達だった。
 各地を訪れる度、両親が長期の留守をすることも珍しくはなく。
 その間は、拠点の地から程近い森や洞窟へ足を運ぶ。
 それが彼にとっての冒険だった。
 息子のことなどそっちのけで各地を探索する両親。
 周囲の人達からは、もっと息子に目を向けなさいだとか、可哀想に、など同情的なことを言われることもあるが、彼自身はそんなことなど全く気にしていなかった。
 いつか両親のような冒険者に、自分もなる。
 そう決めている彼にとって両親は、憧れであり、いつかは越えたい存在。
 とても誇りに思う両親なのだ。
 そりゃたまに、大怪我を負って帰ってくることもあるものだから、心配する気持ちもあったりする。
 だが、冒険に危険はつきもの。
 その辺りは祈るしかない。
 今度は無事に戻ってきてくれるといいな。
 数日前から、両親は長期の留守と称して、また旅に出てしまった。
 その間は彼も冒険してみようと、拠点の地に決めた宿から程近い、緑が生い茂る森を散策することにしたのだ。
 何か珍しい石や植物がないか、目をあちらこちらに走らせるのだが、これといったものは見つけられないでいた。

「ちぇー。今日も収穫なしかなー」

 呟いた言葉は、そのまま地に落ちるかのように勢いがない。
 腰に差していた剣を幹に立てかけ、彼もそこへ腰を下ろした。
 剣は自分の身を守るための術のして、彼は幼い頃から両親に剣術を叩き込まれている。
 森には様々なポケモンが生息しており、いつ、ポケモンに襲われるかは分からない。
 こうして休息をとっている間も気が抜けないのだ。
 だが、無駄な殺生を是としない両親の教えで、なるべくはその命を奪いたくはない。
 剣を一閃に払うときは、その身に降りかかる危険を回避しきれないとき。
 いくら傷つけたくはない信条でも、時に奪い去る非情も持ち合わせていないと、この世界を生きてはいけないのだ。
 この世の中、あまり治安がよいとは言えず、金品目当ての賊に出会うなど、危険はいつでも隣合わせ。
 時には切り合いも必要である。
 少年の手が、無意識のうちに首筋を撫でた。
 その首筋にあるのは、一文字に刻まれた傷跡。
 数年前、今のように探索をしていたときだ。
 運悪く賊と遭遇してしまい、ここを切りつけられてしまったことがあった。
 首筋は致命傷となる。
 このときは流石に終わりを覚悟したのだが、運良く助かったわけで。

「まあ、ポケモンがいればな…」

 人間は歳が十を数える頃合いになると、ポケモンを相棒にする風習のようなものが根付いている。
 だがそれは。
 互いの心と心が結びついているからそう呼ぶのであって、なかなか苦楽を共に出来る相棒を見つけるのは難しいものだ。
 そして彼も、未だに見つけられないでいる。
 あのときポケモンが傍にいたのならば、致命傷を負うこともなかったのかもしれない。
 重いため息がもれる。
 焦っても仕方がない。
 自分の身は自分で守る。
 風がそよぎ、木々を揺らす。
 ついでとばかりに、少年の淡い金の髪を撫でていった。
 木々の隙間から、どこまでも続く青い空が見えた。
 太陽の眩しさに、思わず若草色の瞳を細める。
 何だか自分がちっぽけに感じる。
 それが何だかおかしくて、彼は小さく笑った。
 そのとき、彼の視界の端で何かがきらりと光った。
 訝しげに目を向けると、きらきらと光を弾きながら、その何かは風にのって楽しげに踊っていた。
 咄嗟に手で捕まえる。
 ゆっくりと握った手を開けば、そこにあるのは白いもの。

「これ……羽か?あ……映る」

 白い羽は、光に翳すときらきらと光を弾き、よく見れば周りの風景をその身に映していた。
 これはまるで鏡のようで。
 覗きこむ少年の顔も映しこむ。
 映った自分の顔が間抜けに思えて、また小さく笑った。

「よしっ!」

 勢いをつけて立ち上がった彼は、幹に立てかけてあった剣を腰に差し、再び散策を開始する。
 こんな不思議な羽を見つけたのだ。
 この持ち主を見つけてみたいではないか。

「くうーっ!冒険者の血が騒ぐな!」

 彼の瞳が、好奇心で煌めいた瞬間だった。


   ◇   ◆   ◇


 あれから暫く周辺を歩き回ってみたところ、先程手にした羽と同じものを三つ程見つけた。
 見つけた場所から推測すると、おそらく南南西の方角から風にのってきたのだろう。
 ならば、向かうは南南西の方角。
 おおよその指針がみえた。
 期待に胸が弾んだとき、後方から気配を察知した。
 纏う空気が色を変える。
 肩越しに鋭い目付きで振り返り、剣の柄に手をやり、身構える。
 緊張で噴き出した汗が頬を伝う。
 足音はしない。
 するのは、微かな気配のみ。
 気配の主も、こちらの存在に気付いているのだろう。
 なかなか気配が掴めないでいた。
 自分の心音がやけに大きく聞こえ、それがうるさい。
 煩わしげに顔が歪む。
 瞬間。
 木々の影から、牙を向いた獣が躍り出る。
 きんっと、小高い音が響く。
 少年が、獣の牙を振り向き様に、鞘から引き抜いた剣で弾いた音だ。
 瞬的な出来事だった。
 少年はそのまま、獣へ切っ先を向けたまま身構えた。
 岩のような色彩を持つ四足の獣に、首にはこれまた岩のような突起物が一巡している。
 岩の力を司る、イワンコと呼ばれるポケモンだ。
 空の瞳が敵意で鋭く光る。
 少年の若草の瞳も、より鋭利なもののそれとなる。
 まさに一触即発。
 そのとき、そんな両者の雰囲気を戒めるかのように一陣の風が吹く。
 その風は、少年の上衣の懐に忍ばせていた白い羽を拐っていった。

「あ…っ!」

 目の前のイワンコのことなど目もくれず、構えていた剣を鞘に納めると、少年は追いかけるべく、直ぐ様駆け出した。
 折角の成果を逃がしてなるものか。
 少年を突き動かすのは、その先を知りたい、見てみたい、感じてみたいという探求心。
 まだ幼さを残す顔立ちだが、その探求心は両親譲り。
 駆けている途中で、彼に並走している気配に気が付いた。
 ちらりと横目で確認すると、その気配の主は先程のイワンコ。
 彼の視線に気付いたイワンコもまた、その空色の瞳に敵意を滲ませて向けてくる。
 少年はその時、確かにみた。
 敵意の奥で見え隠れする欲を。
 僅かに彼の口端が持ち上がる。
 なるほど、面白いやつだ。

「キミ、あの羽が欲しかったのか。きらきらして不思議な羽だもんなー」

 イワンコの耳がぱたっと動いた。

「だからオレに飛びかかった。そうなんだろ?」

 少年は人懐っこそうな笑顔を浮かべ、イワンコへ問いかける。
 イワンコの空色の瞳が見開かれた。
 見透かされた。ニンゲンのくせに。
 ニンゲンが操る言語のすべては、種が違う自分には分からない。
 だが、ニンゲンの集落近くで暮らしてきたため、断片的にはその意味は理解できる。
 今日は気分がよかった。
 だから何となく、普段は滅多に訪れない森まで、足を延ばしただけで。
 そこでたまたま、光を弾く不思議な羽を見つけた。
 それをもっと近くで見てみたい、それが何なのか知りたい。
 その気持ちに根負けして追いかけた先に、このニンゲンの少年がいた。
 手に握られた羽を見つけたとき、欲のままに牙を向いた。
 軽く往なされたが、この気持ちに気付かれたくなくて、敵意を向けることで覆い隠した。
 それなのにこのニンゲンは、覆い隠した欲を見つけだした。
 空の瞳が楽しげに細められる。
 イワンコは何の前触れもなく、駆けていた足を止めた。
 少年もほぼ同時に足を止めたが、羽を拐った風は凪ぐことなく吹き抜けていった。
 それを名残惜しそうにちらりと目で追ったあと、少年は口を開いた。

「なあ、キミ。オレと組まないか?その欲を気に入ったんだ。キミとなら、いい関係が築けそうな気がする」

 イワンコの瞳が揺れる。
 断片的にしか理解できない彼の言葉。
 だが、自分を気に入ってくれたのは理解できた。
 イワンコ、彼女の口端が僅かに持ち上がる。
 なんだ、気が合うではないか。
 だが、自分と組むというのならば。
 相応の力を示して貰わないと。
 自分よりも下の存在とは、組む気はないのだから。
 一瞬にしてイワンコの瞳が苛烈に輝いた。
 それを察知した少年が、鞘から再び剣を引き抜くのと、イワンコが地を蹴ったのはほぼ同時。
 先程と同様、イワンコの牙を引き抜き様に剣で弾じく。
 弾かれた彼女は、直ぐ様体勢を立て直し、気配を絶った。
 少年は身構えたままその気配を探る。
 だが、気配は掴めない。
 ならば。
 彼は目を閉じた。
 聞こえるのは自分の心音。息づかい。
 彼の感覚はより研ぎ澄まされ、鋭利なものへと変貌する。
 風が吹き、木の葉が地に落ちた。
 とらえた。
 微かに、本当に微かに聞こえる地を踏みしめる音。
 彼の若草の瞳が開かれたのと、彼が後方へ肘を突き出したのは同時。
 そして肘に伝わる鈍い痛みに、鈍い音。
 重い物が地に落ちる。
 振り向き様に、首筋に剣の切っ先を突きつける。
 僅かにでも動けば、そこで終わりだ。

「まだ、続ける?」

 人懐っこそうな笑顔で問う彼に、相手を傷つける意思は見えなかった。
 彼女の瞳から鋭利な輝きが失せる。
 代わりに宿るのは、相手への敬意の光。
 上出来だ。気に入った。
 無闇な殺生を嫌う精神。
 だが、それだけでは成り立たないのがこの世界。
 けれども。
 彼には、それが出来るだけの力量があると判断する。
 その証拠に、笑顔の裏に隠された、冷酷で冷たい炎を確かに視た。
 この森にきてよかった。
 面白いものを見つけたものだ。
 突きつけられていた剣が外される。
 身を起こした彼女は、少年の足元まで歩み寄ると、真っ直ぐに彼を見上げた。
 剣を鞘に納めた少年は屈みこみ、イワンコと目線を近付ける。
 彼がその頭を一撫ですると、彼女は気持ちよさげに目を閉じた。
 そして、彼はにやりと笑う。
 ポケモンとしての確かな強さに、何かを追い求める欲望。
 こんなポケモンもいるとは。面白い。
 すくっと立ち上がった少年は懐を探った。
 あった。
 懐から取り出したのは、まだ残っていた羽。
 先程風に拐われていった方角は南南西だった。
 まるで呼ばれているような気がして。
 と、少し離れたところでイワンコが鳴いた。
 目を向ければ、こちらに向かって吠えていた。
 何かを知らせているようだ。
 イワンコは鼻がいいと聞く。
 もしかしたら、羽の主の匂いでも嗅ぎ付けたのかもしれない。
 イワンコが地を蹴り駆け出すと、彼もその後を追った。
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