綿毛の悪魔

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 ポケモンセンターが旅のトレーナーに貸し出している、宿泊スペースの一室。
 自分に宛がわれたベッドに備え付けられている枕を占有して寝入ってしまったニコに寒くないよう毛布をかけてやり、特に増えた訳でもないリュックの中の荷物を整理して綺麗に詰めなおす。しかし黙々とした作業というものはすぐに終わってしまうもので、アキはさっぱりやる事がなくなってしまった。たまに時計を見たり、物音をがしたらちょっと身構えてみたりもするがやはりグレイは帰って来ない。

「……どこほっつき歩いてんだあいつ」
「たじゃ」

 全くだ、と肯定するようにセンが頷く。眠るには未だ早い時間だがアキ一人で出歩くには少々遅いという、なんとも微妙な時間だった。
 ポケモンセンターの内部は先程ニコやセンと見て回ったし、たまに夜間観覧などを開催しているという博物館は大掛かりな館内清掃があるとかで今日は休館であることをポケモンセンターのお姉さんから聞いている。その時にグレイが帰ってきたら教えて欲しいと伝言しているが誰も来ないあたり本当に帰って来ていないと見るべきだろう。
 もしかしてまた迷子か? という不安が一瞬脳裏を過ぎった。北と南を素で間違えた辺り、ありえなくはない。本日何度目かの溜息を吐きだして窓を見る。

 雨はまだまだ止む気配を見せていなかった。

 ◆◇◆◇◆◇

「そんな、馬鹿な話があるか、こんな……こんな……!」

 自分の攻撃は通らないのに、体力だけは削り取られる。そんな状況で顔面蒼白となった下っ端の男の焦りを表すようにミルホッグが技を外してしまった。どうしてそんな事になっているのかというと、それはグレイのエルフーン──マーガレットに原因があった。
 マーガレットは相手にダメージを与える技を一切習得していない。その代わりコットンガードやみがわり、やどりぎのタネ、アンコールといった技を習得していた。しかしこれが中々に厄介で、みがわりを撃破してもミルホッグが動くより早く再びみがわりを作り出され、コットンガードで防御を上げつつやどりぎのタネを蒔き、時々アンコールで行動を制限してくる。
 下っ端の男とミルホッグにとってはまさしく、マーガレットは綿毛の悪魔だった。

「そろそろミルホッグの体力もなくなってきたみたいだね。そんな鈍重な動きじゃ彼女は捕まらないよー」
「っミルホッグ! たたきつける!!」
「マーガレット」

 攻めに急いだミルホッグの尻尾はマーガレットの分身に掠ったものの霧散せずその場に留まり、ミルホッグの体に絡まるやどりぎのツタがなけなしの体力を奪い取る。奪取された体力がマーガレットに還元されたその瞬間にミルホッグは雨でぬかるんだ地面にぐったりと倒れ伏した。
 誰がどう見てもミルホッグはこれ以上の戦闘を行う事は不可能。軍配はグレイとマーガレットに上がった。

「はいおつかれさま、マーガレット。……さーてしたっぱくん、きみどうするんだい。俺としては敗者らしく尻尾巻いて逃げてくれるとうれしいなーって、思ってるんだけど」

 褒めて撫でてと言わんばかりに飛びついてきたマーガレットを抱きとめながらグレイが笑うとミルホッグをボールに戻しながら下っ端の男は後退る。下っ端の下っ端ではあるが、プラズマ団に入る前はトレーナーだった男は自分でもそれなりの実力はあると自負している。
 だが、目の前の男は強いとかそういう問題ではなかった。扱われるポケモンはともかくとしてトレーナー本人の目はまるで血に飢えた獣だ。まともにやりあえばやりあうほど、得体の知れない物恐ろしさが背筋を這う。絞り出す声が震える。

「お、覚えていろ! つ、次は、次こそはお前のポケモンも、解放……する!!」
「はいはーい、ケーサツ行くのめんどくさいから今日は見逃してあげるからさー。さっさと行きなよ」

 にげあしの特性を持つポケモンも驚きの駿足で下っ端の男はヤグルマの森に消えたのを見送り、グレイは張り付けた笑顔を剥がす。降り止む気配のない雨の中をずっと傘もささずにいたせいで水分を吸った洋服がべったりと肌に張り付いて不快だが、そこは傘を持たなかった己の自業自得と割り切ってマーガレットに労りの言葉をかけてボールに戻した。
 肩に乗せたチョロネコと共にシッポウシティへの道を戻る。幸い大雨で道路も町中も人通りは少なく、人に声をかけられることもなくすんなりとポケモンセンターへと帰りつけた。

「あーあ、遅くなっちゃったねー。……こりゃセンはお冠かな」

 ポケモンセンターの扉を抜けて時計を見てみれば23時をとうに回っていた。
 そういえばアキにセンを預けたままだったことを思い出し、昼から夜まで不在となればセンに引っぱたかれるのは仕方がないな、と叩かれる己を思って笑みがこぼれる。あれでいてきちんとコミュニケーションという体で手心は加えてくれているのか聞こえる音よりは痛くない。……が、それはそれとしてグレイが知る限りセンはだいぶ気難しい性分をしている。きちんと一緒に留守番してくれたかどうか、そこだけが気がかりだった。

「あら、お帰りなさい。もしかして傘持っていかれなかったんですか? 濡れたサンドパンみたいですよ」

 チョロネコにむにむにと頬をつつかれて遊ばれるのを放置して借りている宿泊スペースはどっちだったか、と歩けば片付けをしていたジョーイに呼び止められ、タオルを手渡される。礼を言いながらふかふかのタオルでチョロネコを拭いてやるとふかふか具合が気に入ったらしくタオルで遊び始めてしまった。
 ヒウンのアパートに遊びに来ていた頃と少しも変わらない姿に安心しているとジョーイが思い出したようにああ、と言葉を繋ぐ。きょとんとした顔をすると少し呆れた声で探されていたことを聞かされ、反応に困っているとジョーイがタオルで遊ぶチョロネコを一瞥し、グレイの目をまっすぐ見つめた。

「ところで……そのチョロネコは?」
「あー、話せば長くなるんですけどー」

 かくかくしかじかと掻い摘んで、現在ニュースで報道されているヒウンシティで起きた暴行・強奪事件の事には言及せずにジョーイに話した。絡めて話せばまた話がややこしくなるし、当時グレイがヒウンシティを発つ時に偶然チョロネコを抱え逃げ去る男とすれ違い、聞き覚えのある声に反射的にその後を追ったというだけなのだ。グレイ自身は被害者の少女と面識はないし恩を売る気もないが、チョロネコとは浅からぬ縁がある。
 それにしてもこんなニュースになってるとは思わなかったけど、という小さな呟きがジョーイに届くことは無かった。

「チョロネコは念の為、今夜は預かっておきますね。問題がなければ明日の朝にお返しします」
「よろしくお願いしまーす」
「みゃうぅ……」

 眠そうに、寂しげに鳴くチョロネコに困ったように微笑んで、グレイはジョーイに預けたチョロネコの頬を撫でた。小さな子供をあやすような手つきだったが眠気から寂しがったチョロネコには効果覿面だったようで、うとうとと舟を漕ぎ出す。

「また、明日になれば会えるよ」
「みゃー……」
「……おやすみなさい。ジョーイさんも早めに休んでねー」
「お気遣いありがとうございます。グレイさんもおやすみなさい」
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